第01話「「「ちっちぇ――!」」」
「AI ray」開幕です。
よろしくお願いします。
剣を振る。
八つの人魂で作られた火炎の剣を。
小さなパートナーを肩に乗せて、ただひたすらに剣を振る。
オレの『アエル』は小さな蛇。戦えるとは思えない。
だからオレ自身が強くなるしかなく。
アイテムである火炎の剣を扱えれば、いつの日かあの人に手が届くと信じて。
いや違う。
超えられると信じて。
「○○さん」
「…………」
「今日オレは、貴方を超える!」
◇
「ち――」
「ちっ――」
「「「ちっちぇ――!」」」
オレは、姉と妹に挟まって生まれてきた。
「よーちゃーん」
長男だ。それはもう大切に育てられた。
「おやつだよー」
姉妹の読むものを一緒に読み、姉妹の食べるものを一緒に食べ、姉妹の見るものを一緒に見てきた。
『サイバーコンタクト』を手に入れてからもメールのやり取りをしたり、一緒に映像作品を観たりした。
「よーちゃんこのHP見た?」
そう言って姉はウィンドウをオレにスライドさせてくる。
『サイバーコンタクト』 ―― 一時はスマホとタブレットに追い越されたPC業界の逆襲の一手。
目に入れるコンタクトタイプのPCだ。
素晴らしいレベルのXR機能を持ち、とりわけMR複合現実の威力は凄まじい。
オレはコンタクトをスリープモードから復帰させるべく目の横をトントンと二度つついた。
左目に出てくるホログラム。コンタクトをつけていなくても見えるホログラムで、『この子起動させてますよ』と言う合図だ。
オレの起動ホログラムの形は桜色の日輪。柄はネットから自由にダウンロードできるが、オレは母国・日本と繋がりがあるこれを気に入っている。
姉の寄越したウィンドウを見てみると、そこには『輝き煌めけ! パペットウォーリア日本代表決定戦参加者募集中!』と言う字が飛び交っていて。
「……オレには関係ないよ」
でも、本音は別。
剣だって振り続けている。
本当は出たい。超えたい人がいる。絶対に超えたい人が。
あの人を超える!
と吠えてみたい。
「そ~言うなって。わたしはよーちゃんのパペット好きだよ?」
そりゃ簡単に弟妹のパペットに対して嫌いとは言えない。いづらくなるし。
『サイバーパペット』 ―― ある日開発されたサイバーコンタクト人形化ソフト。ファイル・閲覧履歴・メール等などコンタクトに入っている全てをスキャンしそのデータからオリジナルアバター『パペット』を造り上げるソフトだ。
「わたしのこの子も好きだけどね」
むぎゅ~と彼女が抱きしめるのはパペット『ねうねう』。白い小型のライガー。全パペット共通だが、内側からほんのり光っている。
パペットは絶対にかぶらないと言われる容姿・たまにかぶる能力・かぶり大いにありえる戦闘力を持っていて、いくつかのキーワードを与えると様々なアイテムも生成してくれる。メールの受信や送信・写真撮影・映像撮影などお仕事もしてくれる為とても立派。
のだが――
「ち――」
「ちっ――」
「「「ちっちぇ――!」」」
このソフトが出始めた頃、学校でパペット化が流行った。
クラスメイトは殆どが自分のパペットをかっこいー&可愛いーと評していたが、このオレ『宵』のパペットを見た時、一瞬皆がかちーんと固まった。
アップで見ると、申し分ない。なぜなら――
八つの首を持ち、山をも超える巨体を持つと言われるヤマタノオロチだったからだ。
白い腹、黒い鎧のような鱗を持つ非常に異常にかっこ良いパペットだった。
「「「あはははははは」」」
それが、手乗りサイズでなければ……。
男子には笑われ、女子にはよーちゃんはこっち組だねぇと頭を撫でられた。
オレの……オレの少女趣味がこんな形で世に出るとは……。
「でもわたしは知っているわよ。
よーちゃんが努力しているって。
体の動かし方、パペットとの交流、アイテムの扱い、勉強だって欠かしていないでしょう。
貴方はあまりそう言うの人に見せない子だけど、実は知ってます」
見られていたのか。ちょっと恥ずかしいな。
「ちょっとだけやってみよう?
ほらよーちゃん、パス教えるからわたしの作ったコロシアムにおいで」
「ん~……ちょっとだけだよ?」
「はい」
「あ! あたしもやるー!」
と、学校から帰ってきた妹を加えて、オレたちは姉の部屋に入っていった。
なぜ? 真ん中にあるテーブルをずらせばここが一番広いからだ。
「いっくよー」
「ん」
「はーい」
MR複合現実を起動させる姉。
おお?
