記憶
マーちゃんの事故の日、それを私は鮮明に覚えている。それはひどい雨の日で、私たちは村唯一のバス停からレインコートを着て走って帰っていた。バス停は村の中でも比較的山間であるため、雷のある林道を抜けるより山沿いの小道のほうが安全であると、そう判断したのが悪かった。
土砂崩れだった。何が何だかわからないうちに視界が消えて、気づけばマーちゃんが見えなくなっていた。土砂崩れというのは近くで巻き込まれた場合はまず助からないと村民から繰り返し聞かされていたので、こんな人の少ない村ではもう諦めるほかなくなってしまうだろうし、雨もますます強くなる。
何をどうしようとマーちゃんを助けるには今飛び込んで探すしかなかったと今でも思う。
私は迷うことなく土砂の中へ飛び込んだ。瞬間までいっしょにいたわけだから、当てがないわけではなかったが、いざ飛び込むとなると肢は取られるし、思っていたより探り当てるのは困難であるように思えた。
そうこうしている間に雨は信じられない程に強まっていき、土砂はいつの間にかもう一度崩れるかのように地鳴りを起こしている。
まず思い浮かんだのは両親のことである。母は友人を助けるために死んでいく私を許してくれるだろうか。出戻りで農家をしている両親に良い思いを抱かないものも村の中には多い。ここでマーちゃんを死なせてしまったのなら、どのみち親の立場というのはますます難しくなるのだろう。対して私が死んでも、よそ者のやんちゃな子供が一人いなくなるだけなのだ。ましてマーちゃんを危険にさらしている張本人なのだから。
この犠牲は「本当にいいこと」だから。二人は私の死を許すだろう。と信じるほかに私にできることは無かった。
そしてマーちゃんのことを思った。友である彼女に嫉妬の念を抱かない日はなかった。彼女はいつだって村中のみんなと笑えていたし、私とは違う、そばかす一つない綺麗な白い肌もきれいなソプラノの声も。何ひとつとして私にはなかった。
でも友達だ。彼女はどうしようもなく私の大好きな友達だったのだ。
私は今正しいのだろうか。こんな汚い感情を無視して命を懸けて友人を助けることは「いいこと」なのか。それでもやっぱり私は彼女を助け、許してくれると信じるしかないのだ。
指が痛くなってきて服が濡れて体が重くなって、それでも探すうちに彼女のものらしき財布が見つかったので掘り進めると彼女の姿があった。喜びと同時にあたりを見て絶望した。土砂が完全に崩れかけていたのである。瞬間様々な思いが駆け巡ったがすぐに消えていった
友人を抱きかかえて死ぬ。それは私には最も幸せであろうと、私はまた私を欺いた。