25.thought.生きるってなに?2
組み手を始めてどのくらい経っただろうか。
少なくとも100回くらいは吹っ飛ばされた。
骨を折ってるのか、熱が上がってきた。疲労で脇腹に激痛を感じながら、ケイは立ち上がった。
「まだまだ・・・イケる!!」
そう言って構えをとると、カンディアは手を上げてケイを制した。
カンディアはふと気づいたように帽子を取り、ピコンと獣の耳を動かして
「もうすぐお昼だね、ジェイにいが帰ってくるからご飯作りに戻るよ、ケイにいは休んでから戻っておいで」
と言って、帽子と服についた土を払うと先に帰ってしまった。
ケイには気づかなかったが、あのケモミミには鐘の音でも聞こえたのだろうか。
酷く長く感じた組み手を終え、カンディアを見送ると、ケイは荒い息を吐きながら、崩れるように地面に転がった。
《カイフク、スル?》
そう言うスライムに手を振って大丈夫だと伝える。
「ただ疲れただけだから・・・ だいぶ回避も上手くなってきたんじゃない? ・・・治癒するほどの怪我も減ったし。」
ケイはそう言って、激痛を押し殺して、上半身だけ起き上がると、泥だらけの自分を見た。
体は痛いが、まるで森を走り回った後のような爽快感に頬が緩んだ。さっきまで大乱闘をして大怪我しているとは思えないような明るい表情でケイは天井を見た。
洞窟内は昼間でも暗いが、昨日のうちにカンディアが松明を用意してくれていたので多少明るい。
ジェイドとの組み手はひたすら地獄だが、カンディアの手加減は絶妙で、成長してる気がする。
「・・・・・・ジェイドとやるとただ吹っ飛ばされて終わりだもんな。」
そう呟くと、今まで黙っていたサウザンドウルフが口を出した。
《お前はなんで強くなりたいんだ?》
「・・・なんでだろう」
そう言われると、回答に困ってしまう。
日本にいた時は、就活も受験も、ケイは大した苦労をしなかった。
ケイの求めていた基準がそもそも低いと言うのもあったが、勉強も仕事もやればそれなりにできてしまう。
そんなんだから、今までロクな努力なんてしたことなかったし、たまに聞く「受験勉強の日々をいまだに夢に見る」なんて経験もしたことがない。仕事や学業よりもキツくてしんどいことならたくさんあったが。
ぶっちゃけラファエルの言った「人を生き返らせる」なんて非現実的なことを、頭から信じてるわけでもない。
そりゃ、あの人が生き返るならば、これほど嬉しいことはないだろう。あの人がいなくなって、ケイは生きる意味すら見失っていたほどだから。
だけど、死人が生き返るなんて、非現実的すぎると言うか、これといって今までと何かが変わるような気配もあまり感じない。ここが異世界だと言うことも、魔法を使えて、尚且つリアルケモミミ幼女がいることにも、いまいち実感がない。
自分が世界の命運を背負ってるとも今のところ思えない。
ジェイドにも怒られたが、俺には信念と言うか、覚悟が足りてないらしい。
まあ、そりゃ平和ボケと言われるような娯楽が豊かな日本から来たんだ。それも当たり前なのかな。
なんで、強さに固執しないといけないんだろうか。
結界だけ張って、あとはのらりくらりしてるのはダメなんだろうか。
「強いて言うなら・・・自分のため?」
《・・・我はそのようなことを聞いたのではない》
フン、と鼻息を残して、そいつはそっぽを向いた。機嫌を損ねたようだ。
・・・まあ、そんな気はした。でもだからと言ってうまい言葉は浮かんでこなかった。
「まー。 でもさ、今日の俺、結構頑張ったよなぁ?」
そうスライムに言うとニッコリと笑って褒めてくれた。
二日目でこれだけできれば上々だろう。
・・・・・・そう思っていた時が僕にもありました。
*
ちょうど昼飯に帰ってきたジェイドと四人で飯を食べ、森での収穫物を仕分けるとカンディアとジェイドと分かれて、ケイとスライムは先に洞窟に戻ってきた。腹ごなしに軽いストレッチをして、空に無差別に飛ばして落ちてくる水魔法を避けると言う変な訓練をしていた。
結果はまあ、全身ずぶ濡れのケイを見たらわかるだろう。
足元が水分を含んでぐちゃぐちゃになったので魔法で乾かしながら、休憩がてら、二人を待った。
「・・・その程度か? カンディア、こいつを甘やかすだけなら余計なことはするな。」
何度も何度も、ジェイドに吹っ飛ばされてケイは、壁や地面とディープなキスをした。
ケイの口の中はもう色々と大惨事だ。
ジェイドの攻撃はカンディアとは桁が違った。 避ける? 避ける? 防御する? バカ言っちゃいけない。
これは核攻撃だ、即刻、この里。 いや世界から退避せねば。
・・・ケイなりに覚悟を決めてきたと言うのに、この有様で。 常々、覚悟が足りんと言われる意味を知った気分だ。
「朝の時はケイにい頑張ってたよ? ・・・バテちゃったの?」
カンディアの無邪気さに煽られて、ケイは動かない体を動かそうと奥歯を噛み締めて必死に立ち上がった。
「ちょっと・・・昼飯食い過ぎたかも・・・」
そう言い訳すると、ジェイドが「ハッ」と鼻で笑う。その仕草も様になっててさらにむかつく。
「魔力の流れは多少視えるようになったんだろうが、俺の攻撃は避けても意味はない。それだけじゃ防げないぞ。」
そう言われて、考える。やっぱり、カンディアの体を巡るあの光は魔力だったんだ。
そういや草原でもグリーンスライムは緑の光を放ってたな。魔力の色は人それぞれなんだろうか。
・・・でもそれなら、じゃあ、なんでジェイドは魔力を使えるんだ?
