マーちゃんとの宴
家に帰るともう大方の夕食が出来上がっていたので、私たちは手伝いをすることもなくそのままリビングに行ったのだが、一つ驚いたことに父親が組合の仕事から帰ってきていた。
今日は帰らない予定ではなかったのか。そう問いただすと、あーともうんともつかない微妙な相槌でかわされてしまった。父はオカルトとかそういう類のものが嫌いだったはずなのだが、私がおかしくなったとでも感じたのだろうか。父の頭髪は大きく乱れており、服だっていつも帰ってきてすぐの仕事着である
果たして目の前の食べ物がかってに動くのを見ても同じことが思えるのか、と内心ほくそ笑んでいると父が口を開いた。
「なあ、おまえは……」
すると母が勢いよく歩いてきて
「お父さん、バカなこと考えないで」
母はどうしようもなく焦っているように見えたし、よく見れば悲壮ともとれる表情をしている。私のいないところで何かしらの衝突があったようだ。
私はというと、そんな両親のそぶりに少し苛ついていた。せっかくマーちゃんが我が家に来てくれたのだ。他でもない私の家にである。いつもであったらどんなに忙しくったって、子供相手であったってお客様にこんなやり取りは見せたこともないのに、ただ見えないというだけでここまで慌てふためく両親を私は見たくはなかった。
その日の夕食は少々豪勢であった。急な話であったのでいつも通りの質素なご飯とみそ汁に何かしらのおかずだと思っていたのだが、街に出ていた父が帰りがけに買ってきたのであろうお惣菜の揚げ物などが並び、想定以上の華やかな食卓と化していた。
「どーしたん。こんな。お惣菜嫌いっていつも言ってたのに」
見るだけでつい緩んでしまいそうな口を抑えて極めて落ち着いた口調でいうと
「あんたら好きでしょう。こんなの」
母は私たちが総菜が好きだと話すと決まって拗ねてしまうので、マーちゃんも私も決まって非常にむつかしい対応を迫られる。それももう慣れっこである私は
「うん。でもお母さんの料理のほうがもっと好きだよ。マーちゃんもそういってる」
そういうと母は少し嬉しそうにはにかんだ。こういうところを見ると私の母にはかわいい一面があると実感させられる。実際母の料理はとてもおいしいのだ。
「ほら元司も席ついて。お酒ついだげるから」
気づけばさっきまでささくれ立っていた感情も綺麗さっぱりわすれて食卓を囲んでいた。家族の食事にはそういう力があるのだろう。最初はマーちゃんの行動の一つ一つにびっくりしていた父も母も、私の通訳付きで会話を始めればすぐに順応して自然に話せるようになったし、徐々に笑顔も増えていた
「やっぱ庭の雑草も処理したほうがいいって、大した手間でもないんだから」
「いいの。あんなの増えすぎなければ除草剤撒くまでもないんだから」
何とはなしにまじめな話をしたり
「マーちゃんなーんも変わってないんだよ。肌なんか真っ白で」
「どうしてこんなに差が出ちゃったんかねえ」
マーちゃんの話で盛り上がったり。普段無口な父も酒が回って心なしかとても楽しそうに見えた。
その後も私たちはいろいろな話をした。今年の収穫祭の話、向かいの中田さんちの鬼嫁の話とその子供の話、岩瘤の巫女について、マーちゃんの昔話まで、なかなか無くならないお惣菜の分だけ私たちは語り合った。
「万理ちゃん。死後の世界ってのはどういうものなんかね」
宴もたけなわというところで母が急にした質問は思いのほか場に静寂を生んだ。マーちゃんはしばらく考えると
「ごめんね。ほとんど覚えてないの。なんとなくふわふわ浮かんでてみんなの様子だけ時々頭、っていうか心に流れ込んでくるというか……うまく言えないんだけど」
うまく言えというほうが無理なのだ。私は何か話題を変えるべきだと思ったので、大人二人に追加の酒を持ってくるか聞こうとした。
「ねえ二人とも、お酒……」
「私はもういらない。ごめんね。少しだけ聞いてみたくなって」
「俺も気になるな」
父までそんなことを言い出したのは悪乗りが過ぎるし、いよいよ止めに入るべきなのだろうと思ったが二人の顔を見るとその気はなくなった。
二人は鬼気迫る顔をしていたのだ。こんな表情を見るのは初めてだったので、私は何も言えなくなってしまったし、マーちゃんは少しうつむきながら小さく返事を返すばかりだった。
その後はただただ不毛な会話が続いた。両親はマーちゃんが嫌がっているのを察しながらも質問をやめないし、マーちゃんはそんな両親の質問に何も返すことができない。
やがて私とマーちゃんはどちらからともなく「部屋に行こうか」という意見を出し、両親の質問を振り切って私の部屋へ向かうことにした。