episode2 成長
愛用のハンティングナイフを右手にリバスは身構えていた。だが、動かない。
「どうしたよ? さっさとこいよ。退屈でしょうがねぇぜ…」
ベデューは鞘に納めたままのロングソードを肩に乗せてあくびをする。
(くそ…隙を全く見つけられない……)
一見すると隙だらけなのだが、攻撃が成功するとは思えなかった。
(ほぉ。無闇に攻撃してこねぇか。勘はそれなりにいいじゃねぇか。さすがはガネッツの息子、といったところか?)
ベデューは微笑する。
「なんだよ、こねぇんじゃ修行にならねぇぞ。しょうがねぇ。こっちからいかせてもらうぜ」
言い置いてベデューが動く。ロングソードが四方八方からリバスを攻める。
「くっ!……ぬぁ!……うぁ!」
次々に繰り出されるベデューの攻撃をリバスはどうにかハンティングナイフで受け止める。当然ながらベデューが手加減しているおかげである。
「どうした、そんなもんか? ったく、何度言やぁわかるんだ。視覚だけじゃねぇ。全神経を集中しろ。相手の動きの先を読まねぇか」
(そんな事はわかってるさ! それができれば苦労しないんだよ!!)
ここ数日、リバスはベデューによって同じ訓練を受けていた。しかし、どうしても上手くいかないのである。リバスは心の中で反論するが声には出さない。
「はぁ……」
ベデューはため息を漏らして後退した。
「反撃はしないでやるから、とっとと打ってこい」
ベデューは攻撃を誘う。
「でやぁぁぁぁ!」
リバスはハンティングナイフで何度となく斬りかかるも空を裂くばかりだ。
「バカかよ、おめぇは!」
ベデューの左拳がリバスを頬にめり込んだ。弾き飛ばされて地面を転がる。
「…っ痛ぇ。反撃しないんじゃなかったのかよ!?」
起き上がり、抗議するリバスにベデューは冷たい視線を送る。
「はん! 敵の言う事をいちいち真に受けてんじゃねぇよ。いいか。戦闘ってのは単純な力のぶつかり合いだけじゃねぇ。時には、騙したり、相手の精神を揺さぶったりといったことも必要だ。俺に言わせりゃあ、そいつは卑怯でもなんでもねぇ。出し抜くのは立派な戦術ってやつだ」
「くっ……」
ベデューに反論できずに唇をかむ。
「それとな、てめぇの戦い方は武器に頼りすぎだ。本来なら接近戦ではロングソードよりハンティングナイフのほうが有利なんだぜ。なのに、てめぇときたらハンティングナイフばかりで自分の体を使わねぇ」
「俺の体……。つまり、パンチやキックか?」
ベデューは頷く。
「そうだ。勝ちたきゃ使えるものは何でも使え。…まぁ、いいだろう。ここいらで休憩にしようや」
ベデューはその場に腰をおろした。
◎
「ひとつ訊いてもいいか?」
草原に仰向けに寝ながらリバスはベデューに話しかける。
「ああ? なんでぇ?」
「ベデューはどうして旅をしてるんだ?」
ベデューは空を見上げる。
「俺にもガキのころからの夢があんだよ。」でっけぇ夢がな……」
「どんな夢だよ?」
「その時がくれば教えてやるさ。その夢のためなら俺はなんだってするぜ」
野望を語るベデューの双眸には少年のような輝きが宿っていた。
◎
ベデューによる修行を終えたリバスは森の中を駆け抜け、家路を急ぐ。途中では野ネズミを3匹ばかり発見し、見事に狩りを成功させていた。
「おっ、リバスじゃねぇか」
声をかけられ、立ち止まる。現れたのは集落の住人ナタムであった。
ナタムはリバスが野ネズミを持っているのを見て呼び止めた。目的は強奪である。
「ナタムか。何かようか?」
リバスは臨戦態勢をとる。
「そう警戒するなよ。同じ集落の仲間だろ?」
卑しい笑みをこぼすナタムに嫌悪感を抱く。
「最近、狩りの調子がいいみたいだな。それに比べて、俺は不調でよぉ……。困ったもんだ」
「それがどうしたんだ。俺には関係ないだろ」
リバスは突き放すように言い捨てる。
「おいおいおい、そんな冷たいこと言うなよ。少しくらいわけてくれてもいいだろ。困った時はお互い様じゃないか。その代わり、おまえがピンチの時は助けてやるからさぁ」
信用する価値など微塵もなかった。そもそも、リバスはナタムを仲間だと思ったことなど一度たりともない。いや、それをいうなら、これまで仲間や友といったものとは無縁であったか。
「断る」
短く、きっぱりと答える。瞬間、ナタムから卑しい笑みは消え失せた。
「俺がしたでに出てやってるからって、いい気になってんじゃねぇぞ。いいからよこせ!」
パシンッ
ナタムが伸ばしてきた腕を払いのけたことで張り詰めた空気が流れる。
「そうかよ。痛い目をみなきゃわからないらしいな」
ナタムは持っていた槍を構える。
リバスもハンティングナイフを鞘から抜く。突きだされた槍の穂先をかわし、ナタムの懐に飛び込み、ボディーブローを打つ。
「ぐっ…」
ナタムはよろめきながら後方へ移動し、槍で凪ぎ払う。
ブン!
