26.thought.生きるってなに?3
沐浴場で服を脱ぎながら、ケイはため息をついた。
流れで風呂に来てしまったはいいが、カンディアを嫁に貰う云々の話はなかったことにしたい。
そう思いながら少し丁寧に体を洗い、湖に向かう。
この里では体を洗う時も髪を洗う時も石鹸しか使わないので髪がゴワゴワだ。なんとかならんものだろうか。
そういやジェイドやカンディアの髪はさらさらだが、何かしているんだろうか。
それとも慣れ? 体質? ・・・不思議だ。
「早く温めろ」
そう急かすジェイドにケイは嘆息して、湖の隅にしゃがみ込み、冷たい水に手を突っ込んだ。
全裸で何してんだろうな、なんて思いながら、手で水をかき混ぜる。
冷たい水がだんだん暖かくなっていくのを感じながら、ケイはこれからどうするか、悩んでいた。
「なぁ、さっきも言ったけどさ、カンディアとちゃんと話しろよ?
・・・俺はこの世界に長く住む気ないし、向こうだって困ってただろ」
そう言ってジェイドを見上げると、こちらを睨んでくる。
「いつまで同じ話する気だ」
「え? ・・・いやいや、あの流れで風呂って言ったらそうなると思うだろ普通。」
「俺は風呂に入りたかっただけだ」
「・・・そうですか。」
答えて、ため息をついた。意外とマイペースだな、なんて思う。
早速湖に入ろうとして、ジェイドが足を滑らした。ケイは驚きつつ、咄嗟に手を伸ばして、ジェイドの腕を掴む。
「おっと。・・・大丈夫か? ・・・オヤァ!?」
なぜか足元は結構ヌルッとしていて、ケイも滑りそうになり踏みとどまる。いや、ほんとに驚いた。
掴んだジェイドの腕も思っていた以上に冷たくて、さらに驚く。
こちらを睨むジェイドに呆れながら、ケイは助けてやったのにな、と思う。
・・・・・・思うだけだ。
それを口にしたら大目玉を喰らうのは俺だから。
「・・・誰だ、こんな所に石鹸を落としたやつは・・・!!!」
そう憤慨しながら、湖のなかに落ちていた、とろけて手から滑り落ちそうになってる石鹸をジェイドは脱衣所の方に器用に投げ捨てる。
ケイはため息をつきながら、ヌルヌルする岩肌を魔法で掃除する。
「そうカリカリすんなよ」
「全く。・・・お前も共用部分を使った後の掃除はしっかりしろよ」
「へいへい」
そう言って、二人は露天風呂と化した湖に浸かった。若干泡が残っていたが、ケイが水魔法で流し飛ばす。
「・・・風呂、結構気に入った? カンディアも湯に入るのは珍しがってたもんなぁ。」
ふう、と気持ち良さげなジェイドにそう声をかけた。
「・・・風呂はいいものだ。体が温まる。」
「お前体温低いの?」
「魔力がないとこんなものだ。 ・・・俺は魔法が使えないからな。家でやろうにもこんな量の湯はそう易々と沸かせない。」
そうため息をつくジェイド。
昔は銭湯が主流で、毎日ではないものの、日本人は風呂に入るのが当たり前だった。
風呂がない家の方が珍しい現代日本から来たケイからしたら、とても不便だ。
「・・・湯なら、カンディアに頼めば?」
「あいつも魔法は使えないんだ。」
「ジェイドと同じ体質?」
「いや、魔法を習ってないだけだ。 素質はあるが・・・。 この環境だからな。」
そう言って、ジェイドは空を見た。
ケイもつられて空を見る。相変わらず、狭い。
「まあ、あんないじめっ子がいちゃあな。」
「・・・お前、魔法が使えるなら、教えてやってくれないか?」
「ええーー? 俺、ラファエルから特殊加工されてるからさぁ・・・ 前の世界じゃ魔法なんて概念なかったし、魔法の使い方、人と違うかもよ? それに教えるの向いてないよ?」
「魔術基礎なら本を読めばいい。お前の魔力操作をみたが、発動方法はそう変わらんだろ」
