21.combat.組紐と襲撃*
ジェイドの手元をじっと見つめて、今度は自分の手元を見た。手順を間違えないように、ケイはゆっくりと手を動かす。
それを何度か繰り返して、なかなか成果の見られない地道な作業に、つい大きなため息がでた。
「なぁ、これいつまでやるの?」
ケイが触っているのは、糸と魔力を使って組紐を編む魔道具だ。
ケイはジェイドの指導の元、プレートを下げる紐を編んでいる。
「首が通る長さになるまでだ」
簡潔に告げられ、またケイはため息をつく。
「プレートを下げる紐だからな。適当なものじゃすぐ切れる。自分の魔力を使って織るんだ、我慢しろ。」
「魔力を引き出されて、お前は平気なのか?」
「俺はもう持ってるから作る必要はないが・・・まあ、薬を使いながら地道に作ったな。」
そう言ってジェイドは手を止めて、「もうあとはわかるだろ?」と言って薬草を手に自分の作業に戻っていく。
ケイの手元には単色に染められたそれぞれ色合いの違う糸が8本、円の形をした器具に等間隔に並べられている。
これを交互に編んで一本の紐にするのだ。
地道な上、魔力を引き出されているから時間が経つごとに気怠くなるし、単純作業は疲れる。
「なぁ、これ夜じゃダメなのか? 組み手しようぜ」
「黙ってやれ。・・・どちらにせよ、組み手は俺の仕事が終わってからだ。」
素っ気ないジェイドにはもう慣れたが、こうもつれない態度を取られると、嫌われてるのかと思ってしまう。
スライムはケイが外に行かないとわかると、洗濯に行くカンディアに付いて行ってしまった。
・・・・・・暇すぎる。
昨日の夕方からずっと寝ていたし、動きたい気分だったのに。
そう思いながら、そばに置かれた2枚のプレートを見る。
そう、2枚。緑のプレートと、紫のプレートだ。
洗濯に行く途中のカンディアにタバコと一緒に渡されたのだ。
『上着の中に入ってたよ』とのこと。
ジェイドに殴られて気を失っていたから、タバコと緑のプレートを渡されるのはわかるが、紫のプレートには心当たりがなかった。
ケイは見に覚えのないそのプレートをジェイドに見せると「すぐに下げ紐を作れ」と、この部屋に連行されたのだった。
組み手を頼もうと部屋を意気揚々と出てきたらこれだ。ケイは意気消沈しながらひたすら紐を編み続ける。
「で、結局このプレートって何なんだ?」
「知らん」
糸を纏めているボビンを順番に掴んでは落とし、カランコロンと鳴らしながらケイは紐を編む。
「知らないのに俺、こんなもん編まされてんの?」
「そのプレートの色はラファエル様の貴色だ。それが何のプレートかは知らんが、神の色をみだりに使う者はこの里にはいない。 ・・・つまり、お前に身に覚えがないなら昨日の『神の導き』で、ラファエル神から渡されたものだろう。無くさないよう、しっかりした下げ紐が必要だ。」
「・・・なるほどな。」
そう返事をすると、ケイはまたカランコロンと編み始める。
ゴリゴリと薬草をすり下ろしては調合するジェイドを横目に、ケイは無心でカランコロン、カランコロンとボビンを鳴らし続ける。
しばらく編んで、長さを確認する。10センチほど伸びた紐に、ため息をつく。
これだけか、と言う気持ちが大きい。さすがに疲れたので、ケイは休憩しようと二つの湯飲みに茶を入れた。
ジェイドも休憩するのか、手巻きタバコらしきものを取り出して、ケイは興味をそそられて、声をかけた。
「お前もシャグ?を吸うのか?」
そう聞くと、ジェイドは目を細めて、薬だ、と言った。
茶色の薬包紙に碧色の刻まれた葉を包んで、マッチで火をつけた。・・・これがユグドラシルの葉、だろうか。
あまり体に良さそうな色をしてない。
「俺も吸っていい?」
ケイがカバンに入れていたタバコを見せて言うと、ジェイドは無言で灰皿を差し出す。
二人は黙って煙を吐き出していた。
