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23.wrath.組み手と信念

「んん・・・ぁあ・・・?」

目が覚めて、ついスライムを探してしまう手。

「・・・そういや、昨日はカンディアの部屋で寝たんだっけ・・・。」

寝癖のついた頭をかきながら、ケイは身支度をした。

時計はないと思っていたけれど、時間が経つといろんな色になるチェストの上の丸い石が時計だと、昨日のジェイドとの会話で知った。

時刻は赤に近い橙色・・・だいだい10時くらいだ。

石の後ろのプレートは白と黒で、色が変わると夜、と言う認識だ。

黄は6時、橙は9時、赤は12時、紫は15時、青は18時、緑は21時って感じだろうか。大まかに言うとグラデーションのある6色展開を2度繰り返す。黒になると世界の時間は早く進むらしい。

それ以降は朝になって背景が白に変わり白を灯すまで、石の背景は真っ黒になる。ケイが寝たのも真っ黒になってからだった。

組み手は夕方からだから・・・と、少し寝ぼけた頭で考えながら身支度をする。

ノロノロと寝癖を直して着替え、カバンと剣を持ってケイはキッチンに向かった。


「おはよう、ケイにい。 昨日は夜遅くまで組紐編んでたんでしょ? うまくできた?」

カンディアが朗らかに笑いながら、ジャムとパンを出してくれた。飯の時間に遅れると、いつもこれだ。

居候の身で文句は言わない。ケイも大人になったものだ。

「うん、頑張ったよ」

組紐を首から外して差し出すと、うまくできてるね。と褒めてくれた。

「でも、ケイにい。 これは大事なものだから、いくら信用してる人でも渡したらダメだよ。」

・・・聞かれたから見せただけなのに、幼女に注意された。なんか切ない。

苦笑いしながら、席に着く前から気になっていたことを聞く。

「そうなんだ、気をつける。 ・・・ところでスライムは?」

「朝ごはん食べたら、ウルフ?さんと遊んでくるって、出て行ったよ。・・・えっと、ケイにいも起こした方がよかった?」

「んや、大丈夫」

ずっと一緒にいたから、こうも離れてしまうと寂しいものがある。

寂寥感を押し隠しながらパンを食べ終え、勉強をすると言うカンディアに頑張れとエールを送って、ケイはとりあえずジェイドの仕事部屋に行った。








「お前、仕事部屋を溜まり場かなんかだと勘違いしてないか?」

ドアをノックして部屋に入ると、開口一番にそう言われた。睨みながら。いや、睨むのはもうデフォか。

「他に行くとこねぇし。お茶持ってきてやったんだから文句言うなよ・・・」

そう呟いて、勝手に座る。呆れたようなため息が返ってきた。

「お前にはラファエル神から賜った大事な『やること』があるだろう?」

「そう言われてもなぁ。 すぐにやれってわけでもないし、まずはレべ・・・俺の力を底上げしなきゃできないことだから。」

レベル、と言いかけて、やめる。この世界ではレベルとは言わないものだ。

「なら外に出て獣でも狩ってこい。お前とペットの飯代は誰が出してると思ってんだ。」

「だからペットじゃないって・・・。 でも一人で外に出たら帰って来れんの? 本当にこれで帰れるのか、まだ不安なんだよね。」

首から下げたプレートをいじりながら、ケイは問いかけた。

「みだりに出すな。それは貴重品なんだ。盗まれても、替えなんてないぞ」

強く睨まれて、慌てて仕舞う。カンディアにもさっき怒られたところだ。

「でもこの辺で見る獣って、狼以外見たことないんだけど・・・ あいつら群れるし、一人じゃ無理だよ。」

茶を啜るジェイドにブツクサと愚痴を垂れる。

その様子をなんとなしに眺めていたら、ジェイドが存外真剣な顔でこちらを見た。

「お前はなんのために戦う?」

そう聞かれて、固まるケイ。

「え?」

「神だって、無理に戦えとは言わなかったはずだ。他にも使徒や勇者がいるだろう。

 ・・・今のお前なんかじゃ、邪神には到底太刀打ちできない。」

言われて、少しムッとした。確かに、ケイはジェイドよりは弱いが、この森でそれなりに生きてきた。

「せいぜい、シリカに先制攻撃して倒せるかってくらいだ。シリカの魔法はお前なんかより早いぞ。」

あの座ってるだけでプルプルしてしまう、もやしみたいな細いエルフにすら、俺は負けるのか? 

