007
「ありゃ当たりかもなー」
「ちょ、何? 何だったの?」
一人納得した様子のKに、全くワケが解らないリュオウス。
「んー?」
「あんな質問で何が解ったって言うのよ?」
事件に関わる話は一切していないようにみえた。
「いや、実に色々と。質問自体に意味はないんだけどね」
Kは眼前で何かを摘むポーズをする。
「本当に、コレが周りに沢山あったんだよ」
「 ? どれよ」
眺めまわすような動きをしているが、そこには何がある様にも見えない。
「あ、リューちゃんには見えないのか」
一瞬だけリュオウスに視線を移し、すぐにまた手の中の何かを眺めはじめる。
「羽根羽根。これ、特殊な羽根だなぁ。…オーサマのに似てる」
どうやら教える気はないらしいと察してリュオウスは溜息一つ諦めた。
「何よ。ワケ解んない事ばっかだわ」
「いやいや。ありがと、リューちゃん。じゃあ帰ろっか」
「そーして」
まったく、今日だけで一体どれほど溜息を吐いただろう。数えるのもバカらしい。とにかくやっと解放されるのだ。もう一度だけ大きく息を吐いて、リュオウスはうんと伸びをした。
一度駐翼場に降りるのは遠回りだと感じて、Kは中庭に降り立とうと向かう。
「ちょ、いいわよ。中庭は乗りつけ禁止よ」
「え、そうなの?」
とはいえもう到着間近だ。
「なんで知らないのよ」
「ルールを覚えるのは苦手なんだ。まあついちゃったから、取り敢えず下ろすよ……!?」
―― ぐるるるる ――
言葉の途中で異変に気付いた。慌ててリュオウスを下ろし城へ「還す」。
直後世界の色が変わる。
フェニックスが悲鳴を上げ、Kともども地に叩き落とされた。
「…ぐっ、」
ダメージが大きそうなフェニックスを帰還させる。
確かに聞こえた。獣の唸り声。大層機嫌の悪そうな威圧的な呻き。
唐突過ぎて整理がつかない。意味が解らない。だが、なんだかヤバそうな事だけは確かだ。
――ぐるぁあああぁぁッ――!!
「だhじょあえgpか!!!」
飛び出してきた獣の影に、意味を成さない言葉の羅列が迸る。
「な、ななな、な…」
現れたのは、金色の鬣が眩しい立派な獣。
「ら、らいおん!!?」
なんとも大きく逞しい、これは――玄獣だ。
「ちょっと、なにおまえ。退いてくれる?」
どうにも気が立っている様で聞いてくれる気配は無い。
「ヤバい。ちょっとマズい」
いくらなんでもコレ相手は骨が折れる。しかもこれだけ近付かれているとなるとKが不利だ。城を壊さずに身を守る自信が無い。
「はぁぁ…なんでこんな処に結界…」
結界を壊してもいいが、現実世界にどんな代償があるか解らない。
「困った…」
大きなライオンはKを組み敷いたまま首を捻っている…様な仕草をしている。
「食べられちゃうな…」
仕方ないので、城の住民の安全と引き換えに自らを助けようと決意する。シールやリュオウスに危害が及ぶのは避けたいが、背に腹は代えられない。このライオンはKが無抵抗に組み敷かれているので様子を見ているようだが、これから抵抗したらまた激しく襲い掛かってくるのだろう。そういえばこの結界はこのライオンが組んだのだろうか。まあいい。そんなに悠長に考えている時間も無い。
「よ、っと」
いよいよ反撃を開始しようとした時、
「早まるなよ十三師団長」
「ほえ?」
何処からともなくヴァイスの声が響いた。
次の瞬間。目の前には先程と打って変わって可愛いサイズになったライオン、背後にはヴァイスが立っていた。
「オーサマ?」
ヴァイスは呆れた顔でKを見下している。
「だから放っておけと言ったんだ。全く、忠告を聞きもしない…」
その口振りからするにこのライオンが例の獣なのだろう。
「…なんだか解んないけど助かった。ありがとう」
労せず助かったのはありがたいので素直に礼を述べておく。
「俺は割りと放っておくつもりだったんだがな」
「ウチの危機を。…いいけど。じゃあどんな心境変化かな」
「いや、ブラックが報告に来たから」
「へ?」
予期せぬ名前に首を傾げる。見ると、ヴァイスの後にはブラックが控えていた。
「フィルツェーン嬢が怖かったから」
「あらまぁ」
どうやら巻き込むまいと弾き飛ばしたリュオウスが異変を察知し、庭でブラッキーと戯れていたブラックを脅し――いや、ブラックに異変を報告したらしい。それでヴァイスを呼んで来てくれた、と。
「という事で、かわいいブラックが報告に来ちまったから知らないフリが効かなくなったんだよ」
「なるほどね。リューちゃんに感謝です」
「あれ、俺達は?」
放っておく気満々だった癖に何を言うのか。
「しっかしこんな強力な結界サラッと反転させやがって。製作者は訊かなくてもいいかな」
「俺じゃないぜ」
「え!!?」
こんな大層な結界をつくり出せる人間がそうそう居ては堪らない。
「コイツは城に付いてる守護獣なんだよ。結界張ったのは当時の飼主。初代国王だって話だ」
じゃあ、このライオンがケテルの国家守護獣…!
