18.bothersome.神との対話2*
大きめの一口で残ったコーヒーを全部飲んで、ケイはふう、と息を吐いた。
「それで、まずはどうすんの?」
「うーん、まだ僕もどうしたらいいのか、わかんないんだよねぇ」
空になったマグカップの取手に指を通してゆらゆらと揺らしながら、やる気のなさそうなラファエル。
「ハァ? 世界救うんだろ? 俺の願いはどうなるんだよ?」
もう一枚、煎餅を取りながらケイも言うが、二人とも世界を救うには少しやる気がない。
「うん、でも下準備が必要だし、大きく動くには時期がまだ早いんだよねぇ。どうしようかなぁ。」
「やり直しって、そう言うこともわかるようになるのか?」
「だいたいはね。事件や大きな出来事が起きるとあいつは姿を出すんだよ。ただ、妨害するとそれだけ歴史も変わるから、情報が不鮮明になるんだよぉ。まずはどこから手を付けるか・・・・・・。」
ラファエルはコトン、と自分のマグカップを机に置いて、こちらを見た。
「まあ、とりあえずもう一杯飲みなよ。」
差し出されたコーヒーポットを見て、ケイは嘆息する。
「マグカップで飲むなら、コーヒーはもう少し薄く淹れないといけないんだぞ、続けて何杯も飲むとカフェイン酔いで気持ち悪くなる。」
「そーなの? いつもお茶だし、コーヒーは初めて淹れたからわかんないなぁ。」
ケイと自分のマグカップに全て注いで、空になったポットを手に立ち上がって、キッチンに消える。
戻ってきてから、着流しの袖を広げてみせ、へらっと笑う。
「ほら、僕はジャパニーズ推し?だから。」
「お前の笑い方、嫌いだわ」
「ひどいなぁ。これでも愛想よく頑張ってるんだよ」
頬を膨らませて怒ったポーズをするラファエルに少しイラついて、つい意地悪をする。
「ビジネスライクで行こうや、な。」
「ああ、いいよ。じゃあどこから話そうか?」
お互い顔がにやけている。
「俺はなんの仕事をすればいいんだ?って話だよ」
「そっちの方が素でずるい!!もう疲れるからやだ!!」
「1分っつか、一言も喋ってねぇじゃねえか・・・」
「うるさいなぁ。
・・・うーん、とりあえず、森にある石碑に結界の術式を張ってもらおうかなぁ」
「結界って簡単に張れるもんなのか?」
「結界術自体は簡単じゃないけど、君に張れるよう色々と調節するから大丈夫だよ」
「そうか。魔法ってなんか難しいんだよなぁ」
「街に行ったら魔術基礎を学ぶといいよ。君にはこっちに来る時に感覚で使えるよう少し魔素回路をいじったから・・・」
クルクルと回りながら、手持ち無沙汰に指先で髪をいじりながら呟かれたラファエルの言葉。
「いじった!?勘弁しろよ!? 他にはなんかした!?」
ケイは思わず自分の体をまさぐる。手の届く範囲、目に見える範囲にはおかしいところはない。
「してないよぉ、そうしないとあの草原から脱出どころか魔法も使えなかったんだよ?感謝してよねぇ。
・・・・・・あ。そのあとはルワンダに行ってくれる? 期限は半年・・・あたりかなぁ?」
「・・・まあ他になんもしてないならいいや。で、ルワンダってどこよ? アフリカ?」
シャツを捲っていた手を止めて、マグカップに口をつけつつ問い返したケイに、ラファエルはコタツに入り、呆れた声を出す。
「違うよ、ヴァスクのルワンダに行って、そこで追われてる子供を助けて欲しい。」
「ラスク? ・・・お前何言ってんのかわかんねえよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・そっか、草原から出てすぐエルフの里にいたから、この世界のことまだ何にも知らないんだね」
