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落ちこぼれの転生勇者

ガプデルス歴553年。世界は魔王とその眷属である魔物たちに脅かされていた。幾度か、勇者を召喚したが、何ぴともこの魔軍を打ち破ることはできなかった。テグザリア王国グロッケン領の領主ハイゼルの娘で姫巫女のレジーナは、その能力の高さと、若く美貌を兼ね備えこの世界最高峰の召喚能力を持つとされながらも、性格の悪さで中央から敬遠されてきた。しかしもはや猶予はならなかった。多少の性格の悪さは置いておき、今は最強勇者召喚が優先されるのだ。レジーナのほか、これも強力な能力を持った姫巫女二人を加え、召喚の儀式が執り行われた。二人の勇者はこれまでにないほど強い力を持って召喚されてきた。レジーナの呼び出した勇者は、もう最強最高の勇者、のはずだったのに。なんで?こんなやつが?

ガプデルス歴553年、陰の月。レグスレイヤロス神殿における召喚の儀式はとどこおりなく行われ、3体の勇者が召喚された。


テグザリアの三人の姫巫女は大役を果たし、それぞれ褒美を貰い、住む領地に帰るはずだった。


神殿長に呼び出されたレジーナは大いに不満だった。神殿を意気揚々と出るところを、神殿を守る近衛に留められた。それはレジーナだけだった。性格は別として、レジーナは巫女としての力はこの世界一だと自負しており、容姿の美しさからもその気位は増長してももはやだれの責任でもないレベルだ。それが、なんで。


神殿の奥にある召喚の間。その隣に洗礼や祭事を行う広間があり、さらにその奥に神殿長の執務室がある。そこに連れられて行く。


「お連れしました」


近衛は重々しく神殿長に告げると、チラっとレジーナを見た。あからさまに侮蔑の目を向けている。


「レジーナです。お呼びとのこと、何事かと思い」

「問題が、起きた」


レジーナの言葉を待たずに神殿長は投げるように言った。


「問題?ですか」

「さよう。重大な問題だ」

「いったいどのような?わたくしの召喚した勇者の能力が高すぎて、あまりある力を押さえられないとでも。それはいかしかたありません。何しろわたしはこの世界最高の巫女と」

「その最高の巫女さまが召喚した者について、大いなる疑問が生じている」


レジーナが言い終わらないうちに打ち消すように神殿長が言葉を発するのは、事態がレジーナにとって不都合、あるいは非常にまずい状態にあるという意味で、すでに明確だ。なにがあった?


「あの、神殿長さま。疑問、とは?」


神殿長はそれには答えず、奥の方を指さした。


レジーナが薄暗い執務室の隅に目をやると、何か椅子に腰かけている。


「なんですの、あれ?」

「そなたが呼び出した者だ」

「勇者ですか?」


神殿長はそこで大きなため息をつき、レジーナに向き直って、言った。


「いかにも他の姫巫女、ミリウスとメイラの呼び出した勇者ふたりは早速に魔王討伐に向かってくれた。それぞれにふさわしい聖具を纏ってな。わたしはこの教団でも最強の聖騎士たちをあてがってやった。いよいよこれで魔王との戦いにもケリがつくかと思うほどだ」

「はあ」

「しかるにお前が呼び出したあれな」

「あれ…」

「あれ、なに?」

「なにとおっしゃられても、ちょっと意味が」

「わしは勇者召喚しろと言ったよね?」

「はあ、たしかに」

「勇者ってさあ、こう、何て言うのかなあ、颯爽として、さあ魔王を倒しに行くぞー、みたいな感じでしょ、ふつう?」

「まあ、だいたいそんなイメージですね」

「それがさ、ないの」

「ない?」

「あいつにそういうの」

「あいつ?」

「お前が召喚した、あれ」


あいつとかあれ、とか呼ばわりされて、神殿長はいっさい勇者と言っていない。なぜだ?レジーナは戸惑った。最強の勇者を召喚したはずだった。その手ごたえも十分だった。召喚の女神フローネラも微笑んでいた(最後に)。最後に?ん。なんだ?


