第109話「一緒に決めよう」
おいでませ。
☆――☆
「はっ!」
手傷を負わされたテンタトレスは壁に背中を預けて額の汗を残った腕で拭った。再生可能な仮想災厄と言えど痛みを感じないわけではないのだ。
「ああ……天嬢 宵……良いなああいつ!」
空を見上げて顔全体に喜びの色をにじませる。
「皆に慕われていて良いなぁ!」
仮想災厄は皆家族だ。つまり友人ではない。
「でもだからこそムカつくなぁ!」
それは呪われた関係か。
「そうだ! 宵のお友達を変えていこう! そしたらあいつもボクの事がわかって――」
「お前がテンタトレス・マリゲニーだな」
「――⁉」
家族の声ではないそれに不意を突かれてテンタトレスは目を瞠る。
ぎょろりと目を声の主へ――オレへと向けて。
「なんで――なんで“メル”にお前が⁉」
電子サイトの最奥、通称“メル”―― 一時削除データを貯めるシステム。ここはその電子空間だ。人間の男が入り込める場所ではない、はずだ。
「幽化!」
前パペットウォーリアの覇者・幽化。つまりオレがここに現れた。現れるはずのない場所に現れ驚いている。
季節外れの黒く大きなニットガウンコートを羽織っていて、両手には重厚な銃剣二丁が握られている。むろんコートもアイテムだ。防御を担っている。
「意外だ。電子変化能力を持つ人類置換プログラムがそこに驚くのか」
「――! 再現したのか!」
「宵を襲ったのは失策だったな。動きを見せず隠れておけば良かった」
テンタトレスの頭に銃口を向ける。
「『ピアネータ・ドラーゴ』!」
パペットである八つの頭のドラゴンを顕現するテンタトレス。しかしオレはその瞬間に首全てを撃ち抜いていた。
「――っ⁉」
「魔力砲弾、再装填」
オレの持つ銃剣が妖しく輝く。狙いをテンタトレスの頭に向け直し。
「撃滅」
テンタトレスが、首から上を吹き飛ばされて息を途絶えさせた。
☆――☆
後始末に追われる裏会施設を後にして翌日。街全体が置換された影響は大きく国防軍と電脳課による調査が行われている真っ最中、オレたちは生き証人として聴取を受ける為に調査本部にと徴収されていた。
パペットウォーリアも一時中断されている。
オレはできる限りの説明をしたが仮想災厄に話が及ぶと奥の部屋へ通され厳重に口外しないようにと釘を刺された。同時にオレたちは無罪放免となり、新しい滞在先になった隣街へと移った。
更に翌々日、パペットウォーリアが再開された。隣街が消え去った事でギャラリーの数は減っていたが高校生チームは皆出場。お姉ちゃんと繭のお兄さん、前野 誠司さんもだ。
だけど。
「……敗けた……」
残念ながら西京高校生チームは敗退となった。
更に日は流れて社会人の部。
「……っ!」
オレは息を呑んだ。
社会人の部一回戦。西京チーム出場。レベルの高いバトルが行われる――誰もがそう思っていた。いや実際そうだったとも言える。
ただ、圧倒的すぎた。
開始直後に行われた幽化さん――京都暮らしだが向こうのユーザーには飽きて西京で出ている――のアイテム銃剣による射撃。一瞬で繰り出された長距離五連撃ちにより相手チームは殲滅され、実況が挟まる時間もなくバトルはあっさりと終了した。
爆裂な力の奔流。
西京チームは――と言うより幽化さんはその後も勝利を重ね、社会人の部も西京チームの勝利で本戦第一戦は幕を閉じた。
そして来たる本戦第二戦――の三日前。報せが届いた。
『パペットウォーリア運営本部より皆さまへ! 良い! かも知れないお報せです!』
そんな一文から始まったメールに記載されていたものは。
『アーミースワローにて行われる本戦第二戦では新型ナノマシンが導入されます!
これはなんと! パペットに実体を持たせユーザーとの同化現象を引き起こすものです! それぞれが決めたウォーリアネームを唱える事で行われるこれと【seal―シール―】を併用したバトル!
ぶっつけ本番は “ヤバイ”と思われますので本日正午より新型ナノマシン【逢―あい―】が大気散布されます!
皆さま! 特に第二戦進出ウォーリアさまは事前チェックをよろしくお願いします!』
「新型……大気チェック」
オレは窓を開けて――多分部屋の中にも混ざっているだろうが――【紬―つむぎ―】の検査機能を使って大気成分を調べてみた。
「人に害するものはなし……新型は――これだ」
昨日まであった球型のナノマシンがなくなって別のものが検出された。アップにしてみるとそれは涙型をしている宝石にも見えて。
実体を持つ――それはつまり傷付き傷付けられると言う話。ゲームのバトルだったはずなのに……何て思わない。だって、仮想災厄は仮想にも現実にもアクセスできる存在なのだ。それはつまり仮想の攻撃でも彼らは傷付くと言うわけで。今更かも知れないが傷付けるならばこちらが傷付く覚悟だって必要だろう。いつの日にか誰かが言っていたが。
「あとはウォーリアネーム――と。アエル、どうする?」
『お前が決めれば良いさ』
「一緒に決めよう。その方が何となく良い」
オレ一人の為の名ではないのだから。
『一緒にか……そうだな。どこまでもそうしよう。
では案として――』
お読みいただきありがとうございます。
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