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日清カップヌードル(ポークチャウダーヌードル)

 ――死神は、欲張り者が大好き。


 先日、無理な探索続行を考えていたアオイに言った言葉であるが、今日もまた、その正しさは証明されることとなった。


 ――遺跡エリア地下二十六階層。


 コバルトドラゴンを三度(みたび)倒して足を踏み入れた前人未到の階層は、しかし、その実未踏ではなかったのである。


「……どうか安らかに」


 これまでの階層とはまた異なる雰囲気をした造りの迷宮内で、壁に背を預けるようにしながら亡くなっている白骨死体に話しかけた。

 死してなお、その手に握られているのは――魔本。

 魔フォンではない。

 電話帳のように分厚いそれは、今より二十年以上も前の探索者たちが使用していた品である。


 基本的な能力は魔フォンと変わらぬそれを手に取り、開く。


「……あんたの名前は知ってる。

 ここで亡くなってたんだな」


 そこに記されていたステータスを始めとする諸々は、彼の生きた軌跡そのものだ。

 遺体共々俺のインベントリに収容し、遺族へ引き渡すと共に今後の探索行における貴重な資料とする義務が俺には存在した。


「……ん」


 と、インベントリのページを眺めた俺の手が止まる。

 その中に存在した、ある食料。

 それは、俺の魔フォンに収容しているものと同様のものであった。


「……あんたのこと考えながら、頂くことにするよ」


 遺体と魔本をインベントリに収容し、代わってその食料を取り出す。


 ――日清カップヌードル。


 ……その、ポークチャウダー味を。


 ――ポークチャウダーヌードル。


 そのパッケージは、近年の日清カップヌードルシリーズのように調理後の写真やド派手なフォントを使ったものではなく、ごくごく簡素なものだ。

 知らぬ者が遠目に見たならば、通常のシーフード味と間違えるかもしれない。

 唯一、特徴的なのは『昭和の売り上げNo.1』というマークと、『50周年記念復刻版』というマーク……。


 そう、この二つのマークが表す通り……。

 この商品は、1971年に日清カップヌードルが発売されたことを記念し、セブンイレブン限定で復刻販売された品の一つなのである。


 早速、スキルでお湯を注ぎ添付された蓋止め用のシールでこれを止めた。

 果たして、この透明なシールは販売当時にも存在したものなんだろうか……。

 剥がしにくかったり貼り付けにくかったりで、正直、プラ製フォークを重しにした方が手っ取り早いのだが、蓋止め一つにも歴史を感じられるのは面白かった。


 待つこと三分……。

 蓋を開けた瞬間、目につくのは浮かび上がったかやくの数々である。

 卵と刻みネギはおなじみであるが……。

 みっしりと並べられた豚の薄切り肉や、キャベツ、ごく少量存在する刻まれたニンジンという二種の洋野菜が特徴的だ。


 この、ニンジン……。

 強迫観念じみた執念を感じる。

 分量からして彩り目的であるのは明らかであり、卵、ネギ、キャベツにこれが加わることで三原色が揃い踏みとなるのだ。


 料理において、三色揃えることの重要性は言わずもがな。

 このニンジンからは、コストを少々度外視してでも見た目のクオリティを上げようという日清カップヌードルスピリッツが感じられた。


 フォークを突き刺し、かき混ぜほぐす。

 そうすることで鼻孔をくすぐるのは、その名にたがわぬ魚介の香り……。

 キャラメル色に輝くスープを、まずは一口味わう。


 おお……。

 これは……。


 なんというか、すごく複雑な味わいだ。

 魚介ベースのカップヌードルと言えば定番のシーフード味が存在するが、そちらとははっきりと味の方向性が異なる。

 まず、大きいのは豚の風味を軸にしていること。

 そこに魚介の風味を加えまろやかにまとめ上げることで、日清オリジナルのポークチャウダーとして完成を見ているのだ。


 チャウダーの本場、アメリカ人が食したらどのような感想を抱くかは分からないが……。

 少なくとも、俺にとってはすごくアメリカらしさを感じる味である。

 単なる洋の味ではない……。

 開拓的な、洋の味なのだ。


 ただし、それは令和現在に抱くアメリカ像ではない。

 昭和の時代……追いつき追い越せが実現しつつあった時代の、一般庶民がアメリカに抱くイメージの味だ。


 肉も魚介も野菜も一緒くたに煮込んで、スゴ味のある味を作り出す……。

 そんな、憧れのアメリカが形になった味なのである。


 多分、今企画会議をしてもこういう発想は出てこないと思う。

 かの超大国相手にバチバチやるぞという、そういう発想が自然と出てきた時代だからこそ生まれたフレーバーだ。


 スープにばかり感心してもいられない。

 フォークで具材ごと麺をまとめ上げ、これを食す。

 定番規格の麺はさすがによくスープが絡み、これを余すことなく楽しませてくれる。

 キャベツのシャキシャキ感も頼もしく、たかがカップヌードルのかやくに過ぎないというのに、野菜を食べている感覚が味わえた。


 そして、豚の薄切り肉……。

 これには嘘臭いまでにチャーシューの味が染み込ませてあり、食感は駄菓子のようでありながらも、しっかりとした肉っ気をこのヌードルへ与えてくれている。


 卵に関しては、言わずもがなの定番な美味しさであり、時たま味に変化を加えてくれるネギとニンジンも嬉しい。


 麺をすすり、具材をかじり、スープを飲み込む……。

 そうすることで脳裏をよぎるのは、先の探索者が生きた時代……昭和という時代であった。


 伝聞でしか聞いたことのない、伝説の時代……。

 それはいっそ、江戸時代や平安時代などといった遠い昔よりも、ファンタジーに感じられる時代である。


 誰もが上を向き、努力が素直に反映された時代……。

 主に車の輸出でアメリカと互角に渡り合い、ブルース・ウィリスの出世シリーズ第一作では、犯罪者の占拠先として当てつけのように日系企業が使われた時代だ。


 当時すでに国民食と化していたであろうカップヌードルに、そのアメリカの代表的料理を取り込む……。

 だからだろうな。

 真新しいのに、どこかレトロさを感じてしまうのは……。


 いつも通りスープまで含めて完食し、ゴミをインベントリにしまい立ち上がる。

 目の前に広がるのは、偉大な先達でも力尽きた人類未踏のフロンティア……。

 果たして、どのようなモンスターや罠の数々が待ち受けているのだろうか……。


「俺も、バブルが弾けちまわないように気をつけないとな」


 そんな独り言を口にしながら、俺は更なる探索を試みるのだった。

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