思わずマジマジと観察する。確かにさっきまでの様子からすると相当強そうだ。今はまるでぬいぐるみのような姿だが。
「ん? それなら、ずっと昔から此処に居るって事でしょ? なんで最近になって…」
「苛立ってるだろ、ソイツ。どっかのバカが違う国の守護獣を城に持ち込んだからな」
「成程ね。領域侵犯されて不安定なのね」
ふと今の言葉が引っかかった。あまりにさらっと言われたので流しかけたが、それは確か――…
「あっ、ケセドの守護獣!?」
「ん? 知ってたのか」
昨日貝空から聞いた情報だ。
「じゃあ、やっぱ乱獲にあってたの? あ。あ。あ!」
煌力に似た強大な力。ヴァイスから舞う羽根によく似た色違いの羽根。獣。ヴァイスが泳がしていると言っていたのはつまり。
「真犯人が連れてるのか…!」
ヴァイスは無感動にパチパチパチと拍手を送る。
「おそらくだがな。ヨクデキマシタ」
Kは頭を抑えてしゃがみ込む。
「あああぁ、オーサマ。じゃあ、犯人が決まりました」
「ああ。こっちでも大体把握してる。ただ今は時期じゃない。乱獲に携わる裏組織と同時に叩く」
流石ヴァイス。Kが辿り着くよりうんと早く犯人に至り、一石二鳥の捕り物劇を計画中とは。
「そっか。こっちもきっと明日にはグールの居場所を掴むよ」
「そうか。俺達は客人の行方に関してはノータッチだからな。そっちはそっちでやってくれ」
「うぃ。じゃあお互いの健闘を祈ります」
結界を張り直すというヴァイス達と別れて、Kはリュオウスにお礼を言いに行った。
お叱りを甘んじて頂戴し、漸く夕飯へと辿り着く。
「お腹が…ぺこりん…」
謎の言葉を発しながら扉を開く。二人は先に食事中だったようだ。
「おうK、遅かったな」
「おう…グール生きて戻ってきたら絶対2発は蹴る…」
くたくたと席に着き、テーブルにへばりつく。
「…犯人が見つかったのか?」
Kを暫く眺めた後、唐突にシールがそんな事を訊いてきた。
「え?」
aとともに首を傾げる。
「違うのか」
「いや、判明したけど」
「え!?」
aが椅子をすっ飛ばす。
「吃驚した。a子、しっだん」
「お、おうごめん」
aが座り直すのを待って、Kは今日の出来事を大体説明した。
「犯人は判明した。グールの居場所も多分明日には解る。オーサマも動いてる。…で」
じっとシールを見る。
「どういう事?」
シールは暫く目線を逸らしていたが、突き刺さる二人分の視線についに根負けした。
「おまえ、何か持ってるだろ。それだ」
場にクエスチョンマークが乱舞する。
「?」
aは怪訝にKを見るがKにも意味が解らない。
「え、何を?」
ポケットを叩いてみるも特に変なものは入っていない。仕方ないので全部机に出してみる。
ライター、煙草、鍵、硬貨数枚、札数枚、ミニ工具、ガム、使用済みティッシュ、ケータイ…
「そのズボンにどんだけ入ってんの?」
途中で既にaが呆れ返っている。
…そして、羽根。
「これか」
「それだ」
「どれだ…!」
リュオウスにも見えないみたいだったがaにも見えないらしい。
「シール、この羽根見えるんだ」
「…羽根?」
「え、これだよね?」
羽根を持ち上げる。
「それだが…俺には羽根の形には見えんな」
「え、じゃあなにコレ」
Kには羽根にしか見えない。
「さぁ。何らかのエネルギー塊だな。俺には『そこにエネルギーが集まっているというイメージ』としてしか理解できん。とにかく、それは事件現場に残ってたエネルギーイメージと一致する」
開いた口が塞がらない。
「…シールちゃん」
何とか振り絞って一言。
「これ見えてたならもっと簡単に辿り着けたんじゃない…?」
「他に見える奴が居るとは思わなかったからな。…面倒だし」
最後の小声は完全に聞こえている。aも隣でプルプルしている。
「まあ、どうどうa子。どうせ明日で解決だよ、抑えて抑えて」
適当にaをなだめつつ、取り敢えず空腹を満たす事にした。
今日は流石に疲れたので寄り道せずに自室に向かう。
部屋に戻ると今日もそこには貝空が居た。
「ありゃ。また? …そういや報告聞いてなかったっけ」
「………来る」
「はい?」
ばさっと羽ばたくような音がして、それは隣に現れた。
「よ…っと」
黒髪にオッドアイの小柄な少年。現れるなりKの向かいのベッドに偉そうに腰を掛けていた。
「遊びに来てやったぞ」
「うえぇ!? 曠真爺? なんで?」
「なんだかヴァイスに呼び出されてのぅ」
曠真爺――本性はブラクザイアという竜なのだが、とにかく彼は貝空の天敵だ。宿敵といってもいいかもしれない。とにかくえらく仲が悪い。
「還れ」
そうそうに不機嫌オーラ全開で貝空が凄む。曠真は貝空の殺気を全て受け流して底意地の悪い笑みを浮かべる。
「ごあいさつじゃの~。まあよい。今主と事を構える気はない」
「還る気が無いなら事を構えることになる」
「あらやる気」
ここでケンカを始められては、今日を以って世界からケテルという国が亡くなる事になりかねない。
「なんじゃなんじゃ狭量且つ好戦的なヤツじゃのぅ。独占欲の強い男は嫌われるぞ?」
「ぁ、もう曠真爺もあんま挑発しないで…」
「貴様と共有するものは何一つ無い。とっとと還れ」
「ああぁ…もう、貝空も乗らないで…」
夜半過ぎ。何故だか突然、ケテル城客室棟の一室で、静かに世界は危機に瀕していた。
「あぁ…えっと、もう…。もう知らないよコレ」
ちょっとKには責任が重すぎる。
何もかも放棄して、Kは布団にもぐりこんだ。