32.Prospect.説得2
遅くなってすみませんでした。
*
「もうちょい短くして欲しかったなぁ。 ・・・髪型は結構気に入ったけども。」
ケイは少しの不満を漏らしながら、ケイは前髪をいじった。
切ったばかりなせいで毛先がツンツンしていて、顔にかかる部分が少し気になる。
微妙に髪を耳にかけられなくて顔を隠してしまうのが何となく気になってしまう。
「・・・ヘアピンが欲しい。後でカンディアに持ってないか聞いてみよ。」
ポツリと呟いて、ケイは立ち止まっていた足を動かした。
帰り道がわからず途方に暮れるのはかっこ悪いので、ケイはひたすら歩いていた。
「つーか、元の道を引き返せば良くないか?」
そんなことをふと思って振り返ったが、さっき右から来たのはわかってるが、道が入り組んでいてその前はどっちからきたかわからない。
もう、後の祭りってやつだ。
ケイはため息をついて、前髪を混ぜた。いつもと違う感触に、いつの間にか癖になってることに気がつく。
「日本にいた時は前髪なんて眉上までしかなかったもんなぁ・・・」
不意に轟音と地響きがして、ケイはふらりとよろけた。
「な、なに?」
驚きつつ、ジェイドとの組み手で体幹を鍛えていたことに感謝してケイはそちらに足を向けた。
この唐突さは魔法だろうか?
何かを叫ぶ声がした後、再度、ドンと何かが爆発するような、弾けるような音がした。
ケイはまたよろけそうになって、踏ん張った。
ここまで土煙がたなびいてきて、ケホッと咳をする。一体、誰が何をしてるんだろう。
*
少し歩いて空き地っぽいところに出ると、煙のなかに人影が見えた。
見覚えのある、ロングヘアーの多いエルフの里にしては短い、髪を肩で切り揃えた背の低めの男だ。
「・・・シリカじゃん、何してんの?」
煙を吸わないように口を覆いながら、片膝をついてうずくまる小さな人影に、そう声をかけた。
「えっ、ケイさん? ・・・髪、切ったんですね」
長い前髪で顔の隠れたシリカが顔を上げて、荒い呼吸をしながらそう答える。
「うん、さっきルチルさんに切ってもらった。 似合う?」
「えっと、僕の周りの人より少し、かなり、うん。・・・短いですが、似合ってますよ」
苦笑いされた。似合ってないのだろうか。
「みじかいって、変?」
そう聞くと、シリカはハッとしたように顔を押さえた。
「いえ、お似合いです。 これも多様性って言うんですよね。
ルチルさんは『外』での期間が長かったので、いろんな髪型を知ってるんですよね。
・・・僕には見慣れない長さですが。」
「そうなんだ。本当はもっと短くしてもらいたかったんだけど、まあいいかな。」
「もっと!?」
やけに驚くな、と思いつつ、ケイは気になってたことを聞いた。
「で、シリカは何してんの?」
「もちろん、魔法の練習をしてました。ここは演習場ですよ?」
・・・そうだったんだ。
こんなとこにあったとは。
少し驚きつつ、辺りを見渡す。何度見ても空き地としか思えない場所だ。
「魔法って、何してたの? 音が凄かったけど。」
「はい。先日できなかったものですから、雷魔法の練習を。」
「・・・ショックボルト?」
まさかと思いつつ聞いてみると、シュンと項垂れるようにシリカは言う。
「・・・はい。威力の調整がとても苦手なんです・・・。」
「ショックボルトってあんなデカくなるんだな・・・」
シリカは筋肉はあるけど、なんとなく、なよっとしたイメージだったからいろんな意味で驚きだ。
まだ煙たい周囲にうんざりして、ケイは風魔法を使った。
シリカが感嘆のため息をついた。
「相変わらず、すごい魔法ですね」
「んー? そう?」
感覚で使ってるから、自分では凄さがいまいちわからない。
・・・シリカに褒められてもあんま嬉しくないのは、相手に寄るのかね。
魔法で煙を飛ばして、演習場の土埃が晴れると、地面にはいくつもの穴が見えるようになった。
穴自体もでかいが、その規模にケイはさらに驚いた。
これを人に撃ったら心配蘇生どころか、消し炭になってしまう。
「俺、魔法って教えるの苦手なんだけど・・・。 何かアドバイスしようか?」
そう、ついケイが言ってしまうほど、シリカは魔法制御が下手だった。
*
「本当に申し訳、ゲホッ・・・」
「いや、大丈、コホッ・・・」
土煙の中、謝罪するシリカにケイは咳き込みながら、ため息をついた。
下手すぎる。本当に、才能かってくらい、下手だった。
魔法で煙を吹き飛ばしてから、カバンに入れてあった水筒からブレンド茶を出して、ケイは差し出した。
「とりあえず、これ飲んで一息つけよ」
「ありがとうございます・・・ あ、これ、美味しいですね。魔力も少し回復します。
・・・やっぱりケイさんはすごいなぁ。」
身近にあった岩に座って、二人で一息つく。
一言で言うと魔力をこめすぎているのだ。
注ぐ魔力を少なくすれば良いだけだが・・・。
シリカは魔力制御がとんでもなく下手。
編み物で言うなら、細かく編めないから目が大きくした結果、当たり前だが、完成品も大きくなる。
使う毛糸(魔力)の量もその分増えるのに対し、できるものは中身スカスカなでかい魔法陣。普通は自壊するだろう。
それを埋めるためにさらに魔力を使うと言うわけだ。 ・・・よく何発も打てたな。
年の功か?
