16.instructions.長の話
「ようこそ、勇者殿。」
そう言って出迎えられ、ケイはスライムを肩に乗せたまま、適当にヘコリと頭を下げた。
呼び鈴を鳴らしたケイを出迎えたのは若いエルフで、家に入ると老人ともう1人若いエルフがいた。全員耳が尖っている。
全員初めて里にきた日に見た記憶があるような気もするが、里のエルフたちはジェイド以外はみんな顔つきが似ててわからない。
もちろん、ジェイドのような殺人的な目つきではない、という意味の見分け方だ。
現代日本の普通の社会人として生きてきたケイは勇者と呼ばれるような経験は今までなかったから、どんな反応が正しいのかわからない。
とりあえず苦笑いしながら、気後れしつつも挨拶をする。
「初めまして、でいいですか? アズマ・ケイと言います・・・」
老人が口を開く。
「儂がこの隠れ里の長をしているクラーク・ディングじゃ。2人はシリカとエンジュ。」
昔はたいそうなイケメンだったとわかるダンディな、老人の長。そして孫のシリカとその嫁のエンジュ。
エンジュを紹介されてから、ケイはようやくシリカが男だと気づいた。
3人ともかなりの美形で緊張する。いろいろな意味でドギマギしながらケイは案内されながら3人について廊下を歩き出す。
廊下は何もなく、靴のまま歩いていく。海外に行ったことがないから、靴で歩くことに少し躊躇いがある。
ジェイドの家は家っつうか、病院だったからあまり違和感を感じなかったし、それぞれの室内には土間があって土禁だった。薬を扱う関係で靴や汚れには2人とも敏感なようだ。
通された部屋は質素ながら広々としていて、里の長の家として立派なものだった。
辺りを見回しながら足を進めていく。
部屋の隅のキャビネットにはつみたてなのか、赤と白の花弁は美しく、香りの強い花が生けられていた。
板張りの床にはソファとローテーブル。その下にはカーペットが敷かれていた。ジェイドの部屋と比べると天と地ほどの差がある。とても華やかだ。
花の匂いが好みだったからつい気になって《鑑定》するとバネッサという花だということがわかった。
香りが強く、癒しの効果がある。そして痛むのが早い。それ以上は特にわからなかった。
ケイが《鑑定》を使うと、シリカがピクリと反応した。エルフは魔力に敏感なのだろうか?
クラークは反応をしなかったが、老人は歳をとると声が聞こえていても反応が鈍くなる。じいちゃんがそうだった。
きっとこちらも感づいているのだろう。
2人のことも鑑定してみたかったが、ジェイドの剣筋を思い出して身震いする。
あの眼光と殺気はきっと俺には一生出せないだろう。
家の前でした挨拶の続きをして、ケイとスライムは案内されたソファに座る。
会社で使っていた粗末な椅子と比べてもかなり座り心地が悪いが、最低限とも言えるほど薄いクッションが貼ってある。
まあ、ジェイドの診療所には木製の椅子しかなかったあたり、これでも高級な部類なのだろう。
シリカの妻のエンジュが3人分のお茶を置いて一礼し退室していくのを見送ってから、ケイは一息ついた。
横に座ったスライムを見るとソファのクッションで弾もうとしていたので、手で押さえつけて、大人しく座ってるよう促す。
ケイの心の声を念話で察したようでスライムは不貞腐れながらも大人しくなったのを見届けてから手を離して、
対面に座る2人に意識を向けると、相変わらず美形で、つい意識が明後日に飛んでいく。
シリカもエンジュも、どちらも女と言われれば、疑いもなくうなずいてしまう程度に美形で、ケイの観察眼では男女の区別がつかない。
服装も、男女兼用か?ってくらいほとんど同じ形状で簡素。複雑に染められたシャツにカーゴパンツは、ジェイドから貰ったケイの服と同じだし、声もみんなしてよく通る美声だ。それこそ合唱団でも作れそうな勢いだ。
加えて髪も長くて艶やかで、みんなして細身。
肉を好まないっていうのはジェイドから聞いてはいたが、それでももう少し食べた方がいいだろうに。
出会ったエルフの女性がみんな揃えて胸元が絶壁というのもあるけれど、男女の違いがはっきり言って本当にわからない。
まだ幼さの残るカンディアの方がまだ胸はあるんじゃないか?貧乳はエルフの血筋なのだろうか。
ケイは好きになった相手ならばスタイルなんてのは健康なら何でも構わないが、最低限BかCくらいは欲しい。
グラビア雑誌でも好きなモデルがいなかったら胸の大きい方を選ぶ。
エルフとは、いくら美形でスレンダーでも相容れないな・・・。なんて出されたお茶を受け取って思う。
ぶっちゃけ、外に出たがるエルフの男は胸が気になるのではないだろうか?
