episode7 ルワーナ砦攻略戦(後半)
ベデューがルワーナ砦に単独潜入している頃、ダラギスは軍勢を率いて砦に程近い林に身を潜め、突入の時を待っていた。
ルワーナ砦の外壁および門には強力な対魔術バリアが張られている。そのため、並みの魔術では傷ひとつつけることができない。また、物理的に破壊するにしても近づけば矢や攻撃魔術が豪雨の如く降りかかる。空中からの侵入も同様であり、それらを掻い潜るのは至難の技といえる。
だが、ベデューはそれをやってのけた。未だ開門には至っていないが、潜入の成功したというだけでもダラギスは驚愕した。
「むっ!?」
砦のほうから火炎の球が無数に飛んできた。
「散れ! 敵の火炎系下位魔術がくるぞ!! 対魔術盾を張れる者は全開にしろ!!!」
部下に注意を促し、防御を固める。
降り注ぐ火炎の雨に兵たちが次々に倒れていく。まだ、攻め込んでもいないというのに損害が大きい。
(この場にとどまれば何もすることなく全滅だな。……ならば、こちらから打って出るか。しかし、門が開かれなかったらどうする? こちらの被害はさらに甚大なものになる……。ここは退却すべきか?)
ダラギスは思考するも考えがまとまらない。その間にも火球は降り続いている。
◎
「フォッフォッフォ…」
ジャナリは愉快げに笑っていた。空中から攻め込んできた魔族の男はなかなかの手練れらしい。だが、そのような者でも果たして単身で砦を攻め落とそうとは考えないはずだ。つまり、近くに仲間を潜ませている可能性大である。
ならば、どこに隠れているというのか。砦付近で身を潜めることができそうな場所は林であると推測し、ゼンバラル直属の兵の中から魔術に長けた者を選出して、林を攻撃させたのである。
(さぁ、出てくるがよい。皆殺しにしてくれようぞ!)
ジャナリは残忍な笑みをこぼし、その時を待った。
◎
(もはやこれまでか。撤退する!)
ダラギスが決意した時だった。
ドォォォォォォォォン!!
轟音が鳴り響き、周辺の空気を激しく振動させる。
ダラギスは砦のほうを確認する。煙がたちのぼり、門か吹き飛んでいた。侵攻の好機であった。
「門が吹き飛んだぞ! 今こそ、あの目障りなルワーナ砦を陥落させるのだ!!」
言い放ち、自ら先陣を切って出撃する。
「ダラギス様に続けぇ!!」
ダラギスの指揮下の兵たちもそのあとに続く。
◎
「バカな! ヤグマクが敗れたというのか!?」
突然の轟音に部屋から飛び出したジャナリは、破壊された門を見て、信じられない気持ちであった。
ふと見上げた夜空に一人の魔族の姿を確認できた。
「あやつがヤグマクを!?」
ジャナリが放った雷撃系下位魔術にいち早く気づいたベデューは素早く移動してかわす。
(これで俺の役目は終わりだな。悪ぃが抜けさせてもらうぜ)
門を破壊し、ダラギスたちが攻め込んできたのを確認したベデューは砦内で繰り広げられている乱戦には参加せず、そのままゼンバラル領内へと飛び去った。
◎
「ぬぅ……。まさか、このような事態になろうとは!」
ジャナリは焦った。ヤグマクが敗れるなど想定外だ。
(あやつは何者じゃ? 魔王グリュアの配下の者と考えるのが妥当じゃが…。ならば、なぜゼンバラル様の領内に逃げる?……いや、今はそのようなことを考えてはおれぬか)
ジャナリは眼下に視線を移す。敵・味方が入り乱れている現状では魔術を使って一掃するのは難しい。
(指揮官を始末するかの)
ジャナリは奮戦するダラギスに狙いをすまし、雷撃系下位魔術を射つ。勢いよく放たれた雷の球はダラギス目掛けて一直線に飛んでいく。
「むっ!?」
接近する雷撃系下位魔術に気づいたダラギスは三節棍で打ち払う。
(なという反応じゃ…。まずはあやつを倒さねばなるまい)
しかし、接近戦を挑もうとはしない。火炎系下位魔術を3発連続で発射する。
