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24.thought.生きるってなに?

遅くなりました。





微かにドアが閉まる音がして、ジェイドは読んでいた本から顔をあげた。

こんな深夜に誰だろうか。・・・まあ、検討はついている。

ジェイドは浮遊する魔力の残滓に集中するため、目を閉じた。

「・・・逃げたな」

ケイの魔力が診療所から離れていくのを認識して、自身の予想が当たったことにため息をついた。

起き上がるのも辛いだろうあの体で、よくもまぁ、無茶をする・・・。

ジェイドは舌打ちをして独りごちる。

「少し、やりすぎたかもしれないな・・・・・・。」

珍しく、ジェイドは言い訳を口にした。

やったことに後悔はないし、反省しようとも思わない。

それだけ、ケイの後ろ向きさには辟易していた。

・・・・・・自分でやったことながら、笑えてくる。

これが薬師のやることなのだろうか。『薬師なら、みだりに人を傷つけるな』とカンディアに言っておいて。

組み手といいながら、自分は私情を交えてしまった。

教育的指導と言えば聞こえはいいが、相手が逃げ出してしまっては意味がない。

ふ、と笑いが込み上げた。だいぶ、疲れている。

・・・少しだけ、寝ようか。

一息つこうと思い、茶を飲もうと湯飲みに手を伸ばして、さっき飲み切ったことに気づいた。

また茶を沸かすのも、水を汲みにいくのも、めんどくさい。

もう一度ため息を吐いて思考に区切りをつけると、ジェイドはまた本を読み始めた。


《ジェイド、オキテル?》

ストーリーが佳境に差し掛かった頃、頭に水流の声が響いた。スライムの念話だ。

「・・・・・・。」

まだ魔力が回復し切っていないだろうに、なぜ二人して死に急ぐのか。

・・・・・・無視しよう。

そう決めてまた本に視線を落とすと、再度頭に水音が響いた。

《オハナシ、シタイ》

「・・・・・・ハァ。」

このまま無視をすれば、あの魔物は自分では部屋のドアを開けられないから、ジェイドが動くまで話しかけ続けるだろう。

ジェイドが寝ないことは、もう知られている。知っていて呼んでいるのだ。

ご指名なら、仕方ない。

ジェイドは読んでいた本にしおりを挟んで、閉じた。

・・・・・・ついでに茶も入れよう。

「本当に、二人揃って手がかかる。」

そう呟いて、ジェイドは空の湯飲みを持って立ち上がった。










ケイに貸している患者用の部屋のドアを開けて、足元にいるスライムを睨んだ。

「・・・・・・俺はドアマンじゃないんだが?」

《・・・ケイハ?》

眠そうにしながらも、心配げな赤い目で見上げてくるスライムにジェイドはまたも珍しく、なんと返そうか悩んだ。

ここまであいつに尽くしているスライムにまさか、「ケイくんは逃げました」なんて言ったら、きっと追いかけてしまうだろう。

魔力枯渇の辛さはジェイド自身よくわかっている。

魔力を空になるまで魔法を使ったスライムもそうだが、さっき逃げ出したケイだって、全身打撲に数本骨折している。

本当なら高熱もあって動けないほどの重症だ。

薬師としては、二人とも大人しくさせないといけない。

・・・だが、一人は手遅れなので目の前のコイツだけは外に出さないようにしないと。

「・・・ケイは少し出かけた。・・・風に当たってくるんじゃないか?」

少し考えた後にそう言って、ジェイドは部屋に入る。

手に持っていた湯飲みをベッド脇のテーブルに置き、ベッドに座ろうとして、シーツについた血を見つけた。

「で、なんの話だ?」

後ろをついてくるスライムに話しかけながら、めんどくさそうにしながらもジェイドは汚れたベッドシーツと汗を含んだ枕カバーを剥がして、部屋の隅に適当に投げ捨て、隠し棚から新しいシーツを出した。

