困った笠地蔵
「はぁ。やっぱり無理だったんだなぁ」
ため息と共に笠地蔵は背負った風呂敷包みをちらりと見た。
もう、12月31日になる。
早くしないと、お正月が来てしまう。
笠地蔵は、故郷を出る時に仲間たちに言われた言葉を思い出していた。
『お前さん。今の世の中にゃわしらは必要じゃないんだよ』
『わしらを喜んでくれたのは遠い昔話さ。
今は、誰もわしらを知らん』
そんな言葉に笠地蔵は言い返します。
『おらは信じる。
きっと、おらの事を待ってる人がいるはずだ。
もうすぐお正月。
誰もに楽しいお正月を迎えて欲しいんだ』
でも、そんな笠地蔵に仲間が首を横に振ります。
『無理、無理』と。
そんな仲間たちの言葉にもめげずに笠地蔵は背負った荷物を持って人間たちの元へとやって来ました。
でも。
光の溢れる町並は、笠地蔵の故郷とあまりにも違います。
人々に姿は見えない笠地蔵ですが、もし、見えていても誰にも気づかれないかもしれない。
そう、思いました。
何故なら、誰も彼もとても急いでいたからです。
困った人、待っている人を探しますがなかなか出会えません。
とうとう、あと数時間で年の瀬を迎える頃。
小さな公園が見えて来ました。
真っ暗な公園に小さな灯りがひとつ。
石のベンチに腰を下ろし、空を眺めます。
「やっぱり無理なのかなぁ」
思わずまた、呟いてしまいました。
望みを捨てずに来た笠地蔵も今は、少し元気が出ません。
そんな笠地蔵の目の前に、クマのぬいぐるみが落ちているのを見つけました。
笠地蔵は、そのクマのぬいぐるみを拾い上げるとパタパタとはたいてきれいにしました。
誰かの忘れ物でしょうか。
きっと困っているに違いありません。
思い立った笠地蔵は、クマのぬいぐるみを届けに行く事にしました。
「クマさんや。家はどこかな?」
笠地蔵がクマのぬいぐるみに尋ねていたその時。
「だから!この辺りに落としたの。
絶対見つかるまで帰らない」
泣き声の混じった女の子の声がします。
「分かったよ。
お父さんも探すから、がんばろうね」
優しげなお父さんの声も聞こえて来ます。
笠地蔵は、石のベンチにそっとクマのぬいぐるみを置くと自分はそのまま横に立つ事にしました。
探している親子を見守りたかったからです。
石のお地蔵様として、その場に立って見ていたら。
女の子がぬいぐるみを見つけて走って来ました。
お父さんが後から、慌てて追いかけて来ます。
嬉しそうな女の子。
クマのぬいぐるみを抱きしめて、笑顔いっぱいになりました。
見ていた笠地蔵も嬉しくなります。
「良かったね。
さぁ、これでおうちに帰ろう。
お母さんも心配してるよ」
女の子は、大きく頷くと家に向かって歩き出しました。
良いものを見た。
笠地蔵も笑顔でいっぱいになりました。
そして望みは叶わなかったけど、これで故郷に帰れると思ったのです。
どころが。
女の子が戻って来るではありませんか。
どうしたのでしょう。
「どうしたの?クマのぬいぐるみは見つかったのに」
お父さんの問いかけに女の子は。
「だって、笠地蔵さんがひとりぼっちでかわいそうだもの。私のクマさんを笠地蔵さんにあげるの」
お父さんはびっくり。
でも、それ以上に笠地蔵は驚きました。
女の子があんなに探していたクマのぬいぐるみです。
「だって、私にはお父さんもお母さんもいるし。
ウサギのぬいぐるみも猫のおもちゃもあるわ。
でも、お地蔵様はひとりぼっちだもの。
だから、クマのぬいぐるみをあげるの!」
そんな女の子の言葉にお父さんはにっこり。
「そうだね。
きっと、笠地蔵さんも喜ぶだろうね」
お父さんの言葉に女の子は笠地蔵の前にクマのぬいぐるみを置きました。
そして。
「これで寂しくないよね。大切にしてね」と言ってクマのぬいぐるみを置いて、さっきより笑顔いっぱいになって帰って行きました。
二人の姿が見えなくなった頃、笠地蔵はクマのぬいぐるみをそっと抱きしめました。
そして「大事にします」と呟きました。
お正月の朝。
女の子の家の前に、少しの餅と野菜が置いてありました。
そして、その横に笠が立てかけてありました。
見つけたお父さんは、一際驚いた顔で。
「おーい。
笠地蔵さんがプレゼントをくれたよ!」と。
笠の裏側には、
『クマのぬいぐるみをありがとう。
笠地蔵より』と書かれていたのです。
女の子の家には、楽しいお正月がやって来ました。
その頃…
故郷に帰る笠地蔵の背中には、クマのぬいぐるみが背負われておりましたとさ。