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拾った悪役令嬢にはアレがついていました 10

 

 神殿用の木は百年を超える木を使う。切った時の木目が美しく、節などがない木だ。斧の入れ方も気をつけなければならない。

 木を倒す向きを考えながら、手入れした斧をコツコツと当てていく。一気に倒そうと力を入れすぎると思いもよらない方向に倒れるといけないし、半分だけ斧を入れて残りは明日なんてことは危なくてできない。


 明日は強い風が吹くかもしれない。思った方向に倒せなければ、木を諦めなければならないかもしれないのだ。木は山の斜面に生えている。安全に運ばなければ意味がない。自分の命を危険に晒すことはしない。

 代々管理している木々は全て、倒したのちの乾燥までの流れが計算されている。倒す方向が違えば切り出しから運搬ができない可能性がある。


 倒した木は適度な長さに切って、丸太をいくつも並べた林道を引きずっていく。これには馬の力を借りる。運搬用に一頭だけ飼っている馬は、力の強い頼りになるやつだ。

 木材は一年以上の乾燥を経てやっと材料として使えるようになるから、そろそろ切っておいたほうがいい木をまとめて乾燥している。注文が入ったら、乾燥済みのものを木材として出すのだ。売れなかったら風呂の薪にするから無駄はない。


 天気の良い朝、ラウルと神殿用の木を育てているエリアに向かった。


「立派な木……」

「だろ? じいちゃんのじいちゃんの時から育ててるって聞いてる。やっと出番が来たぞ」


 木を撫でながら、真っ直ぐに美しく育った木を見上げる。先祖代々綺麗に育つように枝を打ち、林の風通しを良くして虫がつかないように手入れをしてきた。


「ラウル、お前が斧を入れろ。見ててやるから」

「いいの?」

「ああ、お前の初仕事だ」

「はい!」


 まだ無駄な力が入るラウルの後ろ姿をじっと眺める。重心を低く保ち、俺に教えられたとおりに丁寧に斧を振っている。いまは涼しい季節だが、ラウルの背にうっすら汗が滲み出してその身体のラインがくっきりと浮き出てくる。

 広くなった背中には筋肉がついて、斧を振るたびにしなやかに動く。

 汗が落ちてこないように布を頭に巻いているから、ふわふわの金髪は見えない。真剣な横顔に可愛らしさはなく、男らしくて魅力的だ。


 こんなに立派な男なのに男の俺と結婚したいなんて、刷り込みとは恐ろしいものだ。

 この木を納品したら、しばらくウードのところに置いてもらうのもいいかもしれない。俺は寂しいけれど、ウードのところは色んな人間を雇っている。

 ラウルは頭も良くて努力家で、見栄えもいい。話し方がおかしいのは、気が緩んでいる俺の前だけだろう。ウードとシテムの前ではどこからどう見ても完璧な男だった。


「よし、今度はこっちから、こういう向きに斧を入れて」

「はい」

「たまに上を見て、だんだんゆらゆらと揺れるようになるから、その動きに合わせて斧を入れるんだ」

「……はいっ」


 俺が指を指したほうを見て、ラウルが表情を引き締めた。言われた通りに斧を入れるだけでは一人前にはなれない。どうしてそういう風に斧をいれるのかを理解するには、やってみるしかない。

 ゆらゆらと揺れる木と、斧を振るうラウルの姿がいつまで見れるだろう。

 ずっとここにいてくれたら寂しくない。でも、やっと自由に生きられるラウルをここに閉じ込めるのは間違っている気がする。きこりしかできない俺とは違って、素直で覚えも早いラウルは何をしてもうまくやりそうだ。


「ラウル、もういい、少し離れて待て」

「え?」


 さらに斧を入れようとしていたラウルが、驚いたように俺を見て木から離れた。ミシミシと音を立てて木が予定通りの方向へ倒れていく。ドサッと大きな音を立てて倒れた木を、ラウルが食い入るように見つめていた。