「あの、わたしの召喚した勇者になにか不都合が?」

「不都合とかでなく、なにもしないんだ」

「はい?」

「何にもしない。ぜんぜん何にもしないんだ」

「どういうことです?」


神殿長はもう、怒気を込めてレジーナに言った。


「そなたの呼び出したあいつはなーんもせんと、ああやって座っているだけだ!あんな勇者はいらん!さっさとどっかに捨ててこい!」

「ええええ?」


レジーナとその召喚した勇者(まだ何もしていない)は、神殿を追い出された。



町はずれから森に入る道の手前でレジーナは歩きを止めた。


「ちょっと、いつまでついて来る気よ?」

「はじめて言葉をかけてきたのがそれか?礼儀を知らんやつだな」

「あんたに礼儀とかありえないでしょ。いったい何しに来たのよ」

「ひとを勝手に呼び出しといてそれはあんまりだな」

「呼び出したのは勇者よ!なんにも仙人じゃないわよ!」

「失礼なやつだな。間違いなくおれは勇者だ」


レジーナは言葉を失った。どこからそんなことが言えるのか?頭おかしいんじゃないのか、こいつ。むしろレジーナの方が不安になった。もしかして勇者の定義が変わったのかも知れない、と。


「精霊術、『ウイキペディア』」

「なんだ、それ」

「うっさいな。ちょっと調べものよ」

「ふーん」


レジーナの目の前に光るパネルが現れた。文字を指でたどると、パネルの絵が変わった。


『勇者:力と知恵と勇気に富むもの。武芸に優れ、時に魔法を操り、人心の掌握に長ける。とくに悪を嫌い、果敢に魔族に立ち向かうものを言う』


「間違ってないわよねえ…」

「間違ってないな」

「あんたが言う?」

「悪いか」


レジーナはその聖具も身に着けていない、まして聖騎士たちも引き連れていないみすぼらしい若者をじっとみた。


「あんた、なんなのよ?」

「だから勇者と言っている」

「じゃ、この絵を見なさいよ。あんたと全く違うでしょ!いまはどうみてもあんた最強の落ちこぼれじゃないの!」


パネルには颯爽と鎧をまとったカッコイイ、それこそ勇者と呼べるような人の絵が映っていた。このおにいちゃんとは全く違う。


「あー、そうね。むかしは俺もこんなだった。今思うと超恥ずかしい」

「何言ってんのよ!意味わかんないわ。だいいちあんた武器も持ってないじゃない。あんたそれでどうやって戦うのよ!」

「お前が呼び出したのはなんだ?」

「はあ?」


レジーナはますますわからなくなった。何言ってんの、こいつ?


「あ、あたしが呼び出したのはね、最強の、わかる?最強の、勇者よ!」

「合っているな」


レジーナは絶句した。もはや会話にならん。そう思った。



「ようよう、道端で昼間っからお熱いおふたりさんよお」


でた。まさかこんな時にか。まあいい。姫巫女として最強のわたしだ。山賊、いや、ここは森の手前だから盗賊や強盗、いやもしかしたら暴漢や痴漢かもしれない。いやもしかしたらただの酔っぱらいかも。


「割とつまらんこと考えてるだろ?」


なんか自称勇者が言ってる。


「うっさい。黙ってろ」

「ふん」


「てめえら何コソコソ言ってやがる。おう、あんちゃんよ。金目のものとその女置いてさっさとどっかに行っちまえ」


気がつくと周りに二十人ぐらいが囲んでいた。気がつかなかった。ひとりふたりなら精霊術で何とかできるが、人数が多すぎる。術を発動している間に組み伏せられて、あとはお決まりのコースだ。レジーナは絶望した。いかに最高の力を持つ姫巫女でも盗賊の群れに抗う力などさすがに、ない。