聞いた話だけの推察になるが、プライドだけはでかそうなエルフの女よりも外のヒューマや獣人の方がよほど付き合いやすいだろう。絶対そうだ。
「勇者殿、話はジェイドの方からだいたい通してあると思うが、今一度説明させてもらうぞ?」
茶をすすりながら下世話な事を考えていたら、嗄れた声で長・・・クラークが話し始めた。
ケイは膝に乗って戯れつこうとしてくるスライムを横に置き、努めて真剣な顔を作る。
曰く、この地は遥か昔に神が降臨し、今もなお力が降り注ぎ続け、神の御力に溢れている場所である事。
故に神聖な地として、木の精霊であるトレントとエルフたちによって秘匿されている。それがこのエルフの隠れ里。
二柱の力は強大。エルフはその余波で誕生した。故にエルフの操る魔法力はヒューマよりも上位に位置する。
その後、二柱の神の間に三柱目の神、ラファエルが産まれた。
ラファエルが誕生した時、世界にヒューマと魔物が誕生した。エルフの劣化版・・・という言い方もあるが、単に性質が違う。ヒューマは国を作り支える共生性を持ち、エルフは神の使徒としてのプライドを重んじる。
時間を経るごとに魔物とヒューマ、そしてエルフが交わり、獣人と呼ばれる獣の姿をしたものも後に生まれた。
獣人はエルフとヒューマのいい所を両取りして発展を遂げるが、まれにジェイドのような生命維持として魔力を必要としながらも魔力を作ることのできない欠落児も生まれてしまう。
故に、エルフは神の使徒として教示を守り続ける保守派が隠れ里に、新しい文化を取り入れたがる革新派は森に散らばって分かれて生活をしている・・・とのことらしい。
初出の情報もあったが、大まかにはジェイドに聞いた通りだ。この里が閉鎖的なのは保守派の住む場所だからか。
「では、聞きたいことありませんか?」
クラークの話が落ち着くと、それまで黙っていたシリカが口を挟んだ。
厳かに淡々と話すクラークと違い、シリカはゆったりと話してくれるから、こちらとしても聞きやすい。
それまでビシッと伸ばしていた背を少し緩めて息を吐くと緊張が少し溶けた。
置くタイミングを逃したまま手に持っていた空の湯飲みをテーブルに置いて、ケイはクラークから目を離し、その隣のシリカに視線を合わせる。
「まず、勇者ってのがよくわからないんですよね。
俺・・・私は気づいたら草原にいて、神様なんて言われてもピンとこない世界から来ました。
草原に置き去りにされて、やっと抜け出したと思ったら森。そんな時にジェイドと出会いました。
・・・草原の話聞きます? マジでしんどかったんですよ」
「その話はまた今後・・・」
シリカに苦笑いされ、つい興奮しかけた頭を冷やそうとスライムを撫でながら深呼吸。よし落ち着いた。
スライムは長い話に飽きて寝てしまった。暴れ回るよりはマシなのでそのままそっとしておく。
そんなケイたちを微笑みながら見た後、スッと表情を戻してシリカが朗々と、読み上げるような口調で言葉を紡ぐ。
「勇者は、神が自らこの世界に呼んだ異世界からの使者の総称です。
エルフは草原を抜けてくるという歴代の勇者様の話から『草原の勇者』と呼ぶことが多いですが、英雄、勇者、使徒、御子など、国や人によっても色々と呼び名は変わっていきます。ですが、歴代の彼らは色々な話に出てきます。いくつものヒューマの街を壊滅させたドラゴンを倒した英雄譚が世界で一番有名ですね。勇者が現れるということは大小あれど総じて世界の危機。そしてその窮地を救うと言い伝えられています。」
「・・・つまり、俺は何かしらの面倒を負わなきゃいけないってことか?」
「そうなりますね」
シリカがテーブルの茶をとり、ゆっくりと味わって飲む。あまりにマイペースな態度に少しイラッとする。
なぜ、わざわざ異世界から呼び出すのかわからない。自分の世界なら自分でなんとかするものだろう。
つーか、茶を飲む間があるならさっさと答えろ。
「・・・そう思うのは八つ当たりだ」と冷静になる気持ちと、「まるで助けられるのが当たり前のような態度に怒ってもいいんじゃない?」と思う気持ちが半々だ。
「勇者殿、これからあなたがどんな困難に立ち向かうか・・・・・・
それは、今はわからないけれど、少なくとも簡単なものではないことは確かです。」
「何で?」
ピリついた気持ちで答える。
タメ口になってることには気づいたが、2人は怒るそぶりがないのでケイはそのまま進むことにした。
「もしかして前兆とか予測とかあったりする?」
「ここは御神の力が常に降り注ぐ土地。それはこの里で一番魔力感知が鋭いジェイドがよく感じているだろうが・・・・・・今、この里に降り注いでる神の力が弱まっているのです。」
