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AI ray(エイレイ)~小さな蛇は夢を見る~  作者: 紙木 一覇
前章 ~小さな蛇は夢を見る~
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第100話「カボチャにも目と欲はあるんです最近は」

いらっしゃいませ。

☆――☆


「あいたたたたた」


 一階のホールに落下したわたし――村子(ムラコ)とお嬢さま。お嬢さまは尻餅をついていて服が瓦礫の欠片で汚れてしまったようで。


「ああ! 折角の【seal―シール―】が! 気に入ってましたのに!」

「再装着すれば汚れは落ちますよ。ここで裸になれるならですけど」


 服についたホコリを手で払い落としながらわたしはカメラを見上げる。お嬢さまは少し考えて、


「そうですわね。そうしましょう」

「え?」


と言ってお嬢さまはおもむろに手首にある【seal―シール―】の脱着ボタンを押そうとして。


「ちょ――こらこらこら!」


 慌てて止めに入るわたし。苦笑しつつお嬢さまの脱着ボタンを手で隠す。


「男の方も見ているんですよ?」

「あら、わたくし見られて困る体はしていませんよ?」


 確かに、中学生にしては出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んでいる。あと五年も経てばトップモデルの対抗馬になるかもだ。だが。


「そう言う問題じゃないでしょう! 女の体は好きな人にだけ見せるものです」

「興味ない男なんてカボチャでしょうに」

「カボチャにも目と欲はあるんです最近は」

「むぅ」


 唇を尖らせるお嬢さま。納得いっていないようだけれどとりあえず脱衣は諦めてくれたらしくボタンを押そうとする手を下ろして服を払いだした。


「仕方ないですわねぇ、これだから庶民は」


 ブツブツと文句を垂らしながらだけれど。


「はぁ」


 大きなため息を零しつつわたしは改めて距離を取る。瓦礫を見て、弓を構えた。


「少々お待ちを」


 弓に光を宿し、射る。


「あらまぁ」


 矢は飛んでいく途中で数十の数に分かれ、更に方向も曲げて瓦礫を吹き飛ばした。顎に手を当てて感心するお嬢さま。その態度に焦りや気負いは感じられない。あの程度の矢なら何でもない、そんな雰囲気。


「では、改めていきますよ」

「宜しくてよ! 『マルミアドワーズ』!」


 パペット『マルミアドワーズ』――それはかのアーサー王の敵リオン王が使用していたとされる最強の剣の一つ。そう、お嬢さまのパペットは剣の形をしている。


「女性が武器のパペットを作るとは意外ですね」

「あらそう? 女こそ凛々しくあるべきだとわたくしは思いますわ。ただそれは――」


 マリミアドワーズを顔の前に立てる。


「わたくし一人に限り。他の女性は――」


 わたしに向かって鋒を向けて。


「ただわたくしに仕える事こそ幸福かと!」


 お嬢さまの姿が消えた。

 疾い!

 そう思うが先かお嬢さまはわたしの下にかがみ込んでいて、剣を下から胸に向けて切り上げる。


「あら」


 わたしは一歩だけ下がり、上半身をそらしてそれをかわし、至近距離から矢を射る。お嬢さまはすかさず前に――つまりわたしに向けて体を進め、体当りして矢を後方に流す。しかしわたしは足だけで体を回転させてすぐに体勢を立て直し再び矢を射る。


「柔らかな体ですこと! でも! ミニスカートでは下着が見えましてよ!」

「カメラから見えない位置ですよ。そうそう簡単に見せたりしません。焦らす方が男は喜ぶと思うので。見せませんけど。と言うか先ほど全裸になろうとした人がそう言うの口にするのですね」

「貴女に合わせただけですわ!」


 矢をかわしながらお嬢さまは何度もわたしに肉薄しようと向かってくる。どうやら剣圧を飛ばせる芸当はできないらしい。あくまで刀身で斬ろうとしてくる。しかしわたしの身のこなしの方が上を行き、剣は床や柱を斬るだけ。と言っても直径一メートルはありそうな柱を両断しているのを考えるに剣の斬れ味は凄まじいものがある。

 けどそれはわたしも同じ。放たれる矢の一つ一つが――銃弾から砲弾の威力まで上下するそれが――床を穿ち、柱を穿ち、天井を穿つ。上の方でチームメンバーが慌てて避けているだろうけれどわたしはまあ何とかなるだろうとあまり気にしていなかったり。

