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1.Hello.異世界

初投稿です。よろしくお願いします。


風に吹かれて、東圭(アズマケイ)の意識はゆっくりと覚醒した。

そよりとかおる草の匂いに、窓開けっぱだったのかな・・・と、ぼんやりと考えながら

ゴロンと寝返りを打つと、何かに鼻先をくすぐられて、ケイは思わず飛び起きた。


目をしっかり開けてあたりを見回すとそこは見慣れた自室ではなくて、よく晴れた昼下がりの草原だった。

見渡す限りの草原で、人どころか建物すらない。

眠りについたのは深夜だったからとっくに陽が真上にあることはまぁ仕方ないとしても、場所に見覚えがなさすぎた。

寝たのはいつもの部屋のベッドのはずだ。何故こんなところにいるのかと困惑しながらも、どうせ夢だろうとあたりをつけ、ケイは仰向けに寝そべり直した。

夢のせいか、帰宅してすぐスーツのまま寝たはずなのに、

今は滅多に着ないせいか硬い生地のTシャツに、いつものジーパン。

やけに硬いと思った枕は丸めた黒いパーカーと愛用のカバンだった。

妙にリアルな感触を少し口角を上げて楽しみながら気にいった位置に置き直し、頭をのせて天を仰ぎ見る。

「にしても綺麗な空だな。こんな夢なら毎日見てもいい。」


夢ってこんなに草のいい匂いしたっけ・・・

疑問に思いながらも、深呼吸をして存分に新鮮な空気を吸い込む。

流れる雲をこんなにゆったりしながら見たのはいつぶりだろう?

円を描くような壮大なほどの青空に、真っ白い雲がよく映えていて、まさに平和そのものだ。


ふいに、昔住んでいた田舎を思い出した。

田舎と言うにふさわしい山に囲まれた土地で、雨は多いが曇りの少ないことが自慢だった。

自転車を1時間も漕げば一周できてしまう狭い小さな村で村民のほとんどが年寄りの農家。数少ない子供たちは乗り遅れたら遅刻必至の本数の少ないバスで隣町の学校まで通う。

晴れた日には、こんなふうによく澄んだ青空を見せてくれたものだ。

今はもう見れないけれど…

近年まれに見る大雨によって俺とじいちゃんの二人で住んでた家は、村は、水底に沈んだ。



新しい土地でようやく見つけた仕事は好きだが、如何せん忙しい。

24歳を超えたあたりから休んでも疲れが取れなくなってきて、寝て終わる毎日だ。

じいちゃんが亡くなってからは特にひどい。

喧嘩して八つ当たり気味に別れた彼女を思い出した。


ケイは頭を振って、嫌な記憶を振り払う。

嫌な思い出を無しにして、毎日こんな爽やかで気持ちの良い夢を見れたら、きっと肩こりとかも良くなるんだろうな。

そう考えながらしばらく空を見ていたら再度、眠気に誘われ、あくびをひとつしてケイはまた目を瞑った。

嫌なことを考えてしまう時は、さっさと寝るのが一番だ。


2、3時間ほど眠っただろうか?

ケイがふと目を覚ますと周りをポヨポヨとした何かに囲まれていた。

「え、えぇ?  え、なになに? スライム?」

慌てて立ち上がってあたりを見ながら、どう見てもスライムとしか言えない何かに囲まれて焦るケイ。

愛用のカバンといつの間にか体にかけられていたパーカーを掴んで、スライムを押し除けて包囲網から脱したケイだったが、唐突に降ってきた水でずぶ濡れになる。深まる困惑をよそに、とりあえず走って逃げ出した。