合間に茶を飲んで、ゆっくりした時間が流れていく。少し疲れが回復していくような気がした。
ふと、ラファエルの『興奮状態なら気づかず死んでたかもね』なんてセリフを思い出して、心の中で《ステータス》と呟く。
ジェイドがチラリとケイを見たが、なにも言わなかった。
___________
アズマ・ケイ
Lv.52
HP 1003/1110
MP 351/650
種族:ヒューマ
職業:剣士
称号:草原の勇者、《空の加護》
状態:正常
*スキル*
生活魔法
全攻撃魔法
鑑定
ブレンド茶
剣技(片手剣)
天読み
体術
魔力感知
結界生成
___________
少し数値が変わった? 何でだろう。これがジェイドの《地の加護》の効果だろうか。
・・・いや、組紐をずっと編んでいたから、その効果だろう。そう思おう。
流石に、ジェイドと一緒にいるだけで効果があるなら、それはもう、チートどころではない。
そう考えながら、ステータスをチェックする。
それ以外の変化は特にないようだ。
タバコだけじゃ状態の変化が出ないのを確認して、少しほっとする。
最後の一口を大きく吸って、タバコの火を灰皿に押し付けて消す。
ステータスを閉じて、組紐の続きをするかぁ、とケイが伸びをした時。ジェイドが急に顔をあげた。
「・・・どうした?」
「・・・魔物の気配がする」
「え?」
ケイが辺りを見回すが、ケイの魔力感知には何も引っかからないし特になにもわからない。
そうこうしていると、カンディアが悲鳴のような声を上げながら部屋に飛び込んできた。
「ジェイにい〜!!」
息を切らしたカンディアにケイは慌てて飲みかけの茶を差し出した。
「・・・魔物か?」
ジェイドがそう言うと、お茶を飲み干して、カンディアはうなずいた。
「すぐ行く」
そう言って、ジェイドは立ち上がると、呆けた顔をしているケイに有無を言わせない顔で「お前も来い」と言った。
*
戦闘準備をしたジェイドとケイが広場に着くと、すでに鎧や剣、弓で武装したエルフたちが集まっていた。
ジェイドはその先頭に立って、指揮官ぽく声を上げるエルフから事情を聞いていて、ケイは広場の隅で、草の根を分けたりと、スライムを探していた。
スライムを探しながら、関係ないけど、エルフといえば弓だよなぁと、何となく思う。
木が乱立している森の中でわざわざ弓を使うのはちょっと納得いかないのだけれど。
カンディアと一緒にいたはずのスライムは、緊急を知らせる『枝』の来訪とともに騒がしくなった人たちとカンディアが話をしてるうちに見失って、はぐれてしまったと言う。
「・・・里の中にいるなら大丈夫だろうけど、どこ行っちまったんだよぉ〜」
スライムはこっちの都合なんて関係ないって態度でいつもフラフラするから、カンディアを責める気にもならない。
ケイが半泣きでぶつぶつと呟いていると、ジェイドが話を終えてやってきた。
「今回はマハウルフだそうだ。・・・・・・おい、どうした?」
「スライムが迷子だ・・・どこ探したらいい!?」
「・・・あいつか。」
ジェイドにケイが泣きつくと、少し呆れた顔をしたのち、目を閉じた。
「・・・・・・川下の方だな」
そう言って、歩き出す。
「え、お前、居場所わかんの!?」
驚いてジェイドを見た。
「知ってる相手なら魔力を感知できる。・・・早く歩け。」
膝を地面についたまま呆然とジェイドを見ていたら怒られた。
そうだった。ただでさえ緊急事態なのだから、早く探さないと。
広場を出て、川の方へ向かうジェイドに続く。
「この先には行ったことないんだけど、何があるんだ?」
「洗濯場だ。 」
「そういや洗濯しにいくカンディアについてったんだったな・・・」
しばらく歩いていくと、籠を持って慌てたように走る数人のエルフとすれ違う。
みんな急いでるなぁ、なんて呑気なことを思いながら、ジェイドの横を歩いた。
川岸について、ジェイドはまた目を閉じた。
