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33.willfulness.結界生成

「・・・本当に忘れ物はないか?」

そう言って、ケイは室内やチェストの中を探る。からっぽだ。

当たり前だろう。もう、何度目かの確認だから。

もう室内に何もないことを確認して、ケイはようやく重い腰をあげた。

《ケイ、モウイケル? ダイジョウブ?》

呆れたスライムの声に返事をして、カバンの重さを確かめてから、ケイは剣を持った。

「よし、行くか。」

今日は結界を張って、この里を出発する日だ。

緊張して、さっき食べた朝飯が出てきそうなのを必死に堪えて深呼吸を繰り返した。

やることはやったし。これまでしてきたことと大差ない。大丈夫だ。

 ・・・・・・いつもこうだ。

どれだけ準備をしても、初めてのことには不安と緊張で、引っ込みがつかなくなるまで逃げ回る癖がある。

やったことのないことだと、期限と好奇心がないと手につくまでが本当に長い。嫌な癖だ。


《ディア、オコッテル。 ハヤクシテ!!》

スライムに急かされてリビングに行くと、ジェイドが不機嫌そうに待っていた。

「遅いぞ」

「すまん、ちょっと緊張して・・・」

ジェイドとカンディアは珍しく明るい色のローブ姿にブローチをしている。これがエルフの正装らしい。

ケイの服装はジェイドにもらった一般的な旅装の黒のローブといつものTシャツにジーパンだ。

今日は長からの重大発表も合わせて行うので、ある意味ケイの発表会だ。

・・・考えてたらまた緊張してきた。

トイレに行こうとしたケイの腕をカンディアは掴んだ。逃してはくれないみたいだ。

仕方ないだろう、もう遅刻ギリギリだしな。諦めて腹を括ることにしよう。

「じゃ、いこっか」

笑顔のカンディアに促されて、4人は診療所を出た。








しばらく歩いて長の家の前に到着すると、エレファとルチルに出会った。

二人とも、同じくローブ姿だ。

ワックスで前髪を固めたエレファは少し大人っぽく見えるが、ローブの裾を少し引きずってるのが背伸びをした感じがして可愛い。

「あらあら。少し遅くなってしまったわね?」

「母さんが髪のセットに時間かけるからだよ!!」

今日も元気なエレファとマイペースなルチル。

「おはよう」

「おはようございます!! ケイさん、師匠!!」

挨拶もそこそこに、開け放たれた長の家の扉を潜って、6人は室内に入る。

家の中を迷わず進むジェイドの後ろについて、ケイも早足で進む。

人気が無いのはもうみんな集まってるからだろうか。

ドキドキを通り越して飛び出してきそうな心臓を上から押し付けて、ケイは深呼吸を繰り返す。

魔法のかかった大きな扉をくぐった後、魔法初心者をすでに脱しているカンディアが洞窟を光魔法で照らし、洞窟に入ってしばらくして、二股の通路を右に折れる。


「こっちに入るの、俺初めてなんだよね」

コソッとエレファに話しかけると、その隣のルチルが朗らかに笑った。

「じゃあきっとびっくりするわ。大広間はとてもきれいなのよ」

「なんとか鉱石が光ってるんだっけ?」

「マラカイト鉱石ですよ」

「そう、それ。」

「あんまりきれいだからって、持って帰っちゃダメですよ〜」

「そんなことしないよ」

「そもそも硬くて取れませんけどね!!」

「やったことあるの?」

エレファの笑い声に、前を歩くカンディアがくすりと笑った。

くだらない雑談で、ケイも少し緊張が解けてきた。ありがたい。

「そろそろ着く、おしゃべりは慎め。」

「はーい」

最後にジェイドに怒られて、ケイは前を見た。

洞窟の通路が開けて、その光景に自然と口が開く。

壁一面に色とりどりの石が発光し、大広間を照らしていた。

里の住人がひしめき合っているのも、飾り気の少ない洞窟をさらに神秘的に魅せ、その光景に拍車をかけていた。

最奥には簡素な祭壇があり、細やかな装飾がなされていて、上にはシリカやエンジュ、長といった見知った顔が並んでいた。

圧巻、という他ないだろう。驚きに開いた口が塞がらない。

「・・・きれいだ」

「ふふふ」




「さて、そろそろ始めようか。」

ケイ達で最後だったのだろう。背後の大きなドアが閉まった。

全員が揃ったのを確認したシリカの声掛けでシンと静まり返った大広間に、長の声がよく響いた。

「お集まりいただきありがとうございます。

 ・・・本日は事前に連絡した通り、次期長の発表と勇者様の儀式を行います。」

エンジュがハキハキとした声で告げると、一瞬大広間が騒がしくなったが、すぐに鎮まった。

「私は体調が優れない。子供たちも退屈をせぬよう、手短に終わらせよう。

 ・・・次期長はシリカだ。皆の者、よろしく頼む。」

長の言葉に、皆が拍手をして応じる。シリカが一歩出て、短い挨拶をした。