床は空に変わり、壁は消え、ずっと向こうに浮島の客席が出現。
「どう? お姉ちゃん特製スカイコロシアム」
「観客がぬいぐるみなのはこれ如何に?」
「わっほ可愛い」
渋るオレの横ではしゃぐ妹。まあ……喜んでるなら……良いんだけど……。
「ちーちゃんはちょっと見ててね?」
「はーい」
とてとてと小さな脚を動かし離れていって、妹は何もない空中にぽすんと座る。
あ、ベッドがある位置か。
「よーちゃん、パペット出して」
「うん」
オレはオロチ――『アエル』を起動させる。
……本人に(本パペットに)悪気はないのはわかるけど……小さく火を吐く姿はやはり笑えるところがある。
ああ、もっと男らしいもの見とけば良かった……。
「わたしはよーちゃんにもこれができると思う。
おいでねうねう」
姉はねうねうを抱き上げると、優しくキスをした。
……羨ましい……え? いや? そんなの思ってないよ? お姉ちゃんだもん。
それより!
姉にキスされたねうねうの姿が煌々と閃光を放ち始めた。
まるで太陽を見ているような眩しさ。妹も「きゃー」とか言いながら目を手で覆っている。
ねうねうの姿が一瞬解け、銀河が溢れた。
「――……!」
黒い毛並み、白い爪、銀河色に輝くねうねう特有の炎のたてがみ。
普通のライガーよりも一回り大きい体躯。
「これがねうねうの『限界突破スタイル』。
通常のレベル制限はLv99。でも希にLv100に行く個体がある。噂レベルでは知っているでしょう? けれど噂じゃない。
わたしのねうねうのようによーちゃんのアエルもきっと行ける。わたしはそう信じてる。
と言うわけで――」
レベルを上げるには単純にパペットを構成しているサイバーコンタクト内の情報を更新すれば良い。ただし、一度取り込んだ情報はどんなに都合が悪いものでも消せず、それゆえにオレのようにパペットが気に入らなくてもデリートはできない。一コンタクトに一パペットなのも変えられない理由になっている。
オレのアエル、結構新規ファイル作ったんだけどなぁ。
ちょっとは成長している。だって前は蝶ネクタイとかなかったし。
なんで成長がそんなとこに現れるのか……。
「一番良いのは、バトルでの『戦いの記録』。それで一気に戦士の方向に持っていけるよね?
だから――かかっておいで!」
「かかってと言われても――」
「男の子はグチグチ言わない! ほら行くよ!」
ねうねうが大きく息を吸った。
あ、やばい。
オレはアエルを肩に乗せたまま横を向き、一足飛びに逃げようと――
して、壁にぶつかった。
そうだった……部屋だったここ……。
「逃げちゃダメだよ! 受け止めなさい!」
「でも――」
ねうねうの息を吸う音が消えた。
来る!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッオ!
ねうねうの雄叫び。それとほぼ同時に雄叫びの届いた範囲の空間が削られた。
くっそ!
「アエ――!」
その名を呼ぶ前にアエルは前に出た。
小さな体で叫び、オレを護るように八つの首を大きく広げ――ねうねうの叫びを引き受けた。
パペットは一度『殺されれば』二度と復帰できない。卵に戻り、また新しいパペットとして同じ姿で、Lv1からリスタートだ。記録と言う名の記憶を失くして。
ダメだ……。
そうダメだ。同じ姿でもそれは別物なのだから。一緒に過ごしたメモリーも、会話したメモリーも全て消えてしまう。
それだけは……ダメだ!
オレはアエルを抱きとめると、後ろを向いた。
「――!」
背中に走る衝撃。痛みはない。ただ激しいエフェクトが吹き荒れる。
オレのライフを表示している数字がどんどん減っていき、オレは事実上死を迎え――
アエルが腕から離れて肩に乗っかった。
八つの口を広げ、一気にねうねうの音を――喰い始めた。
「え? えええええ?」
呆気にとられる姉。
その間にアエルは雄叫びを全て喰い尽くし――Lv47だったものが一気に100に持ち上がる。
「おっき……」
ぼんやりとつぶやくオレ。
大きい、何が? Lv100のアエルの姿がだ。
全身が確認できない。大きな黒い鎧がずっと彼方まで伸びているのはわかるが。
妹はさっきから動画を撮っている。後で観せてもらおう。
「たーいむ!」
姉は思わずタイムをかける。
ねうねうの叫び声がライガーの雄叫びから猫の小さな鳴き声に変わって、
「負け!」
姉の敗北宣言でバトルは幕を閉じた。
お読みいただきありがとうございます。
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