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ミスXと呼んでください!

 ミスXと名乗る幼女から説明を受けた翌日。

 昨日と同じように遅刻した……なんてことはなく、いつも通りに登校を済ませた。

 そして今、僕は何をやっているかというと──


「ああ、今日は天気がいいなあ」


 自分の席から空を眺め、現実逃避していた。


 いや、だって仕方ないじゃん! 

 あれからと言うもの、周りからやけに視線向けられることに気づいたんだよ。授業中は言わずもがな、下校中ですらも。というか家に帰るまで、珍しい天然記念物を観察するかのごとく見られ続けたわけよ。

 もう、いつまで見てくるんだ! って何度文句を言おうと思ったことか……。


「春人」


 これが収まるまで家以外で落ち着ける場所なんてないのかな……。母さんもツンデレになってるし、家は家で危険だけど。

 こんなの続けられたらマッハでストレスが溜まっていくに決まってる。

 ああ、もうどうすればいいんだ……。


「あ、あの雲、ドーナツみたい。はは、美味しそう。チョコでもかけてあったらもっと美味しいかも」

「おい、春人」


 でもだからと言って、学校を休むわけにはいかない。せっかく守った皆勤賞が無駄になっちゃうし。

 てな訳で、僕はせめてもの抵抗として現実逃避してたってわけ。

 なは。なはは。なははははは! ……はあ、早く治ってくれないかな。


「おいっつってんだろ!」


 ガタン、と机に衝撃が走り、ふと我に帰る。

 目の前にはこめかみをピクピクさせた総司が立っていた。


「総司? どうしたのさ、そんな怒って」

「どうしたも何もお前がずっと無視してたんだろうが」

「やだなあ、この僕がそんなことするわけないじゃないか。総司の思い違いじゃないの?」

「お前、さっきまでの自分の行動思い返しても同じセリフ言えんの?」


 さっきまでの行動というと……現実逃避のことかな?


「自信を持って言えるね(キリッ)」

「お前、その頭かち割ってやろうか」

「や、やだなあ、冗談じゃないか!」


 まったく、総司には冗談が通じないね!


「はあ、一日でこれだと先が思いやられるな。ツンデレパンデミック……だっけ? これが治るの、一ヶ月後なんだろ? こんな調子で大丈夫かよ」

「正直きついよ……もう今すぐにでも治して欲しいくらい」


 総司には、昨日のうちにツンデレパンデミックのことを話してある。原因を知ってあるであろうミスXちゃんと僕を除くと、正常なのは総司だけだからね。

 って、あれ? そういえば……、


「ねえ総司。なんで総司はツンデレになってないの?」

「ん? 俺か?」


 思い返せば昨日の朝からいつも通りだったし、ツンデレになる素ぶりすら見せなかった。

 相談できるし、心強いしで僕的にはめちゃくちゃ助かるけど、何か異常事態とか起きてるんだろうか……?


「ああ、そういや昨日、お前見たとき変な気持ちが湧き出てきたけど、気持ち悪すぎて押し殺したらなんもなかったわ」


 なんというパワープレイ。

 ん? 待てよ? それってつまり、僕のことを『好き』って気持ちに『嫌い』って気持ちが勝ったってことなんじゃ……。

 いや、考えるのはよそう。世の中には知らない方がいいこともあるからね……。


「……」

「ん? 黙り込んで、どうかしたか?」

「な、なんでもないよ! 何もなかったようで良かったよ……」


 あはは、と苦笑を浮かべる。ちくしょう、聞かなきゃ良かった……。

 と、その時。ガラリと扉が開かれた。

 とっさに逃げ出せる体勢をとる僕。

 ま、まさかとは思うけど、また昨日みたいのが起きるわけじゃないよね……?


「みんな、席につけ。HR(ホームルーム)を始めるぞ」


 その考えは杞憂だったようで、入って来たのは担任の剛力(ごうりき)先生だった。

 先生は教卓に向かうと、僕にウインクをして持っていた書類を開いた。

 ……わざわざウインクする必要はどこにあったのか。


「さて、朝のHR(ホームルーム)を始める。……と、言いたいところだが、その前に転入生の紹介だ」


 高校で転入? 珍しいな。

 でも、転入生が来るなんて話、耳にした記憶ないぞ……? 転入生なんて話題のタネ、教室にいて聞かないはずが……って、そういえば現実逃避してたっけ。


 なんて考えているうちに、その転入生とやらが教室に入ってくる。

 目、鼻、口と、それぞれの顔のパーツは小ぶりで可愛らしく、それでいて整っている。そんな童顔とも言える容貌に、淡い紫のロングヘアーをたなびかせた彼女は、まるで小学生のような身長で──


 って、ちょっと待って、高校生だよね!? 小学生じゃないよね!? 見た感じ、百二十センチくらいしかなさそうだよ!?

