8.Meals.狼の森
8話です。よろしくです。
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森の手前、森に踏み入れるのに躊躇しているのは森が妙に鬱蒼としていて怖気付いたわけではない。
ケイはスライムに問いかける。
「なぁ・・・これほんとに『向こう』に行って大丈夫か?」
手を前に出して、妙に反発する感覚をおぼえる。
《鑑定》をしたが何の反応もない。正直こんなとこを通るのは怖い。
場所を変えて、何度試してもムニムニというか、フルフルというか、
ジェル状の幕がかかったような何かがあるのだ。
《ココカラ、サキハ、イッタコトナイ、ワカラナイ》
スライムの案内で、ようやく森の近くまできた。
食料も尽きたし今更、「じゃあ」と引き返すこともできない。
進むしかないか。
そう決断して、ケイとスライムはお互いを見合ったあと、見えない何かに突撃した。
しばらく反発があったがぐいぐいと体を押し付けていると、急にするりと抜けた。
「とっとと・・・」
視界が少し歪み、めまいがするが、頭を振って落ち着けた。
「大丈夫か?・・・って、あれ?」
視界が安定して、スライムは大丈夫かと思って声をかけようとして気づいた。
隣で同じく格闘していたスライムの方を見る。
ところがスライムもまだ出てきてない上、後ろにあるはずの草原は、崖になっていた。
対岸は見えない。スライムの姿もない。
「うええ・・・?」
驚いて、変な声が出てしまった。
しばらく呆然としていると、何もない空中から白い物が飛び出してきて、思わずキャッチする。
「え、あ。スライム。大丈夫だったか?」
胸に飛び込んできたスライムを抱えたまま、問いかける。
心なしか赤い瞳は半眼で、少し疲れた顔をしてるように見える。
《ダイジョウブ・・・チョット、ツカレタヨ》
「そうか、とりあえず休もうか」
戻ろうにも、草原は崖に早変わりして、どうしようもない。覗き込んでみた。草が少し生えているが、下から吹く風にビビって早々に諦めた。
さっきの幕はきっと結界みたいなもんだったんだろう。
無事に超えられて良かったと今は思うことにしよう、そうスライムと話ながら麦茶を飲んだ。
《ソウゲン、ドコイッタ、ダロウネ》
「俺はもうあんな何もないところ戻りたくないからちょうどいいよ」
苦笑いしつつ、会話する。
よく聞くと、スライムの声は水滴が落ちるような綺麗な声だなって思った。
ソレッテナニ?とか聞かれたらうまく説明できる自信も根性もないから伝えるのはやめておいた。諦めた。
少し休んだあたりで、ケイは立ち上がった。
「散策がてら食いもん探してくるから、その辺の草どけて枝でも集めておいてくれないか?」
夜営の準備を手早くスライムに教え、あとを任せてケイは森を歩き出した。
意気揚々とはいかないが、腹が減っては戦はできぬともいう。
森は昔から歩いてた。
公園のない田舎の子供の遊び場はもっぱら森で、山菜を採ったり時には蛇を捕まえていた。
森はテリトリーと言ってもいい。知らない森の歩き方もわかってる。元の場所に戻るくらい大したことはない。
適当に歩きながら《鑑定》を使って食べれそうなもの、害のないものを見極めながらきのこや木の実を適当にカバンに詰めていく。
カラフルな彩色のきのこはあまり食欲をそそられないが、背に腹は変えられない。
毒さえなければ焼けば食えるだろう。
草を食べていたあのスライムのことだ、多少の渋い・不味いくらい気にしないだろう。
腹が減ってるので味見もしたかったが、スライムに悪い気がして遠慮する。
1時間ほど散策したあたりで、ぬかるんだ地面に獣の足跡を見つけた。
草原と森は完全に分けられていたから、きっとスライムがあんなに繁殖できていたんだろう。
足跡を観察する。
