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ペヤングソースやきそば

 アガルタといえば、国立迷宮管理機構の通称であり……。

 その役割は、多岐に渡る。


 例えば、俗に探索者とも呼ばれる迷宮調査官の管理及び支援……。

 昨今(さっこん)、我が国の探索者たちは目ざましい勢いで踏破領域を増し、新種のダンジョン資源を持ち帰ることに成功している。

 それは、国家公務員試験以上の倍率と言われる試験を突破した探索者たち自身の優秀さもさることながら、アガルタの支援によるところも大であろう。


 そんなアガルタであるが、国立の機関であるからには、ある程度の情報を市民に開示し活動への理解を深めてもらう義務が存在する。

 代表的なところでは、博物館の運営……。

 アガルタが運営する迷宮博物館においては、我が国とダンジョンとの関わりや歴史を学べると共に、時には修学旅行などに合わせゲストとして現役の探索者も招かれるのだ。




--




 そのようなわけで……。


「はい、というわけで、本日は皆も知っているトップクラスの探索者――面識(オモシキ)空介(クウスケ)さんにお越しいただきました」


「やあ、みんな!

 今日は君たちの質問に、どんどん答えちゃうよ!」


 迷宮博物館内に存在するエントランス……。

 迷宮内に存在するモンスターの再現模型群を背中に、日本人離れした巨体をスーツに押し込んだ男がにこやかな笑みを浮かべていた。


 博物館の女性職員と共に彼が見回すのは、整列する小学生児童たち……。

 どの子供も、キラキラとした目をしており、オモシキという男の人気具合がうかがえる。


「皆も知ってる通り、こちらのオモシキさんは現役最長の迷宮滞在時間を誇り、数々のダンジョン資源を持ち帰ってきたアガルタのエースです。

 ここまでの博物館見学で思ったことや分からなかったことを、質問してみましょう」


 女性職員にそううながされ……。

 子供たちが、興奮気味に手を上げる。


「はい!

 遺跡エリアで見たコバルトドラゴンのVR映像ですけど、あれを一人でやっつけたのは本当ですか!?」


「ああ、あれはきつい相手だ。

 迂闊(うかつ)に徒党を組んで挑もうものならば、損害ばかりが増える結果になるだろう」


「やっぱり、オモシキさんが戦った中でも一番厄介な相手ですか!?」


「いや……それがダンジョン探索の奥深いところでな。

 個人的には、絡め手で攻めてくる相手の方に厄介さを覚える。

 しかし、単純な戦闘力で評するなら、既存のモンスターで間違いなく最強だろう」


「はい! はい! 写真撮ってもいいですか!?」


 明らかに場の趣旨とは外れた女子児童の言葉には、さすがに眉をひそめるオモシキだ。


「写真というと、SNSにでも投稿する感じかな?」


「ダメ……ですか……?」


 周囲から非難する目で見られ、取り出しかけていたスマートフォンをおずおずと引っ込めようとしていた女子児童に、しかし、オモシキは破顔してみせたのである。


「――いいに決まっているとも!

 どうせなら、男前に撮ってくれよ!

 そうだ、肩にでも乗せてやろうか?

