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一話目

「あのハゲいつか殺す」


しつこくセクハラをしてきた会社役員らしいオヤジの顔を思い出しながら呟く。

それは私以外の誰の耳にも届かずに夜明け前の少しひんやりした空気に溶け込んで霧散する。


アフター終わりの明け方、私は自宅へ向かって歩いていた。

タクシー代も自宅へ着くくらいは貰っていたが、少し歩きたい気分だったし貯蓄に回すことにした。


私、栗澤(くりさわ) 正美(まさみ)の職業はキャバクラ譲だ。


今日みたいに朝帰りになることもしばしばある大変な職業だが、頑張ればそれだけお金は貰える。


私の稼ぎは同僚に比べると良いわけでもないが、それなりにやり甲斐は感じているので続けている。


いつまでできるかわからないから、できるだけ貯蓄はしておきたい。


でも思うようにお金は貯まらないでいる。なぜなら、


「あ……」


思わず声を出た。公園のベンチ、そこに若い男が座っているのを発見したからだ。

ご飯を食べていないのだろうか、街灯に上から照らされたためにできた陰から、頬はこけているのがはっきり見える。


服も薄汚れているように見え、無精ひげが生えている。


フラットな状態で見ても決してイケメンではないだろう。

だが、その幸薄そうな横顔に、私は僅かに胸の高鳴りを感じた。


「あのー……こんばんわ。それとも、おはようございますかな?」


自然に私はその男に声を掛けていた。

私がお金が貯まらない理由。それはこういうダメな男に惹かれてしまうことだ。




一日の汚れを洗い流し、お風呂に浸かる。

幸せを感じるランキングで常に上位にいる大好きな瞬間だ。


「はぁ……」


気持ち良さから漏れた声が風呂場に反響するのを感じながら、拾ってきた男のことを考え始めた。


帰り道の途中でコンビニに立ち寄り、彼のリクエストである牛丼を購入した。

今頃は食べ終わってくつろいでいるところだろうか。


最初に風呂も提案したが、余程お腹が空いていたのか、彼が食事を最初に希望したために私が一番風呂にありついている。


もし彼がお金になりそうなものを物色していたらどうしようか。


知らない男を逆ナンして連れてきたのだ。何をされても私への非は大きい。

実際そういう目にあったこともあるし、後悔もした。

だけど、この特殊な嗜好は変わらなかった。


最悪、殺されたりする危険もあるんだろうな。

そんなことを考えて少し背筋が凍った。その瞬間、


ガチャリ


風呂場の扉が開く音に心臓が跳ね上がる。


そこに男がいた。物音を立てないようにゆっくりと風呂場に入ってくる。

たった今頭に浮かんでいた恐ろしい想像から、男の手元を見るが、凶器らしきものは持っていない。


素手による撲殺もあり得ないことはないが、性的な意味で襲いに来たのが正解だろうか。

それを想像すると少し胸が高鳴る。


仮説を2つ展開したが、彼の行動はどちらにも当てはまらなかった。

扉をそっと閉じると、壁に背を預け、こちらを凝視してきたのだ。


腕を組み、上から下へ舐めるような視線で浴槽の中の私の裸体を観察する。

そういった状態が数分続き、やがて彼は何事もなかったかのように風呂場から去っていった。



『都内の行方不明者は300人を超えました』


テレビの中のキャスターが眉間にしわを寄せて言う。

最近、毎日のように行方不明者が出ている物騒なニュースが報道されている。


私も一歩間違えばそうなっていたかもしれないな。

風呂に侵入してきても何もせず、普通に牛丼と風呂をいただき、同じくテレビを見ている男を見て考えた。

血色の良くなった肌は、元カレが置いていったシャツや寝間着に包まれている。


「ねえ、アレって何だったの?」


お互い名前も知らかったので自己紹介から始めたかったが、私は最初に聞かずにはいられなかった。


「? アレって何すか?」


すると、男は何も心当たりがないように疑問で返した。


「お風呂場のこと」


「え?」


「急に入ってきたじゃん?」


「え? え~……」


男は思考を巡らす仕草をすると、


「……えぇええ!!!」


驚愕の声を上げた。


「も、もしかして、僕の姿見えてました?」


「は?」


「あああ~。やっぱりそうなのか~……。どうりで目が合うな~、と思ってた……」