《ジェイド、ナンデオオケガ、ケイニ、サセタノ?》

「あいつから組み手を望んだんだぞ?・・・手は抜かない。

 ・・・それに、あいつは弱すぎる。今なんとかしないと、近いうちに死ぬぞ。」

そう答えながら、ベッドにシーツをかける。ピシッと伸ばしてから、枕に新しいカバーを被せ、そこにスライムを乗せる。

《シヌッテ、ナニ?》

そう見上げるスライムに、ジェイドはベッドに座って考え込んだ。

ジェイドにとって、『死』は身近だ。 ・・・当たり前だ、薬師なのだから。


だからこそ、この幼子のようなスライムに、なんと言って伝えたら良いか、答えに困ってしまう。

「死ぬと、そいつはもう目を覚さないし、会話もできなくなって、もう、会えなくなるってことだ。」

そう言って、数年前、森に点在するエルフの村を襲い、殺された両親を思い出す。

父も母もその他の人たちも、全身の骨が粉々になるほど踏み壊され、まるでゴミのように打ち捨てられていた。

女のエルフはさらわれ、今も戻ってこない。・・・生きてるのかすら、怪しいものだ。

あの時ほど自分の無力さを感じたことはない。

師に言われた言葉を反芻しながら、ジェイドはスライムを諭すように、自分の心を落ち着けるように、口を開いた。

「世界を救うにはあいつは力がなさすぎる。世界を救ったら終わりじゃない。むしろ始まりなんだ。

・・・・・・人はその世界をこれからも生きていくんだからな」

《・・・イキルッテナニ?》

スライムが傾げるように聞いてくる。

この回答には、困ることはない。

「『・・・・・・生きること自体に、意味なんてない。だからこそ、死んだ後に残るものが大事なんだ』

 ・・・俺は師からそう教わって生きてきた。 お前もどう生きるか考え続けろ。

 ・・・・・・死んで何にもできなくなってから『ああしていればよかった』なんて、後悔したくないだろ?」

スライムは困ったように目を細めた。

そんなスライムの頭をジェイドは慣れないながら、なるべく優しく撫でる。

クッションとは違う弾力で、フニフニしていて、気持ちがいい。

・・・あいつがスライムをすぐ撫でるのも、わかる気がする。


《イマノママジャ、ダメナノ?・・・『後悔』、スルノ?》

「絶対とは言えない。だからこそ、何かを成し遂げるなら強さが必要だ。」

戦いに身を置くのなら、痛みに慣れていかないといけない。

敵の前で膝をつけば殺される。不調を推してでも屠れるようにならないといけない。

だからこそ、少しきつめに痛めつけたのも、煽るような言葉をかけたのも、後悔はない。


《セカイハ、スクワナキャ、イケナイノ? ・・・タタカウノ、キライ。 イタイノモ、キライ。》

「・・・戦いが好きな奴なんて、いないだろう。何かを手に入れるために人は戦うんだからな」

殺人や戦い自体に快楽を感じるやつも世界には居るが、それは今は関係がない。


《セカイ、アゲタラダメナノ? ケイガ、タタカワナイ、ホウホウ、ナイノ?》

「それは・・・どうなんだろうな。」

あんな奴の肩に乗せるには世界は重すぎる。勇者がアレでは流石の邪神も笑ってしまうだろう。

だけど、エルフの里の方針で、ジェイドも勇者の助けをしなくてはならない。どれだけあいつの心が弱かろうとも、だ。

《・・・ニゲルノハ、ダメ?》

必死に考えたのだろう。苦し紛れにスライムが言う。だがそれも、今のままでは許されていない。

真剣な顔でスライムに向き直って、ジェイドは断言した。

「・・・スライム。逃してもらえるならな、それは相手に舐められてるってことだ。

・・・『取るに足らない、いつでも殺せる』と、そう思われてるってことだ。・・・あいつが勇者であって、この世界で生きる以上あいつの敵は、ずっと敵のままだ。」

不安そうなスライムを撫でながら、ジェイドは言葉を続けた。

「お前も強くなれ。今のままじゃ共倒れだ。あいつを守りたいのなら、弱さを見せるな。」

スライムは困った顔をして、悩んでいた。ジェイドはため息をついて、茶を飲む。

