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31.Prospect.説得

ジェイドに言われた通り、ケイは風呂に入ろうと里の中を歩いていた。

 ・・・エレファを引き連れて。

ジェイドと飯からの流れで風呂に入ることが多いし、いちいち部屋に戻って風呂の準備をするのはめんどくさいので、最近は服以外は全部カバンの中だ。

ずっと持ってるからつい洗濯を忘れがちになるが、もうそろそろ洗わないとまずいだろう。

 ・・・この里を出る前にはもう一度洗おうか。でも全部中身出すの面倒なんだよなぁ。


そんな些細なことを考えながら、ケイは里をさっさと歩く。

この里にも、もう3、4ヶ月住んでるので沐浴場にも迷わず行けるようになった。

もう、時間がない。

里を離れる寂しさと、新しいことを始めることに恐怖を覚えて、ケイは振り払うように笑った。

「・・・にしても、ジェイドももうすんなり『風呂』って言うもんなぁ。」


ポツリと呟くと、隣を歩くエレファが質問する。

「さっきも言ってましたが、フロって、何ですか?」

「ん? 沐浴の水をあっためて入るんだ。お前も入るか?」

「えっと。じゃあ入ります」

エレファは着の身着のまま家から出てきたらしいのでタオルとか持ってないけど、寄り道も面倒だしケイのを貸そう。

「朝の温泉は気持ちいいぞ〜」

「オンセン・・・? 楽しみです!!」

この里の住人は風呂に興味津々で嬉しい限りだ。









「ふわぁ。あったかい!!」

湯にした部分の湖に足を入れて、エレファは感嘆の声をあげた。

そうだろう、と頷きながら、周りの人に会釈して湯に肩まで浸かる。冷えた体がスーッと暖まる。

今日は人がいるのでいつもは手前だが、今回は奥の方に湯を作った。

おかげで水に浸かっての温泉作りだったので全身冷えたから、湯に浸かると気持ちがいい。

汗を流す水浴びは気持ちよかったが、やはり病み上がりにすることではない。


エルフは昼間の仕事が終わるとすぐに沐浴をするらしいので昼間の方がバッティング率が高い。

ジェイドは人を避けたいから夜に入るのだそうだ。ぼっちは辛い。

ケイも夜に入る方が自然な気がしてジェイドに合わせている。



「こんな沐浴、初めてです!!」

大きな声のエレファを静かにするよう言い含めて、2人は小声で話す。

「風呂、な。 ジェイドも好きなんだ。覚えると絶対に重宝されるぞ」

「そうなんですね。 複合魔法、絶対に覚えよう・・・」

拳をぐっと握るエレファにケイは笑ってしまう。

湯を温めるだけなら複合魔法は必要ないが、湖は流れがあるので水流のコントロールも必須だ。

カンディアにもこの魔法を教える予定ではあるけど、女湯を風呂にしてもジェイドは入れない。

これを使えば風呂にメロメロなジェイドは即オチだろう。ふふふ。

ひとしきり昼間の温泉を堪能してから、エレファに向き直ってケイは切り出した。


「で、何で俺を連れ出したの?」

「・・・えへへ。 母さん、『草原の勇者』が気になるって言ってたので、もし説得に失敗した時の保険のために一緒についてきてもらおうと思って!!」

笑顔のエレファ。やっぱりそうか。軽く「保険」なんて出てくるなんて、意外と策士で侮れない。

「確か、保守派と革新派、どっちでもないんだっけ?」

「はい、母がハーフエルフで、父がエルフです。ヒューマの街で知り合ったらしいですよ。

 400歳と240歳で、歳の離れたおしどり夫婦で有名なんです。

 僕もいつか、そんな風に付き合える人と付き合えたらと思ってます!!」

楽しそうに話すエレファを眺めて、ケイは自身を顧みた。親を自慢したことなんて、一度もない。

こんなふうに笑えるのはすごく羨ましい。

「ま、でも勝算はあるんだろ?」

「一応は・・・。 でも、いくらどちらでもないとしても、周りの目もありますからね。

 母が客商売だと思うと、否定されるかもしれません・・・

 でも、こんなにやってみたいって思ったこと、初めてなんです。」


「そうなの? なんか、勝手なイメージだけど、エレファは何でもソツなくこなすイメージがあったよ。」

そう言うと、エレファは笑った。


「そうですね、何でもできます。頭もいいし、運動もできるし。欠点は足は遅いくらいですかね。

でもかと言って、やりたいこととか見つからなくて。両親の仕事を継ぐことも考えてたんですけど、前向きに考えれなくて、ずっと羨ましかったんです。 ・・・勉強や訓練、やらなきゃいけないことに必死になる友達とか、羨ましくて。」