ケイにはシリカが緊張してるように見えたけど、それ以上に住人たちの静かな真剣な空気に、ケイは息を飲んだ。

団結って、こういうことを言うのだろうか。シリカが受け入れられたことを誇るように微かに笑ってさがっていく。

エンジュに肩を叩かれているシリカを見ていたら、長がケイを呼んだ。


「では、儀式に移る。・・・勇者どの、こちらに。」


そう呼ばれたけど、緊張して、足が動かない。ジェイドがこちらを睨んだ。

でも、それどころではない。

不安と緊張で足が動かない。喉に迫り上がってくる胃液をゴクリと飲み下して、深呼吸をする。

口が苦い。

・・・延期できないものだろうか。

「・・・どうした?」

隣にきたジェイドに顔を覗き込まれて、そちらを見る。

自分の顔に触ると顔中の血の気が引いたように冷えていた。

「・・・失敗したら、どうしよう」

「・・・大丈夫だ、失敗しても誰もお前を責めない。もう一度やればいいだけだ。」

「そう、かな」

「周りは見るな。儀式に集中してこい。」

呆れた顔のジェイドに強く背を押されて、まろび出るようにしてケイは壇の前に立って、震える足を踏み出す。

ガクガクというよりグニャグニャな姿勢で、やっとこさ壇の上に上がった。

壇の中央に立つと、背後に視線を感じる。目の前には、以前来たことのある石碑が見えた。

ここに繋がるのか。そんなことを考えて、ふう、はあ、と深呼吸をする。

壇の上から3人が降りていき、スライムとケイだけが残された。

ヒソヒソと小さな声がする。住人全員が揃った中でやるなんて失敗したら超恥ずいじゃん。

ただでさえ人見知りなのに。緊張で吐きそうだ。クラクラする頭を押さえて、大きく息を吸った。

《ケイ、ダイジョウブ》

頭に響く声にケイもうなずいて、スライムと向き合った。ルビーの瞳をじっと見つめていたら少し、心が落ち着いた。

目を閉じて、集中する。

もう一度深呼吸して、ケイは魔力操作を開始した。

指先がまだ震えてるのがわかるが、魔力はいつものようにゆっくり引き出せた。やっぱり慣れは大事だ。

「・・・《ステータス》」

呟いて、MPの残量を確認する。

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


静寂の中、白と黒の魔力が荒れるように流れた。バチリと赤いスパークが迸る。

いつもと違うことが起きてるが、そんなの気にしてられなかった。



・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・



たまった。イケる。

いつもよりだいぶ時間がかかったが、なんとかできそうだ。

目を開けて、スライムに頷きで合図して、スライムと繋がっていた魔力を打ち切った。


「《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》」



ケイはラファエルを呼ぶ呪文を口にした。















魔力が荒れる。

魔力の揺れに合わせて大広間の唯一の光源が明滅を繰り返した。

今までにない現象に、ジェイドは少し考えて、すぐに結論を出す。

マラカイト鉱石は魔力を吸収して光っている。あれだけ魔力を動かせば、多少は持ってかれるだろう。

周囲で火花のように魔力が弾け、大広間の光景と合わせると、それはさながら夢のようだ。

・・・・・・大丈夫だろうか。

いつもより魔力が溜まるのが遅い気がする。

止めるべきだろうか。

そう逡巡していると、隣のカンディアに腕を掴まれた。

「ジェイにい、なんだか怖い・・・」

「・・・・・・大丈夫だ、あれだけやったんだ、失敗はない。」

カンディアの肩を引き寄せて、そばに寄せると、ケイたちを見る。


「《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》」

しばらくして、ケイが呪文を口にした。


瞬間。

ケイの周りに複雑な魔法陣が浮かんで、ケイとスライムの魔力が、赤と白の光が混ざり合う。


光が消える頃。大広間に渦巻いていた赤と白の魔力は紫に塗り変わった。

ケイがスライムと視線を合わせるために俯いていた顔を上げると、こちらを見渡して、ケイは・・・

いや、この魔力の色はラファエル神か。

もうここまでくれば、成功と言っていいだろう。


ジェイドは知れず緊張していたのだろう。止めていた息をふ、と吐いた。

鮮やかな紫の魔力を衣のように纏った彼はゆっくりとあたりを見渡して、その目を細める。

ケイの姿をしたラファエルは、手を宙に翳すと短く何かを唱えて、タクトを取り出して振るった。

ラファエルがタクトをクルリと回せば金の光が奔る。それは線のように宙に模様を描き始めた。

複雑に編まれていく魔法陣の原理など、ジェイドにはわからないが、それがとんでもなく高度なのは分かった。

一人、また一人と皆が自然と跪いていく中、ジェイドは立ったまま、その荘厳な光景をただただ見つめていた。

