episode5 オーク討伐
「よぉ~、リバス。どこ行ってたんだよ?」
集落に帰ってきたリバスにワッズが話しかけてくる。その隣には、この間、森で因縁をつけてきたナタムの姿があった。
「べつに……」
ゴーレムとの戦闘で疲労していたリバスは気だるそうに答える。
「てめぇ、ワッズ様が訊いてらっしゃるんだ。真面目に答えろよ!」
ナタムはリバスの胸ぐらをつかんで殴り飛ばす。口元を切ってしまったらしく血がにじむ。それでも反省の様子を見せないことに腹を立てたナタムが追加の制裁を加えようとしたが、ワッズが止める。
「待て、ナタム」
ワッズはニタニタと笑いながらリバスの間近に顔を持ってきた。
「なぁ、リバス。落ちこぼれだったてめぇがナタムを返り討ちにしたそうじゃないか。はっきり言って、ナタムも雑魚だがてめぇよりは強かったはずだよなぁ? それに最近は狩りも調子がいいらしいな。いったいどういうことなのか教えろよ」
「さあね。俺が狩りが上手くなっても、強くなっても、だれにも迷惑をかけてるわけじゃないだろ?」
ベデューのことはだれにも話すつもりはなかった。それは人生を変えてくれた恩師との約束でもある。
バキッ
ワッズが右手の甲でリバスを殴った。
「ナタム程度を倒したくらいで調子にのってるんじゃねぇぞ。俺から見ればこの集落のやつら全員がゴミクズみてぇなもんだ」
ワッズは見下したような冷たい視線を浴びせる。
リバスは奥歯を噛みしめた。悔しいが、ワッズの実力は本物ではある。たしかに集落の者全員が束になってかかっても勝てる可能性は低い。腐っても魔王の息子なのである。
しかし、たとえ殺されようともベデューのことを話さないと決心している。
「いい度胸だ!」
ワッズは冷笑すると無抵抗のリバス殴り、また蹴り続ける。集落の者たちは黙ってその光景を見ているのみだ。
◎
「へんっ、ざまぁねぇな」
ナタムはアザだらけになって倒れているリバスに唾を吐き捨てる。
「落ちこぼれの分際で俺にたてついた罰として、オーク討伐への同行を命じる!」
「オーク討伐?」
ワッズの理不尽な命令に問い返す。
オークとは豚と人間を掛け合わせたような容姿をしたモンスターである。
「そうだ。これから俺とナタムとおまえの三人でオーク討伐に向かう。当然、おまえには拒否権などない。わかったな?」
(やれやれ……)
すぐにでも自宅で休みたいところではあるが断れるはずもなく従うことにする。
「わかった」
「ふふん。なら、さっさと行くぞ!」
勇んで先頭を進むワッズのあとにナタムが続き、最後にリバスがため息をつきながらもついていく。
◎
集落から森と草原を抜けた先。岩山地帯にオークが棲息する洞窟があった。陽はすっかり落ち、頭上には星空が広がっている。
「よぉし、ここからはおまえが先頭だ」
ワッズはリバスを指名する。
(やっぱり、そうきたか…)
予想していたリバスは黙って先頭に立つ。
洞窟の中からは多数の気配を感じる。ベデューから教わった索敵法が役立った。
(さて、どうする? 敵の数は正確には把握できないけど、けっこうな数がいるはず…。それに対してこっちは3人、か。とはいえ、ムカつくやつだけどワッズの実力はあてにできる)
「おい、豚ども! さっさと出てきたらどうだ。皆殺しにしてやる!!」
ワッズは声高に宣戦布告した。
「ああん、だれだぁ?」
「ずいぶんと威勢がいいな」
洞窟の中からオークたちが続々と出てきた。
(意外だな。ワッズの性格からして奇襲を仕掛けるのかと思ってたんだけど……)
リバスは予期せぬ行動にワッズのほうを見やる。だが、ワッズは愉悦を覚えた表情をしていた。
「おっと、いかんいかん。俺とナタムは用事ができた。というわけで、一人でこの場を切り抜けることだな。言っとくが、逃走なんてみっともない真似はするなよ…」
「へッへッへッ……。じぁな、また会おうぜ。生きてたらな!」
言い置いて、ワッズとナタムはそそくさと間もなく戦場となる地から撤退してしまう。リバスは絶句したまま、その後ろ姿を見送るしかできなかった。
(くそっ! なんてやつらだ!! 最初から俺を殺すつもりだったってわけかよ!?)
激しい怒りを感じる。だが、今はオークどもをどうにかしなければならない。ハンティングナイフを構え、できるだけ冷静に頭をフル回転させる。
(どうする!? 1匹や2匹ならなんとでもなるけど、この数は……。まして、こっちはゴーレムとの戦いでかなり消耗してるんだぞ!)
そうして思考してる間にもオークたちはリバスを取り囲むように布陣する。
(くっ…、とにかく行動しないと! 突き崩すとすればあそこだ!)
完全に包囲される前に最も手薄な箇所に狙いをつけて攻撃をしかける。
「やるか、このやろう!」
1匹のオークが棍棒を振り上げた。だが、それが振り下ろさせるよりも早く、リバスのハンティングナイフが喉を裂き、即死させる。
「なんだと?」
目の前で仲間が殺されたことで動揺し、行動が遅れた他のオークたちを次々に始末していく。
「うろたえるな! 敵はたったの一人だ。数が多いオレたちは負けねぇ。まずはそいつを囲むようにしろ」
洞窟の奥から姿を現した一回り大きいオークが他のオークに指示をとばす。
(あいつが親玉か。あいつを倒すことができれば統制を崩せるかも…)
リバスはリーダー格のオークを見据え、《俊足》を発動させる。
まずはリーダー格オークを取り巻く複数の雑兵オークを屠る。
「スキル使いかよ!」
リーダー格オークは、急接近してきたリバスに右手のバトルアックスを振りかざす。
ブンッ
身を屈めたリバスの頭上を戦斧が通りすぎる。すかさず、ハンティングナイフがリーダー格オークの喉元に迫る。
ガキィン!
