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38.transition.宿と魔法陣

お待たせしました

「ここ、ギルドで紹介されたとこだ。」

『そうなの? まあ、ご飯美味しいしね。 でも、宿としては穴場だよ』

ニードの案内で着いた宿はアイスを買った大通りを少し先に進んだ場所にある定食屋をぐるっと回ったところに入り口があった。

確かに、これは案内板があったとしてもわかりにくいだろう。・・・せめて食堂と同じところに入り口を作ったほうがいいと思う。

「こんにちはー」

暗くなってきたので入り口のそばには明かりがついている。

声をかけて、そろーっと中を伺うと、結構賑わっていた。

「人気店なんだな」

『家族でやってるんだよ』

「へえ、居心地よさそうだ」

「いらっしゃーい!! ・・・お、ニード坊ちゃん、おかえり」

コソコソと話していたら、恰幅の良いおばちゃんが声をかけてくれた。

女将さんだろうか。少しドキドキしながら、ニードの紹介で来たことを告げる。

「ありがとうね。今日は大部屋が空いてるよ。個室は申し訳ないけど、明後日に空く予定だね」

そう言われて、少し悩む。大部屋で寝れるだろうか。

でももう外は暗いし、同じ宿じゃないとニードに教えてもらえないだろう。

「じゃあ、それまで大部屋で、明後日にそっちに移動でいいか?」

折衷案でケイがそう聞くと、女将は豪快な笑顔で了承してくれた。

この世界では大きく口を開けて笑う人が多い気がする。土地柄だろうか?

「空いててよかった」

『そうだね』

ニードとハイタッチして店に入ると、急にワッと声が大きくなった。騒がしすぎるこの声が外に漏れてないことに驚いて、ケイはニードに聞いた。

「・・・これも魔道具?」

「おや、兄さんは街は初めてかい?」

「え、ああ。」

「この静音の魔道具がないと酒の提供ができないんだよ」

そう言って、四角い箱を叩く女将。

白っぽい金属製のそれに、ふと思いついて魔力を当てると、ケイの出した魔力と真逆の波が発生し、相殺して消えていった。音も同じように消してるのだろうか。

「へえ、面白い」

魔力で遊んでると、ニードに腕をつつかれた。

『早く行くよ』

「ごめんごめん」

女将とニードの後ろについて歩く。

「こっちで受付するよ。 ギルドカードは持ってるかい?」

「ああ、昼間に作ったよ」

「1泊1食。大部屋だと、2日ぶんで銀貨1枚ね。 個室の方は何日泊まるんだい? 