少し広いところに平たい橋が掛かっていて、板や籠なんかが置いてある。ここが洗濯場か。
手洗いで服を洗うのはめんどくさそうだ。そんなことを考えながら、ケイも辺りを見回し、草を分けながらスライムを呼び、探す。
「・・・いや、もっと奥だな」
そう呟くと、ジェイドは更に奥に行ってしまう。
「ちょ、まって・・・」
自分で探すよりジェイドに任せたほうがいいだろう。そう思って、慌ててジェイドを追う。
河原を抜けて、しばらく歩くと、二人は洞窟の前で立ち止まった。
柵と扉が建てられ、中はよく見えない。微かに扉が開いていて、誰かが入った形跡を見つける。
「・・・この中?」
「・・・らしいな。全く、あいつは何してんだ。」
ため息をつくジェイドに、この洞窟は何かと聞く。
「ここはこの里がトレントによって守られる前に使われていた、戦えない奴らのための避難所だ。」
そう言って、ジェイドは扉を押し開けて、洞窟に入る。
扉はずっと使われていなかったようで、立て付けが悪く、地面を擦って開かれた。
洞窟は何にもないだだっ広い広場のような場所だった。
長の家に繋がっていた洞窟とは違い、明かりになりそうな物はない。
隅に空の木箱が置かれてるが、壊れて砂を被っていたり、蜘蛛の巣がかかっていた。使われなくなって長いらしい。
「本当にこっちにいるのか?」
少し不安になってジェイドとの距離を詰めて、その背に回った。
怖いわけじゃないぞ、真っ暗な中で先頭を歩く事になったら嫌なだけだ。
「おかしい。気配が・・・」
そう呟くジェイドにはケイの声は届いてないようだ。
しばらく進むと、ジェイドは低く唸るように呻いて、いきなりケイを突き飛ばした。
「う、わ・・・っ」
地面を転がって、ケイは小さく呻いて、慌てて立ち上がる。ジェイドも反対側に飛び退いていた。
ケイは転がりながら、突然現れた大きな気配を察して、ジェイドのいきなりの行動を責める言葉を飲み込んだ。
「チッ・・・めんどくさいことになったな」
そう低く呟いて、ジェイドは腰に差していた長剣を引き抜いた。
グルル・・・と洞窟の奥から獣の唸り声がする。
「おい!! 明かりの魔法は使えないのか!?」
ジェイドの怒声にケイはハッとして光魔法を使う。初めからそうしていればよかった。
光魔法を洞窟の天井付近に固定し、明るくなった洞窟内。そこに居たのは獰猛な歯をむき出しにした、マハウルフよりも二回り以上も大きな狼だった。
洞窟の外からエルフたちの鬨の声が微かに響いた。外の戦闘が始まったようだ。
こちらも、いつ始まってもおかしくない状況に、ケイは冷や汗をかく。
ジェイドに向かって狼が吠える。風圧を感じて、ケイは思わず目を細める。何かが放たれた。
まるでその攻撃が見えてるように、ジェイドは易々と何かをかわしながら接近し、その毛皮に剣先をかすめる。
ガウ・・・と狼は呻いて、後ろに飛び退いた。微かに血飛沫が飛ぶ。
今度はこちらだとでも言うように、その獣はケイを向く。
「え、ちょ。うわ!!」
ケイに向かって放たれる何かを魔力感知で察して剣で弾きながら、ジェイドの怒声を聞く。
「何を突っ立ってる!!油断するな!!」
「わっ・・・かってるよっ!!」
ケイも怒鳴り声で返すが、見えない攻撃はどう凌げばいい!?
必死にこれまでの戦闘の記憶を思い返しながらケイは一歩、前に出た。
一か八か、とりあえず攻撃を当てて相手を消耗させたい。
こんな獣のいるところで、スライムは何してんだ!!
そんなケイの心情なんか気にもしないようで、ジェイドが指示を出す。
「ケイ!!お前攻撃魔法は使えるな!?」
「あ、ああ!!」
「援護しろ!!」
「わかった!!」
そう声を掛け合って、咄嗟に返事をしたが、ケイは援護の仕方を知らない。それは今までスライムの役割だったからだ。
スライムは、あいつは、いつも何してたっけ!?