リーダー格オークは左手の盾でハンティングナイフを受け止める。
(案外、反応がいい!)
リバスは下がる。
「てめぇ!」
リーダー格オークによって振り下ろされたバトルアックスをかわす。
左拳と両足を使った打撃をオークに連続で叩き込む。右手のハンティングナイフを警戒していたリーダー格オークは不意に放たれた打撃を受ける。
「っのやろうが!」
リーダー格オークが怒り、叫ぶ。跳躍したリバスの足下を振り回されたバトルアックスが通過した。
「うぉぉぉぉっ」
リバスは掲げたハンティングナイフをリーダー格オークの脳天めがけて振り下ろす。が、寸前のところで盾で防がれてしまう。
キィィィンッ!
折れたハンティングナイフの刃が宙に舞う。
(しまった!)
咄嗟の判断でリーダー格オークの盾を蹴り、後方へと飛び退いたリバス。そのすぐ目の前をバトルアックスが通過した。
「おめぇら、一斉にかかれ!!」
リーダー格オークの一声をきっかけとして、雑兵オークたちが向かってくる。
(まずい!)
唯一の武器をなくし、窮地に陥ったリバスは迫ってくる雑兵オークを素早く一瞥し、一人に狙いをしぼって《俊足》で接近する。
「死ね!」
狙われた雑兵オークがサーベルで斬りかかるが、それは空を斬るだけであった。
「うぉぉ!」
攻撃が空振りした直後、リバスのボディブローが雑兵オークにヒット。続いて回し蹴りをこめかみに当てる。倒れた雑兵オークの手からサーベルを奪い取って構える。
新たな武器を得たリバスは周囲の雑兵オークを蹴散らす。
(ちきしょう! たった一人の魔族のガキにここまでやられちまうとはな!!)
リーダー格オークは焦った。未だ優勢ではあるものの、リバスの予想以上の奮戦にオーク側の士気は確実に低下してきている。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
リバスの呼吸は乱れていた。次々に襲いくる雑兵オークを片付けてはいるが、身体中に傷を負い、集中力もなくなってきている。心身ともに限界が近づいていた。
「あの小僧も弱っているぞ! もう一息で殺れる! かかれぇい!!」
自らもバトルアックスを掲げてリバスに襲いかかりながら、リーダー格オークは手下を鼓舞する。
「うぉぉぉぉっ!!」
ある程度の士気を取り戻した雑兵オークがリバスにとどめを刺そうと間合いを詰めてきた。
(どうする!? 逃げるか? いや、ダメだ。そんなことをすればワッズは何をするかわからない。それに、こいつらから逃げ切るだけの体力は残っていない……。だったら、やることは一つしかないか!!)
リバスはリーダー格オークを迎え撃つべく《俊足》を使用する。
「あまいんだよ!」
リーダー格オークはバトルアックスを振るうと同時に盾を構えてリバスの攻撃に備える。が、リバスは攻撃しなかった。スライディングで一瞬にしてリーダー格オークの背後へ滑り込み、すり抜け様に足首を斬りつけ、すぐに立ち上がる。
(なんだとぉ!?)
地面の膝をついて振り返ったリーダー格オークは両目を見開く。その瞳にはサーベルを高々と掲げたリバスの姿が映る。
ザンッ
《剛力》を使ったリバスによって垂直に振り下ろされたサーベルはリーダー格オークを真っ二つの斬り裂いた。大量の血飛沫をあげて絶命するリーダー格オークに雑兵オークは恐怖した。
(まだだ……まだ…終れない!!)
休む間もなくサーベルを構え直し、近くにいた雑兵オークを次々に斬り捨てる。
「さぁ、かかってこい! 俺にはまだおまえたち全員を血祭りにあげるだけの力なら残ってるぜ! 次に死にたいやつはだれだ!?」
サーベルを構えて周りの雑兵オークに言い放つ。
「なんだよ、あの化け物は!?」
「おい、あんなやつと戦ってられねぇぞ!」
残った雑兵オークたちはサーベルを構え、臨戦態勢をとるリバスに恐れを抱く。
「降伏するなら、その証として何かを差し出してもらう!」
リバスは降伏を促す。
「オレたちの宝を差し出せば命は助かるのか!?」
「ああ。約束しよう」
「ならば、この場で待っていてくれ」
オークの一人が洞窟に戻り、長剣を手に再び姿を現した。
「バスタードソードか」
オークが持ってきた剣を受け取り、リバスは呟く。
「珍しい物でもないが、手入れは行き届いているはずだ」
バスタードソードを鞘から引き抜く。月光を浴びた刀身が輝く。武器をなくしたリバスにとっては必要な物に違いなかった。
「交渉成立だ。俺はこのまま立ち去る」
言い残し、リバスは長剣を背負うと岩山地帯をあとにした。
◎
「…くっ……」
岩山地帯を抜け、オークの目が届かない草原までやってきたところで、両膝をついて四つん這いになる。
(…ダメだ……もう、限界か……)
草の上に横たわる。限界まで達した疲労により、リバスは深い眠りへと落ちていった……。