 もうすぐ祭りがあるから、早めに予約しとかないと部屋も売れちゃうよ」

そう言われて、何日滞在するのか考える。

「んーー。」

ラファエルからのミッションまで、あと半月。祭りがもうすぐあるなら半月分ではとっさの時に困らないだろうか。

でも宿代、足りるだろうか。

しばらくここに拠点を置くのはいい手だと思う。コロコロ変えると迷子になりそうだし。

「とりあえず1ヶ月分で!! あ、明日から魔物も一緒に泊まりたいんだけど、食事とかって追加できる?」

「魔物用は一食大銅貨2枚、 厩を使うなら追加2枚だよ」

「いや。 食事は人用で、部屋も同じでいい。獣型じゃないし汚したりしないから。」

そう言うと、不思議そうにして女将は算盤みたいなモノを弾いた。

「じゃ、1泊2食でいいかい? それなら合わせて銀貨2枚と大銅貨3枚でいいよ。」

「ありがとう」

「じゃ、1ヶ月分で銀貨59枚と大銅貨37枚ね」

「はいよ」

足りない分を大銀貨で両替してもらって、支払いを済ませる。

足りたけれど、財布が一気に軽くなった。少し悲しい。でもこれでしばらくの宿と飯が手に入った。

「じゃ、タリスマンを発行するからカードをここに挿して」

「はい」

チーン、と音がして、ギルドカードが光った。

引き抜いて魔力を流すと、プロフィールの横に【教会図書館・貸出許可証】と【夕闇亭・宿泊券 30日分】が現れた。

「すげえなこれ。」

「ギルドにお金預けてたら精算はもっと楽だよ」

『よかったね。 ケイ、魔法陣の書き方はお風呂の後でいい?』

「・・・風呂?」

「風呂はもう沸いてるよ。チャッと入ってきな!! その間に飯の支度しとくから。」

女将の笑い声に、ケイは気分が浮き上がるのを感じた。

「久しぶりの風呂だ!!」

ケイはウキウキしながら、ニードの後について行った。









湯船に浸かりながら、ケイは鼻歌を歌う。久しぶりの大浴場に興奮している。

水の中では流石のニードも文字は書けない。

他に人もいなかったことから、普通に喋るニードに「何の曲?」と聞かれて、歌詞を歌った。

歌うのは日本で好きだった歌だ。

歌い終わって、ふう、とため息をつく。小さく拍手をくれた。

「面白い曲だね」

「ん、まあ、あんまし受けがいいとは言いにくい歌だな」

「それにしても、今日一、楽しそうだね」

「いつぶりかの風呂だからなぁ。エ・・・森では湖に入るのが普通だから、滅多に入れないんだ」

エルフの里の話をしようとして、慌てて取り繕う。

「ケイはこれからどこに行くの? 宿を取る時、その辺はあんまり決めてない感じがして、気になったんだ」

「・・・やることがあって、でも明確な、コレと言ったことはないんだ。隣国にも行く予定だけど、まだ何も未定。」

「ふうん。 僕と同じだね」

「ニードも隣国に行くのか?」

「・・・レガラシアは実力主義。成果さえ出せば、自分で何でも決められるんだ。」

軽く上を見ながら呟いたニードに、ケイは問いかけた。

「・・・ヴァスクは違うのか?」

身分や生まれで左右されるのは、地球全体で見たら大多数だろう。

成果主義な所のあった日本からきたケイにはピンとこない話だが。

「ここは神子主義の国なんだ。」

「巫女?」

仏教徒の町なのだろうか。異世界なのに。

不思議に思ってしまうが、まあ、あの胡散臭い神が作った世界だ。

そんなに不思議ではないのかもしれない。

「この国はね、神子様が絶対なんだ。

 ・・・昔、レガラシアでも有名になりつつあった小物細工の工房が神子様がらみで潰されたんだ。

 今でもアンティーク品として価値のある小物が、だよ。

他にも顔見せの時に跪かなかったとか、そんなことで人を殺すんだ。物騒だよね。」

「・・・ふうん」

あまり、ピンとこない。

「僕がこの国が嫌いなのは、家系に殉じた行いを求められる所。僕の家系は魔術の名家なんだけど、僕はあんまり才能がなくてね。」

「・・・だから魔道具を調べてるの、知られることを嫌そうにしてたのか?」

図書館で初めて会った時、ケイは紙を拾った。ニードは何といおうか迷っていたような態度だった。

話を変えたほうがいい気がして、咄嗟に話題をふったが、正解だったようだ。

「・・・そう。 でもレガラシアなら、実力でどうとでもなるんだ。」

落ち込みかけていた顔をあげると、まるで夢を語るように恍惚にニードは話し始めた。

「アーティファクトってすごいんだ、人にできないことをやってのけるんだ。いつか、あんなものを作ってみたい!!」

そこから、語り尽くせないほどの話を聞かされた。

魔術具のすごい所とか、ケイには微塵も興味がなかったけれど、今日一、楽しそうに話すニードを見てるのは楽しかった。

「じゃあ、アーティファクトを作るのは、理論的に不可能なのか?」

「無理じゃない・・・とは思うけど、僕にはまだわからない」

「ふーん。 じゃあ何なら作れんの?」

「設計図があるものなら作れるよ、まだ開発はできない・・・」


しばらくして、「いつまで入ってんだい!!飯が冷めちまうだろ!!」と怒鳴る女将の乱入によって魔道具談議は終わった。










「美味しい!!」

ケイは大声で叫んだ。

