episode6 ルワーナ砦攻略戦(前編)
魔王グリュア領の町パルテーサ。魔王ゼンバラル領にも程近いこの町に、グリュア配下の将軍ダラギスを総大将とした軍勢が集結しつつあった。
(兵も物資も充分だな。あとは、やつからの情報を待つのみ…)
ダラギスは、パルテーサの地下に秘密裏に作られた広大な空間に蓄えられた大量の物資と、集まった兵を見る。間もなく始まる魔王ゼンバラル領への侵攻戦を思えば気分が高まった。
「それにしても……」
ダラギスは南にあるゼンバラル領のルワーナ砦方面に顔を向ける。ゼンバラル側にはどれほどの戦力が集まっているのかが気になった。
もっと早い段階で奇襲を仕掛けて砦を落とすことはできた。しかし、どこからともなく現れたあの男の進言により、あえて情報を漏らし、砦に援軍が到着するのを待っている。
(グリュア様は、なぜ、あのような素性も知れない男の進言を採用されたのだ?)
ダラギスには解せなかった。あの魔族の男はたしかに腕が立つ。それについては、ダラギスも認めざるを得ない。しかし、魔王ゼンバラルをはじめとした、他の魔王勢の刺客という可能性もある。そうでなくても、魔王グリュアの持つ紋章を狙って近づいてきたということも考えられた。
「まぁ、よいか。あの男が少しでも妙な真似をすれば即刻殺してしまえばいい。いかに腕が立とうが所詮は流れ者。用済みになればすぐにでも始末すればよいだけのこと、か」
ダラギスは口元に残忍な笑みを浮かべる。
◎
「ダラギス将軍!」
兵士が駆け足でやってきて跪く。
「なんだ?」
「ご報告いたします! 例の男からの報告によれば、援軍としてゼンバラルの直属の兵1000と軍師ジャナリが配置されたとのことです」
報告を受け、ダラギスは思考する。
(あの砦には3000ほどの兵力があったはず。そこに援軍が1000か。対してこちらの兵力は5000。純粋な兵力だけならば問題ない。が、ジャナリが出てきたとなると少々厄介だな…。やつの魔術は侮れん。それに加えて、砦を守護しているヤグマクは槍術と魔術に優れた名将……。あの二人が揃っては兵力の差は容易く覆されよう……)
「あの男はどう動く?」
ダラギスは報告にやってきた兵士に訊く。
「はっ、我が軍の侵攻に合わせて参戦するとのことです」
(はたして信用してよいものか? いや、やつとて己の目的を達するために我らを利用しているのだ。ならば、それまでは裏切るような真似はするまい)
「期は熟した! 直ちに出撃しろ!!」
ダラギスは決心し、命令を下した。
◎
(おっ、ダラギスの軍勢のお出ましかい……)
ゼンバラル領の砦付近。夜の闇に身を隠していたベデューはダラギス率いる軍勢の前に姿を現す。
先頭を行軍していた将軍ダラギスは立ち止まる。
「ベデューよ、貴様のよこした情報に間違いなどなかろうな?」
「おいおい…、疑うたぁ、ひでぇじゃねぇかよ。俺だっておめぇさんらの味方として参戦するんだぜ。いわば、運命共同体ってやつだ」
「ふん。ならば、少しは役に立ってみせよ」
ダラギスは冷ややかに言う。
「へいへい……。そんじゃあ、まずは俺が一人で砦に侵入して、砦の門を開けてやるよ」
「……随分と大きく出たな。そのような大口を叩いて失敗は許されぬぞ?」
ダラギスはベデューを威圧するように見る。
「まっ、これくらいしねぇと信用されそうにねぇから頑張るさ」
「では、いかにしてあの砦に侵入するというのだ?」
「へっ、まぁ見てな!」
ベデューはスキル《飛行》を発動し、身体を浮かせてみせる。
「ほぉ。だが、砦に近づいた瞬間に弓矢で集中攻撃されるぞ」
「俺を甘く見てもらっちゃあ困るな。…とにかく、おめぇさんたちは開門と同時に攻め込んでくる準備を整えてくれればいい」
言い置いて、ベデューは高く舞い上がり、砦に向かって飛び去った。
◎
夜風を切ってベデューは砦へと一直線に向かう。
「敵襲か!?」
砦の屋上で、ベデューの接近に気づいた見張り役の魔族が敵襲を報せる警鐘を打ち鳴らす。
「止められるものならやってみな!」
ベデューは縦横無尽に動き、雨の如く飛来する矢をかわし、かわしきれなかった矢はロングソードで打ち落としていく。
「いくぜぇ!」
猛攻をかいくぐったベデューは急降下して、一気に砦へと侵入する。
「グリュアの配下か!?」
「たった一人で特攻してくるとはバカめ! 血祭りにあげてやる」
「かかれ! かかれ!」
「ヤグマク様とジャナリ様に報告しろ!」
着地したベデューを集まってきた雑兵が取り囲む。
「おらおらおらぁ!」
ベデューはロングソードを振るい、周りの雑兵を斬り捨てながら門を目指す。ここで時間をかけるわけにはいかない。いかにベデューといえども一人でヤグマクとジャナリを同時に相手するのは不可能だ。つまり、二人がやってくる前に砦を開門しなければならない。
「ちっ、雑魚どもが!」
次々に襲いかかってくる雑兵の相手に予想以上の時間をとられ、ベデューに焦燥感に駆られていた。
(とにかく門まで行かねぇと!!)