「はぁっ!!」
後退しつつ、三節棍で火炎の球を的確に打っていく。
「殺っちまえ!」
ルワーナ砦を守っていた雑兵たちがジャナリの魔術に気をとられていたダラギスを取り囲み、一斉に攻撃をしかける。
「くっ!……」
回避する間はない。ダラギスは身体硬質化魔術を使って体を硬化してダメージを軽減する。
「うぉぉぉぉっ!」
雑兵が次なる攻撃をする前にダラギスの三節棍がうなる。
体を一回転させて周囲の敵を薙ぎ払う。
「雑魚どもが…」
ダラギスはジャナリのほうに視線をうつし、目を見張った。火炎系下位魔術4発がジャナリにより既に放たれていた。
すぐさま対魔術盾を張る。だが、2発目を防いだところで対魔術盾は崩壊し、残りの2発をまともの受ける。
「ぬわぁぁぁっ!」
ダラギスは絶叫し、片膝をつく。
「ダラギス様!?」
配下の兵たちがダラギスを守るように陣形をとる。
「大丈夫だ。それよりも、暫しここを任せるぞ」
「はっ、お任せを!」
ダラギスの考えを察して兵士の一人が答える。
「頼んだ!!」
一言だけ言って、ダラギスはジャナリの元へと駆け出した。
◎
「退け!」
行く手を阻む雑兵をダラギスの三節棍が蹴散らす。
「ちっ!」
通路の角を曲がった直後、待ち構えていた魔術師たちが一斉に火炎系下位魔術を放つ。対魔術盾で魔術攻撃を防ぎつつ通路を突き進む。
「消えろ!」
魔術師には接戦を苦手とする者が多い。通路で待ち構えていた敵もダラギスの接近に恐怖し、背中を向けて逃走する。しかし、そんな彼らをダラギスの三節棍が容赦なく打ちのめしていく。
「調子にのりやがって!」
階上へと続く階段があるフロアへとやってきたダラギスの前に巨大なハンマーを担いだ大男が立ちはだかる。重厚な鎧は並みの攻撃は効かないだろう。
「グハハハ……。俺様の鎧の前には貴様の三節棍など子供の玩具同然よ!」
自慢気に語る大男を無視し、ダラギスは魔力を練る。
「火炎系下位魔術!」
ダラギスの攻撃魔術が大男の顔面にヒットした。
「ぬがぁぁぁっ!」
叫び、よろめく大男の頭部に三節棍の一撃を加える。大男はダラギスにあっさりと敗れ、その場に崩れ落ちた。
「バカなやつだ……」
ダラギスは床に倒れている大男に冷たい視線を向け、階段を上っていった。
◎
「フォッフォッフォ…。まさか、ここまでやられてしまうとはのぉ……。じゃが、こうなってしまったからには、おまえさんには死んでもらわねばならんのぉ」
階段を上り、扉を開け、通路を駆け抜けた先で軍師ジャナリがダラギスを待っていた。周りには護衛の兵士が幾人かいる。
「ふん、爺さんたちに殺れるかな?」
余裕の笑みを見せ、ダラギスは床を蹴ってジャナリたちに詰め寄る。後方に控えていた弓兵たちが矢を放つが三節棍がその全てを打ち落とす。
「雷撃系下位魔術!」
ジャナリは雷球を5発同時に発射した。1発の威力は普通の魔族のそれよりも遥かに強力である。
ダラギスは接近を諦め、回避に専念する。その甲斐あって全てをかわしきった。だが、休む間もなく剣や槍や斧を手にした兵が襲いかかる。
「あまい!!」
巧みな三節棍さばきの前にいずれの攻撃もダラギスに届くことはなかった。しかし、ダラギスも反撃を繰り出せずにいる。
「火炎系下位魔術」
防戦一方では勝機はない。後退しつつ魔術による反撃を行うダラギス。狙いは敵陣後方の弓兵だ。
「させぬわ!」
ジャナリの張った対魔術盾がダラギスの攻撃魔術を受け止める。
(ちっ、やっぱ楽には勝てねぇな…)
ダラギスは内心で舌打ちする。戦況は劣勢だ。魔術戦となればジャナリに分があるのは疑う余地もない。かといって、接近戦ではジャナリを護衛している兵が厄介だ。
(やつら、ゼンバラルが差し向けた兵か…。そこらの雑兵どもよりは手応えがある! さて、この状況で俺はどう動く?)