メニューはシンプルな塩焼きされた川魚とサラダ、白米に味噌汁。そう、和食だった。

里ではずっと洋風な飯だったから感激だ。

風呂に和食に。それだけでここが最高の宿だと分かった。

幸せを噛み締めるケイを周りの人が微笑ましそうに見ていた。

『声、大きいよ』

そう書かれた羊皮紙をニードが見せてきたけど、周りも騒がしく、酔っ払いばかりなので大丈夫だろう。

「にしても、ここでこんな料理が食べられるなんて、びっくりだ」

『ここから少し東にある、島国のご飯なんだよ。気に入ってよかったね。癖があるから好き嫌い分かれるんだ。』

ペンを片手にグラスを空けるニード。飲んでるのはぶどう酒だ。

「ニードって何歳なん? 飲んでいい歳?」

つい、そう聞くとニードはグフ、と咳き込んだ。

『失礼だな!! もう16だよ。飲めるよ!!』

書き殴られた文字を見て、ケイは絶句する。

「わっか・・・俺は25だよ」

『うそ。年下だと思ってた。』

「・・・うん、そうだよね。ギルドでも門でも言われた。」

ニードの驚いた顔を見て、ケイも少しショックを受けた。

もしかして、異世界特典は若返りだったのだろうか。早く知りたかった。

改めて顔に触れて確かめる。三十路手前の、硬くなっていたはずの髭は随分と数を減らして柔らかいし、肌もきめ細かい。

まるで高校生くらいに戻ったようだ。

そんなことを話し合いながら、食べ終わったのを見計らったようにニードが切り出す。

『魔法陣の練習する?』

「お、そうだな。 よろしく」

ニッと笑って、ケイは席を立つ。話しながらの方が効率がいいのでニードの部屋で教えてもらうのだ。




部屋に移動して、ケイはカバンから紙とペンを取り出した。


「まず大事なのは、何したいのかを陣に書き込むこと。」

「ほう」

「動作には5つのプロセスがあるんだ。」

「5つ?」

「そう、始動、加速、固定、減速、停止。」

ペンを持ってわかりやすく教えてくれた。

「始動は簡単、動くとっかかりのようなものだよ」

ペンを手に持って「これが始動」とケイも呟く。 ・・・どっかで聞いたことがある理論だ。

「それでこれが加速、固定、減速、停止。」

ペンをピッピッと動かすニード。

それをふむふむとききながら、ケイは欠伸をした。

「・・・もう遅いもんね。また明日にする?」

「いや、魔法陣が描けるまで頑張るよ」

「そっか」

にこりと笑うニードを見て、ケイももう一度浮かんできた欠伸を噛み殺す。

それからいくつか注意事項を聞いてふと思った。

「・・・プログラムみたいなもんか。」

「・・・?」

「ん、なんか、コツがわかったよ」

「そう? あんまり説明上手くなくてごめんね」

「いや、だいぶわかったよ、前に仕事でやってたことと似てるんだ。」

「ケイは頭がいいね、僕はここまで理解するのに1年かかったよ」

「・・・それは、遅いのか?」

分からなくて、そう問いかけた。

ケイも、プログラミングを始めた時、修めるまでに半年かかった。

この世界ではどうなのか分からないが、少なくとも現代日本のようにわかりやすい教材はないだろう。

「スピードとしては遅くないけど、始めるのが遅すぎた、かな。」

「そうか。でも俺よりは早いんじゃね?」

そう笑って、続きを促すケイ。

ニードもそうだね、と笑った。












理屈の後に、陣の書き方を教えてもらった後、ケイとニードが眠ったのは深夜を回ってからで、大部屋のベッドはふかふかとは言えない。

それでも早くに目が覚めて起きたのも、周りが騒がしかったからだが、ずっと野宿生活だったので大部屋でも思った以上にスッキリとした目覚めだった。

「おはよう・・・」

水場で顔を洗っていると後ろから声をかけられた。

「おはよ、どーした? やる気皆無じゃん」

「・・・逆に、ケイは何でそんな元気なの?」

「久々のベッドだったしな!!」

へへっと笑って、食堂の昨日と同じ席に座ると、すぐに女将がご飯を並べた。

「おはよう、お二人さん」

出てきたのは卵とタレのかけられた一皿で、スプーンを刺すと白米が出てきた。

見た目と味はまんま天津飯だ。


「うまいな」

『そうだね』

しきりに目を擦ってあくびをするニードに、遅くまで教えてもらってごめんなと謝る。

『気にしないで。僕も発見があったから』

のんびり食べるニードに合わせてケイもゆっくりと白米を食んだ。

食べ終わってもまだ眠そうなニード。

ケイはカバンを漁って昨日の復習を始める。 陣を描きながらケイも欠伸をした。

『そこ、まだ緩んでる。気をつけて』

紙を突いてそういうニードにケイはヘラっと笑う。

「円を描くって意外と難しいな」

『一番大事なところだよ』

「そうなんだけど・・・」

そううなった時、ニードが机に崩れた。

「あー。もうダメだ。僕は寝るよ」

「そーか、じゃあアルのところに行ってくるよ」

「上手くいくように祈ってるね」

「あんがと」

フラフラと歩くニードに別れを告げて、ケイは立ち上がった。

今日こそアルと街を観光するのだ。


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