19.instructions.長の話2
【子供への暴力表現があります】
【流血表現があります】
長く続くわけではないですが、念のため。
*
閉じていた目を開けると、ケイは自分の姿を見下ろして困惑していた。
ケイは倒れた石碑に抱きついた状態だった。
「うっわ・・・なんでこう・・・いい感じに寝かしといてくれないのよ!?」
ちょっと理不尽なキレ方をしながら、肩と腰を回しながら、辺りを見渡す。
「っ・・・ケイさ、ま・・・お目覚めですか・・・?」
ケイが意識を失った時と同じ体勢のシリカが少し震える声で言った。
なぜか、体も震えていて、明らかにそれが普通じゃないのは瞭然だった。
「お前、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄って、シリカの肩をつかむ。何かあったのだろうか。あたりを見ても戦闘があった気配はない。
それに何かあったらラファエルが感知するだろう。・・・いや、邪神の攻撃ならわからないか。
考え込むケイに「失礼しました・・・」とシリカは苦しそうにゴツゴツした岩肌に手をつくとふう、と、吐息をはいた。
「あまりに長い時間だったので・・・体勢が厳しかっただけですので、大丈夫です・・・・・・」
「えっと・・・ずっとそのまま待ってたの?」
「『神に導かれた者は動かしてはならない。その代わり、我らも動かずして待つ』というのが掟ですので・・・」
苦しそうなシリカに唖然として、ケイは自身の体の痛みを忘れてしまう。
流石に、ケイを石に抱きつかせたまま放置して自分らは茶しばいていたら腹立つけれど、
片足をついて首を垂れたあの姿勢のまま、どのくらい待っていたのだろうか。
そこまで徹底しているのでは逆に困惑してしまう。
「え、っと。どのくらい待たせちゃった・・・?」
呑気にコーヒー飲んでタバコを吸っていたことを思い出して、ケイは申し訳ない気持ちになった。
「2時間ほどでしょうか。・・・ただ跪いているだけで、ここまで体力がいるとは思っていませんでした。反省します。」
「2時間・・・ごめんな、次はもっと早く終わらせるから・・・」
「いえ、・・・良い話はできましたか?」
シリカが震えながら立ち上がる。
「ああ。大体は聞けたよ」
ケイは床に投げ出してきたタバコの箱とライターをポケットに押し込んでから、シリカの後に続く。
「・・・それは?」
「ん〜。 神様からの前報酬だよ」
タバコを手で弄びながら笑う。
「・・・ラファエル様からの?」
長の家に戻る洞窟の道を歩きながら話をする。
祭壇の方の光るマラカイト鉱石も気になるが、シリカもケイも体がしんどいので今回は諦めた。
「うん。まぁ、ちょっと世界の危機らしいから、俺も力つけないといけないみたいだ。」
「・・・では、共に頑張りましょう。」
シリカが言葉に真剣さを乗せて、うなずいた。
*
「おかえりなさい」
見えなくなっていた扉を潜ると、エンジュに出迎えられた。
「失礼ながら、長は今、部屋で待っています。何分老体です故・・・」
「いや、そんな気を使わなくていいよ、俺も向こうでのんびり茶飲んでたし。
むしろ、待たれてると俺も落ち着いて話せないし。 これからは待ってなくていいよ。」
エンジュは「神様とお茶・・ですか?」と訝しげにしながら、シリカが少し疲労でガクガクしてるのを見つけると目を細めて喝を入れた。
「シリカ!! なんですか、その醜態は!! 勇者様の御前で失礼ですよ!!」
多分、普段は尻にしかれてるんだろうな、と、クドクドと続くお小言を聞いて思った。
ケイもシリカと並んで聞く。
しばらく一緒に聞いていたら、まるで自分が怒られてる気がしてきた。
ケイがシュンとしていることに気付いて、エンジュがハッとして言葉を止める。
