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会社で仕事としてゲームをすることになったが、まったく集中できない。1人だけ、喜んだり残念がったりしているけど、全然分かってないみたいだから、早く終わりにして欲しい。

「あぁあ、ちょっと、それ無しでしょ。悪魔か?」


隣で頭を抱えたのは、さっきまで調子よくトップを独走していた霧子である。


「ふふん、油断大敵ってね。よ~し、ルーレットちゃん。良い数字を出してくださいませ♪」


霧子に打撃を与えて喜ぶのは乃里華のりか。特殊カードを使って、霧子を10マスも下がらせたのだ。中央に置かれたルーレットに手を伸ばす。


「えっと3? 1、2、3っと。何々、『ボーナスが出ました。100万キャットの収入です』。やった~。100万、100万♪」


乃里華は、銀行コーナーの100万の札を手に取りホクホク顔だ。


「次はわたくしですわね。えいっ!」


今度は水際みぎわ女史の番だった。やはりルーレットを廻す。


「8ですわね。ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、…………。結構、進みましたわ。え? 『1回休み』。まぁ良いでしょう。わたくし、お猫様を愛でておりますわ。先に進めておいてくださいませ。」


水際女史は、ゲームより、先ほどから上目遣いに見上げてくるお猫様の視線の方が気になっていた。


「次、佐倉の番だよ。もぉ、お猫様は、水際じょ、じゃなかった、水際さんが相手してくれてるから……。」


私だって、こんなゲームよりもお猫様と触れ合いたいのだ。私も1回休みにならないかなぁ。


「5です。1、2、3、4、5。何も書かれてません。」


何で、こんなゲームなどをする破目になったかといえば、企画部がどこぞのペットフードのメーカーとの共同で行うことになった『にゃんばれ、日本!』というキャンペーンのせいなのだ。

企画部が考え出したすごろくタイプのゲームが『にゃんこライフゲーム』。

ルーレットを廻して数字の数だけ進み、指示の書かれたマス目に止まったら、その指示に従う。よくあるタイプのボードゲームだ。

駒は猫の形をしており、マス目の指示も多くは猫にまつわる内容だ。

しかし、社内での評判はイマイチだった。

そこで、企画部が、大の猫好きとして知られる経理部の水際桂子みぎわかつらこ女史に泣き付いた。

実際に遊んでみて、改善点を提案して欲しいということだった。


そんなわけで、企画部の島田乃里華と、経理部の水際女史、そしてなぜか水際女史から指名された営業2課の私、佐倉あゆみと太田霧子の4名でゲームをしているのだ。

場所は、会社の4階の第5会議室。


そして、単にゲームをするだけだったはずの状況が、霧子の事情で変わってしまっていたのだ。

霧子は、黒猫を飼っていた。どうも、その辺の事情は水際女史が以前から知っているようなのだが、私は聞いていなかった。

霧子の飼い猫は、お猫様という。最初は冗談かと思ったが、霧子も水際女史も、『お猫様』と呼び掛けているのだ。本当らしい。


「2です。『おめでとうございます。あなたの家に双子の猫がやってきました。カードを2枚引いてください』。カード2枚ください。」


霧子は手が届きにくかったため、札置き場のカードを乃里華に頼んで渡してもらった。

カードには、これまた猫にまつわる内容が書かれており、点数が付いていた。

さらに、早くゴールした順にも点数が得られる。

集めた点数が高い順に勝敗が決まる。しかし点数の付いていない特殊カードも入っており、それが色々引っ搔き回してくれるのだ。

先ほど出てきたキャットという単位の方は、ゲーム内で使用される通貨扱いで、勝敗を決める点数とは別。ただし、マス目の指示などで、この通貨がゼロになってしまうと破産扱いで、そのプレーヤーはその時点でゲーム終了だ。破産になってもそれまで集めた点数は残るので、最終的な順位は、終わってみないと分からないようになっている。


「今度はどうかな? ルーレットちゃん、お願い!」


乃里華は仕事であるにもかかわらず、ゲーム自体に熱中しているようだ。


「2かぁ。え? 『飼っている猫に引っかかれました。カードを1枚捨ててください。治療費で5万キャット損失です』。ひっど~い。」


水際女史は、お猫様の顎の下の部分を撫でていた。ゲームから離脱してしまっている。


「佐倉! もう、水際さんは1回休みなんだから。」


乃里華に促される。が、やっぱり、お猫様が気になる。私だって、猫好きなのだ。水際女史ばっかり、ズルい!