ナタムの槍がしゃがんだリバスの頭上を通り過ぎる。
(なに!?)
またしても空振りしてしまい、動揺するナタムの顔面にリバスの蹴りがヒットした。
「うぐっ」
宙に浮いたナタムが背中から地面に落下し、うめき声を漏らした。
ベデューの猛攻に比べればナタムの攻撃など物の数ではない。また、狩りの成功率も上がってきていることからもこの数日間の修行の成果は確実にあらわれている。
「落ちこぼれが!」
起き上がったナタムは憤怒の形相で魔力を練る。
「いくぜ、おらぁ!」
練り上げた魔力を雷の球に変換し、連続で射ってくる。雷撃系下位魔術だ。
木々の間をすり抜け、かわし続ける。
(くそったれ! チョロチョロとしやがって!……)
ついこの間まではリバスのことを「魔術も使えない落ちこぼれ」と言って小バカにしていた。それが今は押されているなど屈辱である。その気持ちが焦りとなって蓄積し、冷静な判断力を奪っていく。雷撃系下位魔術を連発し過ぎて魔力が尽きてしまった。
(しまった!)
自分の軽率な行動を悔やむ。だが、すでに遅かった。矢の如く飛び出してきたリバスの右ハイキックを受けて、ナタムはぐらりと体勢を崩す。
「っの野郎が!」
ナタムがリバスを殺害しようと突きだした槍の穂先は、跳躍したリバスの下の何もない空間を突く。
「くらえ!」
空中に移動したリバスは限界まで上げた右足をまっすぐ振り下ろした。
「げふぅっ」
リバスのかかと落としを脳天の受けたナタムは白目を向いて気絶し、その場に崩れ落ちる。
「やった…勝った!……勝ったんだ!!」
リバスは初めての勝利に歓喜した。ナタムは集落内でも弱者の部類だ。しかし、常に負け続けてきたリバスにとっては初勝利であり、この結果は今後の自信にも繋がる第一歩となった。
◎
「ただいま!」
リバスは晴れやかな気分で帰宅した。
「あら、リバス。何かいいことでもあったのかい?」
パライナは上機嫌で帰ってきた息子に訊く。
「まあね。…そうだ。これ!」
リバスはシンプルに答え、獲ってきた野ネズミ3匹をパライナに差し出す。
「近頃は狩りの調子もいいようだな」
ガネッツは息子の成長を実感している。
「うん!」
本当はベデューのことを家族には話したかった。しかし、それはベデューから固く禁じられていたため、だれにも話せずにいるのだ。その理由は知らされていない。
「もしかして、お兄ちゃん、放出系の魔術を使えるようになったの!?」
「いいや、そうじゃない。けど、たとえ放出系の魔術が使えなくても俺は強くなってみせるさ」
「リバスよ。何があったかは敢えてきかん。しかし、この数日でおまえは随分と成長したようだな。それは単に肉体的なものだけではなく、精神的にも…な。俺はおまえのような息子を持てたことを心から誇りに思うぞ」
「父さん…」
ガネッツの言葉にリバスの胸に熱い思いがこみ上げてくる。
「さぁさ、リバスがせっかく捕まえてきてくれたんだもの。腕によりをかけて美味しい物を作らなきゃね。ロネム、手伝ってちょうだい」
「うん!」
パライナとロネムは野ネズミを持ってキッチンに向かった。