拾った悪役令嬢にはアレがついていました 7
穏やかな山の生活が二年ほど続いた。
二年の間にラウルはぐんぐんと背が伸びて、俺より頭一つぶん大きくなってしまった。余分に買っておいた大きめの服が活躍している。
背が伸びる早さに身体がついていかなくて、肉付きは薄い。でも、身長の伸びが止まったら筋肉も厚くつくようになるだろう。
俺が長年のコツでこなしている仕事を、ラウルはコツを掴めずに力任せでやるから、かなり力持ちだ。もう力比べをしたら負けてしまうだろう。
「きゃー!! サク! サク!」
言葉遣いに関しては俺に合わせてかなり庶民の俺の普通になってきたが、とっさに出る言葉は令嬢風になる。低い声で繰り出される令嬢言葉にはいつも笑ってしまう。
「どうした、また毛虫か?」
きこりの仕事は色々出来るようになったラウルだが、芋虫や毛虫だけは冷静でいられないようで、見つけるたびに大騒ぎをする。
この間はとっさに飛びつかれて、俺の腰が折れるかと思った。俺より図体がでかいくせにセミみたいに飛びついてしがみつくから、殺されるかと思った。
見に行くと、ラウルの短く切ってある髪がブワッとボリュームを増している。巻き毛だから雨の日なんかはぴょんぴょん跳ねているが、今は毛虫のせいだろう。少し伸びてきているようだから、切った方がいいかもしれない。
ラウルは亀のように丸まってぶるぶる震えている。俺の姿を見つけて、涙目で見上げてきた。
「サクぅ……」
肩についている毛虫を棒でポイっと飛ばして、踏んでおく。こいつは肌が痛くなるやつだから始末しておかないといけない。
「ラウル、もう大丈夫だ。ちょっと見せてみろ」
「きゃっ」
「ちょっと黙れ」
毛虫にやられてないか服を捲って確認したが、白い肌はなんともなっていない。ラウルは赤くなって胸を押さえている。もちろん男だから女性のように膨らんだりはしていない。
俺より低い声できゃあきゃあ言われるのには慣れたが、ラウルが山を下りたときにもやらかしてしまったら良くない。立派な体躯で顔も良く外見は完璧なのに、中身が女だと思われたら舐められてしまう。
育ちのせいで何をしても仕草が上品なのも、がさつな男から見たらなよなよして映るかもしれない。
他人の評価を気にするたちじゃなかったのに、ラウルに関しては考えすぎるほど考えてしまう。図体が大きくても、俺にとっては幼くて可愛い弟だ。
「何もないな。ラウル、きゃーじゃなくて、あーぐらいにできないか?」
落ち着いたようだから、何度も言っていることを繰り返す。ラウルだってわかっているんだろうが、俺が慣れてしまったら注意できる人間がいなくなる。
「ごめんなさい、気をつけているんだけど……」
「とっさに出ちゃうもんは仕方ないか。お前の話し方で誰かに何か言われたら、絶対俺に言えよ?」
しゃがんだままのラウルの頭を撫でる。ラウルは俺に撫でられるのが好きなようで、いつも撫でられるとふわっと笑う。髪を短くして、長かった頃よりも髪質が硬くなった気がする。
短くてもおかしな癖もなく、自然な巻きで綺麗にまとまっている。貴族だからなのか、ラウルだからかわからないが、素直に羨ましい。
「サクとしか話したくない」
俺より大きな身体で駄々をこねるのはいただけない。ラウルは可愛い弟だが、俺にはラウルを自立させる義務がある。俺が拾ったんだから。
「何のために頑張って話し方変えてきたんだよ。きこりの仕事も板についてきたし、いざというときお前を頼れると思うと気が楽だ」
「頼ってくれるの?」
「二人だけの家族なんだから、助け合うもんだろ。頼らせてくれないのか?」
「頼ってほしい!」
ラウルが食い気味に返事をしたとき、コーンと仕掛けの音が聞こえた。
ラウルの口を塞いで動きを止め、息を潜めて耳を澄ました。
カラカラと別の仕掛けが鳴る音と、微かに聞こえる人間の声。誰かが訪ねてきた。町の誰かが、木材が必要になって見に来たのかもしれない。
仕掛けは獣と人間を区別するためのものだ。道になっていないところはもっと派手な音とともに罠が発動する。父が母を守るために作った仕掛けを、メンテナンスして引き継いで使っている。助けの望めない山奥で暮らすための必要な知恵だ。
「ラウル、誰か来た。とりあえず風呂のほうに隠れてろ。怪しくなかったら合図をするから、普通に風呂の用意をしたらいい」
「う、うん」
俺のところに来るのは材木屋のウードか、素材屋のギオーグか。どちらも俺以外にも仕入れ先があるはずだから、俺一人が出入りしなくてもそう気にしないはずだが、二年も顔を出さなければ来るかもしれない。町のほうがごたついていたら来れないだろうが、落ち着いたのだろうか。
そもそもラウルの言う通りの混乱が起きたのだろうか。
ラウルの姿が完全に見えないのを確認してから、山の麓に向かう一本道に待機する。山の中の細かい道は俺にしかわからない。
人影は二つあった。ひとりは材木屋のウードだ。もう一人は見覚えがないけれど、神官服を着ている。うちは神殿ゆかりのきこりだから神官が訪ねてきても驚かない。
「ひさしぶりだな、サク。全然変わりなくて安心した」