しばらくの沈黙の後、スライムが言う。

《ケイ、マモリタイ》

「守るのにも、強さが必要だ」

そう言って、言葉がうまくないことを師に「個性」と言われ、後回しにした自分に少し後悔する。

人と関わることを諦めて、人を守るなんて、よく言える。

「スライム、お前は強くなれる。あいつを守りたいなら、躊躇わずに戦っていけ。

・・・お前らが世界を救った後、その先が、戦わなくていい時だ。その先が、俺たちの生きる時間だ。」

《ツヨクナルニハ、ドウシタライイ?》

スライムの赤い瞳が熱を帯びた。

「お前には魔法の才能がある。今は魔法の使える回数を増やしていこう。 

 ・・・後は、そうだな。自分を信じていれば、強くなる」

《・・・ウン》


自分なりに伝えられた気がする。

・・・明日からは、もっと人と付き合えるよう努力していかないと。

そう思いながら、気づかせてくれたスライムを労うようにもう一度、優しく撫でた。










「・・・おはよう」

「逃げたと思ったぞ」

朝を告げる鐘が鳴り、カンディアと飯の準備をしていたら、しばらくしてシリカに支えられながらケイが戻ってきた。

椅子に座って辛そうに息をつくケイだが、その顔は洞窟で別れた時よりは、幾分か晴れていた。

寝てスッキリしたのか、しばらくして飯の匂いにつられてやってきたスライムに治療をさせて、ジェイドとカンディアも席につく。

「午前は仕事がある、戻ってきたら組み手の続きだ。」

ジェイドが短く伝えると、ケイは真剣な目で「わかった」と答えた。

「じゃあ、カンディア、ジェイドが戻ってくるまで組み手の相手してくれないか?」

「・・・私? 洗濯物が終わったらいいよ」

「じゃあ手伝うよ」

「ん、わかった」

そう笑ってくれたカンディアにお礼を言って、ケイはさっさと食べ終わると裏庭に出た。

スライムと一緒に干されていた洗濯物を回収して、診療室に運んだ後、洗い物を終えたカンディアと合流して、洗濯物を運ぶ。

昨日ジェイドにフルボッコにされた洞窟のそばの河原でカンディアと洗濯を開始する。

スライムはサウザンドウルフと遊んでくると言って洞窟に行ってしまった。

・・・少し寂しい。

洗濯場の橋の上で洗い物の詰まったカゴを置いてしゃがみ込んで手を濡らす。

川の水は思っていたより冷たくて、ちょっと嫌になる。

汚れた衣服を板と石鹸で洗いながら、ケイがため息をつくと、カンディアが声をかけてきた。

「ケイにい、なんで私なの?」

「・・・流石に、二、三日でアレを躱せる自信がない」

「私なら手加減してくれるって?」

「・・・そうじゃないけど、俺そんな賢くないし、見て覚えろとか無理だし。

 初めから上級クラスの敵倒せとか無理じゃん? 場数踏んで、なんとか追いつきたい」

ケイがそう言うと、カンディアは笑った。

「ジェイにいは厳しいからねぇ・・・ でも私も厳しいよ?」

「あいつより少しでもマシならOKだ」

ニッとケイも笑い返して、洗い終わった服をカゴに入れ、次は血がついたシーツを手に取る。

大きく広げて水を染み込ませようとして、カンディアに止められた。

「あ、ケイにい。 血のついた奴は濡らす前に石鹸つけないと・・・」

そう言って、ケイから取り上げたシーツに石鹸をつけて、少量ずつ手ですくった水をかけて泡立てて丁寧に洗っていく。

「石鹸が薄まっちゃうから、水は少しずつかけるんだよ。・・・そしたら少し置いておくの。

 ・・・こっちは砂の汚れがひどいね、これは水をつけて土と砂を落としてから石鹸つけるの。」

そう言って、シーツを脇に退けて、カンディアは新しい汚れ物を手に取る。

ケイも見習って、砂のついた昨日の自分の服を軽く手洗いしてから石鹸をつける。

「そうなんだ、洗濯ってなかなか難しいな。うちは全部、洗濯機にブチ込むだけだったから。」

「センタクキって?」

「自動で洗濯やってくれる機械だよ」

「いいなぁ、それ欲しい」