まあ、要するに、全てにおいて無駄が多くなると言った具合だ。
理屈は単純だが、できない人への教育なんて、基礎のないケイには到底無理だ。
カンディアもエレファも基礎ができてるから気にしたことがなかった。どうしようもない。
魔法制御の訓練は、ケイには無理。・・・これはジェイド案件だ。
「なあ、これ、ジェイドに相談してみたら?」
「・・・ジェイドに、ですか?」
渋い顔をするシリカ。まあ、そうだろうけど。
ブレンド茶を飲みながら、ケイはひっそりとため息をつく。
「気持ちはわかるけどよ。
あいつ、魔法は使えないけど、その分魔力制御はすげぇうまいし、これを機に仲直りしたらいいんじゃないの?
・・・ジェイドが次期長にならないってわかったんだから、もう気にする必要ないんだし。」
そう言って、横目でチラリとシリカを見た。
「そう、ですね・・・」
少し俯いて、ブレンド茶を飲んだ後、シリカは言った。
「・・・実は、エンジュに離婚を申し出たのです。」
「え?」
「私の勘違いで色々と遠回りしましたが、今度こそ、1からやり直そうと思って。」
「・・・えっ、と。 飛躍しすぎじゃない?」
「はい、エンジュにも怒られました。」
「だろうね・・・」
思ってたより、シリカは無鉄砲なんだろうか。
あのエンジュに真っ向から論破されるのが脳裏にありありと浮かんだ。
「彼女に『人ひとり思い通りに動かせないで、何が「次期長になりたい」ですか!!』って言われて。反省しました。」
「もっともだなぁ」
ケイもついうなずいてしまう。
シリカは苦笑いしながら、続きを話した。
「だから、今すべき事は何だろうって考えたんです。
・・・僕に足りない事。まずは先日できなかった魔法です。それを練習しようと。」
そう言って、穴ぼこだらけになった演習場を見た。
「でもそれ以前の問題だなんて・・・。道のりは遠そうです。」
「そうだな」
しばらく茶を飲んで荒地になった演習場を眺めた後、ケイとシリカは立ち上がった。
穴だらけの地面はそのうち仕事人がやってくれるそうなので放置だ。
「じゃ、ジェイドに取り合ってやるよ。 ・・・保証はしないけど」
「説得なら自分でします。 大丈夫ですよ。」
「そっか」
決して、診療所まで案内させたかったわけではない。
*
「だから何で勝手に決めちゃうの!?」
そんなカンディアの怒鳴り声に、ケイとシリカは顔を見合わせた。
「・・・何があったんでしょう?」
「さぁ・・・?」
取り敢えず入ろうか、と促して、ケイとシリカは診療所に入った。
「ケイさん!! ・・・さっぱりしましたね!!」
本日2度目の土下座スタイルのエレファに見上げられて、ケイは驚いた。
「スライムはー? ってか、また土下座?」
「スライムさんは洞窟に行きました!! 僕は弟子入りの許可をもらうためにお願いしてるところです!!」
元気なエレファを見下ろして、ケイは不憫に思う。
「まだ許可貰えてないの?」
ジェイドを軽く睨んだ。 睨み返されたけど、もうだいぶ慣れてきたしそこまで怖くない。
「お前、親の許可とったらいいんじゃないのか?」
「許可を取って来いとは言ったが、仕事を教えるとは言ってない」
「屁理屈かよ」
「何でもやるってんなら雑用でもしてこい」
そう言って、雑巾を投げるジェイド。こっちもそこそこに不機嫌だ。
オロオロするエレファにカンディアが手短に指示を出す。
「お前こそ、何だその頭は。」
「え? ・・・そんな似合わない?」
「そこまで切るならいっそ丸刈りくらいやってこい」
「そこまで言わんでも」
相変わらずなジェイドといがみ合ってると、カンディアが机を叩いた。