「あ、そうなの? 人の魔法見たことないからわからんけど、俺でもいいなら教えるよ。組み手のお礼もしたいしな。」
「・・・頼んだ」
ケイも、肩まで浸かって息を吐く。外の空気が冷えてるから、湯気が上がって、冷気が顔や肩に当たり気持ちがいい。
少し混ぜると、湯もいい感じに温くなってきた。これならジェイドものぼせないだろう。
「お前は、外に出たいとかないの?」
「・・・外か。森以上外に出たことはないが・・・興味はある。」
「どんなとこ行ってみたい?」
ケイが興味本位に聞いてみる。
「王都、と言うのはヒューマがたくさんいるらしいな。 ・・・露店もたくさんあると言う。見てみたい。」
そう言うジェイドに、少し驚いた。答えてもらえるとは思ってなかった。
「・・・なんか今日のジェイドは羽振りがいいな?」
「・・・意味がわからんな」
「いや、ごめん、間違えた。えっと、いつもより優しいなぁって。」
恥ずかしさをごまかそうとしたが、通じなかった。
怒られるのを覚悟で答えると、ジェイドは思いの外、真剣な顔つきでこちらを見た。
「・・・お前でもやればできるんだと思ったよ」
「・・・組み手のことか?」
「そうだ。早々に逃げると思っていた。」
「・・・まあ、そうだよな」
実際、逃げる気だったし。
「お前はいつも情けない顔をして、いつも「まるで自分は被害者です」ってツラをしていた。よく笑うくせに卑屈で、歪で、嫌な奴だと思っていた。
こんなのが世界を救う英雄かって、バカにしてたよ。だから少し、組み手も私情が入った。」
「・・・そうだろうな」
ケイはため息をつく。見下していたのは、お互い様だったってことか。
・・・出来の良さで言うなら、ケイのはただの逆恨みだけれど。
「お前は、なんのために強くなりたいんだ?」
そう問われて、サウザンドウルフにも聞かれたことを思い出す。
強さを認められることは、正直嬉しかった。
ふと、昔の記憶がよぎった。
*
生きていく上で、仕事をするのは当たり前。
できて当たり前。
できなかったら怒られる。
そんな世界だったから、ケイは頑張るのが嫌いだった。
『成功』以外は頑張りにカウントされず、努力は報われない。
そんなやつは山ほどいて、諦めたやつからどんどん腐っていく。
ケイは、努力はするだけ無駄なことだと思っていた。ケイの努力は一度だって報われた事がない。
褒めてほしくて率先してやった洗い物も、洗濯も、掃除も、母は褒めてくれなかった。
・・・・・・いや、そもそも家にいなかった。
じいちゃんの手伝いをしても。 ばあちゃんの手伝いをしても。 居候の身でやることは決まっていた。
いつだって、『ケイがやるのが当たり前』だった。
勉強も家事も、仕事もそうだ。 どれだけ頑張ったって、褒められない。
『圭はお手伝いさんじゃないのにね』
あの人だけが、圭に寄り添ってくれた。
*
「…おい?」
そう声をかけられて、ハッとする。
なんの話だっけ。・・・・・・ああ、なんのために強くなるか? か。
なんのためだろう。難しい。けど、褒められて嬉しかった。これは、久しぶりの感覚だ。
「・・・・・・ん、まだよくわかんないけど・・・。 褒められたいから、かな。」
努力が嫌いで、頑張るのも、コツコツ取り組むのも嫌いなケイだけど、世界を救うなんて大それた事も実感はないけれど、
ケイがやった事で、誰かが笑ってくれるなら、ケイが頑張る理由は、それでいいかもしれない。
「俺が頑張ってるとこなんて、想像つかないけど、みんなが笑ってくれるなら、それでいいよ」
「・・・それは、『大切な人』と関係あるのか?」
ジェイドを見ると、なぜだか困ったような顔をしていて、不思議に思う。
そういえば昔、あの人から『私に恩を感じるのなら、それは、他の人に廻して生きなさい』と言われた気がする。
そう考えたら、"そう"なのかもしれない。