「ほら、ぼさっとしてないで、これからが本番だ。今日中に乾燥場まで運ぶんだ。まずはいらない枝を落として、運びやすい長さに切る。言われていたより短くすると話にならないからな!」

「はい!」


 俺だってきこりとして熟練ってほどじゃない。子供のころから教わったといってもせいぜい十年ほどだ。なのにラウルに教えて、自分がすごく偉くなったような気がしてしまう。これも、きっと良くない。いつか俺はできるんだからって気が緩んで大変なことをやらかしそうだ。

 自分の命なら自分のへまで失くす分には仕方がない。でも、それにラウルを巻き込むのは嫌だ。

 そっか、俺、自分が一人で残されて寂しかったから、ラウルにそんな思いをさせたくないだけなんだ。


 なんとか木をギリギリ運べる大きさに調整し、専用の荷台に乗せて馬に引かせる。方向転換や段差には人間が対応しなければならないから、かなりの重労働だ。きこりの仕事の中で一番大変な作業かもしれない。

 今はラウルがいるから、なんとかなっているが、これと同じだけの仕事を一人で受けるのは難しかっただろう。神殿からの依頼がそうそうあるとは思えないが、ラウルがいなくなったらウードに人を融通してもらわなければならない。


 木材の乾燥場まで木を運べたら、あとは置き方を工夫して風通しを良くして時間が経つのを待つだけだ。


「ラウル、お疲れさん。よく頑張ったな」

「サク……僕、きこりって名乗っていい?」

「もちろん。お前は立派なきこりだよ」


 頭の布を取り、首筋の汗をぬぐう。今日最後の日差しが、ラウルをきらきらと輝かせていた。すごく綺麗だ。


「サク?」

「乾燥してる間に、これからのことを話そう」

「うん」


 頭のいいラウルに話をさせると、言いくるめられてしまう。ラウルが望むならそれでもいいと思ってしまうけど、先のことを考えたら言いくるめられていてはいけない。

 だってラウルの知っている常識は貴族のもので、庶民の当たり前ではないんだ。


「ラウル、俺は普通に嫁さんをもらって、子供を育てて、子供のうちの誰かががきこりになってくれたら嬉しいんだ。お前に子供は産めないだろう?」

「子供は神殿に孤児がたくさんいる。子供のうちから引き取ってもいいし、神殿を出る年から預かってきこりの仕事を教えてもいい」


 性別を盾にするのは卑怯だと思ったのに、するりと解決法を示される。そんな手があったか……いやいやいやいや。


「し、仕事はどうでも、お前が他の誰かを好きになったら俺はどうしたらいいんだよ……」


 どう見ても選ぶのはラウルだ。きこりの仕事は安定しているけれど、町から離れた家に俺と二人きりの生活を喜んでくれる嫁なんてきっとすごく珍しい。


「サクしか好きじゃない」

「それは、お前が他のやつを知らないからだ」

「私だって、以前はいろんな人と関わっていたわ。何も知らない雛鳥じゃない」


 ぐっと肩を両手で掴まれて顔を覗き込まれる。気持ちと逆の体格差が落ち着かない。


「俺にとってはお前はいつまでたっても雛だ」

「……どうしたらわかってくれる?」

「半年、ウードのとこで働け。納品は二回ある。その間、町でいろんな人と関わって来い」


 取り繕うときは完璧に表情を作れるのに、今は全身で不満を訴えている。俺の傍を離れたくないと思う心は嬉しい。俺だって、ラウルがいるのに嫁が欲しいなんて思えないほどには、満たされてしまっているんだ。


「半年、町で働いても気持ちが変わらなかったら、結婚してくれる?」

「……真面目に考えてやる」

「わかった。頑張る」


 神殿への最初の納品の時、ラウルは木材と共に町に行った。










10話もあれば終わるつもりでしたが……終わりませんでした……。

あと少しですので、お付き合いいただけたら幸いです。

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