第101話「せめて食べて!」
おいでませ。
☆――☆
「ヨイショー!」
自分の体よりも太く大きい槌をコリスは――わたしは片手で持ち上げ振り下ろす。
「危ない」
「かしら!」
雷が侍大将に向けて落ちる。も、侍大将は馬と侍に分かれてそれをかわし、すぐにまた跨る。
「破邪の――」
「大太刀かしら」
抜刀。侍大将は腰に下げた巨大な太刀を抜き放つ。日本最大級の刀『破邪の大太刀』。それをヴァーチャルで再現した太刀は実際のものよりも更に大きく、馬ごと敵の武士を断ち切らんとする怪しい輝きを放っている。
銀閃が輝き、ツィオーネを両断せんと振り払われた。ツィオーネは鋭く早い斬撃を宙に逃げてかわそうとするが左腕を斬り裂かれてしまう。しかしその姿はぼやけて霞となって消えていく。
「また――」
「幻覚かしら」
バトルが始まってからどれだけこの展開が繰り返されたか。シィミィは視線を巡らせる。そこには何十何百ものツィオーネとわたしが。ツィオーネの魔術による分身。最初は二対一の不利を補おうと二人に分身しただけだったけれども思いの外効果があった為数を増やしてここに至る。とこれがここまでの流れ。
「良いの良いの」
「打てる手は全て打つかしら」
「その上で――」
「あちしたちが勝つのかしら」
揃って唇の両端を持ち上げる。実に楽しそうに。
「ツィオーネ!」
『はいお嬢さま!』
ツィオーネの両手に小さな白い精霊が生まれ、『氷』と呟く。冷気が草原を走って凍らせていく。侍大将は双子を掴んで大きくジャンプ。冷気を飛び越え手近にいたわたしの上に脚を着く。がそれも幻影で体をすり抜けて脚が凍った草原についた。途端に凍っていく馬の脚。
「冷気なんて――」
「通用しないかしら!」
力任せに脚を持ち上げ氷を破る。氷は馬の表面を覆っただけで中身までは凍らせられなかったようで。侍大将のただでさえ強固な『体』。そこに加わる強固な分子の結びつき。それこそが馬のジョーカー。
そして。
『オオオオオオ!』
侍大将の咆哮。大太刀を軽々と片手で持ち上げ――降ろした。
「うわーお」
思わず感心するわたし。
侍大将の斬撃は草原に深々と崖を作っていた。これこそが侍のジョーカー。圧倒的な斬撃の『力』。わたしとツィオーネの幻影の多くを消し飛ばした『力』と『体』で侍大将は幻影を次々と消してゆく。ゆくのですが、全く本物に当たらない。首を傾げる双子。
「実は本物が――」
「いないとかかしら?」
その言葉にわたしが肩を大げさに揺らしてみたり。
侍大将が馬に喝を入れて走らせ、大太刀を横に薙ぎ払う。消えていく偽わたし。何度もそれを繰り返して幻影を打倒し、ついに一人も残さず倒した。双子は首を捻って周囲を見回す。ひょっとして幻影で自分の姿を隠しているのだろうか? いやでも草原に立っているのなら大太刀の斬撃に巻き込まれただろう。とすると――上だ。そんな風に思ったのでしょう。上に顔を向けて――
「――あ」
「わーお、かしら」
悠々と泳ぐ巨大なピンクの鯨を発見。
「なんとまぁ」
「見事かしら」
ツィオーネのジョーカー『ペット』。彼は魔術師でもあり獣使いでもあるのだ。
「ツィオーネ、見つかっちった」
『でございますな。でも安心ですぞ。ここは空中。侍大将は地を駆けるもので――』
「と思ったら!」
「ダメかしら!」
「え⁉」
目を瞠るわたし。侍を担いだ馬が跳躍したと思ったら大太刀を踏みつけて更に跳躍、動きが止まるとまた大太刀を蹴って更に跳躍。それを素早く繰り返してあっと言う間にわたしたちのいる高度まで超到達。
「ひきょー!」
『斬り捨て――御免!』
鯨が縦に真っ二つにされた。
「せめて食べて!」
『国際問題でござる!』
ツィオーネにしがみついてゆっくり降りていくわたしと落下速度を落とさず草原に力強く着地する侍大将。
「侍大将!」
「今の内かしら!」
『オオオオ!』
落下途中のわたしに向けて大太刀を振り、誰もがわたしの敗北を予想したでしょう。ところが。わたしの左側頭部に真っ赤な角が生えた。
「せーの!」
「「――!」」
わたしはツィオーネから手を離し両腕を組んで後ろに振り上げ、振り下ろす拳で斬撃を打ち返す。
『な⁉』
驚きつつも侍大将はもう一度大太刀を振り、斬撃を斬撃で消滅させる。鬼の角――それがわたしのもう一つのアイテム。魔術師ツィオーネが魔力を使い、わたしが鬼の霊力を振るう。東西の術を使うのがわたしなのです。
「行きますよ!」
落下しながらわたしは手を突き出し、掌に霊力を貯めて砲弾として打ち出した。
『――ォ!』
斬撃を放ち、霊力砲弾を断ち切る侍大将。しかし砲弾は斬られただけで勢いを緩めず侍大将の両脇に着弾して爆発する。
『しまった!』
土が舞い上がり侍大将の視界を覆い尽くす。どこかから攻撃が来る、そう思って身構えているでしょうね。
『風』
風が舞い上がり、土が操られて侍と馬の目を覆う。
「よいしょ」
『ぬ⁉』
侍の顔に何かが触れた。
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