「関係・・・? うーん、そう、なのかも?」
曖昧に笑って、ケイはジェイドを見た。ジェイドは目が合うと、ため息をついた。なんかショックだ。
「・・・悪かったな、責めたりして。」
「へ? 何のことだ?」
いきなり神妙な様子になったジェイドに、ケイは驚いた。
今日は驚きのオンパレードだ。雪でも降るんだろうか。
「お前の後ろ向きさ加減にイライラしていたのは事実だし、それを謝る気はない。
だが・・・。 お前の『大切な人』への気持ちを蔑ろにしていいわけじゃないんだと気づいたよ。」
「うーん。 俺もお前のこと誤解してたし、おあいこじゃないか?」
そう言って、「そういやスライムも同じ事を言ってたな」と、ケイは笑った。
思い出して、クスクスと笑いながら、水面で遊んでいたら、ジェイドに真剣な声で呼ばれた。
「お前は前を向くべきだ。」
「・・・前?」
意味がわからず、問い返した。
「後ろを向くな。 前を見ろ。 過去ばかりに目を向けていてはダメだ。
『大切な人』を生き返らせたいのなら、目標を達成したいなら、お前は今を生きろ。
・・・知ってたか? 今を生きた先に目標や未来があるんだぞ」
最後にバカにするように目を細めて肩を竦めるジェイドに、ケイはポカンとした顔を向けた。
「…し、らなかったかもしれない」
そう言うと、今度はジェイドが驚いた顔をした。
「お前の歪さは。そこか。」
「いびつって?」
過去や未来ならまだしも、前を向くなんて考えたことすらなかった。
「・・・・・・。」
聞いたけど、ジェイドは目を瞑って、何も答えてくれない。
ケイには欲しいものなんかなかったし、数少ない手に入れようと努力したものは悉くどうしようもないところへ消えた。
未来に欲しいものはなかった。
ケイは過去にしか興味を持てなかった。持っていたものにしか、価値を置けなかった。
それは、そんなにおかしいことだろうか?
・・・いや、おかしいことなんだろう。だから、こんなにも人と分かり合えない。
「・・・欲しいものって、どうやって探すんだ?」
「やってみなければ、わからないな。 ・・・俺も外は見てみたいが、もしかしたら旅が苦手かもしれん。
・・・得手不得手はやってから知るものだ、とりあえず、なんでもやってみろ。」
「そっか・・・」
でも、そのやる気が出ないんだよなぁ〜、と、水面に顔を半分埋めてぼやく。
そんなケイに、ジェイドはもう一度、碧の瞳を向けた。
「俺はケイが世界を救うと信じてる」
ケイは驚いて、何も返せないまま、目を見張る。
ジェイドに名前を呼ばれたのも、こんな笑顔を向けられたのも、初めてだったから。
「うえ・・・? ・・・・・・・・・・がぼっ・・!!」
力が抜けて、溺れかけるケイ。
やっとのことで起き上がったケイに呆れた顔を向けられた。
これは、ジェイドのせいだろう。
ケイは憮然としながら、暴れたせいで冷たい水が入ってきたので少し湯の温度をあげた。
*
長風呂で、結局のぼせたジェイドを担いで、ケイは帰路についた。
以前よりもジェイドが軽く感じて、これも組み手の成果かな、と少し誇らしげに思う。
生きるとは、どういうことだろうか。日本では、その答えは見つからなかった。
・・・いや、見つけたくなかったのかもしれない。ケイは過去しか見ていなかったから。
ここでなら、やり直せるかもしれない。そう思った。
カンディアにジェイドを任せて、ケイは自室に戻った。
起きていたスライムに治療してもらい、ようやく全身の痛みから解放されてほっと息をついた。
ご飯をもりもり食べているスライムを撫でながら、起きたばかりで元気なスライムと話をした。
生きるとは、何なんだろう。
奇しくも同じことを悩んでた1人と1匹はたくさん話をした。
今日は、いい日だっただろうか。
