第四話 僕じゃない!懐疑の瞳、絶望の中の特訓!!
時刻は午前零時頃。そこは大きな公園。リアルが充実した彼、彼女たちが多く居ることでも知られる場所。
「なんで僕はこんな所に……」
深夜突然の呼び出しに彼は困惑しながらもちゃんと家から出て来る優しさを持っている。こんばんは譲!
「やあ、並川君。ちゃんと来てくれたんだね、嬉しいよ。」
「ああ、成田君、一体なんの用なの?僕これから死守した旧かおるさんの写真と一緒にオナラーズのDVDパッケージ鑑賞会しなきゃいけないから手早くすませてね。」
さも当然のように常人には理解し難い予定を語り始める。やはりこの男、並の存在ではないのでは?などと今更疑問を呈してみるも虚しくなるだけである。
「あ、うん、君の気持ち悪い予定は聞きたくなかったなあ。まあ、忙しいみたいだから早速本題に入るね。」
そう言ってスマホを操作し、一枚の写真を見せつけて来る成田少年。
「夕方、空いっぱいに映し出されたこの子について知ってることを教えてくれないかなあ?」
「えっ?ああ、旧かおるさんに似た人だ。」
人を虫呼ばわりしたことですっかり譲の記憶から抜け落ちそうになっていたようだ。
「知ってるんだよね!?教えてよ!?何でもするから!」
急に譲にすがりつき懇願し始める成田少年。その声に反応して周囲の人たちが一斉に二人を見つめ始めた!
「えっ!?知らないよ!知りたいならかおるさんに聞いてよ!」
引きはがそうと暴れる譲、それでもなおすがりついてくる成田少年。周囲の人たちとは若干距離があって話の内容は聞こえてない模様。誰もが「もしや新世界の体験!」と目を輝かせて君達を見つめている!やばいぞ譲!
「頼むよぉ~っ!今度羽田君におごらせるからぁ!」
「お、落ち着いてよ成田君!それはいつもの事だよ!!彼、千歳がいればおごってくれるから!」
遠目から見ていると相撲でもとり合っているかのように見える二人。周囲の人々の目はますます輝き、見開かれ、この大一番の行く末を見守ろうとしていた。違うぞ、勘違いなんだぞ、周囲の人々!
「もうっ!放してよっ!」
無我夢中で抵抗を続ける譲。次の瞬間、成田少年がバランスを崩し地面に倒れ込んだ。それはもう色々と危険な香りのする音を頭の辺りから響かせながら!
「な、成田君……?」
倒れた少年からの返事はない。代わりに頭から真っ赤な液体が周囲に広がっていき……
「キャアアアアアアアアアアアアアッ!」
「な、なんてことを!」
「救急車だ!警察も呼べ!!」
「おい、逃げるんじゃないぞ!!」
「自分にその気がないからって命を奪うなんて……許せねぇ!」
周囲から響き渡る悲鳴と怒号。
「ち、違うんだ!これは!!」
迫るサイレンの音と赤色灯。この日この時この瞬間、譲は人生を諦めようと思ったのだとかなんとか。
――救星機神 鉄神王――
第四話 僕じゃない!懐疑の瞳、絶望の中の特訓!!
