14.strange.エルフの隠れ里3
革袋2つ分のテッツァをケイから受け取った後のジェイドの動きは迅速だった。
薬師見習いとして日頃から手伝いをしているカンディアはもちろん、素人のケイまで動員し、薬を一晩かけて練りに練った。
ケイの持っていたテッツァはカバンの性質上、入れてる間だけ時間が止まっている。だからかなり状態がよく、すぐに作業にとりかかれたのも大きかった。
そこで初めて知ったのは、ケイは異世界文字を読めると言うことだった。
まるで英語を読んだ時のように、頭の中で単語と言葉の意味が日本語と異世界の読み方で同時に変換されるのだ。
もともとカンディアのために瓶にはラベルが貼ってあり、ケイでも言われた物を探すことに苦労はなかった。
ひたすら薬研を動かすカンディアとジェイドの周りをうろうろしながら、ケイは必要と言われた薬品を取ったり、出来上がった薬を小分けにして魔封瓶に詰めていった。魔封瓶は中に入れたものの時間の経過を通常より緩めるそうだ。薬は放っておくとすぐダメになりやすいから、一般市民にとっても必須アイテムらしい。
明け方まで作業を続けて、1.2時間寝た後、ジェイドについてケイとスライムは朝一で薬の配達と診察の手伝いをした。
重篤の患者から順に4件の家を回った後、カンディアが用意してくれた昼食のサンドイッチを食べ、またその後、すぐ薬の配達に回る。
移動する間も、食事中も会話はほとんどなかった。
ケイが7件目の薬の服用と診察を見届け終えると、玄関先で、見知った顔を見つけた。
昨日文句を言いにきたエレファだ。
「ジェイド、さん・・・昨日はごめんなさい」
「気にするな。こいつがたまたまテッツァを持っていたから処置が早く済んだんだ。」
「ケイさんもありがとう・・・俺、母ちゃんが死んだらって思ったら怖くて・・・・・・」
グズグズと泣きべそをかくエレファに笑ってしまう。昨日の威勢の良さはなんだったのかと。
「男の子だろ、ちゃんとしな。まだ完全に治ったわけじゃないんだろ? ちゃんと看病しろよ」
「・・・うん!!」
そんなこんなで、10数件の家を巡り、夕方の鐘の音が聞こえた後、ケイは異世界初労働を終えた。
労働の報酬は多少の金品。小銭を幾つかと、生活用品一式と服の着替え、ジェイドお手製の傷薬をもらった。
それだけでは正当な報酬じゃないと珍しく食い下がるジェイドにケイが望んだのは大量の乾燥させたテッツァだった。
受け取ったばかりの革袋3つ分のテッツァに頬擦りしながら、袋から立ち昇る香辛料の香りにケイは感嘆の声を漏らす。
「俺はずっとお前を望んでたんだよ〜〜〜」
《オニク、オイシクナル、マホウノ、ツブ!!》
スライムもケイの隣で喜びの舞を踊る。食べることに関しては妥協を許さないコンビだった。
「・・・本当にそんなで良いのか? 」
「これが良いんだ。お前、昔の地球では、香辛料は金と同等で取引されてたって知らないのか?」
「どこの話だよ・・・。まぁ、お前がそう言うならそれで良い。」
ケイとジェイドが留守の間にカンディアが散らかったままの調剤部屋を片付け、用意してくれた夕飯を前にそんな会話をする。
今日の朝食は抜き、昼は簡単なサンドイッチで、味わう暇もなく連れ出されたから実質、今日初の食事と言って良い。
珍しく、コメが出た。良いことがあった日に出すのだそうだ。
麦飯だったが、久しぶりのコメに涙が出た。パンもうまいが、やはりコメには勝てない。
おかずは鶏肉のソテーと魚の煮付けに野菜のスープだった。相変わらず素朴ながらおいしい。
スライムのご飯も用意されるのが当たり前になって、みんな笑顔で良いことだと思う。
久しぶりに働いて、患者やその家族から感謝されたからだろうか? なんだかいつもより、穏やかな気分だった。