 ……ん? あれ? あの白衣見覚えが……。

 一人で混乱しているうちに、彼女は先生の指示に従って教壇に上がり、


「本日、このクラスに転校して来た加藤皐月(かとうさつき)です。ぜひ、ミスXと呼んでください!」


 それ言っちゃう!? 言っちゃうのね!?

 いやいや、待て待て。声も身長も似てるけど、これがただの偶然って可能性も……なさそうだね。本人で間違いなさそうだこれ。僕に向かって何回もウインクしてるし。

 ま、まあ! 彼女がミスXだって確信できただけでも良しとしようかな! ほとんど本人が言ったようなもんだけど。

 と、そこで先生の補足が入る。


「本来なら、彼女は十歳。まだ小学生の年齢だが、いわゆる天才というやつでな。飛び級でウチの高校に転校して来たらしいぞ」


 その言葉に、周りからおぉ! と歓声が上がる。

 飛び級、ね……。てか、ミスXちゃん──いや、さつきちゃんって本当にうちの生徒だったんだね。

 さて。偶然かどうかはさておき、同じクラスに転校して来たし早めに接触しておきたいけど……。


「では、加藤の席は──綾橋の後ろが空いてるな。そこにしよう」


 お、ラッキー! これならすぐに話を聞けそうだ。

 しめしめ、とほくそ笑んでいる間に、さつきちゃんは僕の後ろの席に腰を下ろした。


「では改めて、今日のHRを始めようと思うが──加藤の他にこれといった連絡ないからな……。ああ、でも一つ。もうすぐ運動会だからな。六時間目の授業で出場競技を決めるから、出たい種目は決めておくように。では、解散」


 剛力先生はそう言い残すと、教室から出て行った。

 ……先生。チラチラこっちみてたの、気づいてましたからね? まったく、なんで普通に出ていけないんだか。

 なんてグチは後にしてっと。それじゃあ早速新しい情報を聞き出しましょうかね! 何から聞こうかなあ。

 なんて考えながら振り返る……が、


「さつきちゃーん、昨日のこと、もう少し詳しく──うおっ!?」

『さつきちゃん、飛び級ってほんと!?』

『本当は何歳なの!?』

『ミスXって呼んで、ってどういうこと!?』


 僕よりも早く、クラスメイト達がさつきちゃんを囲んでいた。

 なんでこういう時だけ普通の反応なんだ!? こういう時こそ僕に遠慮して、とかじゃないの!?

 ……ん? あ、違う。こいつらさつきちゃんを囲んでると見せかけて、チラチラとこっちに視線向けてくるぞ!?


「ふっ、残念だったな、春人」

「……そこの総司さんや。今すぐその妙に馬鹿にするような笑みをやめてもらおうか。でないと僕の拳が火を吹くことになる」


 どこからか現れた総司に言い返しつつ、仕方ないから機会を待つことにした。

 こっち見てくるとしても、さつきちゃんと話してるのは事実だし、そこに割り込むのも悪いからね。


「ふーん、あいつがお前の言ってたミスXか……」


 総司は隣の席に腰掛けると、何やら品定めでもするようにさつきちゃんを観察し始めた。

 ……なんだろう。妙に真剣にさつきちゃんを見つめている総司の姿。それはまるで──


「誘拐を企てている悪い大人にしか見えな──すんませんなんでもないです。だからそのお前ぶち殺すぞみたいな顔はやめて!」

「……ふん、まあいい。それで? この調子でどう接触するつもりなんだ?」

「あー、それは……」


 考えてません、なんて言えないよなあ……。


「ま、いいけど。どうせ考えてないんだろ?」

「うぐっ……」


 その通り、図星だ。総司ってエスパーだったっけ?

 とはいえ、このままでは彼女に接触するのもままならないだろうし……というか、さつきちゃんも僕と接触できるように、わかりやすいヒントをくれたんじゃないかなって思うんだけど……。


「なら放課後にでも聞きに行こうぜ。俺も一緒に行くからよ」

「え? 総司も一緒に?」

「ああ。俺も詳しく聞きたいからな」


 そっか。総司は正常だしツンデレになってない者同士、情報共有はしておいたほうがいいかも。いざというときに助けてくれるかもしれないしね!

 と、再びガラリと扉が開いたかと思うと、ふわっとした雰囲気を放った女性教師が入ってきた。

 確かあの先生は、美人教師で有名な柔和(にゅうわ)先生……だっけ?


「さ、一時間目を始めますよ〜。準備してくださいね〜」

「ま、話は後でな」

「うん、放課後だね」


 総司はそう言い残し、自分の席へ戻っていった。

 その後ろ姿を眺めていると、ふと近くの生徒と笑いながら話している柔和先生が見えた。


 ……どうせウインクされるなら、あの先生がよかったなあ。

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