・・・そう言えば、静香の血がついたときのパンツとか、洗濯物はどうしてたんだろう。

生理の時は毎回寝込むし、本人もかなり重い方だと言っていた。

男の俺にはよくわからないが、だからってそんな個人的なことを聞くのも憚られる。

そう言う時は手で洗ってたのかな。

ゴシゴシと板に擦り付けながらそんな考え事をしていたら、カンディアに呼ばれた。


「もう、そんなこすったらすぐ生地がダメになる!! もう終わったから、いくよ?」

「え? ・・・はっやー!!」

「毎日の仕事だからね。」

「・・・俺、邪魔しかしてない気がする」

「話し相手になってくれるだけでも嬉しいよ」


そう、はにかんで笑うカンディア。

「邪魔」自体は否定されなかった。少し悲しかったけど、笑うカンディアは可愛かった。










スライムとサウザンドウルフが見守る中、昨日と同じ洞窟でカンディアとケイの組み手が始まった。

「じゃあ、いくよ」

そう言って、少し離れた位置に立ったカンディア。

スッと足を開いて重心を落とし、構えを取った。握り込んだ手をそのままに腕を突き出した。

「う、ぐ・・・!!!!」

ジェイドにされたのと同じように、ケイは岩壁にぶっとばされた。

まずは避けるよりも、衝撃を殺すことに集中する。

壁に当たった後、落下する衝撃を殺すように転がって地面に手を突く。


ラファエルの家でコーヒーを飲みながら考えたのだ。

結論としては、見えない攻撃をどうしたら躱せるか、ではなく、どう怪我を最小限にして避けられるか・・・だ。

どうせ、見えてもジェイドの攻撃は早すぎて躱せないのだ。

「ふ、は・・・・・・」

ケイが息を吐く。

「まだ本気じゃないよ?」

ニヤッと笑うカンディアに、ケイも「まだまだ余裕」と返して、立ち上がる。


何度か吹っ飛ばされて、ようやく背を打ち付ける前に体を反転させることができた。

ジェイドよりは威力が弱いから、回復なしでもまだ余裕がある。

そこで、体の疲労が軽くなるのを感じた。

レベルが上がったか? そう思ったけど、確認はいつでもできる。

そう思って、もう一度カンディアと向き合った。

「もういっちょ、いくよー!!」

そう言ってカンディアが構えた瞬間、手元が輝いた。

ケイはとっさに飛び退く。

「・・・え?」

「すごい!!」

カンディアが声をあげた。

攻撃を避けられた。なんだったんだ、アレは。

そう思った時、カンディアが容赦なく追撃する。ケイはあっけなく吹っ飛ばされた。

今度は受け身も取れず、壁に打ち当たり、ケハッと血を吐いた。

まだ、立てる。そう言って壁に手をついて立ち上がる。

「避けて終わりじゃないよ、ケイにい。」

カンディアがまた構え、ケイもふうーっと息を整える。

じっと見つめてまたあの輝きを待った。




何度目か、避けても近づけない。

油断や体勢を崩すたびにそこを狙ってくるカンディアは、さすがジェイドの妹だ。

えげつない。


立てないほどの怪我を負うと、すかさずスライムの魔法で治癒される。が、昨日よりは大丈夫そうだ。


しばらく避け続けていると、また疲労が軽くなるのを感じた。

次の攻撃はモーションまではっきり見えた。

カンディアの腕を通って、淡く黄色に光る魔力が集まり、突き出すと同時にケイに向かって放たれた。

横っ飛びにケイは避けて、その間も目を離さずにしっかりとカンディアの動きを見る。

3発避けて、カンディアがタメを作った時、ケイはここぞとばかりに飛びかかった。

「ケイにいはっ、・・・ちょろいねっ!!」

カンディアは笑顔でそう言い、ケイの伸ばした腕を掴む。

瞬間、ケイの視界がくるりと回る。

まさか、さっきの魔力のタメは油断させるための演技だったのか?

「・・・・・・負けました」

つい、そんな言葉が漏れた。

・・・自分より体格の小さい女の子に背負い投げされた。かなりショックだ。


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