仕事に押されて、省みることのできなかった彼女を思い出して、少し胸にしこりが残った気がした。
彼女はどんな思いでいつもそばにいてくれたのだろうか。それだけが気になった。
*
「そろそろ沐浴に行こうか」
食後のお茶を飲んでカンディアに今日1日の報告をしていると、ジェイドに声をかけられた。
「ん?・・・・・・あぁ、そういやそんなことも言ってたな。いろいろありすぎて忘れてた、行こうか。」
カンディアは耳のことがあるので家で水浴びをするのだと言う。
ジェイドを待たせて、部屋に荷物を撮りに行く。
洗う為に中身を全て出したカバンに、着替えとタオル、石鹸、小さな桶を持って、先に外に出ていたジェイドについて街中を歩く。
「夜になると途端に真っ暗になるんだな」
「森の中で明るい場所は『外』から狙われる。暗くするのは自衛のためでもあるな。」
「そっか。火は燃え移る可能性もあるしな。」
2人で連れ立って街を歩きながら、くだらない会話をした。
ジェイドと少し打ち解けてきたことにケイはホッとする。
ようやく気づいたが、ジェイドは目つきと態度が悪いだけで、別に常に怒ってるわけではないようだ。
むしろ昨日のエレファへの対応を見た限り、温厚な方だろう。
「・・・・・・お前がいたあの場所は、聖地と呼ばれている」
そう言われて、いきなりふられた話題に、一体なんの話か戸惑ったけれど、いつのことかすぐに見当がついた。
「あの骨は・・・両親か?」
「そうだ。他にもあそこには、ヒューマや他部族に襲われて亡くなった人達の遺体が埋められてる。遺体が戻ってくるだけでも良い方だ。女のほとんどは売られて奴隷にされるからな。」
「あそこはそんな大事だったんだな。申し訳ないことをした」
「怒っていない。」
「だから聖地、か。」
そう呟くと、ジェイドは短く答えた。
「今回のテッツァには感謝してる。あれだけの量は俺だけじゃ探せなかったと思う。『草原の勇者』、ありがとう。」
「へ・・・?」
それだけ言って、ジェイドはまた歩き出してしまう。
聞き返しても返事はなかった。
*
沐浴場に着いた時、ケイはその滝の静かさに驚いた。
「滝ってもっとこう、うるさいんじゃないのか?」
滝の飛沫を浴びながら、水滴の飛ばない位置の木陰に置かれたベンチにタオルを置いて、2人は服を脱いだ。
「沐浴では女性も騒ぐからな、静音の魔術具が置いてある。」
滝の音は魔法で消されてると聞き、納得する。街中にはもっと魔術具が色々ありそうだ。
滝は泉を作り、ケイたちの足元までさらさらと流れてきている。
ここは里への入り口の真下らしい。
「そう言えば、カンディアがスライムを拾ったのはここか?」
「いや、洗濯場の方だと聞いたぞ」
「いろいろ分けられてんだな」
「カバンを洗うなら、隅っこの方にしろよ。泉が汚れたら怒るぞ」
「わかってるよ」
ジェイドに倣って、桶で川の流れを止めて掬い、ざばっと1日の汗を流す。
「つめて〜〜」
「そうか?」
「風呂は暖かいもんだろ・・・」
「沐浴だ」
「へいへい」
水でタオルを湿らせて、石鹸を擦る。
昨日も入ったけれど、汗を流すと体が軽くなったような感覚に、やっぱ風呂はいいなと改めて実感した。
体を洗った後、ジェイドについて泉に足をつける。
冷たさに、全身に冷風を浴びた感覚がして、鳥肌が立った。水で体を洗ったせいで、完全に体が冷えている。
プールだと思いながら胸元まで浸かってみたが、夜風もあって寒いものは寒い。
ジャバジャバと躊躇いなく肩まで入るジェイドに、つい声をかけてしまった。
「なぁ、この隅っこだけ暖めても良いか?」
「・・・・・・そんなに寒いか?」
「風邪ひきそうだ」
現に少し鼻声で答えるケイ。
「・・・すぐに温度を戻せるなら構わない」
「よっしゃ。お前にも風呂の偉大さを教えてやるよ!!