見た感じ、四足歩行だろうか?クマみたいな大型じゃなくてよかった。
熊だったらスライムかかえて逃げることもままならないだろう。
歩幅的に大型犬くらいのサイズの獣みたいだ。足は早そうだがこのくらいのサイズなら剣で倒せそうだ。
肉は食いたいが、正直、この森の中でいきなり背後に来られたら逆に食われる気しかしない。
早いとこ森を抜けないと危なそうだ。そう見切りをつけて、ぬかるみを迂回するように散策しながら
ケイは元の崖まで戻って行った。
*
スライムは葉っぱを集めたところに丸くなって(もともと丸いんだけど)寝ていた。
《鑑定》するとMPがかなり少なくなっていた。起こすのもかわいそうなので飯ができるまでそのままにしておこう。
落ち葉をどけられて、比較的綺麗になっていた地面に座り込んで、
集められていた木の枝とスライムの下から落ち葉を失敬して組んだところに火魔法で着火し、焚き火をする。
比較的綺麗な枝を水魔法で洗い、さっき拾って来たきのこと山菜を刺して焼き始める。
しばらくすると匂いにつられたのかスライムが起きてきたので膝に乗せて焼き加減を見る。
夕暮れになった森の中は少し薄暗くて肌寒い。
いい焼き具合がわからないので少し焦げるくらい焼いてから、
スライムのために枝から外して、手頃な大きな葉に乗せて差し出すと嬉しそうに食べ始めるのを見て、ケイもきのこを枝からかじった。
熱すぎて枝からきのこを外すときに少し火傷したのは黙っていよう。
食べながら、ケイは散策中に見つけた獣の話をした。
「多分、あの獣は夜行性だと思うんだよね、元の世界じゃだいたいそうだったし」
《キノコ、モウイッコタベタイ》
「いいよ」
話聞いてんのかよ、と思ったけど、素直に差し出すことにした。
焚き木から離しておいた残った枝から焦げたきのこを外して葉にのせる。
《オイシイ!》
スライムの中で溶けていくきのこを見ながら、続きを話す。
「夜は光魔法は目立つし、変わりばんこに警戒しながら寝て、森を抜けないか?」
《ワカッタ》
食べ終わった皿代わりの葉と枝を焚き木に放り込んで寝る準備をする。
スライムはさっきまで寝ていたから、まずは俺から寝ることにした。
枯れ葉の山の寝床を貸してくれるというスライムの無邪気さを拒否して、何かあったらすぐ起こせとだけ伝えて、焚き木の側で丸くなる。
久しぶりの森歩きでだいぶ疲れていたのもあったし、《鑑定》でMPも消費したのであっさり眠りに落ちた。
*
「イ・・・ケイ・・・圭!!」
呼ばれて、目を覚ます。
もう少し・・・そう言って布団をかぶり直すと、無慈悲にも布団をひっぺがされた。
あれ、、目を開けるとそこはいつものベッドで、布団を抱えて怒った顔の恋人がいた。
何だか夢を見ていたような気がする。ぼーっとしてると恋人の静香が「おはよう」という。
「んあ・・・もう時間?」
寝ぼけ眼を擦って起き上がると、静香が笑いながらそうだよ、と言った。
「早くご飯食べないと遅刻するよ」
「ああ・・・。 ありがと」
頭をポリポリかきながら、寝室を出ると、いい匂いがした。
今日の朝飯は魚らしい。
「そろそろ休み取れそう?」
不安そうに聞く静香に曖昧な返事をして味噌汁を啜る。ナスの味噌汁だ。
いつもながら、静香の飯は美味しい。
「体壊さないようにだけ、気をつけて」
そう言って、コーヒーを飲む彼女を見た。
長い髪を適当に束ねて、スマホを見てる。スッピンでも可愛いなんて反則だよなぁと思いながら、
休みもままならない俺のために一緒に住むと言い出して、毎朝起こして、自分は食べないのにこんな朝食まで作ってくれる。その優しさを何だか今更ながら実感する。
今日も休日出勤だ。何連勤になるかわからないし、終わったところで深夜の帰宅。休日は寝て起きたら終わりだ。
それでも隣にいてくれる彼女は女神だろうか?