《剛力》で腕力を強化した強烈な一撃は眼前に群がる雑兵をねじ伏せていく。
「野郎!!」
当然、周りの兵士たちも黙ってはいない。両サイドや後ろから一斉に攻めてくる。
「なめんじゃねぇよ!!」
ベデューは再び《剛力》によって腕力を強化し、身体をその場で一回転する。ロングソードが雑兵たちを斬り裂く。
(つ、強ぇ……)
ベデューの戦闘能力の高さに困惑し、遠巻きに様子をうかがいだした。
(よし!)
ベデューは《俊足》を全開にして門を目指す。矢のような速さで駆け抜け、立ちはだかる兵士は一撃のもとに葬り去る。
(いける!)
間近に見えてきた門を見て、ベデューは笑みをこぼす。が、背後から迫る火炎系下位魔術に気付く。
「ちっ!」
ベデューが横に飛び退いた直後、火炎系下位魔術が通り過ぎ、門に激突して消えた。
「ほほぉ、よくかわせたものだな。少しはできるか」
騒ぎに駆けつけたヤグマクが不敵な笑みを見せていた。
(厄介なことになりやがった……)
ベデューは足を止め、ヤグマクを睨む。
「たった一人で乗り込んできた度胸は褒めてやるが、勇気と無謀は別物だということを知っておくべきだったな」
(こうなっちまったら逃げるのも難しそうだな……。さて、どうする?…)
ぐずぐずしていてジャナリまでやってきては、いよいよ勝ち目がなくなってしまう。ベデューは思考を巡らせる。
「参る!」
ジリジリと間合いを詰めてきたヤグマクが槍を突き出す。ベデューはそれをかわし、すかさずロングソードを振るう。が、ヤグマクは後退してわかすと、すぐに槍で反撃する。
互いに相手の攻撃をかわし続ける。一見すれば互角なのだが、実際には、ジャナリが合流するまでに決着をつけなければならないベデューが不利な状況であった。
(やるしかねぇ!)
ベデューは半歩ほど後退し、ロングソードを構える。
(なにか仕掛ける気か…)
ヤグマクも後退して槍を構える。下手に攻撃すれば取り返しがつかなくなる可能性があることを直感したためだ。
「はぁっ!!」
ベデューは踏み込み、ロングソードを薙ぎ払う。ヤグマクはあまりの速さに動きをとらえられない。瞬間的に攻撃の速度を上昇させるスキル《瞬攻》だ。鮮血がほとばしる。
「ぐぬぁぁぁ!」
右腕を斬りつけられたヤグマクは苦痛の表情となった。そこをたたみかけるようにベデューのロングソードが幾度も閃く。
ザシュッ!
ベデューの斬撃をかわしていたヤグマクだったが、遂に右肩にロングソードを深く斬り込まれてしまう。姿勢を崩し、片膝をつくヤグマク。だが、勝利をあきらめてはいない。激痛を堪えて左手をかざす。
「火炎系中位魔術!」
ヤグマクが魔術名を叫んだ瞬間、火炎の針が発生してベデューを襲う。
「ぐあぁぁっ!」
火炎に包まれ、絶叫するベデュー。対魔術盾を張ったが完全には防ぎきれずに大ダメージを受けてしまった。
(…勝負を急ぎすぎたか……)
ベデューは、ひとまずヤグマクから距離をとり、回復系下位魔術を使ってダメージを回復させる。
ヤグマクもすぐには追撃をできず、同様に回復系下位魔術で傷を回復している。
「弱ってる今ならやつを殺れるぞ! 一気にたたみかけろぉ!」
周りで戦いを見ていた雑兵たちが戦意を取り戻し、ベデューに襲いかかってくる。
(ちっ!…相当まずい状況だな……)
さらなる窮地の陥ったベデューは賭けにでる。《俊足》を発動させて門まで一気に進む。
「この野郎!」
門を守っていた魔族の大男はハンマーを振り上げる。
「はぁぁぁっ!」
《剛力》を使い、気合いを入れて薙いだロングソードは大男の体を両断した。さらに、両サイドから襲ってきた雑兵を続け様に斬り捨てる。
(今しかチャンスはねぇ!!)
素早く懐から爆発の魔術が封印された魔術符の束を取り出し、魔力を流して門の内側に貼りつける。
(10…9…8…7…6…5…4…3…)
心の中でカウントダウンする。集まってきた雑兵を蹴散らし、タイミングを見計らって《飛行》を使って空中へと避難した。
(2…1…0!)
貼り付けられた魔術符の束が一瞬だけ眩く発光したかと思うと大爆発を起こし、ルワーナ砦の門と集まってきていた雑兵、さらには少し離れた位置にいたヤグマクをも吹き飛ばしてしまった。