拾った悪役令嬢にはアレがついていました 6
ラウルにきこりの仕事を教え始めた。
木に登ったことがないというから、まずは登り方を教える。建材用の木はまっすぐに伸びるように枝打ちをしているから、手足をかけられるところはほとんどない。そういう木に登るときは縄を使う。縄で木と自分を入れた輪を作って、身体を支えるのだ。
練習は下に落ち葉がたくさん積もっている木で行った。落ちるときは手足をばたつかせず、頭を守るようにも教えた。頭は治らないが、体は余程でなければ治る。
最初のうちは力も足りず縄のコツも掴めなくて、どうしたらいいか悩んでいたラウルは縄を改造した。動物の皮を使って、縄に滑り止めを施した。俺も使ってみたら、すごく良かった。
「ラウル、すごいな。こんな発想が出てくるなんてすごい」
俺の手放しの絶賛にラウルは笑う。
「僕は好きじゃなかったけど、公爵家の令嬢として裁縫も叩き込まれたんだ。細かい作業は苦手だったけど、色々なものの作り方を見るのは嫌いじゃなかった。そのとき、皮を滑り止めに使うっていうのを見たんだ」
ラウルは昔話をあまりしない。俺も、男に嫁ぐために性別を偽らされて育てられたのは楽しくない話だと思って、突っ込んで聞いたことはない。
自然に昔話ができるようになったのは、ラウルの中で落とし所が見つかったのだろうか。
「ラウルは裁縫うまいもんな。俺は何もできないからすごく助かる」
「ふふ。サクがそうやって言ってくれるから、最近は裁縫も好きになってきた」
「そりゃ良かった」
かなり令嬢言葉が抜けてきたが、やはりラウルは上品だ。仕草は俺の真似をしているように感じることもあるが、嫌な気はしない。卵から生まれた雛がピヨピヨ言いながら一生懸命羽ばたいているような印象だ。そぐわなさが可愛い。
俺より大きくなった男に可愛いだなんて言うのはおかしいかもしれないが、年下だからいいだろう。頭を撫でたりはしない。したいけど、我慢している。身分の差もあるし。
「まずは完璧に木に登れるようになってからだ。枝打ちは余計な枝を取るだけだから難しくない」
「うん……木に登るためには身体が大きくなりすぎないほうが良さそう」
「お前は大きくなるだろ」
ラウルが毎日成長する身体の痛みに耐えていることを知っている。去年から今までで、拳一つ分は大きくなったし、日に日に大人びていく顔立ちを感じている。
抜かされていく悔しさがないわけではないが、弟分が成長していくのには楽しさが勝る。
「大きくなっても、ここに置いてほしい」
ふっと迷子のような表情で、ラウルが俺の服の裾を掴んだ。そんなことをしなくても逃げないのに。
「フローリアの面影がなくなれば、どこにだって行けるぞ? 髪を染めるって手もある」
ずっと触れてみたかったラウルの髪に触れた。髪の質も少し変わってかたくなっているようだ。大人の男になろうとしている。
「出て行けなんて言わないから安心しろ。俺も、ラウルがいてくれるなら色々助かるから。でも、お前がやりたいことができたら、遠慮するなよ」
年上のくせに寂しいからここにいてくれなんて縋るような台詞は吐けないから、言い方を変えた。ラウルの影響で、俺も話し方に気を付けるようになった。
「良かった」
心底ほっとした笑みをラウルが浮かべる。
背が大きくなっても、貴族の世界から庶民の世界に落とされて一年だ。人間の赤ん坊でもやっと立ち上がるぐらいの時間だ。一歳のラウル坊や。
「ははっ」
「サク?」
見下ろされる。でかい幼児だ。
「大きくなったけど、まだまだガキだな」
「……ガキならここにいてもいいなら、ガキでいい」
出て行ってもいいという言葉に不安があったのか、拗ねたように呟く。こんなに懐かれたら、自分の人生なんて二の次でいい。ああ、でも、忘れてはいけないきこりの仕事がある。
