二階保護室と須賀美里
どのくらい、扉を開け続けただろう。
俺は、同じ部屋を見続けながら昇っていく。
もしかしたら無限階段なのかと思い続けた直後だった。
扉の開いた部屋の様子が変わった。
その部屋は、埃まみれで乱雑にベッドが置かれていた。カーテンは破れ、天井にはクモの巣が張っている。
「ここが二階か?」
俺は回りを見渡す。
すると、ベッドの上に摩り切れた一枚の紙が置かれている。
「何だ、これ……」
俺は、手書きで書かれた紙を手にとる。
紙には、こう書かれている。
『この手紙を見ているとき、私はこの世にはいないだろう。
私はここで働いていた職員だ。
収容された人間は皆この閉鎖病棟で働いていた職員だった。
この閉鎖病棟がおかしいと思った職員がここに収容される。
ここで行われていることは職員たち洗脳だ。
お前の考えがおかしい。
ここは素晴らし施設だと何度も何度も叩き込まれる。
それでも更生が見込まれないものは一階の隔離室に運ばれ二度と戻ってくることはない。
ここがおかしくなったのは新しく入職したあの指定医が来てからだ。
あいつさえ来なければ私たちはこんな目に遇わなかったのに。この手紙を読んだ人にお願いしたい。
他の職員を助けるためにこの事を外に伝えてほしい。
私は、明日一階の隔離室に行くことが決まった。
もう、戻れないだろう。
どうか、この言葉が外に届くことを祈って』
「何だよ……これ……」
俺は、この閉鎖病棟で何が行われていたのか理解できなかった。
職員が収容?
洗脳?
紙に書かれた職員の悲痛な叫びに心が痛んだ。
「早く、岬たちを見つけないと」
俺は、入ってきた別の扉から外に出る。
壁が朽ちており2階の通路に崩れ落ち、壊れた車椅子や点滴に利用するドリンクボトルが散乱していた。
状況も驚くべきだか俺は、出た部屋の扉に違和感を覚える。
扉には、白いボードに『1』の数字が張られている。
回りの保護室の扉にも、数字が張られている。
『16』『29』など特に数字に規則性はなく、どの部屋にも違う数字のボードが張られていた。
「なんなんだ。この番号……」
俺は、不規則に並ぶ番号を眺めながら歩いていると一ヶ所の保護室から声が聞こえてくる。
「………やがって。それじゃ……」
俺は、声のする方向へ向かう。
声のする扉に到着する。
この扉には数字のボードがつけられていなかった。
その扉を気づかれないように少しだけ開く。
部屋の中は机に備え付けられた椅子にかけた白衣の男が一人いた。
「あー、あいつまた薬間違えて持っていきやがった。まぁいいか。それよりもこの女、どうやって解体するかな。やっぱり大きな悲鳴を聴くためにはそれなりの準備が必要だな。久しぶりの大物だ。何がいいか……」
男は、ぶつぶつと一人言を呟いている。
隣には、檻が設置され、そのなかには見覚えのある人影が横たわっていた。
「須賀先輩!!」
俺は、檻の中の先輩に目をとられ、手を滑らせ扉を『ギギギ』と音をたてしまう。
「誰だ!!」
「まずい」
白衣の男が振り返る。振り返った男は目が抉れ顔は朽ちて頭の骨がむき出しになっている。
「!!」
俺は、男に驚きながらも漏れそうな声を必死に抑える。俺は恐怖で動くことができない。
男は近づき、「ギギギ」と扉を開く。
「終わった……」
俺は死を覚悟する。
「何だ、お前か。また薬間違えていたぞ」
「へ?」
俺は、呆気に取られる。
「何だ。少し声が変わったか」
「……」
俺は、声を殺す。
「まぁいい。ほら、鎮静剤のベンゾジアゼピンだ。お前が持っていったのはテトロドトキシンだ。どうやった間違える。文字数しかあってないぞ」
俺は、男から液体の入った薬ビンを預かる。
「それと、丁度いい。その女を見といてくれ。その女を解体するのに準備をしてくる。もしも、女が暴れればすぐにテーブルにある薬を注射しといてくれ。檻の暗証番号は『14』『60』『99』『92』『31』だからな。そろそろ覚えろよ。俺は銅の部屋で準備をしてくる」
男は、俺をすり抜け別の部屋に歩いていった。
「助かったのか……」
俺は、その場で倒れこむ。
「隼……人」
檻の中から、声がする。
「須賀先輩!!」
俺は、檻に近づき、目を覚ました須賀先輩に声をかける。
「何いってるの……隼人。私、岬だよ……」
「えっ」
俺は、動揺する。
「いや、先輩。こんな時に冗談は……」
「隼人こそ……こんな状況で……冗談なんて……」
須賀先輩は自分の体を見始める。
「どうなってるの……私の体……」
須賀先輩は顔を青ざめる。
「……本当に岬なのか」
こくっと俺の言葉に頭を下げる。
「どうして須賀先輩の体に……」
「わからないよ。私も今気づいて……それよりここどこ。私たちどうなっちゃったの」
「わからない。けど、一つ話せることはここは危険だ。早く逃げないと……」
「ねえ、この檻開けられるの?」
「大丈夫。さっきここにいた男が番号を……」
俺は檻にあるダイアルをみる。男は番号を伝えたはずなのにそのダイアルは9桁のアルファベットを表している。
「どうして……俺は番号しか聞いていない」
「ねぇ、どうなっちゃうの。私ここで……」
「絶対に助ける。だから待ってろ。岬」
「うん……待ってるよ……隼人……」
俺は、須賀先輩の姿をした岬を助けるため、その部屋を出た。