「・・・失礼しました。長を呼んで参りますので、先ほどの部屋で少々おやすみなさってお待ちください」
「では、参りましょうか」
あからさまにほっとした顔でシリカが先導するのでついていく。
森では迷わない代わりにケイは都会や建物の中ではめっぽう弱い。
先導してくれるシリカがいなかったら迷っていただろう。
正直、色々ありすぎて朝・・・昼か。に覚えたはずの道のりが飛んでいる。
長の家から出たらジェイドの診療所まで戻れるだろうか・・・
そんなことを考えていたら、応接間についたようだ。ドアを開けたシリカについて中に入る。
「お茶を入れてきますね」
部屋の隅に置かれたティーセットをいじるシリカを横目にポケットに手を入れてタバコを手にする。
「なあ、タバコ吸ってもいいか?」
「・・・タバコ?とは、なんでしょう?」
淹れたての熱い茶を持ってきたシリカが怪訝そうな声で聞き返す。
「えっと・・・。 乾燥させた葉っぱに火を付けて煙を吸うやつなんだけど・・・」
「ああ、シャグですね。長も吸うんですよ。 今ガラ入れを持ってきます。」
シリカが外に出ていく。
エンジュに休めって言われたところなのに、申し訳ない。せめて一本あげよう。
タバコの包装を破いて、一本手にする。
匂いを楽しんでいるとすぐにシリカが戻ってきた。
「一本どうぞ」
タバコを差し出すとシリカが笑いながら固辞する。
「いえ、私は吸いませんので、結構です。ラファエル様からの褒美なのでしょう? 楽しんでください。」
にこやかなシリカに言われて、そうか、とうなずいてから火を付ける。
煙を吐いて、話の続きをした。
「そうそう、世界の危機な。他の世界の神から侵略されてるらしいんだよね」
「はい、邪神が以前より力をつけていますね。・・・他所の世界の神、と言うのはあまり聞きませんが。そうでしたか。
ここは閉鎖的な里ですが、『枝』から情報は上がっています。 ・・・神の御力が弱まっているのと関係があるのでしょうか?」
シリカが真剣な顔を作る。
「枝ってなんだ?」
「有り体に言えば、諜報員ですね。混じり物はこの里では忌避されがちですが、外の世界ではエルフの方がよほど目立つのです。なので信用がおけると、そう判断された者が、世界情勢などを集めます。その役割を負った者達を『枝』と呼ぶのです。」
「ふーん。色々あるんだな。
・・・そういや、天と地の神が今、世界に降りてきてるらしいよ。力が弱まってるとしたらその影響じゃないか?」
「・・・・・・なんと」
シリカの驚いた顔を見ながらタバコをふかしていると、部屋の扉がノックされた。
「・・・どうぞ」
少し大きめの声でシリカが入室を許可すると長ともう一人、エルフが入ってくる。
付き人がエンジュから違う人に変わっている。誰だろう。
とりあえず、とケイは手に持っていたタバコを皿に押し付けて火を消した。
「はじめまして。ガネットと申します。」
「あ、こんにちわ・・・」
低い声で言われて、少し面食らった。この里で低い声の人物はジェイド以外に知らないので驚いてしまった。よく見たら顔つきもちょっと違う。これが『枝』だろうか?
二人が席に着くと、もう一度ラファエルから聴いた話をする。ガネットが気になるが、それは後から紹介があるだろう。
「まさか・・・神が世界に降りたっているとは・・・・・・」
みんなそこに食い付くな。この場所こそ元々は「神が降り立った場所」だから、何かしらの矜恃でもあるんだろう。
そこまで重要な情報でもないから、言わない方がよかったのかな、と少し思う。
長が祈りの文句らしきものをつらつらと口ずさんでから、ふう、と息をつく。
「では、改めて。 ・・・『草原の勇者』様、こちらをどうぞ」
そう言って、ガネットがトレーを差し出してきた。
そこには淡く虹色に光る、緑のプレートが置かれている。表面には特に何も見えない。なんだろう?