《この水を温めろ》・・・・・・・・・こんなもんか?」
火と風の魔法で泉の一部の温度を上げる。全体の温度が上がらないよう、温めたお湯に水が混ざらないよう、さらに水流を作り、簡易的な露天風呂の生成に成功して、ケイはガッツポーズをする。
「失敗したら泉全体を温めて、また冷やせば良いと思ったけど、案外うまくいくもんだな。」
「お湯に浸かるのは・・・・・・案外良いものだな・・・」
隣でほっと息を吐き出すジェイドにしたり顔を向けると、不服そうに顔を逸らされた。
「お前はなんでここから出られないんだ?」
ことあるごとに言っていたセリフをつい思い出して聞いてみた。
ジェイドは真剣な顔をしてこちらを見た。
目が合って、改めて「やっぱ美形だなぁ」なんてことを思いながら、突っ込み過ぎなことを聞いたかと反省を始めた頃、ジェイドがぽつりと漏らした。
「俺は魔力がないんだ。」
「それが?」
「魔力は神から生を受けた生き物が生きる為に活動するための源だ。
木にも、魔物にも、水にだって宿ってる。だが混ざり物の俺には魔力を生み出す機能が生まれつき備わってないんだ。
でも体は魔力がないと動かなくなる。魔力が切れたら死ぬ。俺は常に魔力枯渇の状態なんだ。」
「電池切れかけの人形みたいな?」
「・・・それを瀕死のまま生き長らえさせてるのがユグドラシルの葉と、この清涼な土地の空気だ。」
「清涼・・・?」
「この里の成り立ちは、二柱の神が出会った場所とされている。
天と地の神がこの泉の上で出会い、我らの祖が生まれた。そして、二柱の間にラファエル様が生まれ、その余波でヒューマと魔物が生まれた。ラファエル様はそちらの守護をし、我らは二柱を祀る。エルフの子供にはそう教えられる。」
「神話って、俺には現実味が薄くてあんましピンとこねぇな・・・。
・・・・・・って、そのラファエルって神よりエルフの方が歴史が長いのか!?」
「そうだ。別にラファエル様を疎んでるわけじゃない。ただ起源が違うだけの話だ。
・・・・・・話を戻すと、この地で天から降るこの神の魔力を受け続け、足りない魔力をユグドラシルの葉で補って体の不調を正さねば、そもそも生きられないんだ。他の地に行けば俺の魔力なんて3日と保たない。」
「食事ができなくて、点滴でしか生きられないって感じか?」
「お前は余計なことを言う天才だな」
「・・・すまん」
「俺はエルフのくせにエルフじゃない。魔力が必要な体なのにその魔力が生成すらできないようなやつがエルフを名乗るなんて笑い話だよな。薬師として薬草を採りに出るのさえ色々と準備がいるぐらいだ。」
フ、と自嘲げに笑うジェイドに、ケイは何も言えなかった。
ただ、さぞかし生き辛いだろう、と少し不憫に思う。
「俺は、親がいないんだ」
だから、ケイは少し昔話をすることにした。
「・・・いや、いないわけじゃないな。捨てられるくらい、愛されてなかったんだ。」
「自分から子供を捨てる親がいるのか?」
驚いた顔のジェイドに、今度はケイが自嘲気味な笑いをこぼす。
「俺の元居た世界じゃ当たり前だったよ。昔から、金に困ったら子供を売る、いらないからよそに押し付けるなんてのはな。」
身売りや人攫い、口減らしは昔からある。それは現代日本でも同じだった。親が死んで親戚からまた他所に売られたり、望まれ、幸せに生まれたのにお金の都合や精神状況やら、どんな裕福な家庭でも全ての子供が満足に育てられるわけじゃないのは知ってる。
「だから、捨てられて以来、俺もなぁなぁの世界様のおかげで生き長らえてるようなもんなんだ」
「そうか。まあでも、命があるだけ良いじゃないか。」
「・・・・・・・・・・・・そうだな。」
「不満なのか?」
ジェイドの心配そうな瞳に、うんざりする。
そんな目で見てくれるな。そう心底思った。これまでにも何度も。
「ああ。誰も生きることを望んでないのに、生きるのが当たり前だって、強要されるんだ。いやにもなるさ。
・・・・・・・・・俺はただ、死ぬのが怖いから、生きてるだけだ。」
「それは、俺も同じかもしれないな。死ぬのは怖い。」
「死んだらどこに行くんだろうな」
体は残るのに、心や魂はどこに行くのだろう。
そんな問いにはどんな人も、ケイを納得させる答えは誰もくれなかった。