・・・そう考えたら、妙に腹が立った。

「じゃあ、お前はなんのために戦うんだ?」

「自分と家族を守るためだ。」

「たいそうな理由ですなぁ」

つい、言葉が悪くなる。

「お前はなんのために世界を救うんだ? 何を対価にした?」

まるで、ラファエルとの会話を覗かれたような発言に、少し身構えた。


・・・でも。

こいつになら話してもいいかも。


・・・・・・・・・なんて、この時そう思った自分を、今はぶん殴りたい。









「ぐ、、はぁはぁ・・・・・・げふっ・・・!!」

何が起きたのか、わからない。

目に前は今、自分が爪でえぐった土と、血溜まりがある。

誰の・・・って、今吐いた、ケイの、自分の血だ。

「う、あ・・・」

胃がひっくり返るような打撃・・・いや、触れてすらいないから、打撃かも怪しい。

何が起きたんだ?

「まだ立てないのか?」

そう煽られては、負けるわけにはいかない。

ぐらつく頭を抱えて、ふらつきながら、立ち上がって、再戦。次も一撃だった。

・・・やはり、その突き出された腕には当たっていない。

臓腑を揺らされ、衝撃で吹っ飛ばされた体は岩壁にぶち当たって止まった。

重力で体が落ちる。でも、受け身も取れなかった。

地面に崩れ落ちて、ケイは荒い息と血を吐き出した。




いきなり組み手をする、と、ジェイドに引きずられるようにここに来た。

スライムとサウザンドウルフのいる洞窟だ。

カンディアも引っ張ってきて、ジェイドのあまりの剣幕に、何をするかと思えばこれだ。

向き合って、5秒も経ってない。なのになんで。・・・手も足も出ない? もう、そんな次元じゃない。

「俺が何をしたか、わかるまでお前は何度でもそうやって這いつくばる。

 ・・・敵の前でもそうするのか? その間、誰が待ってくれるんだ?」

そう言われて、必死に立ち上がる。よろめきながら、今何が起きたか必死に考える。

ジェイドは魔法が使えない。・・・そのはずだ。なのになぜ、5メートルも離れたこの距離を動かずして当ててきた?

「さっさとここまでこいよ」

そう言って挑発されても、恐怖が上回る。震える足で踏み出すと、またあの攻撃だ。

触れてすらいない。一歩も動いていない。ジェイドは一体、何をしているのか。

「もう、一回・・・」

そう声を絞り出して、立ち上がり、必死に何をされたのかを、吹っ飛ばされ、地面を舐め、ひたすら考えた。

考えないと、何かしないと、挫けそうだった。

そうしないと、そうでもしていないと

『大切な人を生き返らせてくれると約束した』

そう言った時のジェイドのあの怒りの顔を、忘れられない。




何度そうやって地面に倒れただろう。

ケイが続行不能となると、スライムの聖魔法で治癒され、ずっとこの調子だった。

「わかるまでだ。」

流石に見かね、口を出したカンディアにすらジェイドはにべもなく、そう言った。





「この程度かよ!!勇者様ってのはよ!!!!」

そうジェイドに何度煽られても、怒りは沸点を超えているのに、体に力が入らない。

「カハッ・・・ぐ・・・」

必死に腕に力を込めても、びくりともしない。

なのに体は全身震えていて、自由にならない。

ケイはジェイドに恐怖を感じていた。


なんで、こうなった。腕が力を失って、体が横に倒れた。

自分の血反吐に塗れて、ケイは後悔していた。

怒りのジェイドは怖いなんてものじゃない。まさに羅刹だ。

その場をほとんど動いてないのに、なぜ当たった? いや、何に当たった?

初めの一撃目を、「ただの空振り」だと、そう思った自分が恨めしい。何が『この森でそれなりに生きてきた』だ、敵に出会ってなかっただけだろ。

「おい、この程度か? その程度で『僕は頑張ってる』とか抜かすのか?」

嘲笑うように言われて、ピクリとケイの体が動いた。

そこから、全身に力を入れていく。ゆるゆると立ち上がって、口の中の血を吐き出した。

「くそ・・・なんでそこまで・・・」

ジェイドはハッと笑った。その態度は怒気を孕んでいて、いつものジェイドではないのは瞭然だ。

「なんでだろうな。」

「ジェイにい、素人にそんな・・・」

「黙ってろ」

カンディアにさえ、こう言う始末だ。

自分が何したって?