ダラギスは死を感じながらも勝利への望みを捨ててはいなかった。
しかし、追い詰められているのはジャナリも同様であった。
(むぅ…。さすがは魔王グリュア配下の将軍といったところかのぉ。なかなかに厄介な相手じゃわい……)
ジャナリは弓兵に目配せする。それを受けて矢が一斉に放たれた。
ダラギスは回避しつつ、避けきれなかった矢を三節棍で打ち払った。さらに、濃霧魔術を使って霧を発生させ、敵の視界を遮る。
「神風系下位魔術」
ジャナリは突風を発生させて霧を吹き飛ばし、一瞬で視界を確保する。
その僅かな時間を活用してダラギスは接近戦を得意とする兵士を数人打ち倒していた。
「おのれ!」
接近をゆるしてしまった兵士たちはすぐに各々の武器で応戦にでる。ダラギスはそれらを三節棍で防ぎきった。
「神風系中位魔術」
ジャナリの魔力により生じた無数の真空の刃がダラギスを襲い、その身体に幾筋もの傷を負わせる。
「うぉりゃあ!!」
ダラギスは流れる血を気にもとめず、三節棍を操り、周囲の兵士たちを次々にしとめていく。
(まずい! こやつ、この状況を覆しおったわ!)
焦りを感じ、ジャナリは弓兵よりもさらに後方へとさがる。それを見たダラギスは攻めの好機とばかりに一気に詰め寄る。
「ひぃぃっ!」
急な展開に慌てふためき、対応が後手に回った弓兵たちは瞬く間に三節棍の餌食となった。
「あとは貴様だけだ。観念するのだな」
ダラギスは三節棍を構える。
「ほざけ。そう易々とやられはせぬ! 雷矢魔術!!」
ジャナリは、ジリジリと慎重に詰め寄ってくるダラギスに雷の矢を射つ。
「もらった!」
雷の矢を素早く避け、三節棍がうなりをあげた。
ジャナリは身体硬質化魔術を使ってダメージを抑える。とはいえ、軽度というわけではない。
激痛に堪えながらも飛び退き、続け様に魔術を使用する。
「火炎系最上位魔術!!」
魔力によって作り出された渦巻く業火がダラギスをのこんだ。
「ぐあぁぁぁぁぁぁつ!!」
ダラギスの絶叫が響き渡る。
業火が消え去ったあとには全身に大火傷を負い、倒れているダラギスが残されていた。
「さすがは、魔王グリュア配下の武将ダラギスじゃな。……このわしをここまで追い詰めよるとは…」
ジャナリは魔力を使い果たし、杖を頼りにどうにか立っている状態であったが、いまだ砦内で繰り広げられている戦闘を鎮めなければならない。
「グリュアの配下どもよ、聞くがよい! 貴様らを率いていたダラギスは死んだ! 我らの勝利である!!」
眼下で戦う両軍の兵士たちに宣言したことにより、グリュア軍の兵士たちは戦意をなくし、武器を手放す者が続出する。
「まだ……終わっちゃいない!!」
(なんじゃと!?)
ジャナリが振り返った時にはダラギスは目の前まで迫ってきていた。
「はぁぁぁぁっ!!」
ダラギスが残された力を振り絞って怒涛の連続攻撃を叩き込む。ジャナリは全身の骨が砕かれて絶命した。
「ルワーナ砦は陥落した。俺たちの勝……」
ドスッ……
改めて勝利を宣言しようとしたダラギスだったが、最後まで言葉にできなかった。背中から左胸を槍で貫かれている。
絶命し、倒れたダラギスから槍を引き抜いたのは血塗れのヤグマクだ。全身の深手を負っているが一命はとりとめていた。衝撃の展開を目の当たりにしていた両軍の兵士たちは絶句する。
「此度の戦、我ら魔王ゼンバラル軍の勝利である!」
ヤグマクは槍を高々と掲げて堂々と勝利を宣言し、それに呼応してルワーナ砦の防衛のあたっていた兵士たちから歓声があがった。