渋々ながら、ルーレットを廻す。3だ。


「3です。1、2、3。『猫集会に遭遇しました。先頭を進んでいるプレーヤーから1枚カードを貰えます』だそうです。あれ? トップって私ですよね。これ、何にもないのと同じじゃないですか。はぁ。」


はっきり言って、つまらない。ゲーム自体もつまらないし、せっかく同じ部屋に猫がいるというのに、こんなのって、本当につまらない。


「あぁ、1です。何も書かれていません。」


霧子は、横目でお猫様と戯れる水際女史を見つつ、そう言った。やはり、心ここにあらずといった感じだ。


「よ~し、次はどうかな? ルーレットちゃん、いい数字お願いしま~す。」


乃里華だけは、自分の所属する企画部のためなのか、それとも単にゲーム好きなのか、このゲームを楽しんでいるらしかった。

乃里華の出した数字は1だった。何もなし。そして、乃里華は大げさに嘆いてみせた。


「水際さ~ん。戻ってください。水際さんの番ですよ。」


乃里華の声に、水際女史は振り返った。そして、ほんの1秒ほど考える振りをしたと思ったら、お猫様を抱きかかえて、席に戻ってきた。


「お猫様。おとなしくしててくださいね。わたくしの番が終わったら、また遊びましょうね。」


もはや、水際女史は、ゲームのことなど、どうでもよくなっている様子だ。口惜しい。私だって、こんなゲームに付き合いたいわけではない。

水際女史はその高級そうなスーツにお猫様の毛が付いてしまったのにもかかわらず、まったくといっていい程気にしていないようだった。


「えいっ! あら、3。えっと『猫草を購入。5000キャットの支出です。猫が喜んだので、カードを1枚引いてください』。あ、特殊カード使いますわ。『特殊カード。このカードを使用した場合、次にルーレットで2を出したプレーヤーから50万キャットを貰えます』ですわ。皆さま、ご注意あそばせ。」


そして、水際女史は、お猫様を左腕で抱えたまま、右腕を伸ばし、札置き場から1枚カードを引いた。

そして引いたカードをちらと見ると、手元に伏せて置き、お猫様の顎の下を撫でた。

お猫様は、目を細めている。ゴロゴロと喉の音が聞こえてきた。


「ねぇ、お猫様。飽きてきちゃったかしら? 眠くなってきた?」


水際女史は、お猫様の相手をするのに夢中である。いいなぁ。


「もぅ、ぼ~っとしない! 佐倉の番でしょ!」


私は、乃里華から、早くルーレットを廻すよう注意された。


「あ、はい、5です。1、2、3、4、5。『1回休み』です。」


待望の1回休み、であったが、お猫様は水際女史に抱えられたままだ。まさか横取りするわけにもいかない。あぁ、ズルい!


「1です。何も書かれていません。特殊カード使います。『特殊カード。このカードを使用した場合、次にルーレットで2を出したプレーヤーを5マス下がらせることができます』です。」


霧子も、淡々と進めてはいるが、まったくゲームを楽しんでいるようには見えなかった。


「水際さん。大丈夫ですか? 水際さんの服高そうなのに、お猫様の毛が……。」


そう言って、霧子は、水際女史からお猫様を受け取ろうと立ち上がったが、水際女史は、片手でそれを制した。


「あら、構わなくってよ。お猫様の毛、素敵な黒。手触りもいいし、問題ないわ。気になさらないで。」


水際女史と霧子の間に、静かな攻防戦が始まっているのを感じた。むしろ、そちらに参戦したい。


「2以外、2以外、2以外。えいっ! うそぉ~。何で2? 2が出るの?」


乃里華が叫ぶ。はぁ、もう、どうだっていい。

乃里華は、駒を5マス戻し、10万の札5枚を水際女史に手渡した。すごく残念そうにしている。


「ところでさぁ、太田さん。何で会社に猫なんか連れてきたの?」


乃里華の『猫なんか』の部分に、他の3人が反応したが、本人は気付いていないようだ。


「えっと、部屋からお猫様の苦手な音がするようになってしまって。原因は分かったのですが、その修理があと2日待たなきゃなんです。部屋に独りで置いておくことができなくて。許可は取りました。」


