町田駄菓子店のまちばあ
一日一投稿と言いましたが、何分初めての投稿で気持ちがはやってしまっています
とりあえず衝動のままに第二話を挙げたいと思います
マーちゃんには両親がいない。母親は出産とともに亡くなっており、都市部で出稼ぎに出ていた父親もそのまま消息を絶っている。そのため親戚関係のある村民が養子にとって村全体で育てられており、幼少期以来は特定の親というものがいないのである。
その境遇から村の人間は腫物として扱うこともなく、どこまでも純朴な少女に育て上げたため、訃報が届いたときは誰もが暗い表情をしていたものだ。
一方で私は典型的な村の農家の娘で、肌は浅黒く焼けているし暇さえあれば川や野原を駆け回るような子供であったので、生傷が絶えず常にだれかしらに怒られていた。
そんな二人が少ない同年代の中で、毎日一緒に遊んでいることに対して不可解に思うような人も、果てはよく思わない者もいたが、村の子供というのは総じて貴重であるので、得てしてかわいがられていたと思う。
でも、そんな中でも私たちが大好きだったのが駄菓子屋のおばあちゃんである。
どこをとっても対照的である私たちの容姿を彼女は笑わなかったし、かえって私たちがバカをやるたびに笑ってくれた。
町田駄菓子店は村のはずれにあり。週に4日だけ空く。日用雑貨なども代々扱う村唯一のコンビニのような存在であるため大人たちも非常に助かっているはずなのだが、自給自足だなんだとうるさい年寄り組などのなかには肩身を狭くさせるような意見もある。
それでも村で唯一子供が物を買える場所であった駄菓子屋はいつも数少ない同年代の友達が集まるし、子供はみんなおばあちゃんに会うために当然のように通い詰めていた。
焚火のせいで煙たくなっている村を抜け、土手と川と林を超えると、一見してあばら家のように見える町田駄菓子店が見えてきた。少し立て付けの悪い扉を開けるとお菓子の並ぶ桐棚の匂いがして、少し薄暗い店内が見えてきた。
「まちばあ! まちばあ! いるー? 懐かしいん連れてきたよー」
いつものように声を張り上げる、最近は少し耳が悪いのだ。
「まちばー。来たよー」
マーちゃんも懐かしいのか、いつも以上に声が弾んでいるように感じる。すると
「いらっしゃー。」
店の奥からこれもまたいつもと何も変わらない間の抜けた声が返ってきた。ああ本当に心の底から安心する声だ。
おばあちゃんは私たちを一瞥すると、ニタリと口角をあげて小さく笑い声をあげた
「ずいぶん珍しいお客だ。60年働いても生きてないお客なんてめったになかったよ」
私たちは驚いてしまってしばらく声が出なかった。町田駄菓子店のおばあちゃん、通称まちばあは、御年70を超える老体でありながら、腰はまっすぐであるし、毎年当たり前のように山に登り、山菜を取りに行くほどの健脚を持つ。しかも、私たち子供の名前を皆覚えてくれる。まさに魔女のような生き物である。
だからもしかしたらとは思っていたが、まさか本当におばあちゃんもマーちゃんのことを見ることができるとは。
「まちばー。私のこと見えるん?」
町田駄菓子店まで来るのに何人かの村民とすれ違ったが、誰一人としてマーちゃんに気付くものはなかった。いくら焚火に忙しくても、マーちゃんに気付かないわけはないのに。
「あんたはきれーな顔してっからさ。まぶしすぎらあね」
そういう話をしているのではないのだが、このマイペースさこそがまちばあの魅力でもある。とりあえずそういうものだと納得することにした。
「今日は何買いに来たん。おつかいですか」
全くのんきなばあちゃんである。
「まちばーに会いに来たよ」
ふふっと笑う。まちばあはよくこういう綺麗な笑い方をするので私は秘かに憧れていた。
「そう。ゆっくりしていきなさい」
どこまでもいつも通りなのだ、この駄菓子屋は。ここにいるとすっかりマーちゃんがもういないことを忘れてしまうような気がして、だというのに私はその居心地の良さにあらがえずにいた。
「まちばー、最近の子ってのは何の駄菓子かうんかね」
「そんなもんあんたらのほうが知ってんだろうに」
「知らないって。近頃の子とか分かんない分かんない。私なんて二年もいなかったんだよ」
ゆっくりと時間が流れる。このままどんどん遅くなって、いつか完全に止まってしまいやしないか。
「そうなるといいな」「何が?」「なんでも」
何時間話しただろうか。きっと今から帰ったら丁度夕食ができている頃なのだろう。私たちはいろいろな話をした。学校の話、老人会の話、私たちの友達の話。
「まちばあ、私たちもう行かなきゃあ」
そういうと、まちばあはとびっきりの優しい顔をして
「そう。……来年もおいでなさい」
「まちばあ、マーちゃんが来年も来れる保証は……」
少し言葉を濁しながら伝えると、まちばあは少し顔をゆがませて
「そうだねえ、でも」
ここでいったん言葉を止めると。
「何か、買っていくかい?」
急に話題を変えた。これで閉口するようではまちばあと上手に話せはしない。私は少し苦笑しながら、あたりを見回してヤングドーナッツを一つ手に取った。これはマーちゃんと私が唯一共通して大好きな駄菓子なのだ。
「まちばあ。これ。40円」
お気に入りの小銭入れから40円を出してまちばあに渡す。今日の所はマーちゃんに奢ってあげるとしよう。何しろ今は彼女より少しお姉さんなのだ。
「はいよ。ツけとくね」
「……どういうこと?」
ついにボケたかなんてことを考えていると、まちばあはいつもより少し顔をクシャっとさせた笑顔を見せて、明るい声で「なんでもないよ」といった。
まあ、まちばあのわかりにくい冗談は今に始まったことではないのだ。なんとなく納得したそぶりを見せて帰ろうとすると、まちばあが「あのねえ」と呼び掛けてきた。
「岩瘤ってのはさ、歪みってことなんだよ、万理」
次話更新は明日にしようと思っていますが、我慢できずに今日あげてしまうかもしれません