くるり、くるり、魔法陣は金色に点滅しながら消えたり現れたりを繰り返して次々と増えていき、最後には巨大な魔法陣になった。


「・・・・・・《結界生成》」

いつものケイよりも低い声でそう呟いた声は決して大きくなかったが、静まりかえった大広間にはよく響く。

キン・・・と甲高い音と共に、魔力の流れはとまり、魔法陣がくるりと宙に浮かび上がった。

祭壇の上、いや、石碑を囲むように大きな魔法陣は回り続けるが、魔力の流れは止まっている。

・・・これで終わりか。


いつの間にか、固まっていた体をジェイドはそっとほぐす。

肩を掴んだままだったカンディアに「終わりだ」と伝えると彼女はヘナヘナと崩れ落ちて、ジェイドもその場にしゃがんだ。

どっと疲れが出た。早く帰りたい。


「儀式は終わりだ。とくと去れ。」

ラファエルが大広間を向いてそう告げると、しばらくして長が解散を告げる。

動けないものも多数いる中、とりあえずは終わったようだ。家に帰るのは、とりあえずあの馬鹿が戻ってきてからだろう。

予想よりも魔力消費が著しい。

これでは今日、里を出ていくのは厳しいだろうし、何より、どうせ鳥頭のあいつは帰り道をわかってない。一旦帰ることにしよう。

そう思って、ジェイドは腰が抜けて動けないカンディアとともに住人が大広間から出ていくのを見送りながら、本日何度目かのため息をついた。

祭壇の上から腕を組んで、退去する住人を見下ろしたままのラファエルを見て、ジェイドは眉根を寄せる。

「・・・あいつはいつ戻る?」

「・・・・・・戻らない、とか?」

不安そうなカンディアの声に曖昧に返事をするが、その可能性もあり得ることに、微かに冷や汗が出る。

あいつは、勇者として未熟がすぎる。成り代わったとして不思議でもないだろう。

二人の胸中に一抹の不安がよぎった。

そう話しているとこちらを見降ろしていたラファエルと目があって、ジェイドはその眼光に圧倒されるまま、首を垂れて敬意を示す。

ラファエルが祭壇から降りて、ジェイドの目の前に立った。

「確か里にはサウザンドウルフが住み着いていたな、案内しろ。」

目を細めて、尊大な態度の神はジェイドにそう命令した。

「・・・かしこまりました」












「んあ・・・。 ここどこ・・・?」

「やっと起きたか」

ケイが目を覚ますと、いつの間にかベッドだった。

声がした方に顔を向けると、ジェイドがベッドに座って本を読んでいた。

・・・起きるまで待ってたのかな。

「えっと、結界はうまくできた? ・・・俺、記憶ないんだけど。」

「ラファエル神が降臨して滞りなく終わった。」

「そう、よかった。 ・・・ってか、何これ、すごい眠いんだけど。」

「想定より魔力を使ったようだな。まだ寝ていろ。」

そう言って、ジェイドは本を閉じると置いてあった湯飲みを手にとって渡してきた。

「出発は明日になる。これを飲んでよく休んでおけ」

妙に疲れた様子のジェイド。どうしたんだろう。

とりあえず起き上がって、渡されたそれを受け取る。

中身は赤っぽい薬湯が入っていた。どう見てもお茶じゃ無い。

「これ、何?」

「魔力の回復を助ける薬だ」

「・・・寝てればいいってもんじゃ無いの?」

「あれだけ魔力を使ったんだ。1日じゃ戻らないだろう。」

「ふーん・・・」

あれだけ、と言われても、意識のなかったケイにはわからない。

適当にうなずいて、薬を飲んだ。

液体はさらりとしていて、味は番茶の様なホロリとした薬っぽさがあった。苦くなくて、意外と飲みやすい。

一気に飲み干してから、空になった湯飲みにブレンド茶を入れて飲む。

「話を聞いてなかったのか? 無駄な魔力を使うな」

「・・・このくらいいいじゃん」

「・・・・・・。」

睨まれた。怖い。話を逸らそう。

「で、なんでお前はここにいたの?」

「特に意味はない」

「意味もなくお前が俺の部屋にいるわけないじゃん」

「・・・薬を飲ませるためだ」

「・・・・・・・・・ふーん。」

なんとなく何かを隠している様な気がしたけど、ジェイドの行動なんて、聞いても仕方ないだろう。何より今は眠い。

「もう寝るよ」

「そうしろ」

「・・・・・・あれ、スライムは?」

「今日はカンディアと寝るそうだ。・・・最後の夜だからな」

「そっかぁ」

湯飲みを持って立ち上がるジェイドを見上げて、ケイは布団に潜り直した。

「・・・なんだ?」

「一人で寝るの寂しいなと思って。」

「ガキか」

笑われた。まあ、別に添い寝して欲しかったわけじゃない。ケイも笑い返した。

「おやすみ」

「ああ」


ジェイドが出て行ったのを見送って、ケイはあくびをした。

「本当、なんでこんなに眠いんだ・・・。」

呟き終わる前に、ケイはもう眠っていた。

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