必死に頭を回転させて、スライムがよく使っていた風魔法を飛ばす。
「ああもう!!《ウィンドカッター》!!《ウィンドカッター》!! チッ!!なんであたらねぇ!!」
「ヘタクソ!!」
ジェイドに怒鳴られ、ケイは内心でうるせぇと毒付きながら見えない風を次々飛ばしていく。
マハウルフの首を跳ね飛ばすこの魔法の威力は折り紙付きだ。・・・当たれば、の話だが。
「じゃあこれは!? 《ウォーターボール》!!」
そう言って、狼の真上に水球を作り出す。魔力を多めに込めて、逃げられないように特大だ。
バシャリ、と狼が水をかぶる。その目を閉じた一瞬に、ジェイドが毛皮に剣を突き入れる。
血飛沫は飛ばなかった。
「・・・チッ」
そう舌打ちをして、狼の反撃をかわすためにジェイドが飛び退く。
獣の攻撃を避けるジェイドのために土魔法で適当な大きさの土塊を作り出す。ジェイドはその影に隠れ、獲物を見失った狼はこちらを向いた。
ケイは火魔法で牽制しつつ、《鑑定》を使う。
___________
サウザンドウルフ
Lv.52
HP 1420/1500
MP 249/420
種族:ウルフ
称号:ウルフの王
状態:興奮
*スキル*
攻撃魔法(風・火・水・光)
念話
群れを作るマハウルフの統率を行う者の中でも稀に現れる秀でた存在。
その発生条件や生態は解明されていない。
___________
「くっそ、なんの役にもたたねえ!!」
悪態をつきながら、ケイは風魔法を乱射する。
「《切り裂け!!》」
言葉に魔力を乗せて叫ぶ。やはり、呪文を使うよりこっちの方が使いやすい。
無数のウインドカッターが飛び出す。
方向性を定めなかったせいでジェイドの方にも向かってしまったが、ジェイドは軽々と交わして、攻撃を避けようとするサウザンドウルフの首に剣を突き立てた。濡れた毛皮のせいで、ジェイドの剣は毛皮を撫でるだけに終わる。
ジェイドを避けるよう魔力に思念を乗せて、もう一度ケイは風魔法をサウザンドウルフに向けた。
その瞬間、水滴の声が頭に響いた。
《マッテ!!コウゲキ!!ダメ!!》
スライムだ。だが攻撃を続けないとこちらが噛み殺されてしまう。
「スライム!?どこにいる!? 危ないぞ!!」
歯の隙間に剣を差し入れて、ギリリと鳴らしながら狼の噛みつきを妨害しながら、ジェイドが叫ぶ。
《ウルフモヤメテ!!オコルヨ!!》
その瞬間、狼の力が抜けた。咄嗟にジェイドがバックステップで距離を取り、剣を構え直す。
「どう言うことだ!?」
ジェイドに怒鳴られるが、そんなことこっちが知りたい。
サウザンドウルフは、ガウ・・・と呻いて、一歩、一歩と下がる。
奥の暗がりから、スライムが出てきた。
「ジェイド、少し様子を見よう」
そう言って、ケイはいつでも魔法を放てるように腕を構えたまま、ジェイドの方にゆっくり近づく。
サウザンドウルフはグルルと唸りながら、スライムの元に移動する。
スライムは嬉々とした顔で、サウザンドウルフの上に飛び乗った。
「・・・どうやらお前のペットの持ち込み事件のようだな?」
そう睨まれても、俺はこんなこと知らない。つか、スライムをペット扱いするな。
《ケイ、トモダチ、コウゲキシナイ!!》
怒った声を出すスライムにこっちも反論した。
「こっちが殺されるところだったんだぞ!!お前こそ、こんなとこで何してんだよ!!」
《トモダチト、アソンデタ!!ジャマシタノ、ソッチ!!》
「・・・呆れた。」
怒ったスライムの声に、何事かを察したジェイドに睨まれた。
「スライム、どう言うことか、ちゃんと説明しろよ。外では魔物が迫ってんだ、遊んでる暇じゃないぞ」
そう言って、サウザンドウルフから戦意が無くなったのを感じたのか、ジェイドが剣を納めたので、ケイも手を下ろした。




