9.find.森の散策
更新遅くなりまして、申し訳ないです。
*
はじめに1人で森を散策した辺りを通り過ぎてから、2時間ほど経った。
森は崖から離れていくごとに獣道らしきものが増え、歩きやすくなってきた。
今は楽しそうに鼻歌を歌いながらたゆん、たぷんと先を行くスライムにとりあえず先導させている。
スライムは魔物だからか、魔物の感知ができるので見知らぬ土地ではかなり使い勝手がいい。
獣道っぽい道を歩きながら、時折、大樹の根を乗り越えて、目ぼしい木に印をつけて雑草をかき分けて、1人と1匹はたまに休みを挟みつつ、ひたすら進んだ。
「この森、地元の森とは違って、かなり鬱蒼っとしてる割に採光性がいいな・・・」
辺りを見回しながら、ケイは感慨深げに呟いた。
森を歩き始めて2日経った頃、元の頃と比べると、ガラリと森の雰囲気が変わった。
はじめは踏み入るのも躊躇うほどの密林だったのが、今では少し行くとハイキングコースの遊歩道があると言われても信じそうなほど快適な道のりだ。
地元の森は定期的に伐採して冬季用の薪を集めていたから歩きやすかった。
時折、村近くに降りてくる熊を狩猟免許を持った爺さんたちが捕まえて、よく晩餐会が開かれていたのをよく覚えてる。熊の肉は癖が強いが美味しい。
俺もよくじいちゃんに教えてもらいながら狸とかを捕まえてはしゃいだものだ。
都会に出てからはそんな機会、流石にないが・・・。
そこらに生えてる草木は《鑑定》しないと何の木かいまいちわからないが、顔のついた果実や歌う花があったり、不思議植物なのはよくわかった。
改めて、ここは異世界なんだなと思う。
元の世界に帰りたいかと言うと、それは違うような・・・単に神様に反抗したいだけかも?
ただ、元の世界に帰っても1人きりだ。それならここでスライムと戯れながら生きるのも悪くないな、なんて思う。
スライムを見やると相変わらず楽しそうに跳ね回っている。
先行きの不透明さが気がかりだし、異世界という常識の通じない不安もあるが、スライムと一緒なら大丈夫な気もする。
思考を止めて前を見て、先に行きすぎているスライムに少し呆れながらケイは呼びかけた。
「あんまり俺を置いて行くなよ、急に襲われた時、対応できなくなるぞ」
《ハーイ!!》
足を止めたスライムの返事にケイは嘆息しつつ、郷愁に浸るのはやめてこれから先を考えることにした。
まず草原を抜けた。
はじめは水も食料も心許ないなか、よく頑張ったと思う。スライムとの出会いもあったから諦めずにここまで来れたと思う。
森は食べ物もそれなりにある。工夫次第ではここで生きることも難しくないだろう。
戦闘になってもそこそこ戦えることは実感した。ただ寝る時がうまく休めなくて不安だ。
街に行くのが今のところ目標だ。もし無事に街に着いたら何をしよう。
宿をまず取りたいな。柔らかいベットでとりあえず丸1日寝ていたい。
その為にも資金集めをしないと。
《鑑定》で高価そうなものを拾っているけど、夜は少し冷えるし毛皮ももっと欲しいところだ。
そのあとはどうしようか。街の人はどんな生活をしてるんだろう。
「美味しいご飯と温かい寝床は大事だ。まずそれだよな。」
うんうん、と頷きながら、ふとケイは歩みを止めた。
何となく視線を感じたのだ。
スライムが反応していないってことは、危険はないってことなんだろうけれど、少し気になる。
日本にいた頃ならこの程度には気づかなかっただろうが、この世界に来てから人と会ってない。少々過敏になってるのだろう。
目線を彷徨わせた後、木の上を見つめた。
木の上からこちらを伺うのは、体は白と黒の二色で、リスのようなに尻尾の大きい、愛らしい生き物だった。
「おい、見てみろ、なんかいる」
スライムに呼びかけて、ケイは腕を組んだ。
この森で出会った生き物はこれまで狼のマハウルフだけだったから、初めてみた生き物に少し驚いた。
木の実を抱えたリスっぽい生き物は驚いた顔をしていたけれど、俺たちと目が合うと《鑑定》する間もなくサッと逃げてしまった。
《アレモ、オイシイノカナ?》
「何でも食ってたら腹壊すぞ・・・」
相変わらずなスライムにため息が出た。
*
しばらく歩いた時、スライムが急に足を止めた。
はじめは疑問に思ったけれど、すぐに原因がわかった。独特の獣の匂いが風上から微かにしたから。
マハウルフだ。
ちらりと影が掠めたのを見て、厄介だな、と思う。
どうやら前に戦ったやつより数は少ないが、サイズが大きい。
こちらが足を止めたことで、向こうも動きを止めた。
スライムは2歩下がって俺と距離を縮めて、俺も腰に刺した短剣と長剣の握りを確かめる。
《マエ2ヒキ、ウシロ3ヒキ。 ケイ、ドウスル?》
「動いたら前をやれ、俺は後ろ。」
短く答えて、ケイは目を閉じて動くのを待つ。
1分か、2分か、しばらくしたのち、マハウルフが動いた。
草の擦れて揺れる音に方向がわかる。
ケイは即座に右斜めに剣を振り下ろした。
「グルゥ・・・!」
「クソッ!!」
首を狙ったはずが、狼は身をよじって避け、胸元に浅く切り傷が入っただけになる。
唸り声を上げる黒い狼に、ケイは悪態を吐きながら右手を向けて光魔法を放った。