明日は、いい日になるだろうか。
未来は、過去は、今は…
時刻が黒を回った頃、ケイとスライムは話し疲れて眠った。
*
「そろそろ行けそうだね」
着流しを着崩して、アイスを舐めるラファエル。
ケイは目の前に置かれていたマグカップを手にとって、ため息をついた。
「どこにだよ、いきなりすぎんだろ」
目を覚ましたら、いきなりここだ。
呪文を唱えたわけでもないのになんでここにいるんだ。
びっくりだ。そもそも今何時だ。飯の時間に遅れたら怒るぞ。
「・・・そんな怒らないでよぉ。 そろそろ結界張れそうじゃない?」
頭の中でも読めるのだろうか。
そう思いながら、ケイは《ステータス》と呟いた。
___________
アズマケイ
Lv.56
HP 1250/1298
MP 659/740
種族:ヒューマ
職業:剣士
称号:草原の勇者、《空の加護》
状態:正常
*スキル*
生活魔法
全攻撃魔法
鑑定
ブレンド茶
剣技(片手剣)
天読み
体術
魔力感知
結界生成
魔力操作
___________
「確か、必要なMP、最低でも1000だよな?」
「うん、でもスライムちゃんと合わせたらもう1000超えてるから、大丈夫だよぉ」
「魔力を合わせるってどうやんの?」
コーヒーを飲みながらケイは、ほぅと息を吐く。
何度目かのケイの指導でラファエルもコーヒーを入れるのが上手くなった。
濃さがちょうどいい。
「魔力操作でスライムから魔力を引き出して、使うんだよ」
「・・・魔力って共有できんの? ジェイドなら魔力操作で貰い放題じゃん」
そう言うと、ラファエルはアイスを咥えながら、首を振った。
「魔力の色が重要なんだよ。 ・・・母上の影響が強すぎて、ジェイドの魔力色は特殊なんだ。
これはイレギュラーとでも言うのかなぁ?
世界を何度も繰り返すと、神の干渉した部分がちょっといびつになるんだよぉ。
君はヒューマで元々雑多な魔力だから、いろんな色の魔力をもらえるけど、ジェイドとスライムちゃんは無理。
スライムちゃんもこの世界では特殊なんだ。 ・・・草原育ちだからねぇ。」
アイスを食べ終わって、ポイっとゴミ箱に捨てながら言うラファエル。
半分も理解できなかったけど、とりあえず、『ケイにはできるけどスライムとジェイドには無理』と言うことはわかった。
「で、実際のやり方は?」
「スライムと相互魔力操作で魔力を引き出して、ドレインのスキルを手に入れておいで。そしたら石碑のとこにきて、そこで魔力を吸って、結界を張る。 ・・・あ、長時間吸い続けると魔力酔いを起こして最悪死ぬから短時間でやってねぇ」
「魔力酔い? それ、エルフだけがなるんじゃないのか?」
「魔力の色と調和性の問題だよ。あの里は神の力に溢れてるから、エルフたちは常に魔力が一杯なわけ。そんな時に魔力の揺れで大量に流れ込んできたら・・・あとはわかるよね?」
そう言われて、なんとなく、理解した。
「コップの水がいっぱい入ってるところに地震が来たって感じ?」
「・・・まあ、それでいいよ。 だらか、神の色に近いエルフたちがここに住んでる方が実は体に悪いんだよねぇ。」
下手な例えに呆れながらもそんな事を言われて、ケイはハッとする。
「それ、本人らに言わないの?」
「言ってもいいけど、どうせ聞かないよ。あいつら、ホコリの方が大事なの。・・・見ててわかるだろ?」
ラファエルは皮肉げに笑った。確かに聞かなさそうだ。
「じゃ、あとはよろしく」
「へいへい」
そう言うと、またパネルをひっくり返すように暗転していく。
「あ、次・・・来る時は・・・コーヒー・・セッ・・用・・・意す・・・・・・ね・・・!!」
意識が途切れる中、そんな事を言われて、心が浮き立つ。
「あざ〜!!」
返事をした直後、ケイの意識は途絶えた。