そう言って、エレファは顔を伏せた。ケイはため息をついて、その頭をわしゃわしゃと撫でた。

 ケイは子供には弱いのだ。

なまじ何でもできると、何にもできないと錯覚してしまうことはよくあることだ。

ケイにも身に覚えがある。まあ、ケイは何にもできないが。


「じゃあジェイドを味方につけようぜ。 ・・・あいつ世渡りとかうまいから味方にできたら心強いぞ」

「味方って、どう・・・?」

「まず、掌の周りで、水流を作る」

そう言って、水面に手を入れて、風魔法で回しながらエレファを見る。

唐突なケイの魔法授業だ。驚きつつ、エレファはケイの手を中心に動く水面を見つめる。

「・・・こうですか?」

見ただけで真似するエレファ。

「うまいじゃん」

「学校でやってますから。・・・でも水流を手元に止めるのは難しいなぁ。」

「次は、火魔法で水を温める」

「ん・・・? 水魔法と火魔法は一緒にできませんよ?」

エレファが困った顔をする。

「違うんだよな、風魔法で混ぜるんだ。」

分かってながら、意地悪く笑うケイ。

「風で? ・・・うん、えっと。だめだ・・・できない・・・」

必死に風魔法で水面を混ぜるがボコボコと泡が上がってくるだけで全く混ざっていない。

落ち込むエレファを撫でて、ケイは思いついたように言った。

「まずはこれを練習してみたら?

 複合魔法は簡単じゃない。お前みたいに何でもできる奴は、一回くらいできないことやってみるのもいいと思うぞ。

 薬師はやることも覚えることも大変だから、このくらいの魔力操作は必須だしな。」

そう言って、エレファの手元を見た。


ジェイドを基準にしてはいけないが、この程度もできないとなるとショックボルトもまともに使えないだろう。

200歳越えのシリカにできないことをやるのは、エレファの歳を考えたら全然できない方が普通ではあるが、あのカンディアとジェイドに挟まれるのだ。無理に励ますよりも役不足と言ってしまう方がスッキリするだろう。


「できないことをやる・・・。

 そうですね、いつもできることしかやってこなかったから、これは良い転機になりそうです!!」

「うん、やる気があるのはいいことだな」

笑い合って、ケイはそろそろ出るか、と促した。













風呂から出て、エレファの家に向かう途中、スライムが合流してきた。

腹に突っ込んできて、ケイはむせながら混乱する。

《ケイ!! ドコニイクカ、イウ!!》

置いていかれたことを怒っているようだ。

「グハ・・・ゲエ・・・。 え、っと、ごめん・・・。 だってお前寝てたし。お前こそ、熱は平気か?」

何度も角度を変えてどついてくるスライムを捕まえて、ケイはため息をついた。

《モウヘイキ》

「スライムちゃん、元気でいいですね。」

念話が通じていないエレファは苦笑いしながら、スライムにどつかれているケイをみた。

「え、う、うん?」

「あっ。 もうそろそろ店が閉まるので急ぎましょうか」

「え、そうなのか? 閉まるの早いな?」

「こんな物ですよ、あまり火を使うのはよくないから、暗くなる前に家のこともしなくちゃなので、みんな早めに店を閉じるんです。青の季節には日が短くなるのでもう少し早くなりますよ。」