だって、ジェイドに魔力はないはずだ。ジェイドは家のランプもつけられないから蝋燭を使ってるのだから。
そう考えていたら、また攻撃を仕掛けてきた。
「敵を前に油断するな、愚か者」
「っ・・・!! 卑怯だろっ!!」
そう言って、跳ねるように飛んだが遅かった。変な体勢で岩肌に激突し、痛みに悶える。背骨いったかも。
地面に倒れ伏して動けないでいるケイにスライムが近づいて癒しの魔法を使う。
白い魔力が渦を巻いて、ケイに降り注いだ。
《ケイ!! 《癒しを!!》・・・ダイジョウブ?!》
スライムの詠唱が響き、途端にケイの体の痛みが消えた。
「あ、りがと・・・」
「さっさと立て」
ジェイドが睨む。ケイは喉と口に残った血を吐きだして、立ち上がった。
*
朝はカンディアの家事手伝いをして、余った時間で手合わせしてもらい、午後は仕事の息抜きのような態度のジェイドにめったうちにされる。そんな日々が数日、続いた。
以前のように、ただ吹き飛ばされるだけではなくなり、だいぶ体も退避行動が様になって、痛みを推してでも動けるようになったし、カンディアとはいい具合に組み手らしい組み手ができるようになった。
・・・まだ手加減されてはいるが、油断をしなくなったせいか、不意を突くような攻撃にもきちんと受け身が取れる。
ケイ自身、それなりに対応できるようになってきたことが嬉しくなった。
スライムも回復魔法を以前より素早く且つ回数も多く使えるようになり、戦力的にも上がってきたはずだ。
それでも、あまりに手応えがなくて落ち込む日もある。そんな時はラファエルの家でコーヒーを飲むのだ。
ラファエルの家には、石碑に行かなくてもプレートに祈ればいけると聞いて、「なんで先に言わねぇんだよ!!」と怒ると、ラファエルは「忘れてた」といつものようにヘラヘラ笑った。それだけでは怒りは収まらなかったが、タバコをくれたので許した。
*
「お、らよっと!!」
ケイは最近習得した《魔力弾》で自身の魔力の塊を飛ばし、その隙間を縫うように無詠唱で風魔法を作り出して飛ばす。
昨日になって、ようやくジェイドの攻撃の秘密に気がついた。
ジェイドは周りに浮遊する魔力をまとめて投げつけていた。すごい制御力だ。これが《地の加護》のなせる技だろうか。
カンディアはそれを自身の魔力で周りの魔力をまとめて投げ、威力を上げていた。
ジェイドのように浮遊する魔力だけでは攻撃にならないようだ。
「まだ練度が甘い」
そう言ってジェイドは手を振る動作だけでケイの魔法と魔力弾を打ち消した。
ケイは舌打ちをして、魔力感知を最大にした。
ジェイドから放たれる魔力弾に注視する。触れるかどうかまで迫ってから、攻撃の薄いところに避ける。
それでも威力は桁違いだから相変わらず吹っ飛ばされるが、そこで壁に手をついて衝撃をやり過ごす。手をついた時、手首をぐねったようだが、これならまだマシな方だ。
だって、ようやくジェイドの攻撃をいなせたんだ。初めてだ。快挙だ。
内心の興奮を押し隠して、そのまま、ジェイドから視線を固定して、次の手を待つ。
次はジェイド自身が飛び込んできた。素早い動きに防御が間に合わない。
蹴り飛ばされながら、空中で体勢を変えて、受けた威力を相殺しながら地面を転がる。
転がりながら、自分の負傷を確認する。肋骨と防御した時に腕を折ったみたいだが、魔法でカバーできるだろう。
ジェイドから目を逸らさず、次の攻撃を待って、ジェイドが動かないことに怪訝な目を向ける。
「・・・まあ、及第点だ。」
そう言って、ジェイドは構えを解いた。
「・・・へ?」
まだやる気満々だったケイは変な声を出してしまった。
「だから言ったじゃん、ジェイにいの攻撃をいなせたら・・・って。」
カンディアの言葉で、前に言われたことを思い出して、ああ、と納得した。