「な、にに・・・そんなキレてんのか、わかんねぇ、よ・・・」

吐いても口内には次々と溜まる血。嫌気が差す。

口の中のどこが切れてないのか探すのも一苦労だ。

「命ってのは、死んだら輪廻に乗るものだ。それを安易に取り出そうって言うその姿勢が気に入らねぇ。」

「・・・ペッ・・・それを神がいいって言ってもか?」

背を伸ばして、ようやく立ち上がったケイに、ジェイドはまた構えを向けた。

ケイも腕を支えるので精一杯だが、なんとか構えた。

「おこがましいんだよ。」

「望みを叶えるのがそんなにおかしいかよ!!」

そう、吠えた。

「おかしい?変なことを言うな。分不相応だって言ってんだ!!」

吠えたけど、ジェイドの数分の一にも満たない声だった。









「・・・大丈夫?」

心配そうに覗き込むカンディア。

肋骨が折れてるから無理しないで、と肩を貸してもらって、帰路についている。

スライムのMPが切れると、あの地獄は終わった。

ジェイドはこの傷も、スライムが回復したら治療してまた再開だと言い捨て、無慈悲にもさっさと出て行ってしまった。

結局、一撃も躱せなかった。まともな受け身すら取れなかった。

《鑑定》すらも避けられ、手が届く距離でもないのに、全身を打つあの攻撃は一体なんなのか。

何より。

「あいつは、なんであんなに怒ってんだ・・・?」

「ジェイにいは結構、怒りっぽいよ?」

「そ、う・・・だけど、いつもより激しかったじゃねぇか」

ケホッと、苦しげな息を吐き出す。血が混じって、口の中がまずい。

「・・・わかんない。詳しい話、聞いてないし・・・。 でも、ジェイにいがあそこまで怒ったの、初めて見たよ」

「そ、か・・・」

「でも、ジェイにいは理不尽じゃないから、あの技がいなせるようになったら許してくれるよ。私の時もそうだったし。」

「お前は・・・・・・あれをかわせるのか?」

驚いて、声が詰まった。

「うん、結構頑張ったよ」

「・・・そっか」

俺は、自分より強いやつの手助けをしようとしたのか。

・・・そんで、その兄にしこたま怒られたのか。とんだお笑いだ。・・・涙すら出ない。

「・・・でもね、ジェイにいは人一倍頑張ってるから、力もないのに口だけ立派な人が嫌いなの。」

まさに俺じゃねぇか。そう思ったけど、言わないことにした。

それは、あまりにも自分が情けなかった。



夕方に組み手という名の地獄から開放されて、カンディアの手当てで少しマシになったが、それでも発熱と痛みで飯が喉を通らないほどだった。

「・・・・・・骨折って、結構しんどいんだな。」

声に出すだけでも、痛みが広がった。

あまり使ったことのない魔法を連発させられ、力尽きたスライムはあれからずっと寝ている。

時刻は黒の青寄りの緑。大体3時くらいか。まだまだ深夜だ。

高熱と痛みと考え事で寝れないまま、こんな時間だ。

ジェイドがなぜ怒ったのか、まだいまいちわかっていない。

世界を救う対価が人一人の命なら、安いものではないだろうか。

なぜ、そこまで怒るのか、理解できなかった。

あの攻撃も、なんだったのか。

なぜ自分よりも小さくて幼いカンディアにできることが自分にはできないのか。


・・・何一つわからなかった。


ケイは寝るのを諦めて、痛みを押して、ベッドから立ちあがった。

「くそ・・・」

よろよろと物音を立てないよう、カバンだけ持って、ケイは診療所から出た。

あのジェイドだ。ケイの行動なんてお見通しだろうが、そんなの知ったこっちゃない。

・・・・・・逃げよう。そう決めた。








「ケイさん!?・・・こんな時間にどうしたんですか?・・・体、どうなさったんです?」

ドアをノックすると、しばらくして、シリカが顔を出した。

「深夜にすまん・・・石碑に行きたい。」

「わかりました。肩、貸します。」

「・・・・・・助かる」

本当は断りたかったが、痛みで意識が朦朧としていたから、一人で辿り着けるか怪しかった。


前に来た時の倍近く時間をかけて、洞窟内を光魔法で照らし、二人ともよろよろとしながら、ようやく辿り着いた。

石碑の前にケイは力尽きて、座り込んだ。