重々しく、囁くように宙を見て言うクラークに、ケイは軽く返す。
「神もずっとそのおチカラを垂れ流して疲れたんじゃないの?」
「この御力は、神そのもの。弱まるなんてことはないのだ。」
「別の場所に移動したとかは?」
「わからぬ。 もしかしたらそうかもしれないが・・・。だが、今年の御神の力による魔力揺れは異常。死者も出たほどだ。
そして勇者殿が現れた。それだけで、一大事だ。」
「そうなのか。」
全員が黙ると、部屋には沈黙が降りた。が、すぐにスピョピョと隣から小さく寝息が聞こえた。
それだけで、ケイの苛立ちは消える。やはりこのスライムは癒しだ。
スライムを起こさないようにゆっくりと撫でていると、茶を飲み終えたクラークが傍に立てかけてあった杖を持って声をかけた。
「・・では、見てもらいたい物があるので同行をお願いできますかな?」
神だなんだって、面倒なことになったなぁ。
そんなことを思いながらケイは頷いて、スライムをソファに残したまま、クラークの後ろに続いた。
ケイを挟むようにシリカが後ろについて、家の奥へ歩き出す。
相変わらず何もない廊下を何度か曲がった先にそれはあった。
それは豪奢な作りの大きな扉で、今までの家の質素な印象をかき消すほどの存在感だった。
家の中にあるとは思えないほどの、大きな扉の前で、クラークは杖を頼りにして立ち止まった。
「見せたいものは、この奥じゃ。」
いつの間にか背後にいたエンジュが前に出てその背を支える。
シリカが前に出て、ケイを促した。
「この先は洞窟になってます。長の老体には少し負担になりますので、私がご案内いたします。」
「ああ」
ドアを体全体で開けるシリカの後ろ、扉の右横で、エンジュが「いってらっしゃいませ」と優しげな声で見送ってくれた。
*
扉を潜るとそこは室内と繋がってるのが幻であったかのような、見事な洞窟だった。
真っ暗で良くは見えないが、壁面には微かな鉱石の煌めきがあり、美しかった。
後ろを見ると扉はまるで霞がかったように揺らいで見え、一歩進むごとに揺らぎは濃度を増し、見えなくなった。
「こちらです。洞窟内は少し斜面になっているので足元にきをつけてくださいね。」
シリカは慣れた手つきで近くに置かれた油の詰まった籠から松明を取り、軽くブンとふって油を切ってから魔法で火をつけた。
先を行くシリカにゆっくりと辺りを見回しながらケイも続いて歩く。
道は一本。少しカーブしていて、足元は砂利だ。2人で進んでいくと、どこからか、冷気を感じた。
里に空から落ちてくるように吹く風とは違い、寒いというよりも、なぜか心地いいと感じる風だった。
5分ほど歩いた辺りで分かれ道が出てきた。シリカは迷わず左に進む。
「右はどうなってるんだ?」
「右の通路には我々が祭の際に供え物をする祭壇があります。この二つの道は奥でつながっていて、祭壇の裏にこれから向かう石碑があります。祭壇を乗り越えるには少々体裁が悪いのでこちらからご案内しますね。広場はマラカイト鉱石で照らされていて、松明がいらないくらい明るく、とても美しいのです。・・・気になるようでしたら後で案内しますよ。」
ケイの表情を見てか、シリカがにこりと微笑んで提案してくれたので乗ることにした。
マラカイト鉱石か、聞いたことがない。
どんな鉱石なんだろう。石にはあまり興味はないが、美しいというのなら気になる。
「石碑はもうすぐです」
シリカが松明を少し先に向けると、松明の炎が強くなる。
洞窟内が先ほどより明るくなり、薄明かりに照らされてその先に広場のような場所が見えた。
「結構広いんだな」
「そうですね、ここは地下にありますから」
方向音痴なケイにはわからなかったがいつの間にか、地下にいたようだ。
まぁ、ずっと坂道を下ってりゃそうなるか。
「こちらです」
広場の中央に鎮座するデカイ石碑の前でケイは立ち竦んだ。
ここは地下で、天井もある。空も見えないのに。
なのに、天からの光が降り注ぎ、緑色に輝く石碑はさらに輝きを増していた。
「こちらが予言の書とされているもの。
我らエルフの中でも長の一族にしか伝えられていない、世界の遺産です。」
シリカはそう言って、松明を壁に立てかけて、石碑のそばに跪いた。
ケイも石碑に近づく。
すると、石碑は天からの光を受け止めるのをやめ、自身が淡く光り始めた。
『汝、我が願いを聞き届け、叶えるものなり』
そう頭に響くと同時に体の力が抜けていく。
ケイは膝をつき、急速に意識を持ってかれそうになりながら、必死に意識と体を支えようとしたが、やむえずその場に倒れる。
「神託です。行ってらっしゃいませ。」
微かにシリカの声がしたが、何事かを問う前にケイの意識は途切れた。