拾った悪役令嬢にはアレがついていました 1
道を歩いていたら、悪役令嬢が落ちていた。どうして悪役令嬢だってわかったかって? 手配書が回っていたからだ。
手配書には彼女が悪役令嬢になった経緯も絵物語としてついていたから、世間では無料の娯楽として大人気になった。題名も「悪役令嬢フローリア」だ。庶民にわかりやすいように物語にしたのだろう。
紙も本も庶民には高いものなのに、王子様は令嬢憎しの力で物語付きの手配書を庶民にばらまいた。おかげでみんな王子様のことも王子様のお気に入りの聖女さまのことも大好きだ。
話を戻そう。その手配書曰く、聖女さまを虐めた悪役令嬢フローリアを貴族社会から放り出すから、石を投げてやれってことだった。絵物語が事実なら悪役令嬢は同情の余地のない悪いやつだ。
だけど目の前に若い娘さんが泥だらけで、うつ伏せになって肩を震わせているのは違うんじゃないかと思った。可哀想だ。宝石や豪華なレースで飾り立てられているはずの悪役令嬢は、宝石もなく泥だらけのドレスに靴すら履いていない。
令嬢はすでに石を投げられたようで、あちこち青アザと血が滲んでいる。裸足の足はぼろぼろだ。女性にしては足がでかい。
庶民の俺に公権力に逆らうリスクは冒せない。だって俺まで手配されて石を投げられるのは嫌だし。
周りにひと気がないのを確認して、俺は近づいた。彼女は道端に転がる拳大の石を抱きしめるようにしていた。あんなでかい石をぶつけられたのだろうか。あんなのを気軽に投げられる人間はいないと思いたい。
「ふ、ふふ……あいつら顔覚えたからな……次会ったらケツにこの石ぶち込んでやる。うぅ、足が痛い」
「大丈夫か」と声をかけようとしたとき、低い声でボソボソ呟く声が聞こえた。紡がれた言葉の意味を理解した瞬間、俺は踵を返そうとした。できなかったのは、令嬢に足を掴まれたからだ。
恐る恐る掴まれた足を見ると、乱れた髪の隙間からギラギラと輝く宝石のような瞳が見えた。形のいい唇が笑みの形に弧を描く。
「ひっ」
「親切なお方、助けてくれますわね?」
足首が握り潰されそうな恐怖と、片手に石を抱いたまま俺を見上げる天使のような美貌に頭の中が大混乱だ。声は女性にしては低く、外れかけているチョーカーの下に喉仏が見える。手配書通りの令嬢のはずなのに、どう見ても男だ。
「お、俺の家は森の奥で」
「職業は?」
「きこりです」
「とりあえず連れて行って」
令嬢(?)の目が俺をカモだと言っている。取り繕うような令嬢言葉もなくなり、完全に下僕認定されている。
手を貸して立ち上がらせようとしたが、「この足で歩けって?」と言われて背負うことになる。いつも薪を背負っているから苦にはならないんだが、こんなぼろぼろなのに埃といい匂いが混ざっていて切ない。いい匂いだけど、身体はやっぱり男みたいで、俺よりは柔らかいが胸も尻も厚みがない。
俺の肩にかかる指先は真新しい傷でいっぱいで、しばらく歩いていたらぐっと重さが増した。眠ってしまったようだ。
手配書の物語が事実なら、悪役令嬢フローリアは十四歳。まだ十五の成人も迎えていないのに、石を投げられて歩けなくなるまで裸足で逃げ惑うなんて、たとえ男でも可哀想だ……。
山奥の家に帰って、一つしかない寝台にそうっと令嬢を下ろしたが目覚めない。
顔は完璧な美少女だ。淡い金色の髪は縦にゆるく巻いていて、同じ色の睫毛は長くやはり上向きにくるりと巻いている。手配書には、瞳は青みがかった紫とあったから、色合いも美しいのだろう。
胸はないが、十四という年齢を考えたらこれからという可能性もある。だけど声は低かったし……俺は思い切って令嬢のスカートをめくった。中に長ズボンのような下着をつけていたから、少し迷ってから股間に手を当てた。
「ある……」
こんな森の中に住んでいたんじゃ出会いはない。たとえ罪人でも優しくしたら嫁にできるんじゃないかと期待したのは仕方ない。平民のように髪を切り、粗末な服を着せたらわからなくなるんじゃないかとも思った。
でもこんな美形が髪を切るぐらいで隠せるはずもないし、何より男じゃ嫁にはならない。
「どうしたらいいんだこれ」
俺は悶々と眠れない夜を……過ごさなかった。いつでも眠ろうと思えばすぐに眠れるのが俺のとりえだ。