シリカが少し下を向いた。長も呼吸を整えるように深呼吸している。二人の反応から、これが大層な物だという事はわかった。
「これは?」
ケイが聞くと、黙ってしまった二人の代わりにガネットが口を開く。
「これはこの里に入るための通行証です。
・・・トレントに守らせているこの里に入るには、この通行証を持つ必要があります。無くさないようお願いしますね」
「通行証?・・・俺に?」
閉鎖的な里だから、とジェイドから聞いていたし、長やシリカからも、何度も聞いていた。
「草原の勇者様は世界を救う。その一助になればと思い、用意させました。」
シリカが重々しく言う。いつの間に?とも思わなくもないが、彼が言うならそうなのだろう。
「俺はエルフじゃないけど・・・そんな簡単に渡していい物なのか?」
長が重々しくうなずいた。
「この里で生まれた者とその縁者以外の部外者に通行証を発行する場合、里の住人の過半数の承認を必要とします。
・・・が、今回は邪神の影響を鑑みて、この件は公表しないことにしました。」
英断だろう。そう思った。
「ではこのプレートに血を。登録者以外に反応しないようにする措置です。」
差し出された針で左の人差し指を突くが、ビビってうまく突けず血が出ない。見かねたシリカが代わりに刺してくれた。
チクリと痛みが走る。
血を一滴落とすと、プレートは血を吸い取るように一瞬強く光って虹色の光を収めた。ケイの垂らした血も消えている。
ケイが指先に残った血をなめていると、ガネットが指先に軟膏を塗ってくれた。気の利く人だ。
「これ、使い方とかあるのか?」
ただの緑色になったプレートを手に取ってしげしげと眺めながら問いかけると、シリカが言う。
「このプレートを握り、エルフの森の中心で呟いてください。呪文はこうです。」
長を向いたシリカ。ケイも長を見る。 長はよく聞き取れないほど小さく呟く。
言葉としては聞き取れなかった。なのに、まるで頭に刻み込まれるようにその言葉が記憶に繋がれる。
「・・・わかった」
「ではこれからの行動方針をお聞かせください」
ガネットが言う。
「とりあえず世界に点在するって言う12個の石碑に結界術式を埋め込んで世界を守護する結界を張らなきゃいけないんだけど、まだ俺に力が足りないからできないんだよね。まずはレベル上げだ。」
「レベル、とは面白い言い方をしますね」
ガネットが笑う。
「え、力の表現はレベル、って言わないか? 違うのか?」
困惑していると、シリカが補足してくれる。
「外の世界、主にギルドで使われるのはランクですね。A〜Fまでのランクで強さを評価します。それ以外の評価は今のところありませんね。 ・・・特例として『Sランク』がありますが、こちらは国からの緊急クエストなどを受ける義務が発生して、国を出る際には申請も必要になりますから、世界を回っていくのであれば実力を見せびらかすのはお勧めしません。きをつけてください。」
そう言われて、レベルのことはあまり話さないようにしようと決める。
そう言えば、と、昔やっていたゲームのギルド設定を思い出す。現実的に考えると、弱いモンスターを倒しまくって無駄にあげたレベルよりギルドの証明の元に発行されたランクの方が戦闘技術にもよほど信用があるだろう。
そう納得して、ケイはガネットを見た。
「・・・なるほどね。ちなみにガネットのランクは?」
「実力的にはCですが、目立つのでDとして登録しています。・・・私の力では手加減しながら実力を出すのは少々厳しいです。」
苦笑いを浮かべるガネットに少し親近感を感じながら、それじゃ、とケイは立ち上がった。
「そろそろお暇するよ」
「わかりました。では外まで案内させます」
シリカが立ち上がり、ドアを開けてくれる。
玄関まで来たとき、シリカが思い出したように「そうそう」と言葉を紡ぐ。
「プレートは首から下げるものですから、下げ紐のことはジェイドから聞いてください」
「わかった」
そう返事をした時、ハッと思い出した。
「あ!!・・・そういやスライムは!? 洞窟入る前は応接間にいたよな!?」
「ん?・・・そう言えば、戻ってきたときはいませんでしたね。エンジュに確認してきます。」
走っていくシリカを見送って、段差に腰掛ける。
シンとした空気を感じていたら、それを壊すように子供の声が響いた。
「混ざり物が里ん中を歩いてんじゃねえ!!」
苛立ちよりも馬鹿にした感情を孕んだその声に、ケイは興味をそそられた。
ジェイドもカンディアも話そうとしないし、今回の長の話も神様関連ばかりだったから正直この里の事情はほとんど知らないが、ケイの知っている『混ざり物』は一人だけだ。
声の聞こえた方に向かうと、狭い広場で、小さなエルフが誰かにのし掛かって殴るモーションに入っていたのでケイは咄嗟に走った。
