拾った悪役令嬢にはアレがついていました 8
ウードは俺よりも七つ年上で、子供も三人いた。二年の間に増えているかもしれない。ひょろりと背が高くて、ギョロ目で肌は浅黒い。人好きのする笑い皺がすでに刻まれている。
「ウードは、少し痩せたな」
「ああ、お前は町に下りてきていなかったから知らないだろうけど、大変だったんだ」
ラウルの言っていたように、戦争が起きてしまったんだろうか。自分ひとり安全なところでのんびりしていたのが、少し後ろめたい。
詳しく聞くのが怖くて、神官に話を逸らすことにした。神官も背が高くて痩せているから、ウードと服を取り替えたら遠目では分からなくなりそうだ。神官の目は糸のように細い。それで見えるのだろうか。
「そうなのか。えーっと、そっちは?」
ウードに尋ねると、ヘラヘラと笑いながら紹介をしてくれた。笑っていても、ウードのほうがシテムより目が大きい。
「悪い悪い。すいませんね、シテムさん。サク、この方は神殿の調達担当の方だそうだ。新しい彫刻をつくるためのいい木材が欲しいらしい」
「はじめまして、シテムと申します。ヌンの山のきこり、サク様ですね」
わざわざ山の名など呼ばないから忘れていたが、ここはヌンの山という。
俺の親のもっと前の代から住んでいるから、他所に行くときはヌンのサクと名乗ることになる。いつもの町までしか行ったことがないから、すっかり頭から抜け落ちていた。ラウルに教えておかなければ。
「そうだ。神殿向けの木ならちゃんと手入れしている。いくつか心当たりがあるが、どんな彫刻をするんだ?」
「新たな神を祀ります」
神様ってそんなに簡単に乗り換えられるものだっけ。てっきりどこか痛んだ彫刻入りの柱を入れ替えるのかと思った。
俺たち庶民は、十歳までに三年ほど神殿に通って字の読み書きと簡単な計算を習う。あの頃は神殿の礼拝堂に立派な木彫りの神像があって、子供心にあれが偉い神様なんだと納得したものだが。
「ええ? 今までのイサ神はどうなるんだ?」
「そのまま祀りますが、もう一神祀ると言うことです。国教が変わりましたので……」
シテムという神官は、目が細すぎて表情が読めない。困っているのか笑っているのか……。
「国教? どういうことだ?」
俺の問いにはウードが答えた。話に混ざりたくてうずうずしていたようだ。
「ロウヤー王家がなくなったんだよ。辺境のグロウル家が王家になった。あの悪役令嬢の家だよ!」
「ウードさん、フローリア様は悪役令嬢の汚名を着せられていただけですよ」
「そうだった。サクも手配書持ってただろ? あれ燃やしておけよ。持っていると怒られるから」
ここに来るまでに、ウードとシテムはずいぶん打ち解けたようだ。ぽんぽんと掛け合う会話は、会話のうまくない俺には入りにくい。ラウルと話していて会話に困るようなことはなかったから、ラウルが俺の話しやすいようにしてくれていたのかもしれない。ラウルは頭がいいから。
そうだ、悪役令嬢はラウルのことだ。
「えーっと、悪役令嬢の汚名って?」
ウードは、聞かれるのを待ってましたとばかりに小鼻を膨らませて、身振りを交えて教えてくれた。
「フローリア様と結婚したくなくなった王子が、庶民の娘を聖女に仕立て上げてフローリア様を追い出したってことらしい。それでフローリア様の父親のグロウル公がカンカンに怒って、あっという間にロウヤー王家をやっつけちまった!」
「ウードさん……まあ、そんな感じですね。グロウル王はイサ神を否定はしませんが、国教としてナナガ神を一緒に祀るようお触れを出しました。元をたどれば兄弟神ですので、我々としても違和感なく受け入れられそうです」
ウードの全身を使った説明にシテムが圧倒されながら、今回の木材が必要になった理由を教えてくれた。神様が増えるとか……よくわからないんだけど、それでいいのか?
