第106話「子供の頃は子供を楽しみましょう」
おいでませ。
☆――☆
「……疲れたですぅ」
バトル終了後、沸き立つギャラリーに見送られながら会場を後にしようとしたのだがまさかのマスコミラッシュ。いや有名企業がスポンサーについているから注目度が高いのは知っていたけどあそこまでもみくちゃにされるとは思っていなかったのだ。
コリスは先の一言と共に会場から距離をとった喫茶店でテーブルに突っ伏していた。
「さて、次はこの中から一人を選ぶ本戦第二回戦です」
「オイオイ卵姫、今はとりあえず喜ぼうぜ。次は締めにしようや」
「勝利に酔いてえんだよ」と続けて。
「そうですか? 気が立っている内に鼓舞しようと思ったのですが」
「マジさは置いとけって。
オーイ、こっち五人分ビールもどき――」
「あ、オレあれダメ。ソーダで」
「なんだ子供味覚かよ」
ビールもどき――ビールの味がするノンアルコール炭酸ジュースの通称だ。ここ数年、呼気チェックをしなければエンジンが掛からない車両がメインに売られているのだが、飲酒を好む大人たちはこれで溜飲を下げている。
「実際子供だし」
「そうですね、大人ぶっても詮ないです。子供の頃は子供を楽しみましょう。と言うわけでわたしはケーキの食べ放題に行かせていただきます」
言って席を立つ村子さん。
「あ、わたしも行きますー!」
その後に続いてコリスも席を立った。横では卵姫さんが股に手を挟んでもじもじとしている。……ひょっとして。
「トイレですか?」
「違いますよそれならちゃんと行っています」
となると。
「ケーキ欲しいんですね」
「…………」
頬がちょっと朱くなった。この人のこう言う反応は珍しい。
「何笑ってるんですか」
「いえ年相応なところを始めてみた気がして」
「わたしは日本支部長ですから」
「気を張ってるのはわかりますよ。でも良いんじゃないですか? 友達といる時は一人の子供に戻っても」
「友達……」
少し目を瞠る卵姫さん。そしてじっとオレを凝視し始めた。
「な……なんでしょう?」
ついついオレは目をそらしてしまった。見つめられ続けるのは恥ずかしい。
「……いえ」
目を閉じて優しく微笑む。
「そうですね、村子たちのところに行ってきます」
「はい」
卵姫さんが席を立ち、今度は霞がオレを凝視してきた。口元にいたずら小僧の笑みが浮かんでいる。
「高良に言ってやろうか」
「良いよ」
平然と、オレ。
「……良いんか」
「それでどうこうなる関係じゃないよ」
なんせ保育園からの仲だ。初めて逢ったのは三歳だったと聞いている。
「か~、俺もそう言う相手欲しいわ」
「ほぉ、あたしじゃ不満だと」
「う」
「?」
椅子の背に頭を乗せる霞を上から覗き込んで声をかけてきたのは、古風な一眼レフカメラを首に下げた少女。今時ウェアラブルコンピュータに頼らない写真なんて随分珍しい。
「クマじゃねーか」
「クマだけで呼ぶな熊川だ熊川。
あ、ごめんね天嬢くん、突然お邪魔して」
「いえ……」
笑いながら顔の前で手を立てる熊川さん。霞と親しいのはわかったけど、その霞はすっかり萎縮してしまっている。ちょっと面白い。
「お前学校新聞のくせにわざわざここまで出張ってきたのかよ?」
「出張ってきたのよ。うちから全国に行くウォーリアなんて初めてだしなにげに教師陣も期待してんのよ、来年子供が集まるとかって」
「俺は釣りの餌か」
「あはははそうそう」
そう言いながら熊川さんは隣の席から椅子を引きずってきてちゃっかりこのテーブルに混ざった。
「じゃ、早速二人の写真撮らせてよ。なるべく親しそうにして。ちゅーしても良いよ」
「嫌です」
「するかよ」