「や、めとけよ。」
間一髪、殴ろうとした手を後ろから押さえたケイはそう言うと、子供は驚いた顔で振り向いた。
「お前!! 誰だよ!!お前もこいつの仲間か!!」
二人を囲っていた子供のエルフが口々に叫んだ。
少年の下敷きになってる子を見下ろすと、その子は顔を隠すために赤い帽子を必死に押さえていた手を緩めて、泣き腫らした目でこちらを見た。
「ケイお兄ちゃん・・・」
予想通り、カンディアだった。
服は土に汚れ、顔はすでに殴られたのか、頬が腫れている。
「大丈夫か?」
喚く少年を投げ飛ばして、カンディアを起こす。
涙を袖で拭ってやる。
「何があった?」
「大丈夫、いつもだから。」
カンディアは鼻をすすりながら、そう言った。優しくその頭を撫でながら、ケイは呟く。
「へぇ、こいつらは『いつも』女の子を殴ってるんだな?」
ケイが目を眇めて囲むエルフの子供達を見た。
「な、なんだよ!! 混ざり物がここにいる方がおかしいんだ!!」
「そうだ!! 俺たちは間違ってない!! ここはエルフの里だ!!!!」
「よそ者!!」
口々に言う子供の残酷さに少し、切なくなる。カンディアはずっと「否定」され続けてきたのだろう。
ジェイドが連れ出してくれ、と言ったのを思い出して、空を見た。相変わらず、ここの空は狭い。
こんな世界で育ってしまうと、ものを見る視野も同じくらい狭くなるのだろうか。
ケイはカンディアに馬乗りになっていた少年を殴った。
*
スライムを連れてきたシリカが止めに入るまで、ケイは少年たちと遊んでいた。
遊ぶ、と言うのは語弊があるだろう。
少年たちは泥だらけで、顔は腫れ、あまりにひどい有様だ。
泣きじゃくっていたカンディアすら、いつの間にか呆然としてその光景を見つめていたほどだった。
ケイの一発目は拳だったが、そのあとは平手打ちを繰り返していた。流石に本気で殴るほど愚かではない。
3人の少年を下敷きにしてケイはずっと怒りの声を上げていた。
「やめてください!!相手は子供です!!」
ケイを羽交い締めにしようとして、力負けしてしまったシリカの叫びに、ケイは怒鳴り声で返す。
「ふざけんな!! その子供の教育を怠ったのは誰だよ!!」
騒ぎを聞いて駆けつけたガネットに羽交い締めにされて、ケイは暴れながら叫んだ。
「誰がどんな教育をしたら男が女を殴っていいって教えんだ!!」
エンジュが泣きじゃくる少年たちを起こしながら、ケイに叫ぶ。
「そんな教育はしていません!!彼女はきちんと通行証を持った、この里の住人として認められた者です!!」
「だったらなんでカンディアが混ざり物だって馬鹿にされて毎日殴られてんだ!! おかしいだろう!!」
「それは・・・」
エンジュが少年たちを見回して、その少年たちの気まずそうな顔を見て、黙る。
ケイの怒りはちっとも収まらない。
カンディアがいきり立つケイの腕をそっと掴んだ。
「ケイお兄ちゃん、もういいよ、怒らないで。
みんな悪くないから。私がここにいることがそもそもおかしいの。だから・・・」
大丈夫、そう言いかけたカンディアのことも、ケイは怒鳴った。
「大丈夫じゃねんだよ!!子供が何かを我慢していいわけがない!!
こんなクソみたいな世界があってたまるか!!
・・・こんな世界ならとっとと滅びちまえ!!」
そう叫んだと同時に、ケイは後ろから殴られて気を失った。
*
薬の入った、そこそこな重さの瓶で、後ろからケイをぶん殴ったジェイドは、冷めた目で崩れ落ちるケイを見た。
「うちの居候が苦労をかけた。」
カンディアの隣に立って、そう言ってジェイドは頭を下げる。カンディアもオロオロとしながらも、兄に従った。
「いや・・・、こちらこそ、監督不行届だった。妹さんを傷つけてしまって申し訳ない」
そう言ってシリカが頭を下げる。エンジュもそれに従う。
ジェイドはそれに何も返さず、気を失ったケイをガネットから受け取り、軽々と担ぐ。
「この馬鹿には後から謝罪させにいく。こいつが殴った子供の住所を教えてくれ。」
シリカはそれに首を振る。
「その必要はない。
・・・さすがに子供を殴るのはまずいが、この子達の方がよほど悪いことをした。 みんなには、もうこんなことはさせないよう、こちらから厳重に注意しておく。」
「・・・ジェイにい、もう、大丈夫だよ」
そう言うカンディアにジェイドは目を細めて、そうか、と言う。
ジェイドはケイを殴った、血のついた怪我用の化膿止めの薬の瓶をシリカに投げた。
「では、今回はこれで手打ちにしてくれ。・・・失礼する。」
そう言って、カンディアを連れてその場を去っていった。
『子供が我慢をしていいわけがない』
それは、ケイにとってもジェイドにとっても同じだった。
*
実は、この里で一番強いのはジェイドです。