長い沈黙の末、ラファエルがそっとため息をついて、納得する。
「無知で悪ぅござんしたね」
気まずくてつい口が滑った。
「よいよい、そこになおれ」
「意味わかってんのか?」
ラファエルは気を悪くするどころか、ニコニコと時代の違った話し方で悪乗りをするが、ちょっとおかしくて笑ってしまった。
*
「とりあえず、そのうわんだ? に、いけばいいんだな?」
「ルワンダ、ね。・・・もう、心配だなぁ」
「わかったって。 ・・・で、その助ける子はどんな子?」
「さあ?」
「さあって、お前、なんもわかんないのか!?何歳の!? 女!?男!?服装も髪型もわかんないのか!?」
「・・・・・・あぁ、その子が金髪なのは間違い無いけど、街中で追われてるから変装してるかも。ヒューマで金髪はなかなか珍しいから。」
「って、変装してるなら結局わかんないままじゃねえかっ!! ・・・・・・ハァ、他に情報は?」
ツッコミつつも呆れてしまう。相変わらずコタツに突っ伏して、やる気なさそうにラファエルは首を振った。
「その他は、なーんにもわからないねぇ。ただ、その子は助けられたのち、隣国のレガラシアの王になるから・・・。
今後、君が世界を股にかけて動くには絶対必要なコマになる。なんせお相手は世界のどこにいるかわかんない邪神様だからね。」
「なんで王族? こっちには神とエルフがついてるのに、わざわざ王族の知り合いなんているのか?」
コーヒーを飲みながら疑問をぶつけると、事もなげにラファエルは言った。
「なんでって、この世界、エルフの森を挟んで二国あるんだけど、その子が誘拐されたのを発端に戦争になるからだよ。そしたらどんなに頑張っても隣国に観光なんてできないよ。どこにいるかもわからない邪神に世界の危機だって伝わるのもまずいしね。」
ケイは思わずコーヒーを吹き出した。
「ちょ!! きったないなぁ!!」
机に突っ伏して髪をいじっていたラファエルがコーヒーを顔面にくらって喚くが、ケイは知らん顔で思考に潜る。
王族なら確かに命を狙われてもおかしくない。
誘拐する方も宣戦布告してるようなもんだしな。
追われてるなら王族らしい服装でも無いだろう。
でも隣国の王?
「なぁ、なんでそのラスクにでがらしの次期王がいるんだ?」
「ヴァスクにレガラシアね。
・・・・・・その子、僕の記憶では双子なんだけど、なんでかレガラシアでは双子は禁忌。現国王の妹は風習よりも命を大事にする人でねぇ、考えた母親はその日同じ病院で死産した母親に片方を託すんだぁ。公には一人しか生まれなかったとして伝えるんだけど、王の腹心すら知りもしないはずなのに、なぜか残された王族の子は片割れを探してるんだよ。」
「へぇ・・・不思議だな・・・てか、なんで追われてるのかすらわからないのか?」
ケイが思考の海に潜っていた間にサッと着替えたラファエルが袖に手を突っ込んで、フン、とため息をついた。
「僕がわからないってことは、誰かしらの神の力が及んでるってことだろうねぇ。
この子供が襲われるのはいつもの展開だけど、今回は広いルワンダの街でもどこで襲われるのかもわからない・・・・・・
多分、父上か母上、もしくは両方が同じ街にいると思う。」
「神って使えねーな」
ケッと喉を鳴らす。
「僕だって頑張ってるよ」
藍色の着流しに着替えていたラファエルは庭に移動していくのをチラリと見て煎餅を手に取る。
着流しで縁側に座る姿を見たら、さぞ風流だが、髪が紫なので、ただの観光客にしか見えない。笑いものだ。
コタツからその様子を見て、彼の手元に視線を向けて・・・・・・
「あ、あ、ああああ、あーーー!!!!!!」
ケイは叫び、煎餅を放り投げてコタツから飛び出した。
「んん!?!?な、何!?」