「皆さん、もうお気付きだと思いますし、見れば分かる事なので詳しくは言いませんが、今日は並川さんと成田さんはお休みです。私も午後から急用で席を外します。」
朝のホームルーム。すでに深夜の噂は広がっていて、誰もがひそひそと誤解に基づいて話していた。
「おい、みんなやめろよ!並川と成田がそんな関係だったわけないだろ!」
「ええ、本人達から聞くまでは余計な詮索はしないようにしましょう。」
羽田と千歳が周囲を諌めようとするが、皆怪訝な表情を浮かべて聞き入れようとしない。だって噂話は尾ひれを付けた方が楽しいのだから。
「考えてもみろよ。並川はオナラーズとかいう臭そうな名前のアニメが大好きなだけの男子だったのが、少し前に昔のかおるさんとかいう謎の美少女の写真を舐めまわしながら謎のロボットで戦う変態にクラスチェンジしたばっかりなんだぞ!」
「それに、成田君は空に映った女の子がしゃべり始めた瞬間奇声を上げながら写真を撮りまくるような人よ。そんな二人が深夜の公園でそんな関係になるなんて……」
「……そうだよな。あの二人に限ってそれはないか。」
「ごめんね羽田君、千歳ちゃん。」
「そうだよな、あいつら普段は並みの男子って感じだけど、本質的には全く別の……異質な変態だもんな!」
二人の説得によって暗雲が晴れていく教室内。譲と成田少年が聞いてたら間違いなく泣く。私はそう断言できる。
そんなこんなで午後、並川家である。
「違う違う僕じゃない僕じゃないんだブツブツブツ……」
壊れかけの譲である。心の支えにしていた写真を見ることもできなくなってしまっている。何故ならば!写真を見れば「貴方を信じていたのに……」という声が妄想の中で作りあげた声音で響いて来るからである!重症である。
「譲、先生が来たからそろそろ起きて出てきなさい。」
鍵の掛けられたドアの向こうから母親の声が聞こえても動こうとしない。先生、即ちかおるさんの登場である。
「すみません、もう勝手に入って大丈夫ですから……」
母親が十円玉でロックを解除!かおるさんはいともたやすく譲の部屋に侵入したのだった。
「並川さん、大丈夫ですか?」
「僕じゃない、僕じゃないんだ……成田君がバランス崩してこけたんだ……僕が投げ飛ばしたわけじゃない……僕じゃない!」
「はい、意識を取り戻した成田さんがちゃんと話してくれたから皆さん分かってくれてますよ。彼は少し入院するようですが命に別状はないそうですから安心して……」
「……かおるさん、教えてください。あの子は一体何者なんですか?」
譲はゆっくりと体を起こすと珍しくまじめな質問を始めた。明日は雨かもしれない。
「私の姉です。もっともあんなことをしようとする性格ではなかったはずなのですか……」
「えっ、じゃあ本来は人を虫呼ばわりしたりしないかわいい女の子ってことですかっ!!??」
かわいければ何でもいいのではないだろうか。
「いえ、それは変わりないです。ただ、他の星を支配しようとはしないはずなんです。だって姉さんは支配するのは運命の人ただ一人だけと固く心に誓っていましたから。」
他人を虫呼ばわりするのはデフォルトらしい。
「ちなみに運命の人はかぶと虫と呼ぶそうです。」
もうすでに譲は聞く気を失っていた。早くDVD鑑賞したい。今日はちゃんと本編見直したい。そう思いながら聞き流し始めていた。
「並川さん、特訓をしましょう!」
唐突である。
「え、嫌です。僕これからオナラーズ全話見直すんで帰ってもらっていいですか?」
「何を言ってるんですか、ちゃんと特訓しないといつまでもあの棒人間のままなんですよ?」
譲の妄想力は確かに人より優れている。が、鉄神王を理想の形にするにはそれでも足りないのだ。そして、そうなればお決まりの特訓!いったいかおるさんはどんな特訓メニューを用意しているのだろうか、期待に胸が膨らんでいく。
「た、確かに非常口形態は僕も脱したいところでですが、僕にはかおるさん(旧)とオナラーズを見るという誓いが……」
「そんな誓いは捨ててください。この星の未来は貴方に掛かっているんですよ?もっと自覚を持ってください!」
譲は思った、「あれ?僕って望んであれに乗り込んだんだっけ?」と。
我々は知っている、欲望に負けて喜び勇んで乗り込んでいった彼の事を。
「かおるさん(旧)……そうだね、僕はやるよ!」
「うう、何か納得いきませんがやる気になってくれて先生は嬉しいです。さあ、行きましょう!」
そして始まる猛特訓!最初のメニューは、そう、定番のランニング!なるほど、妄想するためにも体力は必要ということだ!走れ、並川!
しかし、街行く人たちの視線は痛く厳しいものだった。
ひそひそ……
「あら、あの子たしか……」
こそこそ……
「ええ、深夜の公園で……」
もそもそ……
「あら、いやらしい……」
「ちがう……悪いのは、僕じゃ……ないのに……」
耐えろ、耐えてくれ、譲!きっとこれも君の心を強くするための特訓に違いないんだ!
「す、すみません並川さん、こんなに噂が広がっているとは思わなくて……」
……がんばれ!
