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拾った悪役令嬢にはアレがついていました 9

 ウードとシテムが町に帰っていったのを見届けて、俺たちは家族会議をすることにした。といっても、俺とラウルの二人だけだが。

 目の前にはシテムが置いていった婚姻届がある。神官はこういうものを常備しているのだろうか。いや、聞きたいのはそこじゃなくて、なんで俺とラウルがそういうことになるのかってことだけど。


「婚姻届って……なんで」

「神官は常に証明書の雛形をもっていて、一部書き加えるだけで婚姻届にも出生届にも死亡届にもなるの」

「へえ。よく知ってるな」


 さすが元令嬢、こういうことに詳しい。披露する知識が昔のものだからか、口調も令嬢に戻ってしまっている。

 そうじゃなくて、聞きたいのは何で俺がラウルと結婚する流れになっているかということなのに。


「王妃候補としての教育があったから……」


 それは知ってる。三年経っても言葉遣いが抜け切らないほど染み付いた教育な。そうじゃなくて。


「なんで俺とお前が結婚する話になるんだ? お前、ほんとうは"お嫁さん"が夢だったとか」


 俺よりでかくて女にモテそうなお嫁さん……。うーん。嫌悪感はないが、かえって嫌悪感がないことに戸惑う。いくら顔が良くても男の嫁はないだろう。子供できないし。木も山もどうしたらいいか困るだろう。


「まさか!」

「じゃあ俺と結婚ってどういうことなんだ?」

「サクが好きで、一生一緒にいたいの。愛しているのよ」


 口調が女になって、手が震えている。取り繕うこともできなくなっているなら、本気なのだろうか。いつからラウルはそう思っていたのだろう。


「ラウルは男が好きなのか?」

「誰かに恋愛感情を抱いたのはサクが初めて……。お願い、追い出さないで。サクが嫌なら指一本触れないし、外で寝てもいい。サクが女の人と結婚しても絶対に邪魔しないから、そばにいさせて」


 優しくされて勘違いしているだけじゃないか?

 町にいって女の子にモテモテになったら考えも変わりそうだ。婚姻届けは、書いても神殿に出さなければいいかもしれない。フローリアの髪のように、あとからやらなくて良かったってなるんじゃないか。


「令嬢じゃなくなってから、ほかに人を知らないからそう思い込んでいるんじゃないか? 普通、男は女を愛するもんだろ。家族になりたいなら夫婦? じゃなくても。なんかやりようはあるだろ」


 男同士でも夫婦と言うのだろうか。ややこしい。

 婚姻届けは、少し書き替えれば他の書類にできるなら、養子にする書類にもなるんじゃないか? 俺がラウルを養子にすれば家族になる。わざわざ届け出なくてもすでに家族なんだけど、ラウルが証明がなければ不安だと言うなら神殿に届を出したらいい。


「婚姻届じゃないと、サクはいつか結婚しちゃうでしょう?」

「さっきと言ってることが違う」


 俺が結婚しても傍にいたいと言っていたのに、俺が誰かと結婚するのは嫌だと言う。養子ではなく婚姻関係を望んだのは、もしかして計算があったのか?

 じっと顔を見ていると、ラウルがふいっと目を逸らした。当たりか。


 三年の間、俺はラウルにきこりの仕事を教え、ラウルは俺に物事の考え方を教えた。会話の裏を考えることが当たり前だと、貴族って怖いと思いながら聞かされてきたのがここにきて役に立っているようだ。


「もしかして、その女言葉も計算か?」

「……計算というよりは、こちらの言葉遣いのほうが落ち着くの。気持ちわるい?」

「いや、慣れてるからべつに」


 顔も性格も良いけど、言葉遣いがいまひとつというのはある意味愛嬌があっていいと思う。


「ラウルなら町に行けば相手なんてよりどりみどりだ」

「サク以外の人なんてどうでもいい」

「俺はどうでもよくない。せっかく貴族じゃない生活ができるのに楽しまないのか?」

「サクときこりをするのが楽しいもの」


 好きだ好きだとしがみついている幼児を思い浮かべていたが、考えが少し冷えた。

 目の前にいるのは成人した男で、きこり見習いだ。一度も納品していないのに一人前のような顔をするのは違う。恵まれた山の生活に満足して働かないのは違う。このままじゃ、ラウルは俺にくっついてきこりの真似事をしているだけの駄目な奴になってしまう。

 ここしばらくは気候も穏やかで危険がないが、山が荒れたら酷いことになる。俺がずっと生きていられるわけじゃない。母は身体が強くなくて、すごく寒い冬が来た時に耐えきれなくて死んでしまった。丈夫だった父も母が死んで気力を失い、些細な病気であっけなく死んでしまった。残される者の気持ちはよくわかっている。


「まだ一回も納品したことがないくせに、知った風な口をきくな」

「サク……」

「まずは今回の仕事をしよう。大きな木だから、倒すのも今までよりも難しい。寝かせ方も二通りだから勉強になるだろ。納品してから、完成品を見せてもらおう。そうしたらお前の甘ったれた考えも変わるさ」


 思わず表情もきつくなってしまったが、頭のいいラウルなら俺の言いたいことがわかるはずだ。


「この山は俺たちが生活するのに十分だけど、いつでもこんなに穏やかじゃない。新しい王様は大丈夫だって言ったみたいだけど、出て行けって言われたら出ていくしかないんだよ。そうなったときに、どうやって生きていくか考えなきゃ。俺はお前が一人前の男になってくれるのが嬉しい」


 こんなに恵まれた山だけど、父の兄弟も祖父の兄弟も、どんどん山を下りて町で暮らすことを選んでいった。母が山の素材を売ることを提案しなかったら、木材だけで生活し続けていて、もっと貧しい生活だっただろう。生活に余裕があるのは、最近なんだ。


「サク、ごめんなさい。他人が来て、ついサクが取られるんじゃないかって不安になった」

「鳥の雛は卵から孵って最初に見たものを親だと思うらしいけど、お前も似たようなもんだ。いろんなものを見て、それでも俺がいいって言うなら考えてやる」

「絶対よ!!」

「考えるだけだぞ」


 ウードとシテムの誤解を解くにも、何事もなければ次に会うのは半年後だ。のんびりとした時の流れが当たり前すぎて、半年の間に町では俺とラウルの結婚がすっかり知れ渡っているなんて、思いもよらなかった。







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