突然のケイの奇声に驚いて手に持っていたものを落とすラファエル。
落ちたのはオイルライターと白い箱だった。
「それタバコじゃねえか!!!」
「・・・・・・あ。あぁ、ケイくんも吸う人だったね。一本どう?」
「一本ってか箱ごと寄越せや」
「わーん、こわーい。」
ケラケラ笑うラファエルの隣に座り、拾ったタバコを受け取る。
火をつける前に匂いを嗅いで楽しむ。隣ではもう火をつけていて、匂いが漂ってくる。
ニヤニヤしながら渡されるライターを受け取って、火を付ける、、、前に深呼吸。
タバコを咥えて、少し吸いながら震える手でライターを近づけると、ジジッ・・・と、音を漏らして葉に火が付いた。
ラファエルがケラケラと笑ってるがそんなの気にもならなかった。
煙と火を大きく吸い込んで、久しぶりの煙に頭が少しクラッとした。
薫る煙に至福の時を感じる。
「幸せだ!!!!」
そう叫ぶと、三日月が名前らしく体をひねりながら水面をぴょんと景気良く跳ねた。
*
「ラスクのなんとかはとりあえず置いといて、まずは森の結界を張ればいいんだな?」
タバコを咥えながら、ケイは問いかける。
「そ、この森広いから、とりあえず身近にある石碑からだね」
「石碑って・・・ここに来る時に使ったあれか?」
「正解」
「で、他には?いくつかあるんだろ?」
「森には5つ。世界には全部で12つある。」
ケイはタバコを咥え直してフーッと煙を吐いて、灰を落とす。
「報酬が安すぎる気がするなぁ・・・」
「・・・欲張りだなぁ。・・・で、何が欲しいの?」
「タバコとコーヒーセット。」
ニヤッとケイが笑うと、ラファエルは大口を開けて笑ってうなずいた。
「いいよ、そのくらい。世界の対価がタバコとコーヒーかぁ。」
クスクスと笑いながら、ラファエルは懐からタバコを2箱取り出す。
それはケイが日本にいた時に愛煙していた銘柄で、神様の用意周到さに少し呆れた。
「じゃあとりあえずこれ、前払いで。残りは成功報酬ね。」
ちらり、とカートンを見せられて、つい「もう一声!!」と言うとちらり、もう一つ増えた。
「コーヒーはまた後日でいい?そこまで買い置きしてないんだ、神様会議でもらってこなきゃ。」
「地球の神とそんな交渉までしてんの?」
「んーん。ほぼそれぞれの世界の名産品の売買会場だよ」
「なんだそれ」
呆れつつ、とりあえずタバコを受け取って、ポケットに閉まった。
いつの間にかタバコの火が根元まで来ていて、慌てて最後の一口を吸って、灰皿に押し付けた。
ラファエルも、ケイが吸い切るのを待っていたように立ち上がった。
「じゃあ、ケイくん。長い旅になるから、弱音吐いてもいいし、疲れたら休んでもいいし、諦めたっていいよ。」
「出だしから不吉だな」
クスクスと笑うラファエル。
「そうだね、じゃあ、まずはエルフの里の石碑に結界術式を組み込んできてくれる?」
「わかった。 すぐ終わるのか?」
「ここの石碑は要だから、二段階にするつもり。君の魔力をあげるところから始めた方がいいよ。」
「今のままじゃ足りないのか?」
ケイは《ステータス》と呟いてMPの確認をする。
___________
アズマ・ケイ
Lv.52
HP 1080/1098
MP 439/640
種族:ヒューマ
職業:剣士
称号:草原の勇者、《空の加護》
状態:薬物による興奮
*スキル*
生活魔法
全攻撃魔法
鑑定
ブレンド茶
剣技(片手剣)
天読み
体術
魔力感知
結界生成
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しばらく見てなかったのもあって、新しいスキルもある。