「女を置いてどこかよそに行くのはかまわないが、金目のものはない」


かまわないんだ。レジーナは情けなくなった。自分の呼び出した最強勇者があっさり自分を見捨てるとは。まあ、最強落ちこぼれだったけど。


「ち、しけてやがる。たしかに見りゃわかるが。まあいい。女置いてどっか行け」


ああ、神さま。レジーナはもう死にたかった。


「そうはいうが、金目のものはいま無いと言ったろう?つまりその女がいないと俺も困る。だからお前らにくれてやるわけにはいかない」

「ああ?じゃ、俺らとやろうってのか?」


盗賊の群れは爆笑した。そりゃそうだ。武器も持たず、腕力もなさそうなこいつが何言ってる、だ。だが、ふと気がついた。レジーナは精霊術でパネルを呼び出した。ステータスを見る。なんで気がつかなかった?もしかしたら魔法?最強魔法の使い手かも知れない。やだあたしそんなこともわからなかったのかしら。


レジーナはパネルを見た。あれ?なまえ?そういや聞いてなかった。


「ねえ、あんた名前なんて言うの?」

「おれか?おれはクワトロ・バジー」

「嘘はつくな」

「ち。おれはケンネリウス・ファーガマウアシス・アレクサンドル・レッジーナだ」

「無駄に長いわね」

「ケンでいい」

「みじかっ」


とりあえず入力すると、なにも出てこない?ありえない。


「ちょっと、どうなってるのよ?ステータスなんにもないわよ!」

「あるよ、ここ」


レジーナがパネルの一番下を見ると、申し訳程度に小さい字で『ある意味最強』と書かれてあった。まじか?こんな、サイトの提供者みたいなところに?


「なんなのこれ?」


レジーナの絶望は最大に達していた。


盗賊たちはみな武器をとった。剣や斧、槍のようなものまであった。


「よかろう。かかってくるがいい。しかしみな弱そうだな」


なに言ってるの?何このバカは言ってるの?客観的に見て、あんたが一番弱そうよ?


「なんだと、弱い?おれがか?ここらで最強のおれがか?笑わせる」

「おい、まて。なんでおまえが?」

「ああ?何だ、文句あんのか」

「てめえ、だれに口きいてんだ」

「ああ?」


盗賊同士が争い始めた。おいおい。


盗賊は最早手が付けられないほど仲間同士争っていた。もともと仲間ではなかったのかも知れない。だが力はすごい。しかもみな力は拮抗しているようで、凄惨な戦いになっていた。


最後にやはり盗賊の親玉が残った。


「ち、こんなやつの口車にまんまと乗せられやがって。まあ、いい。いつかは皆殺しにするところだ。さて、お前の番だな」

「いや、あんた、すっげえ怪我してるよ?大丈夫?」

「うるせえ、このくらい、少しやすみゃあなんてことない」

「あ、そうなんだ」

「ざけんな。ちょっと待ってろ。そこで少し休むからな。逃げんじゃねえぞ。逃げたらひどい目に合わせるからな」


などと言って盗賊の親玉は傍にあった木の根元に座り込んだ。腹から大量の血が流れていた。


「何をしている?」


レジーナはケンに声をかけた。盗賊たちの身ぐるみを剥がしているのだ。


「いや、捨てていくのもなんだから。金目のものを」

「泥棒と言うんだぞ、それ」

「泥棒はこいつらだろ?」

「あ?ああ、まあ、そうか、な?」

「いいから手伝え」

「え?あ、そうなの」


盗賊はかなりの金目の物を持っていた。どうせ人から奪った者だろう。こうなったら遠慮なくもらっておこう。もう、レジーナはどうでもよくなっていた。とりあえず命は助かったんだから。だけどこいつ?


盗賊の親玉はすでに死んでいた。ケンは容赦なく身ぐるみを剥いでいた。そうだ、ある意味、最強なのかもしれない。レジーナの頭の中は、いま希望と絶望がミキサーにかかっている状態だ。


勇者はちょっと、身なりがよくなった。

何もしない勇者。その謎のスキルは‥‥

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