「そうだ!並川さん、成田さんのお見舞いに行きましょう!」
「え、やだ……」
露骨に嫌そうな顔をする譲。夜中にあんなことがあったばかりじゃそうもなるだろう。だが、彼はクラスメイト、いつかは向き合わないといけないんだぞ!
「並川さん、確かにショッキングな出来事だったかもしれません。ですが、貴方はそれと同等かそれ以上の事を私にしているということを忘れないでくださいね?」
「うっ、そんなことは……」
おそらく写真とか写真、それと写真のことだろう。写真しかないな!
「さあ、つべこべ言わずに行きますよ」
有無を言わさずがっちりと譲を小脇に抱えて駆け出すかおるさん。
ひそひそ……
「まあ、やっぱりあの子……」
こそこそ……
「ええ、噂は本当なのよきっと……」
もそもそ……
「あら、穢らわしい……」
「ち、違う……僕は……」
噂が進化していく。譲は身に染みて感じながらゆらゆらと揺られていくのだった、ドナドナ。
「さあ、着きましたよ。」
かおるさんの脚は早い。あっという間に病院に着くと譲を降ろして物理的に背中を押しながら成田少年の病室へと入っていった。
「やあ、並川君、よく来てくれたね。」
「ああ、うん、そうだね、元気そうで何より……」
歯切れの悪い返事しかできない譲。このまま気まずい沈黙が流れるかと思ったが
「そうだ、並川君、かおるさんがいるってことはあの子がどんな子なのか聞けるってことだよね?公園でそう言ってたよね?いやあ、ちょうど良かったよ。ねえ、かおるさん、あの子はいったい何者なの?教えてよ!何でもするから!たとえば羽田君におごらせたりするから!」
彼にとって羽田少年は財布なんだろうか。まあ、お元気そうで何より。深夜と同じ勢いで今度はかおるさんに迫っていく成田少年。
「成田さん、落ち着いてください。ちゃんと話してあげますから。」
肩をガシッと掴んでベットから降りて来られないように押さえ付けるかおるさん、パワフルである。そうして押さえ付けたまま譲に部屋で話した事と同じ内容を伝えていく。
「なるほど、それが本当なら…………正直いいと思う。好みのタイプだなぁ。僕も虫呼ばわりされたい。一言でも話し掛けたら貶してくれるかなぁ?ああ、ちょっとゾクゾクしてきたよ!」
「えっ?」
「えっ!?」
えっ!!??
「僕のご主人様になってほしい。いつかそう伝えたいなあ。ねえ、今度僕もあの棒人間に乗せてよ!そしたら彼女と会えるかもしれないよね!?きっとそうに違いない!」
こいつはヤバい!そう直感した面々は苦笑いを浮かべながら後ずさりするしかないのだった。
「あー、うん、そうだねー、ちょっと難しいと思うよ、あはは……それじゃっ!」
「あっ、並川さんズルい!そ、それじゃあ元気になったら学校で会いましょうね!」
二人は走った。日が暮れる前に帰宅できるように走った!成田少年はヤバい奴だった、その事実だけが二人の心を支配していた。そりゃあ譲も大概ヤバい奴だとは思うが、成田少年の目は完全にイっていた。あれは譲でも超えられないような一線を容易く超える者の目だ!譲もかおるさんも一目散に自宅へと逃げ帰り布団に包まって恐怖に震える一夜を過ごすのだろう。恐るべし成田少年ッ!
しかし深夜、我に返ったかおるさんに呼び出された譲は陽が昇るまで特訓を施されるのであった。
頑張れ、譲!この星の輝ける未来の為に!!
次回予告!
迫り来る魔の手。
「ねえ、今日はカラオケ行きたいからついて来ておごって。」
平穏を引き裂く闇の刺客。
「なんだよー。まったくしょうがねぇなー。」
悪の手先が今、彼らに触れようとしていた!
「僕、かぶと虫見に行きたいんだけど……いい?」
彼らに訪れる運命とは如何に!?
「かおるさん、皆を乗せることは出来ますかッ!?」
次回、救星機神・鉄神王
第五話 狙われたクラスメイト!名は体を表す、現れた如何にも悪い奴!!
「ファファファ、姫様の手を煩わせることもないじゃろう。ここはワシが!」
救星の使命に、熱血の爆風が迸るッ!