「ありがとう、夜遅いし、待たなくていいよ」

「いえ、今日は私が不寝番なので、ここで待ちますよ。帰りも大変でしょう?」

シリカの優しさにホッとする。・・・前回は近づいただけで神の家に通されたが、今回は流石にお招きはないらしい。

石碑に触れる。何か、ないだろうか。考えようとしたが、体が痛くて意識が朦朧として頭が回らない。

石碑から漏れた光が胸元にあたる。組紐を引き出すと、紫のプレートが淡く光っていた。

なんの言葉かわからないが、浮かび上がった文字は呪文だとすぐに理解できた。

「《・・・・・・・・・・・・・・・》」

呟くと同時に、ケイの意識は途切れていく。

「行ってらっしゃいませ」

肩を支えたままのシリカが言う。

「普通に・・・待ってて。」

「・・・はい」

そう言葉を残して、ケイの意識は途切れた。








「そろそろ来る頃だと思った」

呆れた声に目を開けると、紫の男が見下ろすように立っていた。

前回は立ったままだったのに、今回は寝ていたようだ。体を起こす。

「・・・体が痛くない。」

「ここは精神世界みたいなものだからね、肉体の疲労はココには持ち込まないよ」

手に持っていたアイスをペロリと舐めて、ラファエルはケイの横を通って、縁側に腰をかけた。

なぜか、前回と違って、かなり素っ気ない態度だ。

今回のラファエルはTシャツに短パンだった。体つきは意外に筋肉はあるが全体的に細い。

「今日は普通の服なんだな」

「毎日着物じゃ肩が凝るんだ。・・・知ってた? 着物の生地、意外に重たいんだよね。」

食べる?と差し出された棒アイスを受け取って、隣に座った。袋の封を開けて、ケイもかじりついた。

久しぶりの合成着色料の甘さに頬が緩む。

「コテンパンだったね」

「・・・知ってたのか?」

体のことを知っていると言うことは、そう言うことなのだろう。

「ううん、見てた」

そう言って、ラファエルは手を振ってテレビをつける。

そこには手を振って、チャンネルを変えるたびに色々な風景が映された。

街で買い物をする赤い髪の女や、楽しそうに笑い合う二人の子供。

そして本を読むジェイド。


「趣味はのぞき?」

「この世界の秩序を守る。そのために世界を知るのも、僕の役目だからね」

アイスをかじり、つべたぁ〜、と、頬を押さえて、神は笑った。

「今日はなんか、暑いな?」

「今日は夏の気分なんだ」

「・・・だからアイスか」

「便利でいいでしょ」

「・・・・・・。」

軽口に付き合う元気もなくて、ケイは黙ってしまう。それをまるでわかっていたかのように、ラファエルは笑った。

「・・・あんな手も足も出ないことになるとは、思ってなかった?」

「ま、あ・・・。」

「ジェイドのこと、実は見下してたもんね」

「・・・・・・。」

否定は、できなかった。

「バレた、って思った?」

「だってあいつは魔力も使えないし、ろくに外にも行けないんだぞ・・・?

 ・・・・・・そんな奴があんな強いとか、反則だろ・・・」

「僕だって、病弱な相手と訓練しろなんて言わないよ。

 今の君は弱いから・・・このままじゃジェイドの言うとおり、本当にすぐに死ぬよ。」

「・・・でもあんな強すぎるのとじゃ訓練にすらならないぜ?

 ・・・あいつの攻撃、原理も対処法も、全くわからなかった。」

「対策を知りたいからココにきたの?」

薄ら笑うラファエルに、情けない顔をむけた。

もう、たった1日で心が折れかけている。 ・・・だけど。

今は夏だと言うのに。なのに。ここまで庭の金木犀の香りが漂ってきている。

「・・・・・・いや、そうじゃない」

「・・・じゃあ、何?」

深呼吸して、ケイは俯いていた顔をあげる。

「今の攻撃すら見えない状況からどうしたら脱せるか、なんて・・・俺が強くなるしかないんだ。」

「そうだね」

怖いけど、自分が嫌になるけど、この香りで、最後に踏ん張れた。

「だから、次こそ頑張るために、ちょっと景気付けがしたかった。ここにはコーヒーを飲みに来たんだ」

そう言って、ケイは笑った。

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