絶対お断りです。
「え~BLは受けるのよ?」
「一部にな」
そもそも捏造記事は駄目です。
「おや?」
ケーキを手に卵姫さんたちが戻ってきた。トレイに乗ったケーキの数は――それぞれ十個以上。良く食べられるなぁ。……見てると欲しくなってきた。
「どちらのお方?」
「熊川 嵐子です。霞の腐れ縁やってまーす」
気軽に握手しながら、熊川さん。人懐っこい性格。コミュ力と言うものが高そうだ。
「恋人さん?」
「そうでーす」
「違う」
吐き捨てるように、しかし視線は気恥ずかしそうにそらされる。
「え~? 何回連続でバレンタインチョコあげてると思ってんのよ」
「全部義理だろうが」
「どうかな?」
いたずらっぽい笑顔。ちょっと狐を思わせる笑顔だ。
「……ふん」
顔を背ける霞。耳朶がちょっと朱くなっている。
「んじゃ皆さま揃って写真を三枚ほどOK? 学校新聞掲載用と予備と個人用」
そう言ってこちらの返事を待たずして写真を撮り始める。マイペースな人だ。
その後も熊川さんは暫く一緒にいて主に女性陣と親交を深めていた。仲間外れにされていたオレと霞にも時々話題を振ってくれて居心地の悪さは感じずに。
「それじゃあたしはこれで」
熊川さんが席を立ったのはそれから二時間後でした。良く喋り疲れないな……。
「わりぃ、変なのが邪魔した」
「ずっと聞きたかったのですがお関係は? 恋人ですか? 友達ですか? 家族以上ですか? ヒモですか? NTRですか?」
一気にまくし立てるコリス。興味津々と言った目だ。星が見えるよう。
「NTRってのがなにか知らねぇが良く見積もって腐れ縁だ」
「え~そこは恋人でお願いしますよぉ」
ぶ~、唇を尖らせる。
「なんでコリスの好みに合わせなきゃいけねぇんだよ」
「楽しいから?」
「俺は不快だ」
この空気に慣れていないのか、不快と言うよりもどう扱って良いものか迷っている感じだ。
「ふふ、まあ良いじゃないですか異性の友達は大切に」
「そう言うあんたにゃいねぇのか村子?」
「残念ながら。じゃなかった。わたしたちはシスターですから」
今本音が漏れてなかった?
「さて、お腹も心も満たされたところで」
パン、っと卵姫さんが手を叩いて小気味良い音を出す。
「そろそろお開きにしましょうか。皆さま他にも勝利を報告したい相手がいるでしょうし。涙月とか」
「なぜピンポイントでオレを狙うんですか」
「楽しいから」
卵姫さんは笑んでいる。最初あった頃は営業スマイルが多かったけれど今は本心から笑っていると思う。
因みに涙月はオレたちのバトルが終わったあと蓼丸姉妹の様子を見に永久裏会の施設に顔を出している。【紬―つむぎ―】が役に立つかも知れないと率先して行って、オレもこのあと顔を出す予定になっている。
「じゃ、コリス、村子。
わたしたちは魔法処女会のシスターに戻ります」
「おぅ。俺は――そうだな、親にでも連絡すっか」
あらま、伝えたい相手が親とは。態度ではわからないが親孝行者だ。
「あ、そうだ。仮想災厄ってのとバトルする時は俺も誘えよ。ウォーリアとしてなら役立つ自信あるぜ」
「それはどうも。用心はしてくださいね」
「おぅ。じゃ、ひとまずじゃあな」
席を立つ霞。きちんと自分の飲食分の代金を払って外に。
「オレも裏会に顔出してきます」
「わたしも行きますー。涙月に逢いたいです」
手を挙げるコリス。に頷きを返す。
「わたしと村子は仮想災厄の情報を集めに回ります。情報があれば共有しますね」
「はい」
お読みいただきありがとうございます。
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