「青の季節って?」

「ミュリエル様の季節です。雪が降って、とても寒くなるんですよ」

「知らない名前だ・・・。」

「ミュリエル様は天の神、 ライゼア様が地の神。 ラファエル様が空の神、緑の季節には神がいないんです」

「へー。」

「この世界の草原を象徴とする緑の季節。過ごしやすい気候の代わりに魔力の揺れが多くなる季節です。

 ライゼア様が赤の季節で、とっても暑くなります。まあ、この里の気温は一定なので関係ないですが。

 ラファエル様が紫の季節で、涼しいし森の食べ物が美味しくなる季節だけど、豪雨や台風とか、災害が多くなりますね。

 ミュリエル様の青の季節は雪が降って、この里も少し寒いけど、学校が休みになります!!」

最後に嬉しそうなエレファ。長期休暇が嬉しいのはどこの子供も同じか。

エレファとケイは早歩きしながら、店を目指した。








「あらあらあら〜〜〜!!!!草原の勇者様ですね〜〜!!」

ケイは入店早々に、嬉しそうなマダムに捕まっていた。

「母さん!!」

この美魔女がエレファの母か。

抱きつかれたまま、ケイが挨拶をする。

「はじめまして・・・ アズマケイです・・・」

「ルチルです〜〜!! エレファの母です!!」


元気なのは血筋なのだろうか。


「母さん、今日はケイさんの髪を切ってもらいにきたんだよ」

「あらあら、嬉しいわね。」

じゃあここに座って、とニコニコと促されて、ケイは大人しく椅子に座る。

「あ、鏡だ・・・」

座って、目の前の三面鏡に驚く。

まるで昔のブラウン管テレビのように縦にも横にもでかいが、石で出来た綺麗な鏡だった。

それよりも、なんか自分の顔が幼く見える。自分の顔を見たのが久しぶりだからか、周りが北欧系の美形ばかりなせいか、どちらかはわからないが、これでは幼女と思っていたカンディアと顔面的にどっこいな気がする。