男はそう言うと、はらはらと涙を流し始めた。


「だ、大丈夫?」


「ぐすっ……大丈夫っす……」


声を掛けると、男は溢れ出す涙を腕で乱暴に拭きながら答えた。


「ごめんなさい。なんというか、苦楽を共にした戦友と別れたような感覚なんです」


「はぁ……」


男のよくわからない言葉に対し、私は生返事で答えた。

なんとなく慰めるように頭を撫でてあげると、やがて彼の呼吸は落ち着いていった。


「お姉さん、改めましてこの度は拾っていただきありがとうございました」


次に彼の口から出た言葉は感謝だった。


「いえいえ、私が好きでしたことなので」


「それでもありがとうございます! 遅れましたが、僕は大谷(おおたに) 次郎(じろう)と言います」


「私は栗澤正美。よろしくね次郎君」


図らずも自己紹介ができた。

相手から名乗ってくれたのは少し嬉しい。いつまでも行動してくれないダメ人間でも、それはそれで好きだけど。


「正美さん、お風呂に急に入ってきたのに、黙っておっぱいを見せてくれてありがとうございます!」


「ああ、うん……」


次郎の真っ直ぐな言葉に少し気恥しい。素直なバカといったところだろうか。


「そんな優しい正美さんになら打ち明けたい! 僕の話を聞いていただけないでしょうか?」


「うん、良いよ」


「実は僕、デスゲームの生き残りなんです!」


人生相談かと思って軽く返事したら、妙な話が返ってきた。




彼の話によると、どこかの金持ちのボンボンが神様の気まぐれで力を与えられて、一般人を巻き込んだゲームを主催したらしい。

ミッションをクリアすることで貰えるバッジを集めると、ゲーム終了後に金銭と交換できるというものだった。


横取りも自由で、相手を殺してしまっても、主催者の力でもみ消すことが約束されているため、まさにデスゲームとなってしまったようだ。

参加者には全員、固有の特殊能力が与えられ、そのため殺し合いも激化していったとのこと。


「僕の能力はスニーク。透明になって自分の姿を消すことができる能力だったんです」


「なるほどねー」


彼の話に、妙に合点がいった私は素直に返事をする。

そんな私の行動に、彼はおそるおそる尋ねる。


「あの……、本当に信じてくれるんですか? 自分から切り出しといてなんですが、かなり荒唐無稽な話かと思うんですが……」


「そりゃ信じがたいけど、あんな堂々とした覗きを考えると納得しちゃう」


「お恥ずかしい!」


照れながら顔を覆い隠す次郎。


「てか、かなり堂に入っていたんだけど。やっぱり常習?」


「……お恥ずかしい」


「どんなことしてたの?」


「……お恥ずかしい」


「おい」


次郎はかなり言いづらそうにしていたが、根気よく詰め寄ると、毎日のように大衆浴場に行っては女湯覗きをエンジョイしていたという犯罪行為を吐露した。


「だって! 血で血を洗うデスゲームですよ! すさんでゆく僕の心へ唯一の癒しだったんですよ!」


必死に自分の行為を肯定しようとする次郎。

許される行為ではないが、そんな能力を持っていたらやってしまうんだろうなぁ、とは想像できる。


ふと、テレビが視界に入った。また都内の行方不明者のニュースをやっていた。

意識がそちらへ向かっていったのを察した次郎が話し始める。


「これからまだ増えますよ」


やはり、この大量の行方不明者はデスゲームに関係あるようだ。


「参加者が1000人くらいいたのに一割弱しか生き残らなかったので、計900人くらいの行方不明者になると思います」


その数字にゾッとする。それだけ多くの命が失われた凄惨なゲーム。

そこで生き残った彼は凄い人物なのだろう。透明になって逃げまわっていたであろうことが想像できるが。


「ねぇ、そのゲームについて詳しく聞かせて」


「わかりました」


私の要望に次郎は応え、事細かに話してくれた。


彼が不殺を信条とする、ザ・主人公みたいな人の団体に所属していたこと。

ゲームを終わらせるために多くの戦いがあったこと。

最後は参加者に紛れていた主催者を追い詰め、


「惨めにも這いつくばって逃げようとする主催者を、リーダーの太陽さんは紅蓮に燃える右腕で抑え込み、『殺されたくなければゲームを終わらせるんだ!』と叫びました。これにより、めでたくゲームはその場で終了と相成りました。おしまい」