目眩しをして、今度はきっちりと狙い通りに剣を振り下ろすと、首がポーンと飛んで、狼の体が傾いだ。
《オニク!!》
スライムも肉を求めて全力攻撃しているようだ。
背後で燃える匂いがして、火魔法を使ったスライムに警告を飛ばした。
「毛皮は売れる!! あんま傷つけんなよ!!」
次に襲ってきた狼の口に剣を噛ませて、腹を蹴り上げると狼は後退して様子を窺ってくる。
スライムの水魔法、《アクアカッター》で首を飛ばされた狼がこちらまで血飛沫を飛ばしてきた。
「囲まれたな・・・」
じりじりと後ろに下がったけれど、後ろにも狼がいるしスライムもいる
「《ウィンドカッター》!!」
風魔法で、地面の草を切り飛ばし、少し地面も抉る。
一斉にかかってこようとした狼にとりあえずの牽制だったが少し後退したから多少の効果はあったようだ。
ケイとスライムは背中を合わせて、相手の魔物の動きを伺いながら作戦会議だ。
《コイツラ、ナカナカツヨイヨ》
「でもっ・・・ 全然余裕だろ!!」
1匹がこちらに向かって牙を向けたので応戦しながら言葉を返した。
すでに3匹に囲まれているが、向こうも真剣なのだろう。はじめに2匹倒されても、一歩も引く気はないようだ。
「まあ、引かれたら追いかける、けどなっ!!」
ケイが先に飛び出して、剣を無造作に突き出す。狼は余裕の顔で避けるが、ケイはそのまま剣を投げた。
スライムが即座に意図を読み取ってタイミングを合わせ、影魔法で幻覚を見せる。
幻覚に惑わされているうちにケイの投げた剣はそのまま狼の頭蓋骨にめり込んだ。
後ろではスライムが火魔法で壁を作って狼に二の足を踏ませてカバーした。
ケイは腰から短剣を引き抜いて、目の前にいた狼にのしかかって首を引き裂く。
残りは火の向こうにいる1匹だ。
そう思って振り返ると・・・
最後の1匹の狼は最後の1匹だと悟ると、途端に踵を返し、スライムがファイヤーウォールを消す前に、マハウルフの名にふさわしいほどの逃げ足を見せた。
「あっ!!あいつ逃げやがった!!!!」
追いかけようと足を向けたが、脳裏に先ほど見たリスっぽい生き物がよぎった。
このまま放置したら他の動物や魔物にとられてしまうかもしれない。それにあの足にはとても追いつける自信がない。
《ニク、オイカケル?》
「いや、先に仕留めたやつの肉と皮剥ぎをしよう」
マハウルフを肉扱いする相変わらずなスライムに苦笑いしながらそう答え、ケイは狼の頭に刺さったままの剣を引き抜いた。
*
《ケイ、カワハギ、ジョウズ》
「ああ、地元でよく手伝ってたんだ」
毛皮は少し温めてからの方が剥ぎやすい。お湯をかけるのが一般的だけど、この世界でさらに品質を上げるなら魔法で燃えない程度に炙りながら剥ぐのが一番だ。
《オニク、タベタイ》
さっき食べただろ、なんて言葉が出かかったけど、戦闘で魔力も体力も消費しただろう。
どうせ全部持って行くことはできない。
持っていく肉だけを適当に切り取って、残りはスライムの好きにさせた。
《スッパイキノミ、チョウダイ》
笑顔のスライムに言われて、ケイはカバンから取り出した。
スライムは器用に骨にこびりついた肉だけを体内で溶かして平らげていく。
ああ。木の実も、もうそろそろ採集しないと。
木の実やハーブっぽいものを入れた皮袋を覗いて、少なさにため息をつく。
日本での生活では買えば済む話だが、ここではそうも言ってられないだろう。
今は数百円で買える胡椒も昔は金と取引されていたらしいし、どの世界でも香辛料が高いのは同じだと思う。
こんな日々がいつまで続くのか、そう思うと少し不安になった。
スライムの食べ終わった後の綺麗な白い骨を見て、ケイは何本か折り取った。
カーブの綺麗な肋骨や太めの大腿骨は、何かに使えそうだと思ったのだ。
「そろそろ行くか?」
《モウスコシ、タベタイ》
いそいそと物色してるうちに、3体分の肉を平らげたスライムに声をかけると不満そうな声が返ってきた。
スライムの食い意地には驚くものがあるが、俺としてはいつまでも血生臭いところにいたくない。
「ちょっとその辺歩いてくる」
《ハーイ》
スライムから離れて、血の匂いの薄まるとこまで歩いて一息つく。
平和な日本で育ったからか、鶏の血抜きなどで多少慣れてるとはいえ、血溜まりのあるようなところでは休むに休めないのだ。
ほっと息を吐きつつ少し歩いていくと、木の実の群生地が現れた。
「あ、酸っぱいやつもある・・・」
酸っぱい木の実はアサギリという名前だ。
念のため変なものも入れないように《鑑定》しながら、潰れないように革袋に詰めていく。
胡椒っぽい匂いのするテッツァという木の実も見つけたが、《鑑定》によると毒があるらしい。
毒抜きができたら美味しく食べれるだろうか?
そう思いながら革袋に詰めた。そのうち使える場面もあるだろう。
しばらく物色していたら、スライムが追いついてきた。
「おう、食べ残しは燃やしてきたか?」
そう声をかけると、得意そうにスライムが答えた。
《ゼンブタベタ!!》
「そうか・・・」
体積の変わらないスライムをまじまじ見つめてしまった。
あの量の肉がどこに入ったのかよくわからないが、満足そうなスライムには何も言わずに街を目指して1人と1匹は森の中を歩き出した。
*
そろそろ人に会いたいケイ君です。