彼女とは付き合ってもう3年になる。
今年の記念日も相変わらす仕事だったのに、何にも言わないで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるかけがえのない存在だ。
「まだ先なりそうだけど休み取れたら、どっかいこう」
そういうと、嬉しそうに「楽しみにしてるね」と返してくれた。
きっと、仕事から帰ってきたら、彼女は美味しいご飯と一緒に旅行雑誌も出してくれるだろう。
そう思いながら最後の一口をかき込んだ。
・・・・・・・・・
《ケイ!!キタ!!!!》
頭の中に響く悲鳴にも似た水滴の声に起こされて、草原でだいぶ慣れてきた動作そのままに、即座に横に置かれていた剣を握った。
「起きた!」
何ともな抜けな返事をして辺りを見渡すと、目の前に狼らしき遺体が転がっていた。
《オソッテキタ、サッキイッテタ、マモノ?》
「ああ、片付けおわ・・・ってないな、まだいる」
《ウン》
狼に囲まれている。
何となく、嫌な視線が絡むのがわかった。
じっと相手が動くのを待つ。
剣を腰に構えて《居合い》をいつでも出せるように集中する。
姿の見えない敵としばらく睨み合って、冷や汗が流れる。
《キタ!!》
スライムの叫びで即座に茂みの揺れる音の方へ剣を一閃した。
胴を真っ二つにして崩れる狼が地面に落ちる前に背後で動く音がして即座に振り向きざまに振り抜いた。
今度は頭だけが先に落ちた。
何だ、意外に戦えるじゃん。そう思って、油断した。
後ろから蹴られたような衝撃に身を返して剣で体を庇ったが、そのまま狼にのしかかられた。
鋭い犬歯を必死に剣で押さえながら、腹を蹴り上げるが、こんな体制ではうまく力が入らずなかなか抜け出せない。
《ケイカラハナレテ!!》
そんな声と共に火魔法が飛ぶ。
スライムの魔法だ。背中を焼かれて狼はキャインと悲鳴を上げ飛び退いた。
その隙に立ち上がり、逃げた狼を追おうとして、視界の端で狼に囲まれているスライムが見えた。
風魔法で相手に切り傷を負わせているが、動きが素早く、致命傷にはならない。
スライムの今のレベルでは倒せないだろう。
即座に方向転換して、スライムの援護に向かう。
狼の後ろから剣を差し込んで頸動脈を切り、スライムの前に躍り出た。
狼は残り2体。同時にくるつもりか、周りをくるりくるりと回る狼に背後を取られないようケイも動きながら狼の出方を見る。
《カゼデ、キル、ユダン、サセテ!!》
背後でスライムが言う。
「任せた!!」
スライムを信じて、ケイは狼の片方に走った。
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「肉だああああああああ!!!!!!」
周囲の魔物を呼び寄せないように小声で喚起を叫びつつ、白み始めた空の下、ケイはよく焼けた肉をかじった。
見事に狼の群れを倒したスライムと喜びを分かち合った後、狼の毛皮を剥いで、素材になりそうな牙や爪を何となく採取し、柔らかそうな肉だけを葉に厳重に包んでカバンにつめ、血生臭い場所から離脱した。
1時間くらい歩いたあたりで焚き火を起こし、残った木の実と一緒に肉を食べているのが今だ。
酸味のきつい木の実だったが、塩も胡椒もない味気ない肉と一緒に食べるとレモンをかけたようでよく合う。
《ニク!!オイシイ!!スキ!!》
スライムも歓喜の声を上げている。
久しぶりのタンパク質に喜びつつ、スライムと話す。
「にしてもあいつらなんだったんだ?」
遺体を《鑑定》したら
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マハウルフ
Lv.10
種族:ウルフ
状態:死亡
群れで狩りをし、動きが早い。
毛皮はそこそこ高額で取引されている。
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とでた。
《マハウルフ、ツヨカッタ》
「ああ。でもお前も強いから、あのくらい、警戒しとけば大丈夫だよ。」
金がないから、毛皮を売って足しにしよう。
そう考えて、ウルフは積極的に狩る方向でスライムと話をし、火の後始末をしてまた一人と1匹は森を歩き出した。
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ようやく草原から脱出&ご飯にありつけましたね。