レベルも結構上がってる。少し嬉しい。
「この状態異常って、タバコか?」
まぁ、タバコも海外じゃ禁止にされてるところもあるし薬物認定されてもおかしくないが・・・
「んー、興奮ってことはコーヒーもだね。カフェインのせいだ。」
ラファエルが横からステータスを覗き込んで言う。
「なるほどな。・・・で、結界を張るのにどんくらい必要?」
「1000は無いと倒れるね。」
「は?!ほぼ倍じゃん!?」
「計算がザルだねぇ・・・。 でもそのくらいは必要だよ。でも君のペットちゃんは魔力量が豊富だし協力すればすぐだよ。」
スライムをペット扱いされた。少しむかっとするが、抑えて続きを促した。
「やり方は?」
「石碑の前で術式起動したら、僕が案内するから、その通りにすればいいよ。」
「出て来れんのか?」
「君の魔力で僕を具現化する。一時だけね。」
「ほうほう。じゃあ魔力をあげたらまた石碑に来なきゃだな。」
ラファエルがコタツに戻るのを見送ったあと、ケイは空を見上げた。
空はどこまでも澄んでいて、この家に来た時からある大きな入道雲はピクリとも動いていない。
「レベル上げるならジェイドと組み手をするといいよ、あの子の周りは魔力が活性化しやすい。」
「なんで?」
「母上の加護があるからだよ。
あの子は魔力を作り出せない代わりに大きな魔力を操ることに長けてる。
・・・ま、魔力がないから今はできないけどね。せいぜいが鋭敏な魔力感知だろう。」
そういえば、長がそんなこと言ってたな。
「神様の位置はわかんないのに加護持ちはわかるのか?」
「うん、そもそも神とヒトでは原理が違うからね」
そして、ふとステータスの変化を思い出して聞いてみる。
「俺にある《空の加護》ってのは、なんなんだ?」
「僕の加護。父と母は《天》と《地》で、加護の内容や強さによってたまに名前が変わるよ。有名なのはエルフとトレントの持つ《伝心の加護》かな、遠くにいても意志の疎通ができる。たまにヒューマでも持ってることがあるよ」
「それ欲しい」
「僕には無理〜。それは母上の力だから。」
「じゃあジェイドのは?」
「えっと、《地の加護》。一番強い加護だよ。でも強いからって使い勝手がいいわけじゃないよ。地脈を動かして生き物の魔力を弄ってコントロールしたり、魔力の流れが見える。まあ、あの子には自由に使える魔力がないから、薬草育てたり薬師が天職みたいなもんだね」
「ってか、いつの間に俺に加護つけたの?」
「草原を抜けた時、結界を超えたでしょ? その時に授けた。
・・・まさかそんな長期間、見てないとは思ってなかったよ。」
「いろいろあったし、疲れ感じてなかったから、見る必要ないかと。」
「興奮状態なら気づかず死んでたかもね。タバコとコーヒーの飲み過ぎには気をつけて。」
「了解。」
話が区切りを終え、ラファエルが大きく伸びをした。
「じゃあ、これで『第一回世界を救おう』計画は幕引きでいい?」
「ああ」
「それじゃ、MP上げてスライムと魔力を合わせる練習してきてね。」
「はいはい」
ひらひらと手を振るラファエルを見つめる。
「なぁに?」
「ライターも寄越せよ」
「この、ごうつくばりっ!!」
笑いながらライターを投げられて、キャッチするとともに景色がパネルをひっくり返すように暗転する。
「またね、ケ・・イく・・・。君の・・・せ・・界が輝・・く日・・・を・・・・、・・僕・・は願・・・って・・・・・・・・・・」
「あんまり期待すんなよ」
途絶え途絶えの言葉に、ケイも返事をしたが、届いただろうか。
届くといい。あの青い空にも、あの人にも。
*
やっと物語が動き始めましたね。
ゆっくりでも頑張っていきますのでよろしくお願いします。