水際女史は、お猫様を抱きつつ、優雅な手つきでルーレットを廻しながら言った。


「このゲームの駄目なところが分かった気がするわ。」


それは、水際女史だけでなく、私と霧子にも分かった気がする。


「え? どこですか? こんなに面白いのに、どうして駄目なんですか? 上から水際女史のご意見をどうでも訊いてこいって言われたんですけど、よく分からなくって。」


乃里華が食い下がる。あぁ、このゲーム、乃里華自身が考えたんだ。まぁ、自分の企画だから必死になるのは分かるけど、本人に向かって『水際女史』呼びしちゃ駄目だよね。


「3。『猫が病気になりました。治療に50万キャットの支出です』。はい、50万キャットね。」


水際女史の声が不機嫌になった。

と、お猫様が、急にその体をよじらせた。


にゃ~ん。


お猫様は、水際女史の膝の上に立ち上がり、そんまま、机のボードゲーム上へ飛び乗った。


がしゃ、がしゃ、がしゃ~ん。


札置き場のカードも、銀行コーナーも、駒もめちゃくちゃだ。

お猫様のしっぽに弾かれたルーレットが虚しくカラカラと廻った。


「えぇ~っ! うそぉ~っ!」


乃里華が叫んだ。


しかし、お猫様は、ゲーム盤の上に座り込み、そして悠然と毛づくろいを始めた。


「まぁまぁ、お猫様、そこは座り心地がいいですか? 本当に可愛らしい。そうは思わなくって?」


水際女史の言葉に、私と霧子は深く頷いたのだった。

小畠愛子 様


また、やっちまったぁ、な残念小説です。

楽しそうな企画に、全然、ゲームを楽しんでいない作品を書いてしまいました。

猫のへなちょこぶり、大爆発でございます。


でも、何とな~く分かっていただけるのではないでしょうか?


素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございます。


非常に限られたごく一部のユーザー様におかれましては、本文中に、どこかで見たような名前が登場したように見えるかもしれませんが、気にしないでください。


あ、会社の許可を取ったというのは、「水際女史が」取ったのです。

霧子は困った時の、水際様頼み。水際女史は、どういう技を使ったのか、会社の許可を得てしまいました。詳細は不明です。……大人の世界は色々あるのです。

その代わりにゲームに付き合わされています。佐倉あゆみは巻き添えです。


【本文中に登場したゲームについて】

ゲーム名:にゃんこライフゲーム(仮)

総合商社BとペットフードメーカーCの共同キャンペーン『にゃんばれ、日本!』のために、総合商社B企画部の島田乃里華が企画したボードゲーム。販売予定は未定。

すごろくタイプで、プレイ人数は2~4人。対象年齢10歳以上。

ゲーム開始時には、各プレーヤーにゲーム内通貨として150万キャットが配られる。

付属のルーレットを廻し、示された1から8までの数字に従って、プレーヤーの駒をマス目に置く。

止まったマス目に指示が書かれている場合は、その指示に従う。

カードを引くよう指示された場合、札置き場からカードを引く。カードには獲得ポイントが書かれた通常カードと、ポイントではなくゲーム内のプレイに指示を出すことができる特殊カードがある。

特殊カードは、各プレーヤーがおのおのの順番の時に使用宣言をして発動させることができる。

また、早くゴールした順に1位5000ポイント、2位4000ポイント、3位3000ポイント、4位2000ポイントが与えられる。

ただし、ゲームの途中で手持ちの通貨が0キャットになった時点で、そのプレーヤーは破産となり、ゲーム終了となる。破産扱いになっても獲得ポイントは消滅しない。

最終的に獲得ポイントが最も多かったプレーヤーが勝者となる。


なお、通常版に梱包されたカード以外に、キャンペーン期間中、ペットフードメーカーCの商品『にゃん飯(カツオ味)-成猫用1㎏』、『にゃん飯(マグロ味)-成猫用1㎏』、『にゃん飯(お魚ミックス)-成猫用1㎏』、『にゃん飯(チキン)-成猫用1㎏』に、1枚ずつ特殊レアカードが貰えるキャンペーン仕様パッケージが登場する、かもしれない(未定)。


水際女史が指摘した、“このゲームの駄目なところ”は、ズバリ、猫さんと一緒に遊べない、ということ。

ペットフードメーカーとの共同企画ということであれば、客層は、実際にペット(猫さん)を飼っている方たち、ということになります。

猫さんのマークが付いているとか、猫さんに関するネタが取り上げられているとか、よりも、猫さんが楽しめるか? 猫さんと一緒に遊べるか? が重要なんです。


なので、このゲーム、商品化は???

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― 新着の感想 ―
[良い点] 多分このゲームの元ネタは「LIFE」ですねw あれは家とかマンションも買えるのですが、キャットタワー付マンションとか、キャットウォークが天井に張り巡らされてて下から眺める一戸建てとかあるに…
[一言] 動物好きだけれど飼うことができない(アレルギー持ち)、うちみたいな層なら、みんな飛びついてしまいそうです。ひたすらににゃんこ系統の指令やらイベントが続くとかご褒美ですね。 確かに猫飼いさん…
[良い点] お猫様と霧子さんと水際女史に再会できてうれしいです! しかし、冒頭から気になっていました。 ボドゲやっている部屋に、お猫様。これは、きっと来る……! ボードの上にドーン! 駒にじゃれてが…
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