「うふふ〜。当店自慢の鏡よ〜〜!!」

そう言って、茫然と鏡を見るケイを勘違いしたのか、ルチルは鏡を自慢して、ケイの髪をさわった。

思考に区切りをつけて、ケイは緊張に手に汗を握った。

人に切られるのはいつぶりだろうか。髪をクシで梳いたり撫で回されて、久しぶりにの感覚に少しドキドキする。

散髪用のマントをかぶせられ、首をギュッと軽く締められる。その少しの苦しさに、懐かしさを感じた。

床屋や美容室なんて、日本以来だ。涙を浮かべたら、「苦しかったかしら?」と少し緩めてくれた。



「さて、どこまで切りますか?」

ハサミを持った途端に真剣な顔になるルチルに内心驚きながら、ケイは鏡越しに見て横目でスライムと遊ぶエレファを見た。

「エレファより短く、前髪とかも切りたいかな」

いつもは適当に縛ってるが、今回は下ろしたままだ。クシを入れて前髪で顔が完全に隠れたケイは顎の下まで伸びた髪をつまんで言う。

「そんなに切っちゃうの?」

「うん、バッサリいってくれ。後は任せる。」

「かしこまりました」

にっこり笑って、ルチルはケイの髪を切った。背まで伸びていたから、襟足まで切るとなるとなかなか長い。

勢いよく切られていく髪が少し悲しい。バラバラと落ちていく髪を鏡越しに見ながら、ケイはエレファに話しかける。

「エレファ、ルチルさんに言いたいことあったんだろ?」

「え、あ、 ・・・うん!!」

ケイに水を向けられて、焦った声で返事をするエレファ。

「あらあら、なあに?」

覚悟を決めた顔のエレファを、ルチルはハサミを手に頬を押さえて振り返って見た。

「母さん、俺、薬師になりたい!!」

「いいわよ〜〜」

「やった!!」

ルチルの簡潔な返事にエレファが飛び上がって興奮する。


鏡越しにそのやりとりを見て、ケイは素っ頓狂な声をあげた。

「え!? 待って、早くない!?」

「え?なんでですか?」

「ん〜〜?」


「いやいや、あんな不安がってたのに!?」

思わず振り返ってそう言う。ルチルに「動かないで」と怒られて、ケイはまた鏡越しに戻る。


「あら〜〜。 不安だったの?」

「・・・母さんは簡単なんです。 ・・・でも、それなら父さんがいないうちに決めちゃえばいいんです!!」


不安だったのは父親の方か。でもそれなら父親に有効な手札を持ってくるべきでは? 少なくとも母が気になってるケイを連れてくるべきではない。

 ・・・そう思ったが、嬉しそうなエレファを見て、ケイはため息だけで収めた。


やり遂げた顔をするエレファを宥めて、ケイは改めてルチルに聞いてみた。

後から「やっぱりダメでした」ってなったらジェイドに何と言い訳するか、きっと言葉が出てこない。


「ルチルさんはいいんですか? ほら、混ざり物とか・・・」

ケイが遠慮がちに言うとルチルは驚いたように聞き返してきた。


「どうして? 薬師なんて、いい仕事じゃない。里を出ても同じ仕事ができるのは利点よ」

そう微笑んで、ケイの髪に触る。


「それに、勇者のあなたが好いてる人なんでしょう? 話したことはないけど、いい人なのはわかってるわ。

 それに・・・」

ふふふ、と笑いながらハサミを持ち直すルチル。

「それに、だってこの子が、自分から『何かをしたい』なんて言うの初めてだもの。 ・・・母として応援するわ。」


「好いてるって・・・まあ、あの兄妹がいい奴らなのは認めるけど。」

ケイが苦笑いしてるうちに、エレファは興奮冷めやらぬまま、立ち上がって叫ぶように言った。


「ありがとう母さん!! 早速ジェイドさんに報告してくる!!」


エレファは喜びを表現するかのように飛び跳ねながら、スライムと一緒に店を飛び出していった。


そんな息子を鏡越しに見て、ルチルは笑う。

「あらあら、あんなに嬉しそうなの、昨日ぶりね。昨日も布団の中で『早く走れた』って大興奮してたのよ。

 ・・・そういえば、熱を出して寝込んでたって聞いたけど、もう大丈夫でしたの?」

「ん、朝までは熱もあったけど、ただの魔力酔いだから、大丈夫でしたよ。

 なんせ、ジェイドの看病がありましたし。」

ケイがそう言うと、ルチルは「あらあら」と笑った。

よく笑う人だ。


「ふふふ。 クォーツさん以来、薬師にかかったことはないけど・・・ ジェイドさんも優秀だって聞くし、きっとあの子も優秀になるわ。」

楽しそうに髪を切るルチル。

ザクザクと切られてマントを滑り落ちていく髪の毛を見ながら、ケイはこの巻き込まれた諸々に、ため息をついた。


なんだかんだと文句は言うけど、ジェイドはいい奴だし、カンディアは可愛い。向上心もあって二人とも有能だ。

エレファもなんだかんだ、ガッツはあるだろう。きっと、いい医者になる。・・・いや、薬師か。


それからしばらく無言だったけれど、ケイの髪がショートカットより短くなった頃、

「シリカ様もそろそろ覚悟を決める時よね」

ルチルがそうポツリとこぼした。

「え?」

「いやね、長が倒れたでしょう?

 もういい歳ですから、次期長をそろそろ発表するんじゃないかって、噂をしてたのよ。」

ルチルはケイの前髪をクシで梳きながらハサミを傾ける。

前髪が目に入らないよう、ケイは目を閉じた。

「ルチルさんはエンジュとシリカ、どっちに長になって欲しいんですか?」

「私は、誰が長になっても、あの子が何の仕事をしてもいいの。 ・・・みんな幸せであれば、ね。」

ルチルはそう笑った。

何故だか、ケイにはルチルが泣いてるように聞こえた。














「さて、完成よ〜〜!!」

マントについた髪をブラシで払い落とし、ルチルはそう言って、マントを取る。

ケイは右に、斜めに、と顔を傾けて、サイドの髪を耳にかけたりと、髪型を確かめた。

前髪は長めで、顎より上で切られて、後ろは襟足まで切られている。

前下がりのショートボブといった具合だ。

ちょっと女っぽい髪型だが、男でもロングヘアーが多い里だし、このくらいは仕方ないだろう。

梳いてもらったのもあって、髪も半分以下だ。かなり頭が軽い。

「ルチルさんありがとう。おいくら?」

「勇者さまだもの、息子の紹介だし、お代はいらないわ」

太っ腹なルチルにお礼を言って、ケイは立ち上がった。

「じゃあ次来るときは払うね」

そうケイが笑うとルチルはまた笑った。

「もうそろそろ里を出ちゃうんでしょう? 次も切れると嬉しいわね〜〜」

「なんか、詳しいですね?」

何だか、シリカのことといい、内情に詳しい気がして、ケイはつい聞いてみた。

「夫が政治をしてるから」

そう言って、にっこり笑った。



・・・・・・そりゃエレファが父親のことを気にするわけだ。

ってか、勝手に決めて良かったのだろうか?



笑顔のルチルに手を振って、店を出たケイはため息をついた。

「まあ、俺には関係ないか。」


切った髪が軽い。

足取りもなんとなく軽くて、ケイは寄り道をしてから診療所に帰ることにした。

決して、初めて来た区域で一人じゃ帰り道がわからないとか、迷子だってわけじゃない。決してない。



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