「おおー! やったー!」


一時間を超える長編だった。それでも私を飽きさせることなく、ノンフィクションとは思えないほどメリハリのある素晴らしい大作だった。

思わず歓喜の声と共に、パチパチパチパチと惜しみのない拍手を送る。


「いやー、良かったよ~。色々悲しいことがあったけど、最後には太陽君も報われて」


「そ……そうっすね……」


私の言葉に次郎が歯切れ悪く言葉に詰まっている。

ご飯とお風呂効果で血色が良くなってきたのに、顔が青白い。


「聞いてくれてありがとうございました。なんか参加者以外の方と共有できて心が少し楽になりました」


そういう彼の顔色は戻っていた。人間そんなにコロコロ変わるものだろうか。


「……」


「正美さん?」


「え? ああうん、それなら良かった」


考え込んで返答しない私を不審に思った次郎が話しかけてきた。

私は実験してみることにした。


「それにしても太陽君は凄い人だね! 最後まで不殺を貫くなんて!」


「そうですね! いやー、僕も『この偽善者が!』とかずっと思っていたんですけど」


私の大袈裟な言葉に次郎が反応。だけど、様子は変わらない。


「でも次郎君も凄いよ! こんな理不尽なゲームで生き残ったんだもん!」


そう言ってパチパチパチパチと拍手を送る。


「あ……ありがとう……ございます」


顔面蒼白で答える次郎。

私は拍手の瞬間、彼の体がびくっと跳ね上がるのも確認していた。


「……」


「……」


パチパチパチパチ


びくっ


「……」


「……」


パチパチパチパチ


びくっ


「……」


「……」


「……」


「……」


パチパチパチパチ……


「もうやめてください!」


彼はそう叫ぶと、部屋の隅っこでガタガタと震え始めた。

しまった、遊びすぎた。


「えと……ごめん。反応が面白くて」


「趣味悪いっす!」


おいでおいでー、と数分招いていると、数分後しぶしぶ近寄ってきた。


「なんでそんな反応しちゃうの?」


「これは、トラウマ……だと思います」


「トラウマ?」


「はい……。デスゲームに設置型の爆弾の能力者がいたんです。そこかしこに地雷のように爆弾を設置して、拍手を合図に爆発させるんです」


話しながら思い出しているのか、次郎は体をガタガタと震わせる。


「ですから、拍手を聞くと爆発を思い出すんです。何人の仲間がやられたか……僕自身何度危ない目に遭ったか……! 奴の爆弾によって人の血や肉片やらが吹き飛ぶのが脳裏に焼き付いて……」


「ああ! ごめんごめん!」


カチカチと歯を鳴らす彼に、慌てて手を伸ばす。

頭を優しく撫でると、徐々に表情が和らいできた。


「……ありがとうございます」


「いや、こちらこそごめんね」


やがて落ち着きを取り戻し、次郎はゆっくりと語り始める。


「その爆弾の能力者は、最初こそ敵でしたが、リーダーの太陽さんの不殺の信念に感銘を受け、同じ団体(クラン)のメンバーになりました。仲間にいればとても心強い人でした。僕も何度も助けられましたし」


「そうだったの……。不快な質問だったらゴメンだけど、その人は今は?」


「……存命です。賞金も相当貰ったはずですし、肥えた体をさらに育てているでしょう」


「太った人なの?」


「かなり肉付きは良かったです。ガッチリもしていました、元自衛隊とかで」


「へー……」


「確か……あの人は結構賞金を貰っていったんですよね。二億くらいだったかな」


「二億!?」


流石、命をかけたゲーム。それぐらいもらわないとやってられないだけど、果たして命を張るのに見合う額なのだろうか。

次郎は急に眉をひそめ話始めた。


「でも、何か最後に変なことを言ってたな」


「変なこと?」


「はい、二億の使い道について、マグロ一匹分にしかなりませんね……とか」


「マグロ一匹?」


マグロの相場はよくわからないけど、一匹まるまるでもそんなに高いはずがない。


わかる人にはわかる洒落なのかな。

なんとなくそう結論付けると、テレビが視界に入った。


企業を紹介する番組がやっていた。弊社はこのようにして成功しましたとか、私にとってはどうでも良い内容が流れている。


「あ!!」


急に次郎が大きな声をあげた。


「この人です! 爆弾の能力者!」


「え?」


次郎が指をさすテレビの中の人物は、板前の格好をした恰幅の良い男性だった。

ニコニコとインタビュアーの質問に答えている。


「あれ、この人有名人じゃない? 見たことある」


「そうなんですか? 僕はあまりテレビとか見ないからわからないんですよね」


私は頭の片隅に記憶しているが、彼に心当たりはないらしい。

誰だっけなー。


『今回の初競りで、また最高額を超えましたね』


『そうですね。かなり財政的には厳しいですが、皆さんに喜んで頂きたい一心なので』


テレビの中で、インタビュアーの言葉に、どこぞの会社社長が答える。

そして、次に遷移したのはデカデカと『史上最高額 1億9650千万円で落札!』というテロップと共に、社長と大きなマグロの2ショットに切り替わる。


「あー!!」


その映像から思い出した。有名すしチェーン店の社長だ。


「有名な人なんですか?」


「私も詳しくないけど、毎年高いマグロを落札してちょくちょくニュースになっているし、CMやっているから顔を知ってる程度だけど……」


そのCMが頭の中で再生される。


あれ? もしかして拍手って……。


『では、そろそろお時間となります。社長、いつものよろしいでしょうか?』


『はい、それでは……』


テレビでは締めの挨拶に入っていた。

インタビュアーに促され、社長はテレビを正面に姿勢を正す。そして、両手を大きく左右に広げると、


『いよっ!』


パンッ、と豪快な柏手一発。


『すしばんざい!』


そう言って、手の平を上にしつつ、左右の腕を大きく広げた。

CMでよく見るフレーズと動作だった。


次郎を見ると、青白い顔に仕上がっていた。


「これっす! ただ拍手すれば良いだろうに、なぜかこのポージングと笑顔で爆弾を起爆させていってたんです!」


半泣きで叫ぶ次郎。


さっきまでのデスゲームの話を思い出すと、この営業スマイルがとても恐ろしいものに見えてきた。



只の拍手がトラウマとなってしまった次郎。


今より未来、新型のウイルスが蔓延することにより会話や声援が制限され、

スポーツ観戦等では拍手がメインとなってしまい、より生きづらい世の中になっていくことを彼は未だ知らない。

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