「ジェイにい!! 話の途中でしょ!?」
カンディアの悲鳴のような声。彼女がここまで怒るところなんて、これまで見たことがない。
「・・・いったいどうしたんだ?」
驚いてジェイドを見る。
はぁ、とため息をついて目を閉じたジェイドは口を開いた。
「・・・長を退院させた。」
「えっ!? もう、ですか? 何の話も聞いてませんよ?」
シリカも戸惑った声を漏らすと、カンディアが続けた。
「私もさっき聞いたところ。後数日は様子見するって言ったじゃない!!」
「・・・本当急だな、今朝はそんなこと言ってなかっただろ?」
ジェイドの前の席に座ってケイが聞くと、ジェイドは目を閉じたまま湯呑みを手にとった。
・・・みてないのに、器用だな。そんなことを考えながら、呑気に茶を飲むジェイドの言葉を待つ。
「俺の判断だ、意見は聞いていない。 それにもうエンジュが迎えにきた。
・・・シリカは何しにきたんだ?」
「あ・・・実は。」
投げつけられた雑巾を持って患者の部屋に行くエレファを見送った後、シリカもようやく席に座った。
ケイは二人の会話を邪魔しないよう、カンディアを連れてキッチンに立った。
もうそろそろ夕飯の時間だ。
シリカが魔法の訓練の協力をジェイドに取り付けてる間、カンディアと話をした。
「俺らがいない間、なんかあったん?」
ちらりと振り返って、カンディアの顔色を伺う。
珍しく粗雑な動作で大根みたいな野菜に包丁を振るいながら、カンディアは小さな声音で呟いた。
「朝まではまだ数日面倒みるって言ったのに、配達終わって帰ってきたらもういなかったの。」
「うん」
「何聞いてもあんな感じではぐらかされてるの」
「言葉が足りないんだな」
「いつもそう!!」
ダン、と包丁を叩きつけて、次の野菜を手にとる。
ケイは野菜を茹でる湯を沸かしながら、ため息をついた。
「後で二人になったら聞いてみるよ。 それまでお前も頭冷やすといい。
それに、あいつが患者を投げ出すとは思えないしさ・・・」
「・・・うん」
喧嘩して落ち込んでるなら話し合いが必要だけど、
ジェイドの今更とも言えるあの態度にヒートアップしてるようじゃ、話もできないだろう。
今は、一旦距離を置くべきだと思う。
*
シリカが特訓の約束を取り付けて帰宅すると、飯の時間になった。
患者部屋をピカピカに磨き上げたエレファと、鐘が鳴って帰宅したスライムと4人で飯を食った後、
ケイとスライムの特訓が始まった。
魔力の移動も、もう慣れたものだ。
そろそろ総魔力量が1000を超えても魔力制御が安定してきたので明日、明後日にも結界を張りに行けるだろう。
約1時間の魔力耐久レースも終わり、スライムがカンディアのところに行くのを見送った後、ケイは茶を持ってジェイドの部屋に向かった。
隣で茶を飲みながら本を読むジェイドに、ケイは口を開いた。
「何で長のこと、退院させたんだ?」
「・・・・・・またその話か。」
ため息をつくジェイド。ため息をつきたいのは俺の方だっつーの。
「またって。 まだなんにも聞いてないんだよな?」
「・・・俺の判断だ。」
「だからさ、どんな判断したん?」
ジェイドが手を伸ばしかけた湯呑みをケイが先んじて取り上げて、じっと見つめる。
少しの間睨み合ったけれど、ジェイドがため息をついて、「カンディアには言うなよ」と前置きをした。
「もう手遅れだ」
「・・・は?」
「心肺機能が低下している。
スライムの治癒でも効果は一時的だ。薬師は、薬の効かない症状は治せない」
「それって」
「最近の疲れやすさは肺機能の低下が原因だ。 ・・・シャグの吸いすぎだな。
年齢的にも長生きな方だ。安静にする以外、やれることはない。こればっかりは仕方ない。」
