第104話「テロ犠牲者の中にも家族がいるって考えるべきでしたね」
おいでませ。
「しましたね。まさか百を超える人数がいるとは思いませんでしたが」
その言葉に更に目を吊り上げる。
「中にはボクの親もいたんだ」
「そうですか。テロリストになった御両親が悪いのでは?」
そうだ。それで魔法処女会を恨むのなんて筋違い、いや逆ギレって言うものだ。
「わかってるよそんなの。でもな、テロ起こす側にだって理由が――」
「理由があれば一般人を巻き込んでも良いと? 随分我儘な逆恨みですね」
「……ウチにも魔法処女会の奴がいるけどさ、何度殺してやろうと思ったか……あんたらは殺す側にも家族がいるって考えるべきだった!」
「テロ犠牲者の中にも家族がいるって考えるべきでしたね」
どれだけ怒声を浴びせても卵姫さんには響かない。これくらいで揺らぐ精神は持っていない。
それにしても……彼は親が殺されて怒っている。ならばテロで殺された側の怒りが自分に向く可能性があるのもわかっているのだろうか?
「話してもムダか……だったら――ここでできる限りの恥をかかせてやる――⁉」
ケンタウロスの腹に穴が開いた。バランスを崩して倒れこむケンタウロスとその上に乗っていた馬男子。
「なっ……なんだ⁉」
「なんだ、ではないわ」
怒りの混じった声が聞こえた。壊れた戦車の影からだ。話を伺っていたのか随分良いタイミングで現れたのは、一人の少女。聖女を連れた少女だ。
「お前――胡々!」
「あんたに呼び捨てられる覚えないんだけど」
聖女の周りに漂うランプが一つ消えて、ケンタウロスに更に穴が開く。
「何してんだてめぇ!」
アイテムの棍棒を顕現して胡々に殴りかかる馬男子。だけど彼の背に村子さんの射った矢が突き刺さる。
「――がっ……」
倒れこむ馬男子。痛みはなくとも感触はあるし、周囲に漂うナノマシンと【seal―シール―】が瞬時に『状況』を作り上げる為に簡単に起き上がれないはずだ。
「言っとくけど別に魔法処女会メンバーだからあんたを攻撃したわけじゃないわよ? ただ単にあんたの行動の支離滅裂ぶりに頭にきただけ」
「どこが――支離滅裂だ!」
「恨みの行き先がよ。あんたは親可愛さで恨む相手を間違えてる。多分会場にいる全員が気づいてるんじゃない?」
「……っ……」
会場に集っているギャラリーを倒れながら見て、誰も笑っていないのに気がついた。自分に同意して笑っていないのではない。「何やってんだあいつ?」と言う非難の目だ。
「ボクは――!」
「あんたが筋違いの復讐するってんならわたしが止める。わたしと戦うってんならかかってきなさいよ。絶対潰してやるから」
「う……あああああ!」
馬男子は気力を振り絞って棍棒を投擲しようとする。だけど聖女のランプが一つ消えて棍棒が砕ける。更にもう一つ消えて馬男子の腹に穴が開く。
「ああああああああ!」
「嫌な感触でしょう? でもテロで死んだ人って感触だけじゃなくて痛みもあったはず。あんたその人たちにそうしたのが自分の親だって理解できてる?」
「で……きて――るさ!」
「できてないでしょうが」
ランプがまた一つ消えて、馬男子の首が消し飛んだ。
「あ――……」
仮想の血を噴き出す馬男子。
「心底ムカつくわあんた」
「胡々」
馬男子の顔を吊り上げた目で見つめる胡々に、卵姫さんが声をかけた。
「ちょっと話して良いでしょうか?」
「良いけど暫くこいつ許せないよ?」
怒気はまだ収まっていないご様子だ。
「構いませんよ。ただこのままじゃダメなのも事実です。この人は回復したら貴女を狙うかも知れない」
「何度でもぶっ飛ばすけど、どうぞ」
一歩後退する胡々。その前に卵姫さんが進み出る。
「貴方がご両親を愛していたのはわかりました。でもね、貴方テロの前日ご両親と何か話しましたか?」
「話したさ! 笑いながら日本に帰ったらどこに遊びに行こうってな!」
血を噴き出しながら吠える。
「それが全部台なしだ!」
「その言葉の裏にあったご両親の気持ちに気づけませんでしたか?」
「裏……?」
言葉につまる。
「人を殺した後に本当に家族と遊びに行こうと思うとでも?」
「…………っ」
もし思ったのなら、申し訳ないが心が悪い方に向かっていたのだろう。
「そこまで人でなしだったと思いますか?」
馬男子の歯ぎしりの音が響いた。
「ご両親に置いていかれて悲しかったでしょう。その悲しみが逆恨みの原動力でしょう。捨てられたと思っているのでは?」
馬男子の歯茎から血が滴る。仮想の血ではない本物の血だ。
「それを考えるのが嫌で、激しく憎悪する心で覆い隠しているのでしょう?
でもね、貴方は考えなければなりません。ご両親が何に命をかけ、自分たちが死んだ時子供に何を望んでいたかを」
「何を……望むってんだ……」
「元気に笑って、兄弟揃って遊びに行って欲しかった」
「遊べるわけないだろうぅ……!」
言葉がにじんでいる。涙は流していないが、水ににじむ声だ。
「貴方は変わらなければならない。ご両親の死とそれに付きまとう感情を全て受け入れて、その上で生きていかなければなりません。それがご両親への弔いとなるでしょう」
「…………」
馬男子が額を地面につけた。どんな表情をしているのか影になって見えない。けど、体は震えていた。
「……くそぉ……」
声も、また。
「……さて、そちらのメンバーの皆さまも隠れていらっしゃるようですね」
ガタタ、と瓦礫と化した四角い家の隅から音がした。きっと家財道具にでも体をぶつけたのだろう。
「事態がややこしくなったので五分時間を取って好きに動き回りましょう。五分たったらバトル再開。いかがです?」
姿を見せる蛍男子と鶏女子荒河。
「俺は良いぜ」
「わたしも」
「――で、だ」
蛍男子は馬男子に近づくと彼の腕を肩に回して立ち上がった。よろけていたからオレも駆け寄って逆の腕を肩に回す。
「悪い、不出来な仲間の為に」
「いや」
オレたちは馬男子の体を比較的まともに残っている家屋の中に横たえると、それぞれの仲間のもとへと戻っていく。
「では、五分後」
「「「了解」」」
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