拾った悪役令嬢にはアレがついていました 3
令嬢は実際頭が良かった。俺の生活をいち早く理解して、貧しい食生活にも文句を言わなかった。
風呂だけは毎晩入りたがって、二度目からは服を脱いで入ってくれと言ってしまった。
「サク、私が男なのに女のふりをしているのをどうして気付いたの?」
サクは俺の名前だ。なんて呼べばいいか聞かれたから教えた。令嬢はまだ名乗っていない。
「あ、何となく。声も低いし、その、胸もないし」
まさか寝ている間に下半身をあらためましたとも言えない。慌てて言い訳をすると、そっと両手で胸を押さえた。とても仕草が可愛い。王子は男だって知らなかったのに、どうしてこんな美人を手放しちゃうかなぁ。頭もいいし、王妃様にも向いてそうだ。
「そうでしたか。それなら、サク、私の名前はフローリアじゃなくて、本当はラウルと言うの」
「ラウル、いい名前だ」
「ありがとう」
ラウルが言うには、年は手配書通りの十四だという。今は美少女で通じるけれど、きっとどんどん大きくなって男らしくなっていくんだろう。成長したらとんでもない美青年になりそうだ。この国の貴族は体格がいい人間が多い。
「サク、私はあなたにお礼をしたいけれど、何も持っていないの」
「仕事手伝ってくれたらいいよ」
たった一日しか経っていないのに、他人がいる生活が楽しくなってしまった。俺はずっと寂しかった。
「ふふありがとう。頑張るね。私ね一つだけ、男だから必要のないものがある。これを町で売ればそれなりのお金になると思うの」
そう言って、ラウルは綺麗な淡い金色の髪を掴んだ。確かに男で髪を伸ばしている奴は少ない。ラウルがフローリアだとわからないようにするためにも、髪を切ってしまうのはいい考えだ。
「大事なものじゃないのか?」
「これはフローリアとして生きなければならなかった私の証明みたいなものだから、むしろ失くしてしまいたいわ」
「そうか。じゃあ切ろう」
「ええ」
特別な手入れをしなくても縦に巻かれる髪は珍しい。俺はひと房ずつ手に取って、丁寧にナイフで切っていった。
「頭が軽いわ」
「そうだな。あとはその話し方をどうにかしないと」
「あ、そう、だな?」
「わざとらしく男みたいにしなくても、無駄な言葉を言わないようにしたらいいんじゃないか?」
「う、うん」
髪を切ったラウルは頭を振ったり、髪の断面に手を触れたりして楽しそうにしている。俺の粗末な服にも文句を言わないし、嫁にはできないけれど、同居人としていてもらうぶんには楽しそうだ。
殺しても死ななさそうだった父は、母が風邪をこじらせてあっけなく死んで次の冬に同じような風邪をこじらせて死んだ。お前は成人しているからもう大丈夫だなんて、勝手な言葉を言い残して。
父が死んで一年も経っていないから、俺はひたすら寂しかった。嫁が欲しかったけれど、町で見かける女性をどんな性格かわかるほど人間関係の経験値も低い。
そんな俺だけど、ラウルが悪いやつじゃなのはわかっている。貴族なのにボロい服にも不味い飯にも文句を言わない。仕事だって手伝うと言う。
今はみんな手配書の物語に夢中だから、人のいるところに出かけていったら石を投げられるかもしれない。二、三年もしたら男らしくなって、悪役令嬢フローリアと分からなくなるだろう。
それまでは、この山奥で静かに生活したらいい。
「ラウル、とりあえず俺は服を買ってくるから、今日はゆっくりしていてくれ。暇だったら、えーっと、これ! これは薬草だから、よく揉んで怪我したところに貼り付けておくといい。足痛いだろう」
「サク、ありがとう。お……言葉に甘えて、今日はゆっくりさせていただ、く、ね」
「ああ。いってくる」
「いってらっしゃい」
送り出す言葉を聞くのはどれぐらいぶりだろう。
それだけのことが嬉しくて、俺はとっておきの山の素材を握りしめて町に向かった。
俺の出入りする町ダラーは、王都から街道沿いに一つ目の町だ。王都から近いけれど規模が小さいのは、もう少し街道を進んだところに大きな街があるからだ。旅をする人間は一日で進めるもう少し先の街まで行く。
中途半端な位置のダラーだが、日帰りで王都に行ける上に町の規模が小さいから税金も低めで人気のエリアだ。王都でひと山当てようとして出てきた人間が、田舎に帰らずにダラーに定住することも多い。
俺が出入りしているのは、ダラーの建材屋だ。木材の発注があれば、森の中の良さそうな木を見繕って建材屋の運搬人を呼ぶ。俺がやるのは木を切って運搬人に引き渡すことだ。
建材の注文がないときは枝打ちした端材を薪として建材屋に運ぶ。山で偶然に見つけた珍味の山菜や茸、薬草や原石もそれぞれの買取屋に持ち込むこともある。
身なりを整えることに興味がないだけで、木こりは生活に困らない。ラウル一人ぐらい養うことなどわけないのだ。
ラウルの髪を売るのは嫌だったから、隠し場所に髪は置いてきた。レアな素材や金はいつも山奥の岩の中に隠している。髪の代わりに前に見つけた紫石の原石を持ってきた。砕いて磨けばたくさんの装飾品が作れるだろう。
父には嫁を迎えたくなったときのために取っておけと言われたけれど、とうぶん嫁はいらないから構わない。
換金してずっしりと重くなった財布を持って服屋に向かう。いまは俺とラウルの体格に大きな差はないが、成長期のラウルは大きめの服も必要になるだろう。
自分にいいサイズからひとまわり大きいものまで、いつもより小綺麗に見えるものを手に取った。
「サク、あんたはもう十八なんだから育たないと思うよ!」
「うるさいな! 父さんは二十歳過ぎても背が伸びてたって言ってたから俺だって伸びるさ」
「あははは! まあ買ってってくれるならいいけどね!」
やっと女の子の目を気にするようになったのと、ニヤニヤしながら服屋のおかみが服を見繕ってくれる。
おかみには顔を合わせるたびに、顔は悪くないのにその格好じゃ女の子に見向きもされないよと言われていた。おかみが鬱陶しくて余計に服を買わないでいたんだが、ラウルの服がない以上避けては通れない。
他にも店はあるけれど、安くて丈夫な服はここが一番なんだ。古着でもほつれを直したり縫い目を補強してくれている。そのぶん少し高いが、長持ちするから裁縫できない俺には有難い。
「せっかくだから着ていきな」
「面倒だ。包んでくれ」
今のサイズの服を上下四セット、大きめサイズを上下二セット買った。まだ寒い季節ではないから、かさばらなくて楽だ。
それだけ買っても残る金で、調味料と食材を買う。
重くなった荷物にいい気分で家に帰ろうとして、町の掲示板を見に行った。
この国は最低限の教育として子供が十になるまでに読み書きまで教えているから、国のお触れは町の中心の掲示板に貼られるんだ。
掲示板には変わらず悪役令嬢の手配書が貼られている。希望者は町長の家に行けば手配書を貰えるとも書いてあり、みんな掲示されてすぐに貰いにいった。紙も本も貴重品だ。
二日やそこらで内容が変わるわけないと思いながら、悪役なんかじゃないのにと悔しい気持ちも湧いてくる。これのおかげでラウルがうちに来たんだろうが、裸足でこの町の外れに倒れていたと思うと怒りが湧く。
王都を放り出されて、途中で石を投げてくるやつから逃げて……うん、やった奴のケツに石をぶち込んでやりたい気持ちよくわかる。ラウルが挫けなくて良かった。