ジェイドはケイから湯呑みを取り上げて、飲んだ。
「・・・お前らが出て行くのが期限だな。その準備のためにも退院させた。じきに長から発表があるだろう。」
震える手を押さえて、ケイは呟いた。
「もう、生きれないってことか? スライムがいないと・・・」
ケイ自身は、そんなに仲が良かったわけでもない。むしろ、少し苦手な人だった。
だけど、俺らの行動で救える命なら。
「あいつを置いてくとか、出発を遅らせるとか、馬鹿なことは考えるなよ。」
そう言われて、ケイは言葉に詰まる。
「でも、だって・・・」
「もう寿命なんだ。あいつがいてもいなくても、そう長くはない。」
「・・・・・・。」
「死は自然の摂理だ。皆、そのくらい理解している。 受け入れられるかどうかは別だがな。」
「そう、だな・・・。」
生き物ってなんで死ぬんだろう。
生きてるんだから、誰だっていつかは死ぬ。命って、そう言うものだ。
ケイだって、いい年だ。日本でも何度も他人様の葬式に出たし、別れ難い人との死別も味わった。
・・・わかった気になっていたけれど、いざ死が間近にやってくると不安に押しつぶされそうになる。
どうやってジェイドと別れたのかわからないまま、ケイは気がついたら自室にいた。
ベッドに倒れ込んで、顔を押さえた。なんだかにがく感じる唾液を飲み込んで、ため息をつく。
よくわからない感情で、吐きそうだ。
「寿命じゃ・・・仕方ないよな。」
病気なら手遅れでない限り、薬で治せるとジェイドが言っていた。
スライムの治癒すら効かないって、長の体の中はどんな状況なんだろう。
苦しいのだろうか。あの人は、どんな最後だったのだろうか。
「・・・考えても仕方ない、か。」
そう呟いて、ケイは布団に潜った。
スライムはまだ戻ってきていないけど、疲れもあるし、今日はもう待たずに寝てしまおう。
*
朝になって、ノックの音で目が覚めた。
・・・少し頭痛がする。
「へい・・・」
頭を押さえながら返事をすると、ドアが開いて、カンディアが顔を覗かせた。
「おはよう、ケイにい」
「おはよ・・・」
ボーッとしながらようやく布団から顔を出すと、カンディアが聞き辛そうに昨日の話を振ってきて、ケイの頭もスッと覚めた。
「あー・・・。 まだ話せないみたいだ。でも数日中にはわかると思う。」
「・・・もう、ダメってこと?」
「・・・ダメって?」
「もう、死んじゃうんでしょ? 昨日考えたの。ジェイにいがそんな簡単に患者を見捨てたりしないって。」
「んー・・・。俺にもわからない。」
「そっか。そうだよね。 ・・・ご飯、もうすぐできるよ。」
「ああ、すぐ行く。」
最後に笑顔でそう言って、カンディアは出て行った。
カンディアは勉強熱心で、賢い子だ。きっと、今伝えても受け入れられるだろう。
そう思うが、ジェイドが黙ってろと言うのであれば、黙っているべきだろう。
ケイはため息をついて、人の枕に乗って寝ているスライムを撫でた。
スピョピョと間抜けな寝息を立てるスライムになんて伝えようか迷ったけど、すぐに諦めた。
・・・こいつには、黙っていよう。きっと、残ると言い出すから。
「・・・さて、俺も準備するか。」
スライムを枕の上から叩き落として起こすと、服を着替える。
今日は黒にしようかな。そんなことを考えながら、カバンを肩にかけて、ケイは剣に手を伸ばした。
「・・・・・・もう、すぐか。」
数日中には、この里を出る。短いようで、長い日々だった。
まだ最初の一歩だ。
「ふう・・・」
まだ予定も決まってないのに、なんだか緊張してきた。
・・・・・・吐きそうだ。




