第103話「素直に殺したって言えば良いのに」
おいでませ。
☆――☆
「では――」
「お願いかしら」
バトルが終了して三十分後、皆軽くシャワーを浴びて会場内の軽食店。微妙に眠気に襲われていたところに蓼丸姉妹がやってきた。
一瞬オレたちは困惑し、「ああ」と卵姫さんが手を打つ。
「電子化した体の治療、ですね」
あ。そう言えばそうだった。
バトル前にオレたちの元を訪れた蓼丸姉妹は体の一部に変調をきたしていて、治療を魔法処女会に頼んだのだ。
仮想災厄『人類置換プログラム』テンタトレス・マリゲニーによる人体電子化。
二人はその被害者だ。
「このまま――」
「電子化はいやかしら」
改めて腕を見せる二人。昔のTVであった砂嵐のようになっている腕。範囲が少し広がっているのが見て取れた。
「改めてお聞きしますが」
村子さんは腕を見ながら言う。
「ひょっとしたら電子化した方が良い未来を迎えられるかも知れないのですが、それでも治したいですか?」
「「勿論。かしら」」
即答。迷いはない。きっと予想された質問だったのだろう。
「人として生まれたからには――」
「人として生きたいかしら」
「……そうですか。……そうですね」
少し、嬉しそうに村子さんは微笑んで。
「では永久裏会にてお二人をお預かりします。卵姫」
「ええ」
卵姫さんは宙に指を彷徨わせメールを送る操作をした。
「受付は済ませました。お二人にはこれより京都支部へ向かって頂きます。これを」
全員に見えるヴァーチャルの紙を一枚双子に渡す。それは――
「わたしの身分証明書のコピーです。これを持っていけば施設内へ入れます。その後は案内に従ってください」
「ありがとう――」
「ございますかしら」
コピーを受け取り双子は恭しく腰を折って礼をした。
双子の姿が見えなくなって二十分後。
『お報せします!
本戦 第一戦 ラストバトル四国チームv.s.西京チーム! 十分後にスタートです! ウォーリアの皆さまは会場にお集まりください!』
アナウンスと同時にオレたちの元にメールが届いた。内容はアナウンスと同じ。オレたちは顔を見合わせると会場へと向かう為に立ち上がった。
「私客席から応援してるね」
「うん」
頑張って、と涙月に見送られ会場へと足を進める。
『さあ本日予定されているバトルはこれでラスト! ウォーリアの皆さま揃っていますね! 両チームの皆さまに拍手!』
拍手――と言うより歓声の方が大きくなって、ちょっと恥ずかしい。
「堂々としなさい、宵。わたしたちは現時点では勝者なのですから恥じる必要などありませんよ」
涼しい表情で歓声を浴びる卵姫さん。きっと彼女はこう言う舞台には慣れているのだろう。
「しかしよう、五対四ってどうよ? ちっとやりづらくねーか?」
「運も実力の内と言うでしょう? それにあちらさんが人数を不利に感じる素振りを見せない以上わたしたちが引け目を感じるのは失礼にあたりますよ」
人数は減っても正々堂々を忘れない。それがあちらと卵姫さんのやり方らしい。
「そんなもんかね?」
「そんなもんです」
確かに、前のバトルも四国チームは文句の一つも言っていなかった。ならば対戦相手のオレたちがどうこう言う事ではないのだろう。
『では! バトルフィールドを選定します! ルーレットスタート!』
ルーレットが表示され、針が回る。くるくると回って――止まった。
『戦場跡地に決定! ナノマシン散布します!』
撒かれたナノマシンが集まっていき、フィールドを形成していく。
荒れ果てた街に、戦車の残骸。海には戦艦が半ば沈んでいる。その所々に人の死体が。
「うへ~、そこまで再現しなくても良いと思うのです」
死体を見つけて口を押さえるコリス。気持ちは凄くわかる。オレも所謂『グロ』と呼ばれるものは苦手だ。
『では両チームの皆さまフィールドにお上がりください!』
「行きますよ」
全員がフィールドに足を乗せると、ムワッと塩と火薬の匂いが届いた。死体の腐敗臭はしない。流石にそこまで再現したらまずいと思ったのだろう。
『バトルスタートまで――
10!
9
8
3
2
1
0! バトルスタート!』
「ひえい!」
フィールドを走り続けて五分。もう何度目かわからないコリスの怯えの声。敵との遭遇はなかったのだけど死体との遭遇が多かった。しかも今回は――焼死体の山。黒々とした皮膚の一部にまだ火が点っていてマグマに似た様相を呈していた。正直オレも吐くかと思ったほどだ。
「死体嫌ですこんがり焼かれた死体はもっと嫌ですそもそも人を焼くってどんな状況なんでしょう火炎放射器でしょうか火炙りでしょうか火刑でしょうか?」
「コリス、落ち着いて」
「よーさんも顔面蒼白ですよ」
「え? ホントに?」
どうりで頭がくらくらするわけだ。想像以上にこの光景を体が拒絶しているらしい。
「宵、コリス。今のうちに心を昂ぶらせていなさい。それでいて冷静な判断をお願いします」
なかなか難しい事を言ってくれる卵姫さん。一つしか年齢は違わないはずだけどこの違いは経験の差だろうか?
日本で育って十四年、旅行で国内や海外を巡っても戦場にはノータッチだ。一方で魔法処女会は戦場も回っているはず。ん?
「あれ? コリスはなんで戦場に弱いの?」
「わたし入会して半年足らずですぅ」
弱り切った声のコリス。オレの顔色を指摘していたがコリスの顔色もなかなかどうして同じく蒼白だ。
「そうですね、コリスはまだ戦場に関わってないですね」
「ですです」
にもかかわらず三番手なのか。
「そう言う村子さんは?」
「ありますよ。医療行為できますし」
「そっか。卵姫さんは?」
「銃くらいなら扱えますから」
つまり撃った経験があると。ストレートな物言いはしていないがそう言う意味を込めた言い方だと思う。それならひょっとして――
「人を殺して――いますか?」
「わたしは銃を持つ以上撃つのも撃たれるのも覚悟しています」
つまり……あるのだろう、撃った経験が。相手は死んだのだろうか? 今こうして普通にしていられるのは精神的な強さを持っているからだ。複雑だが心強くもある。
「素直に殺したって言えば良いのに」
「「「――!」」」
焼死体の山が盛り上がった。中に隠れ潜んでいた男が死体の中から登場したのだ。ちょっとばかり小太りで背が低く、ぽよんぽよんと腹を波立たせている。炎のケンタウロスのマスターユーザーだ。ケンタウロスが顕現して、その背に跨る。
……いや、不意打ち目的で潜んでいたんじゃないのだろうか? 台なしになっていると思うのだけど。
「不意打ちしようと思ったけど、あんたらを知ってやめたんだよ」
眉を吊り上げて、目も吊り上がっている。
怒っている。間違いなく。
「魔法処女会はパリでのテロリスト撲滅に協力した。そうだな?」
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