「俺だっていつまでもガキを養えるわけじゃない。ここには親父が育てた木がある。いつか、神殿の建て替えが必要になったときのために育てている木だ。祖父の代からある。俺の代で必要がなければ、次の代がいつでも使えるようにしておく。お貴族様とは違うけど、きこりも大事な仕事だ」
ラウルの宝石みたいな瞳いっぱいに、俺が映っている。誰かと比べるわけではなく、名もなききこりにも継承していくものがあるのだと教えたかった。
「それ……は……養子じゃだめ? サクは自分の子供に伝えていきたい?」
「養子? うーん……ちゃんと世代を繋いでいけるなら何でもいいと思う。木は百年を超えるのもあるから」
どこか必死な様子のラウルが、馴染みのない言葉を持ち出してきた。養子なんて子供のいない夫婦や、金持ちの慈善事業でとるものだと思っていた。
「俺が普通に嫁を取って子供が生まれたら、別に養子なんて取らなくてもいいだろ?」
ラウルがやけに必死なのが不思議だ。俺が嫁を取ったら捨てられると思っているのだろうか。
「昔はいくつもきこりの家があった頃があったらしい。俺が嫁を取ったら、ラウルにはとっておきの木を切っていい家を建ててやる。出て行けなんて言わないから安心しろ」
「家からは追い出すんじゃん……」
「この家は古いから、新しいほうがいいだろ?」
「サクのばか」
「えぇ?」
そりゃ、ラウルに比べたら頭が悪いだろう。今の会話のどこにばかと言われなきゃならない理由があるのかわからない。
「お前の家のための土地なら目星をつけてるし、町のほうのゴタゴタが落ち着いたら大工を雇って建てて貰えばいい。……いつ頃落ち着くかな……」
「とうぶん落ち着かないよ。ロウヤー王家がなくなるまで」
「王家がなくなる?」
しまったという顔でラウルが黙る。王家がなくなったらどうなるのか。別の人間が王になる?
……もしかしてラウルの親父さんか?
この国がラウルの家に乗っ取られるということだろうか。普通のきこりには現実味のない壮大な話になってきた。
「山に引きこもってるんだ。誰にも言えない。ほら、言えよラウル」
ラウルは逡巡してから、俺の想像が当たっていたことをぼそぼそと語りだした。
「僕の家は辺境伯なんて言われているけれど、昔は一つの国だったって言ったよね。強い自治権が認められているから、大人しくしていたんだけど……祖父が独立を目指しはじめたの。父も遺志を継いでいて、ロウヤー王家があまりにお粗末なら乗っ取りもいいなんて言っていたから」
「そんなことをお前の前で言っていたのか?」
「……フローリアは捨て駒だから。僕は嫡男だったけれど、父の望むような強い男じゃなかったから、王子の申し出が渡りに船だったみたい。弟は幼い頃から好戦的で、父によく似ていた」
ラウルを王子の婚約者にして、あとは王子がやっぱり男は嫌だと言えば攻める口実になったということだと、淡々と言われた。傷ついて道端に倒れていた日を思い出す。あれが父親の望んだ姿だったのか。
「ラウルの親父はクソだな」
「領主としては、領民のことをいつも考えているいい人だよ。家族より仕事が大事なだけで」
「俺みたいな庶民にはわかんねえ。ラウルは俺の弟だ。兄の俺が絶対に守ってやる!」
身長は越されてしまった。顔も頭だってラウルの方がずっといい。それでも、普通の生活をするのに顔が良すぎるのはそんなにいいことじゃない。ラウルを利用したい奴も出てくるだろう。俺以外の人間と接していないラウルは、そういうのを知らない。
「うん。守って、サク。でも僕も男だからサクを守りたい」
「家族は助け合うもんだ」
「だよね!」
ずっと兄弟が欲しかったから、守るべき弟ができたことが嬉しかった。




