拾った悪役令嬢にはアレがついていました 2
翌朝、俺よりも遅く目が覚めた令嬢は開き直っていた。
「拾ったからには面倒を見るのが人情でしょう」
強気な言葉とは裏腹に身体は少し震えているし、腹も鳴っている。顔はやっぱり滅茶苦茶綺麗だ。どうしたらいいかわからない俺は、偉い人に対する態度を忘れてぶっきらぼうな対応をしてしまった。
「ああ、お貴族様のお口に合うかわからんが」
寝台で上体を起こすのも辛そうだが、飯を食べるためには起きていてもらわなきゃならない。令嬢は薬草の味を紛らわすために濃い味をつけた具沢山スープを、無言で全て食べきった。味はともかく栄養満点だからほっとする。拾った以上すぐに弱って死んでしまったりしたら寝覚めが悪い。
「落ち着いたら服を替えろ。俺のものしかないが、洗ってあるから」
死んだ親父の一張羅のシャツを渡すとじっと俺を見て黙っている。
「なんだ? 着替えろって言ってるんだが」
「着替えるところを見ているの?」
今にも変態と叫ばれそうな言い方にむっとする。男の裸なんてどうでもいいのに、美少女にしか見えない顔は確かに着替えを見るのは悪いことのような気がする。
俺がこの家の主なのに、一室しかないから部屋を出ることは家を出ることになるのが何とも言えない。
仕方なく、外に出たついでに湯を沸かしてやることにした。
家の外に簡易の風呂場があるから薪を大量にくべる。水はすぐ近くの崖から常に流れている水に樋をかけるだけで入れられる。
父が母に嫁に来てもらうために作ったという風呂は、水を入れるのも簡単で沸かすのも簡単という優れものだ。この立地でしか通用しない仕掛けだから、山奥でも知人がたまに入りに来てくれて一人の生活でも寂しくない。
湯加減が良くなったのを見計らって、家に戻る。
「入るぞ」
「あっ」
家に入ると、床に落ちている汚れたドレスと、ぶかぶかのシャツの袖を持て余した令嬢がいた。似合わないだろうと思っていたが、似合う似合わない以前にやけに胸がぎゅっと絞られるような感覚に襲われる。俺の服を着た令嬢は、男のはずなのに庇護欲を掻き立てられる。
いやいや大きい服を着ているから子供のように見えるだけだ。服を脱がせて風呂にぶち込めばこの錯覚も覚めるはず。
「サイズが合わない」
「袖は捲ってやるし、腰のところでベルトをしたらいいだろう。それより、風呂が沸いたから入るといい。疲れも汚れも落ちる」
「風呂……?」
「来い……って歩けないのか。よいしょ」
「きゃっ」
…………。
仕草が完璧に令嬢なんだが、これは男なんだよなぁ……。
俺は小柄なので令嬢と大きな体格差がない。だが筋力は全然違うから令嬢を抱えることができるんだが、抱えられたほうは不安に感じるようでぎゅっと首に抱き着かれた。やっぱり胸はない。でもいい匂いがする。こんなに薄汚れているのにどういうことだ。お貴族さまは普通の人間とは種類が違うのか。
「ほら、風呂だ。湯加減は見てあるけど、熱かったらその樋を動かして水が湯舟に入るようにすればいい。ぬるかったら俺に言えば火力を強くしてやるから」
「……あ、う、うん」
当然のように服を脱いで入ると思ったのに、令嬢はシャツを着たまま風呂に入ってしまった。貴族ってそうなのか!? まさかそんなことをするとは思わず、止める間もなかった。
風呂の中の段差に腰を掛けた令嬢は、ほうっと息をついた。頬の血色がよくなり、化粧をしているように色づいた。派手好みでけばけばしい性格の悪い女だと手配書には書いてあったが、顔立ちがくっきりしているから派手に見えていただけなのではないだろうか。
「……私が何者かは分かっているの?」
「手配書の悪役令嬢、フローリア、様だっけ」
「なにそれ」
俺は家に戻って、全世帯に配られた手配書を令嬢に見せた。じっとそれを見た令嬢がぶるぶると震えだす。
「あのクソ王子! 私がどうしてこんな格好で生きてきたか忘れて!!」
「なんで? 令嬢、男だよね」
風呂でかなり回復した様子の令嬢は、憤然と風呂から出てくしゃみをした。俺は慌てて家にもどって最後の着替えを差し出した。父の一張羅は濡れてしまったから、本当に粗末な服しかない。こんなことなら、先月の市場で悩んでやめた古着を買っておけば良かった。
文句を言うかと思った令嬢は黙ってそれを着た。父のシャツよりはサイズが合っている。俺が小柄なのはまだ育つ予定だからだ。もう十八になるが、父が大きな人だったのにここで成長が打ち止めだなんて認めたくない。
「私はこの国の第一王子の従兄弟にあたるわ。あいつの我儘に振り回されて一生を棒に振ろうとしている可哀相な男よ」
「我儘?」
「あいつが私と結婚したいって子供の頃に言いだしたせいで、私は女として育てられる羽目になったの」
なんか可哀想な話になってるぞ?
顔がいいのが良くなかったのだろうか。顔が良ければ勝ち組になれそうだけど、人には色々な苦労があるものだな……。
「でも男なんだから子供産めないじゃないか。結婚できないだろ」
「血筋的には正妃になれるし子供を産まずに終わる妃がいなかったわけじゃないから、うちの親は側妃を取らせて後継ぎを作らせればいい程度に考えていたみたいね」
「そんな無茶な」
「でしょう? そろそろ同年代の中でも体形に差が出てくるから私も限界だと思っていた。どこかで王子がよその女に懸想してくれたらちょうどいいし」
「聖女様」
手配書の物語によると王子様と聖女様は相思相愛なんだったか。婚約者がいるのに、王子様も聖女様も惹かれあってしまったってことか? 王子様は気が多い方なんだろうか。
「そう、あの女が王子に近づいてきた時は渡りに船だと思った。でもあまりに貴族の常識を知らなさ過ぎて、どうにか礼儀作法だけでも身に着けさせようとしたのに、私が悪者扱い。あの女は聖女なんかじゃなくて娼婦みたいだった。王子はボンクラだからごまかせていたけど、有力貴族の男とあちこちでイチャイチャしていて最悪」
あー、町でもそういうタイプの女はいる。見た目が清楚なほどやばいっていうのは、結構言われる話だ。だから庶民の堅実な男は、一生を共に過ごすのにいい相手を見繕う。身の丈ってやつだな。
そりゃ美人のほうがいいけど、他の男に取られる心配をずーっとして生活するのは辛い。そこそこのほうが人生気楽だ。
「その聖女様もどきに負けたんですね」
「…………そうよ。ああ腹が立つ!! 婚約破棄されても、領地に戻って弟の補佐で余生を過ごしたかったのに、身分剥奪の上石を投げろ!? こんな国滅びてしまえばいい!」
「ちょっ、ちょっと待って」
「大丈夫よ、滅びると言っても庶民の生活に大きな差はないから。王様が変わるだけ。王族なんて王宮でふんぞり返ってなきゃなんの力もないんだから!!!」
よくわからないけど、令嬢は頭が良さそうだなぁと思った。