「俺の攻撃を見切れる奴はこの里には数人しかいない。避けた後もまだこちらを見て次の攻撃を待つ余裕もできた。
まだお前に負ける気は微塵もしないが・・・。ここまでできたら合格だ。・・・俺は仕事に戻る。」
そう言って、ジェイドは洞窟から出ていく。
「・・・・・・え?終わり?」
唐突な宣言に頭が追いつかない。
《ケイ、ヨカッタネ!!》
スライムのニンマリとした笑顔を向けられて、ケイはようやく笑った。
やっと・・・そう、やっと、やっとやっと・・・・・・
−−−地獄は終わったのだ。
「今日は祝杯だーー!!!!」
そう言って、近くにいたサウザンドウルフに抱きついてケイは喜んだ。
友の友は友とはいかず、いまだスライム以外に懐かない怒ったウルフに当たり前にように噛みつかれて、ケイは肩から血を流して悶えた。
スライムもMP切れで治癒できず、カンディアに呆れられながら手当てをしてもらって帰宅した。
*
「合格祝いだよ〜」
そう言ってカンディアが笑顔で食卓に出したのはここ数日でケイの胃袋を掴んだ、好物のビーフシチューだった。
もちろん、主食は祝いの日の麦飯。
ビーフシチューにはパンだと思ったが、祝ってくれるのは嬉しかったのでケイは素直に喜んだ。
「この程度でわざわざ祝いなんて・・・」
と、ジェイドが不満を漏らしたが、今日の晩ご飯は肉の調達から全てカンディアが準備したので、それ以上の文句はない。
「「「天と地に座す二柱の神の恵みに感謝を」」」
3人で声を合わせた後、ケイは「いただきます」といい、食べ始めた。
スライムはMP切れでまだ寝ている。もちろん晩ご飯はスライム用も取り分けてあるので、起きたら美味しく食べてもらおう。
「やっぱカンディアのご飯はうまいな!!」
まだ治癒されてないため、利き手が骨が折れてるので、三角巾で吊るされている。肩も負傷しているので。食べづらいことこの上ないが、痛みにももうだいぶ慣れた。
左手で器用にスプーンを使ってビーフシチューを食べながらケイがそう褒めると、カンディアはいつものように、はにかみながら笑った。
「えへへ、ありがとう」
「・・・いっそ嫁にもらったらどうだ?」
ジェイドがいう。まだその話引きずってたのかとケイが右手に持ったお茶を倒し、カンディアが布巾を掴みながら慌てる。
「ええ!? なんでそんな話になるの!?」
水分を含んだ付近を絞りに行きながら、憤慨するカンディアとすました顔のまま茶を飲みながら続けるジェイド。
「お前も里を出るいい機会だろう?」
「私はここに居たいって言ってるのに・・・!!」
そんな二人に割って入る。
「ジェイド、ちゃんとカンディアと話したらどうだ? それにいくらカンディアが可愛くてもさ・・・
俺、ここまで歳が離れてる相手はちょっと。」
そういって、ケイは苦笑いする。
「そうか? エルフの血が入ってるから、そこまで歳は関係ないだろう。 ・・・まあ、成人まで時間はある。
世界を救った後に迎えにくるのでもいいぞ?」
「だからっ・・・ジェイにい!!」
真っ赤な顔であたふたしながら、こちらを見ては顔を隠すカンディア。
・・・すごく居心地が悪い。
ジェイドはああ見えて意外と口がうまい。ここに居たらいつの間にか話をまとめられてしまいかねない。
「さ・・・!!! 俺、もう飯食ったし、風呂入って寝るよ」
そういって、いそいそとケイが立ち上がると、まるで示し合わせたかのようにいつもはゆっくり食べてるはずのジェイドも立ち上がる。ケイの皿と合わせて、空の皿を流しに片付けてくれた。
「・・・では俺も付き合おう」
「え・・・?」
「『風呂』に行くんだろ?」
流しに手を置いた姿のまま、茶を飲み干してジェイドは、にこり、と笑った。
ジェイドのこの笑顔は怖い。
ここ数日の組み手で調教済みのケイには断ることはできなかった。
*
ケイは逃げられない!!(笑)