「え、まじでなに?ほんとになに?」

突然の水攻撃にケイの意識はすでに覚醒していた。

ケイは走りながら振り返るとスライムは追いかけてきていたが足が遅いようで、すでに遠くにいた。

混乱したまま、スライムが見えなくなるまで走って、しばらくしてようやく足を止めて考える。

頭の中は疑問符だらけだ。

「えぇ・・・まさか・・・夢じゃない?」

夢にしてはリアルすぎるほど不快なずぶ濡れのTシャツを脱いでその辺に広げて、ケイは座り込んだ。

本当ならほっぺを抓る所だが、そこまで頭が回っていないのだった。

「布団はないのに靴とカバンだけあるのは・・・まあ、そもそもスーツ着たまま寝たのに今はTシャツとジーパンだし、そこは関係ないのかな。」

手元にあるのはカバンだけなので、とりあえず中身を確かめることにした。

カバンの中身は、圭の腕ほどもあるでかいパン10本と水筒、長い剣と短い剣、そして少し大きめのメモ書きだけだった。

「え、この長さがカバンに入ってたん?? ちょ、スマホは? 書類は? 俺、明日、仕事・・・?」

カタコトになりながらも鞄をひっくり返したりポケットを漁りしてカバンから何も出てこないことを確認した後、ケイはようやくメモを見た。


『おはよう、よく寝てたから手紙で失礼。

僕はいわゆる神様。よろしくね。

東圭クン、君は今、異世界にいます。

お気に入りのカバンはなんでも入るマジックアイテム、それとそのパーカーは防御力に特化してます。売ったらダメだよ。

まずは恒例の「ステータス!!」をやってみてね、君のスキルや能力値がわかるよ。

スキルは慣れとコツと回数をこなすとまれに習得できるよ。

剣で魔物を倒すと経験値と魔石、まれにドロップ品が手に入ります。

魔法は量、質、形をイメージしながら呪文を唱えると発動します。

MPを消費しすぎると眠くなるから気をつけてね。

死んでやり直しとかはありません。命大事に。

たまには神殿で祈ってくれたら僕は喜ぶよ。


p.s.君は寝てたから、異世界特典は僕が勝手に決めました。喜んでくれると嬉しいな。』


「なんじゃそら」



ケイは真っ青な空と同じくらい真っ青になってつぶやいた。

「ここ異世界? いや、まさか・・・」

なかなか受け入れられないまま、目の前に並べてあった長い剣を手に取る。

ずっしりと重たいそれはやけに無骨で、とてもじゃないが、おもちゃには見えなかった。


「走ったから喉乾いたな…」

水筒の蓋を外すと中に入っていたお茶をじっと見つめた。

「これ…いつのだ? うちの麦茶と同じ匂いがする…」

訝しみながら、ちびりと飲むといつもの味がした。

腐ってもいないようだ。

ケイは味に驚きつつも二口目は勢いつけて一気に飲んだ。

我が家の麦茶はばあちゃん直伝のブレンド茶だ。

このお茶を飲むといつもニコニコとしていたばあちゃんを思い出してホッとする。

ばあちゃんはケイが中学生の頃に脳梗塞で倒れた。

1週間ほど生死を彷徨い、ふいに目を開け、ケイとじいちゃんが駆けつけると「麦茶が飲みたい」といって息を引き取った。


「はぁっ!うまい!」

水筒の中身を一気に空にして天を仰ぐ。壮大なほどの大空は変わらずで

ケイの心も少し晴れやかにしてくれた。

元カノと別れてから麦茶を作る気力さえ失っていた。

ひどく久しぶりに飲むばあちゃん直伝のブレンド麦茶は格別だった。


水筒の中身を一気に飲み干し、濡れた頭を振って水滴を飛ばした。

「さて、数ヶ月も作ってない麦茶があるってことは神様の計らいかな。でも、じゃあここはどこだ?」


不親切にも、地図はない。まぁ、地図があったところで現在地も分からず聞ける人もいない。

だが幸いにも、たまに吹く強風でからりとした良い形の雲が時々流れてくるくらいで、とても天気がいい。

それだけがケイの心の平穏を守っていた。

「さてさて、どうしようか。」

ふぅ、と息を吐いてあたりを見回した。今のところ見えるあたりにはスライム、ついでに人もいない。

見知らぬ土地、それもおそらく異世界で、ガイドも地図もない。先行きはかなり不安だが、とりあえずここにずっと座ってるわけにもいかないだろう。

ケイは少し考えたのち、濡れたTシャツを着直してパーカーをカバンに仕舞った。

Tシャツが乾くまでは休むか、とも思ったがさっきのスライムがまたくるかもしれない。「道に迷ったらそこを動くな」という言葉があるが、ここが異世界だとすると、日本の常識が通用するか怪しいものだ。

人に会える保証もないのなら、あまり疲れてない今のうちに動くほうがいいだろう。

とりあえず護身用に持っておこうと手元に寄せていた剣を地面に刺してぐるぐる回し、手を離して倒れた方向に歩くことにした。


「この世界には神様がいるんだ。俺の運もこの世界ではきっといいはず。」


街道に出られれば、それは街まで続いてるだろう。

町まで歩かずとも、通りがかった車か何かに乗せて貰えば一石二鳥だ。


荷物を全てカバンに戻し、剣をベルトに差し込もうとした所、鞘のままでは入らず、抜身で刺した所、思わぬほど剣は鋭く、ベルトを切ってしまった。


「やらかした・・・もしかして俺、少し休んだほうがいいレベルでテンパってる・・・?」


本当なら飲み切った水筒の中身も気にしたほうがいいのだが、それは頭の片隅にも浮かんでこない有様だ。

竦みかけたケイの背中を押したのは、じいちゃんがことあるごとに言っていた『男が廃る』と言う口癖。

ケイは軽く震える足を叱咤して立ち上がり、数回屈伸をして、そのままグッと伸びをした。

幸いにもベルトがなくてもずり落ちてこないスキニータイプのジーパンだ。

切れたベルトをカバンにしまって、剣は手に持つことにした。

鞘に肩掛けベルトがついていることに気づいてはいたが、腰に剣を佩くことには多少の男のロマンがあった。

男の矜恃を優先してベルトを切るのだから世話ないが、剣を手に持つゲームキャラの男剣士を思い出して、ケイは少し笑顔を取り戻した。

「せっかくの異世界だ、楽しんで行こうか。」

声に出して震えを飛ばす。

とりあえずは、情報も必要だし、神殿とやらで祈ればもしかしたら神様に会えるかもしれない。

こんな辺鄙な草原に置き去りにして行った恨みは必ず届けてやらねばならないな。


剣を鞘から出し入れし、振り回し、使い心地を確かめながら、早鐘を打つ心臓をワクワクに塗り替えていく。


「よし、いくか。」


まだ見ぬ世界を、真っ平らな地平線を目指して、ケイは歩き始めた。

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