日清カップヌードル(しょうゆ味)
カップ麺を覆うフィルム……。
これを剥がすのは、至上の喜びである。
ペリリ……ペリリという音は、どんなアーティストでも紡ぐことのできない福音だ。
そして剥き出しとなったのは、五十年間変わらぬ触感とデザインの容器……。
――日清カップヌードル。
その、しょうゆ味である。
『ココカラハガス』と書かれたダブルタブを丁寧に……『ココマデハガス』と点線が書かれた部分まで剥がす。
――ニャーン。
……そうすることで顔を表すのは、蓋の内側へ描かれたネコちゃんである。
思わず、フ……という笑みが漏れる
単独でダンジョンへ挑む探索者にとって、このユーモアはありがたい。
殺伐とか過酷とか、そんな言葉では生ぬるい探索行の中にあって、貴重な心安らぐ瞬間だ。
ダンジョン探索で得たスキルの一つ、『熱湯生成』を用いてお湯を注ぎ込みダブルタブでしっかりと蓋を止める。
ついでに、プラフォークを乗せて重しとした。
魔フォンのタイマーを、三分でセット。
出来上がるまでの間に、魔フォンを手早く操作して自分のステータス、道中で得られたスキルポイント、インベントリの状態などを素早くチェックする。
それは一分ほどで終わり、二分の間を得ることができた。
「ふー……」
息をつき、周囲を見回す。
学校の教室くらいの広さがある空間は、暗く……『暗視』のスキルがなければ照明を必要とするだろう。
壁や床を構成している素材は漆黒の……地上に存在するいかなる石材とも異なる成分のそれであり、ところどころになんらかの意味が存在するのだろう文様が彫られていた。
――ダンジョン。
その、遺跡エリアと呼ばれる区画である。
魔フォンのマップによれば、現在は地下二十五階層……。
巣食っているモンスターも相応の強さがあり、先ほどまでこの場を守っていた六体の連携にはなかなか手こずらされた。
精神的疲労をかんがみれば、次の一戦を経た後に地上へ帰還する運びとなるだろう。
と、そんなことを考えている内にタイマーが鳴り出す。
蓋を九割ほどめくると、先ほどのネコちゃんから公式のSNSをフォローして欲しいというメッセージ……。
まあ、ダンジョン内じゃ無理だけどな。
そうすることで姿を現すのは、お湯を吸って本来の柔らかさを取り戻した麺と、その上をごろりと彩る頼もしい具材たちである。
ねぎの青……えびの赤……そして、卵の黄……。
食欲を刺激する、三原色だ。
通常の料理においても、いろどりのため三色備えることは重要視されるものだが、それを世界最初のカップ麺に採用する辺り、発明者はセンスの塊である。
容器の中心にフォークを突き立て、まずは軽くかき混ぜた。
――ああ。
この香りの、なんとほっとすることであろうか。
これを嗅ぐだけで、疲れ切った体にグングン力が湧き上がってくるのを感じる。
――もう我慢できない!
麺を具具材ごとフォークで絡め取り、これを一気にすすった!
世界中の人に、伝えたい言葉がある……。
――箸で食うカップヌードルとフォークで食べるカップヌードルは、全くの別物だ!
極細の平打ち麺は、ただでさえスープとよく絡むものだ。
しかし、これをパスタのようにくるりとすくい上げることで、もはや絡む絡まないの領域を超え……麺とスープが完全に一体となるのである!
しかも、この食べ方にはもう一つの利点があった。
必然的に、種々様々な具材がアトランダムで入り混じってくるのである。
シャキリとしたねぎは舌に活を与え、肉は噛み応えを維持しつつもスープがよく染みるという究極の矛盾を体現していた。
えびは、死と常に一心同体のダンジョンにおいて、何やらめでたい気分を味わわせてくれるものであり……。
何よりも気に入っているのは――卵だ。
そもそも論として、俺のみならず日本人というのは卵が大好きな生き物である。
で、あるから、牛丼屋やラーメン店においては、冷静に原価を考えるとボッタクリもいいところの生卵や煮卵をトッピングとして求めてしまうのだ。
このカップヌードルに入った卵も、ふわりとした食感にほんのりと甘みがあり……他の具材のみではあと一歩及ばなかったであろう高みへと、この商品を昇華させている。
――美味い。
――実に、美味い。
ダンジョンの中に、ひたすら麺をすする音が響き渡った。
麺と具材を食べ終えるが、俺はスープの一滴たりとも残すつもりはない。
容器を傾け、これを飲み干す。
このスープ、一体どんな材料で作っているのか……。
何度考えてみても、これが分からない。
スッと入ってくる味わいは鳥ガラベースだと見て間違いないだろうが、果たして、他にどんなダシ材を使っているのか……。
一つ確かなのは、これを飲むと体の奥も奥でうま味が根を張り、全身に熱がみなぎることである。
肉体的にも精神的にも限界だった体が、今一度蘇っていく……!
「ふう……」
大いなる満足感と共に食べ終え、息を吐き出す。
結局、今日もスープの秘密にたどり着くことはかなわなかったが……。
まあ、行けども行けども探索しきるということがないこのダンジョンと同じだ。
世の中というのは、謎が一つ二つ存在するくらいが面白いということだろう。
ゴミをインベントリの中にしまい込み、立ち上がる。
そして、部屋の奥に存在する……壁一面を使った巨大な扉に手を突いた。
「むん……!」
両開きの扉は、感触からして一枚当たりい乗用車一台分ほどの重量があるだろう……。
だが、問題はない……。
ダンジョンで鍛え抜かれた、この体ならば……。
そもそも、この程度の扉すら開けられないようではここへ来るまでにモンスターのエサとなっているだろうし、ましてやこの向こうで座す存在へ立ち向かえるはずもないのだ。
『――――――――――ッ!』
咆哮と共に出迎えるのは、巨大な竜。
彼が住まいとするのは東京ドーム程もある闘技場じみた空間であるが、それでも飛び回るには狭いということだろう……他の竜種と異なり翼は生えていない。
その代わり、全身の鱗は銀白色の金属へと置き換えられていた。
――コバルトドラゴン。
この遺跡エリア地下二十五階層における階層主であり、俗にボスモンスターと呼ばれている内の一体である。
人類の限界到達領域を守護するだけあり、とてつもない強敵であるが……倒した後のリターンも果てしなく大きい。
何しろこいつは前回倒した時、百トンもの高純度コバルトインゴットをドロップしたのだ。
高純度のコバルトは電気自動車生産などに必要不可欠であり、俺は今回、各方面からの要請に従ってここへ足を踏み入れたのである。
各種のスキルを発動し、油断なく身構えた。
コバルトドラゴンの方も、前回倒した個体の記憶でも引き継いでいるのか、開幕にブレスを吐き出すようなことはなくじろりとこちらを睨みつけており……。
どうやら、今回は長期戦となりそうである。
「上等だ……!
今の俺は強いぜ……?
カップヌードル食ったばっかだからな!」
それは、己を奮い立たせるための虚勢ではない……。
体の奥底では、スープが……麺が……各種の具材が……確かに体へ熱を入れ続けていた。
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