 他の皆も、順番だ!」


 その申し出に、子供たちは大喜びし……。

 今回の集団見学は、大盛況で幕を閉じたのであった。




--




「あー……。

 ダンジョン探索の百倍疲れた」


 都内に存在する、とあるタワーマンション……。

 その一室に帰宅した俺は、ネクタイをゆるめながらソファへ座った。

 本当なら横になりたいくらいの気分だったが、まだこれを着ていく予定があるのでそうもいかない。


「苦手だな、ああいうキラキラした瞳……」


 子供たちの眼差しを思い出しながら、かつての自分を思い出す。

 思えば、昔は俺もああだった。

 それで憧れのまま探索者になり、色々と(すす)けて今に至る。


 と、胸ポケットが振動したのでスマホを取り出す。

 地上にいる時のみ持ち歩いている端末には、『この後の会食へ絶対遅れないように』という、会長からのありがたいメッセージが届いていた。

 正直、バックレたいが、アガルタ(うち)のボスにそう言われては仕方ない。覚悟を決めよう。


「つっても、ご老人ばかり集まっての会食じゃろくに飯も食えないだろうな……」


 これまでの経験を踏まえながら、魔フォンのインベントリを確認していく。

 場所は赤坂の料亭だし、当然ながら出される料理も豪奢(ごうしゃ)だろうが、スポンサー方を相手にしては食っている暇などあるまい。


「となると、腹ごしらえが必要だが……。

 なんで俺、地上に戻ってきてまでカップ麺食うことになってるんだろう」


 一人ごちるが、こればかりは仕方がないか。

 俺が――ひいては全探索者が万全の状態で活動するためには、誰かがこういう役割を果たさねばならないのである。

 ……本当は、(アオイ)みたいな美人探索者を行かせた方が受けも良いだろうが、あいつこういうの嫌がるしな。


「――お」


 と、インベントリ内に存在するカップ麺の一つに目が留まる。


「……そういえば、こいつは子供の頃に大好物だったな。

 いや、今でも大好きだけど」


 そうして取り出したのは、白いパッケージが特徴的なカップ麺……。


 ――ペヤングソースやきそば。


 見た目だけならば子供の頃と変わらないその包装を、ひと息で破り捨てた。

 すると、姿を現すのは見慣れたプラ製の蓋――ではない。

 わざわざトリックアートじみたパッケージに仕立て、昔ながらの見た目を維持しているが……。

 一皮剥くと、紙製の蓋が姿を現すのだ。


「修学旅行で来たあの子たち……。

 あの子たちは、プラ蓋の閉め方が甘くて中身をぶちまけるような目にあわないんだろうな」


 そんなことを考えながら紙蓋を開き、こちらは昔ながらのソース、かやく、スパイス&ふりかけの小袋を取り出す。

 かやくを麺の上に開け、せっかく地上にいるので普通に電気ケトルで沸かしたお湯を注ぐ。


 待つこと三分……。

 もうプラ蓋の爪を開ける感触は味わえないのかと思いつつお湯を捨て、紙蓋を開いた。

 蓋の裏側に貼りついた具材を、箸でこそぎ落とす……。

 これこそは、カップやきそばを食べる上でなくてはならないシーケンスである。

 そして、液体ソースとふりかけ・スパイスを投入しようとしたところでふと手を止めた。


「そういえば……。

 子供の頃は、ふりかけもソースも使わなかったな……」


 ……思慮の末、まずはソースだけを使うことにした。

 入念に混ぜ……完成!


「いただきます」


 子供時代と同じく、ソースのみで味付けしたペヤングを一口すする。

 なるほど……。

 子供の頃、ソースだけで食べてた理由が分かった。


 本物の焼きそばとカップやきそばで大きく異なるのは、熱による化学変化を経ていないストレートなソースの味を楽しめること……。

 スパイスやふりかけを使わないことで、甘じょっぱいペヤングソースの味がはっきりと楽しめるのだ。

 麺は確かな歯応えとコシがありながらも、歯を立てれば素直にプツリと途切れてくれて、その食感が楽しい。


 そして、麺をすすれば必然的に口へ入ってくるキャベツと肉……。

 ペヤングのかやくって、量の割には存在感があるよな。

 ごく少量であるにも関わらず、キャベツをかじれば「キャベツを食べている」という感覚が湧くし、肉をかじれば爆弾のように肉の風味が口中へ広がっていくのだ。


 さて、ここまでソースのみで楽しんだが……。


 今の俺は大人だ。ふりかけとスパイスも使わせてもらおう。

 温存していたそれらを麺の上に開け、混ぜ込む。


 これをひと口すすると、先までとはまた別の味わいだ。

 甘じょっぱいソースの裏でピリリと効いてくれるスパイスは、味を裏からまとめ上げてくれる立役者であり……。

 青のりとゴマがふんだんに使われたふりかけは、味わいと食感にグラデーションを与えひと口ごとの重厚感を増してくれる。


 美味い……。

 ペヤングというものは、いつ食っても美味い!


 あっという間に、これを完食してしまった。


「ペヤングを食べた後の、確かに食べたんだけどまだまだ物足りない感じ……なんなんだろうな?」


 スーパーなんかでは従来の超大盛サイズに加え、超超超大盛や、果ては超超超超超超大盛ペタマックスなんてのも見受けられる。

 あれらは、そういった想いが結実して生み出された商品なのかもしれない。


「さて……歯あ磨いたら行くか!」


 立ち上がり、おっくうな予定への決意を新たにする。

 スポンサー方のご老人を相手にしての、ろくに料理も食べられない会食……。

 子供の頃から大好きなペヤングの味が、俺に立ち向かう勇気をくれていた。

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