「ということで、ナナガ神を祀るための木です。大きさはイサ神と同じかそれ以上にしなければならないので、太さはこれぐらい、高さはあなたの家と同じぐらいですね」
両手を軽く開いてから、俺の家を指さした。神像用だからかなり大きめの木だ。いい木はあるが、これから切って乾燥するには時間がかかる。
「わかった。ちょうどいい木がある。倒すまではいいが、運ぶのに人手がいる。ウード、一年後に取りに来れるか?」
木材は切ったらすぐに使えるというものではない。乾かしておかないと後でゆがみが出たり、虫が湧いたり厄介なことになるのだ。
「もう少し早くなりませんか?」
「木は倒してから乾かさなきゃならないからなぁ……文句言わないなら半年後でもいいが」
乾燥方法にも種類がある。枝を落とさずに乾燥すれば時間の短縮ができるが、きっちり枝を落として一年置いた方がものはいい。
「では半年後で」
「出来に文句言うなよ?」
「はい。念のため、二本お願いします。半年後のと、一年後のと」
シテムは俺の言いたいことが分かったらしい。予備の木材も必要だと言ってくれれば、神殿用に育てていた木を切ることができる。言われてないのに勝手に切ることはできない。神殿用の木は俺の先祖から百年以上かけて育てているものだ。
「わかった。代金は取らないでいいんだよな。神殿用の木材を育てる代わりにこの山をもらったはずだ」
木を渡す前にこれを確認しなきゃならない。この山のきこりを続けるために必要だと、親父から口を酸っぱくして言われていた。その親父は神殿に木を奉納することなく一生を終えてしまったが。
「神殿の記録でもそうなっています」
「王様が代わっても大丈夫か?」
「はい。今回の王権交代は頭がすげ代わっただけという見事なものでした。庶民の生活にはほとんど影響がなく、交代前に上がった物価もすぐに戻りましたし、グロウル公はすごい方です」
神像を増やすような面倒な話になっても、悲壮感がないのは生活にほとんど変化がなかったからか。ラウルの親父さんはすごい人なんだな。ラウルを利用したのはいただけないが。
「へぇ」
「サクさんには関係ないと思いますが、グロウル公はフローリア様の行方を今も探しておられます。もし、それっぽい女性を見かけたらお知らせくださいね。男装している可能性もあるそうです。実は結構やんちゃな方だったみたいですね」
「へー」
すっとぼけるので精いっぱいだ。フローリアはガタイのいい男になってここにいるなんて、言っても誰も信じないだろう。手配書の絵姿にはきつめの顔の美女が描かれていた。出会った時のフローリア……ラウルの声は低めだったが外見は女性にしか見えなかったし。
ラウルの親父さんはラウルのことを気にかけているのだろうか。家に戻して大事にするなら、こんな山でみすぼらしい格好で俺に頼る生活をしなくてもよくなるんじゃないか?
ふっと、ラウルがいなくなったら寂しくなるなんて思ったけれど、俺がどうこう言えることじゃない。ラウルが決めることだ。悪い話でもなさそうだから、あとでゆっくり話そう。
話は終わったのだから二人は帰るのかと思ったが、ウードが布包みを持ってへらへらと笑いかけてきた。あれは着替えだ。
「ところで、サク、せっかくここまで来たんだから、風呂入らせてくれよ」
「風呂ですか」
ウードの言葉に、シテムさんがあたりをきょろきょろと見回した。ここは絶妙に風呂の建物が見えない位置だ。ウードが結婚する前はちょこちょこ風呂に入りに来ていたから、俺の返事を待たずに風呂の方へ向かおうとする。
「シテムさんも入りましょうよ。サクのとこの風呂は最高です」
「あ、おい」
ラウルに何も言っていないから驚かせてしまう。風呂の入れ方も知っているウードは躊躇わない。どうやって引き留めようかと考える間もなく、すぐに風呂には着いてしまった。
そこには頭に布を巻いたラウルがいた。キラキラの金髪が見えないだけで、けっこう地味に見える。顔もちょっと炭で汚したのか浅黒い。雰囲気が違っても格好いいな、おい。
「風呂、できてるよ」
「うわっ! え、どちらさん?」
唐突な美丈夫の登場に、ウードが慌てている。俺しかいないと思っていたら驚くよな。
「ラウルだ。えーっとその」
「サクのパートナーです」
ラウルがいい笑顔で、ウードに笑いかけた。
なんだよ、そのとっておきの笑顔。俺そんな風に笑いかけられたことがない気がするんだが。
「えっ!? おまえ、いつまでも結婚しないと思ったらそっちだったのか!?」
「そっち?」
ラウルの笑顔に気を取られていたから、ウードの言っている意味が分からなかった。
ラウルと二人できこりの仕事をしているんだから、相棒? パートナーでいいのか?
「ご安心ください、サクさん。ナナガ神は同性婚を認めています。イサ神は認めていませんでしたが、国教が変わったので、神殿で証明書も発行することができますよ」
「え? 結婚?」
自慢じゃないが、俺は今の状況が正確に理解できるほど頭の回転が良くない。
「そっかー、お前が唐突に引きこもったのは、こんな出会いがあったからなんだな! お前が男のほうが好きだなんて知らなかったけど、こんな面食いだったんなら町の男どもじゃ全然興味なくても仕方ないな」
ウードが俺の肩をバンバン叩いて笑っている。
どういうことだ?
俺と、ラウルが、結婚!?