 一度払ったにも関わらず瓦礫はどんどん積み上がっていき、その度にマルミアドワーズの剣の威力を削いでいく。

 この人の足運び、これはひょっとして。


「ふぅ」


 お嬢さまは一度大きく後方にジャンプして距離を取る。


「貴女のスピード、持ち前のものではなくてアイテムですね?」


 わたしの指摘にお嬢さまはニッと口角を上げる。


「そうですわ。エネルギーだけのアイテム。わたくしの動きを最大十倍にまで跳ね上げますわ。ただ、そちらに注意を向けていたのですね?」

「?」

「剣の方にも注意するべきでした」

「――!」


 影が差した。床に散らばっていた瓦礫が重力に逆らって浮いたのだ。


「ジョーカー。この剣に斬られたものはみな等しくわたくしの使用人となるのですわ!」


 瓦礫がわたしの周囲を回り始める。まるで竜巻に瓦礫が混ざったように風が巻き起こり、わたしは体を縛られ、そのわたしに向かって瓦礫が一斉に飛びかかる。


「『十六夜(イザヨイ)』!」

(イザナ)う誘う、凍氷の白』


 ピタッと瓦礫が止まった。十六夜から放たれた冷気が瓦礫竜巻を凍らせたのだ。そこに軽く矢を放ち、氷を砕くわたし。


「成程成程。欲しいですわ、そのパペット」

「――!」


 わたしが瞬きをした瞬間、剣を振りかぶったお嬢さまが十六夜の横に現れていた。マルミアドワーズと十六夜が瞬時に抜いた脇差が剣閃を散らす。


「頂きましたわ、小刀」


 小刀と言う言い方が正しいかどうかはさておき、脇差が十六夜の手から離れてわたしの喉に向かってくる。わたしはそれを弓の方で弾き、しかし逆からお嬢さまが剣を突いてくる。


『誘う誘う、新芽の緑』

「――あら?」


 お嬢さまの体が四方から伸びてきた蔓に封じられる。わたしとお嬢さまの視線が交錯する。笑みの消えたわたしと妖しく微笑むお嬢さまのそれが。わたしはその目でお嬢さまの全身を眺めて、問うた。


「貴女の超速移動、さてはまだ操りきれていませんね?」

「あら? どうしてそう思われるのかしら?」

「操れているのなら超速移動そのままにわたしを貫けたはずです。いいえ、本当は貫こうとした。けれど空気の壁に邪魔されて横に滑り、そう見せないよう体勢を作って攻撃を加えている、でしょう?」

「…………」


 お嬢さまが口に笑みを湛えたまま目を閉じる。そして小さく口を開き――


「そう、そうですわ。わたくしの筋力では壁に耐え切れないのです。だから超速移動が切れる瞬間マルミアドワーズを操る技術を中心に磨き上げ――」

「超速移動からは逃げたのですね」

「……逃げた」


 薄らと閉じていた瞼を開く。細められた目が怜悧さを持っている。


「わたしは十六夜とこの弓を使いこなす努力を欠かしていません。自分で言うのもなんですが。けれど貴女は超速移動を使いこなそうとしていない。どうして? 諦めたからでは? 自分では使いこなせないと」

「……ふ、ふふ」


 開かれた口から吐息にも似た笑い声が漏れる。ギロリとわたしの目を睨め上げた。


「その半端な力で貴女は敗れるのですわ」

「――!」


 剣を握っていた手が離れて、落下の途中で蔓を斬った。蔓が蠢きわたしの脚と腕を拘束する。


「わたくしは愚かではありません。自分で言うのもなんですが。だから認めましょう。確かにわたくしは超速移動の制御から逃げました。でもそれってありえないですか? 数学を得意とする子が古文を諦めて問題になりますか? 文法を得意とする子がスポーツを諦めて問題になりますか?」

「いいえ? 忘れたの? パペットとアイテムはわたしたちの集めたデータから構成されます。それは自身の写し鏡であり分身。わかります? 貴女は貴女から逃げたのですよ。必ず扱えるものからね。思うに剣を磨いたのは――楽だったから――の一言に尽きるのでは?」


 みしり……そんな軋む音が聞こえた気がした。それはお嬢さまの額の端に血管が浮き出た音。


「わたくしの周囲には」


 お嬢さまは優雅に直立し、わたしに背を向けて歩き出した。一歩、また一歩と離れていってロングスカートを翻しながら軽やかにターン。わたしと顔を見合わせる。


「わたくしを否定する人間なんていませんでした。

 わたくし――獅子王 (コロモ)は優雅な家庭に生まれたのです。外資の一流企業のトップと言う父を持ち、母はその筆頭秘書。幼い頃から頑張らずとも基本五教科は勿論体育でも好成績を残します。一番になる事をせずただ自分が満足いく範囲であったらそれで良かった。だからどこか、或いは誰かを目指して努力した経験がありません。このパペットウォーリアも遊びのつもりです。その遊びで、バカにされた。誰もしなかった文句を受けた。

 貴女はわたくしを責めるのですね」

「いくらでも。わたし、あまり良い性格はしていませんので」

「ふふふ」

「あはは」

「ふふふ」

「あはは」

「ふふ――――――ぶっ殺してさしあげますわ」


 剣を刺突に構える。


『誘う誘う、魅了の桜』


 わたしを縛っていた蔓が取れる。脇差も十六夜の手に戻った。わたしは弓を構え、そこに十六夜がそっと手を添える。


「ぐっさりと逝きなさい!」

「いくわよ、十六夜」


 衣の姿が消えた。わたしは動かない。動く必要などなかった。努力してこなかった力が土壇場で使えるようになるなんてあろうはずがない。そうなってしまえば真面目に努力してきた人が報われない。世の中はそんなに甘くはない。

 それを体現するように衣の剣が圧力に負けて斜めに傾げ、わたしの首の横を通り過ぎた。ぶつかる体。倒れこむ衣。わたしは足を踏ん張り倒れない。

 衣に鏃を向けて、射った。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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