第一話 少年は見たかった!空に現れた何かの姿を!!
平穏な初夏の午後、今は昼休みである。とある中学校の二年生の教室、そこに一人の少年が大好きなアニメについて暑苦しく語る姿があった。
「……というわけでさ、三人の友情と熱血が敵の黒幕を倒して地球は救われてハッピーエンドなんだよ!」
彼の名前は『並川 譲』。何をやっても平凡で学力も運動能力も並レベル。公共交通機関の座席は譲る。そんな何処にでもいるような気がするちょっとお人好しな少年である。
「うん、その話は何度も聞いたよ。」
「もう勘弁してくれよ。そろそろ耳にタコができちまうぜ……」
男の友人二人に冷たく突き放されるほど語りつくしたのは彼の大好きなロボットアニメについてだ。三体合体の正義のロボットの活躍とパイロット達の友情、その二つをセオリー通りに暑苦しく描いたコアなファンに人気の作品だ。あまりにも劇画タッチ過ぎたせいで最近の子ども達には受け入れられなかった悲しいアニメでもあるのだが、彼はその暑苦しさにいたく感銘を受け、そのアニメの布教に日々勤しんでいるのだ。涙ぐましい努力である。
「いや、観る前から否定するのはやめようよ!確かに絵は濃いけどホントに面白いんだって!」
そう言いながらカバンの中からDVDを取り出すのはもはや日常茶飯事。友人たちはいつものように苦笑いを浮かべて拒否のポーズ。これが彼らの変わりない日常だ。
「ねえ、二人ともそろそろはっきり言ってやりなよ。」
と、そこに一人の少女が近付いて来る。
「千歳、君もどうだい?僕のお勧めなんだ!」
明らかに止めに来ている少女に対しても粘り強い布教活動をする姿は涙なしには見られない!そろそろみんなが嫌がっていると気付くんだ、譲!
「嫌よ、そんな臭そうな名前のアニメ。成田、羽田、昼ごはん買いに行くからついて来ておごって。」
「いいよ、ありがとう羽田君。」
「なんだよー。まったくしょうがねぇなー。」
あっさりと去っていく三人。やはり男は美人に弱いということだろうか?
「ちょっ!待って!僕も行くから!……弁当だけど……」
慌てて駆け出す彼がカバンにねじ込んだDVDのタイトルはこうだ。
『爆風!オナラーズ!!』
擁護しようの無いくらい臭そうである。こんなタイトルのアニメを布教するなんてどうかしてる。だが、彼が必死に薦めている姿を見ると実のところ面白いのではないだろうか?
そんなこんなでいつも通りの昼休みが終わり午後の授業が始まる。
「はい、席についてくださいね。」
少し高めの透き通った優しい女性のような声に導かれるように皆が席に着く。その声とは裏腹にムッキムキの筋肉によって弾け飛ばんばかりにムッチムチになったYシャツを着て、上と同じようにパッツンパッツンのスラックスをはき、頭は角刈りで立派に整えられたひげを蓄えた男が教壇に立っている。
「起立。気を付け。礼。」
『おねがいしまーす』
先ほどの少女が始業の号令を出す。気だるい午後のグダッとした空気が伝わってくるような挨拶だった。
「はい、お願いしますね。それではテキストの……」
彼の名前は『武田 かおる』。その厳つい外見に委縮した後、内面に秘められた大いなる慈しみに抱かれたとき、生徒たちは自然と親しみを込めて『かおるさん』と呼ぶようになったという。
「おや?並川さん、貴方またそのDVD持ってきてるんですか?」
「はい、僕の命です!」
学校に必要のない物を持ってきてはいけない。これは当然のルールであるが、彼には通用しないようだ。実のところ何度も没収され職員室に駆け込んでは汚らしい泣き顔で熱弁と鼻水を撒き散らすので、教師達はやんわり注意するだけにとどめる様になってしまったのが現状だ。
「命の割にはボロボロだよね。」
「アレは布教用だから良いんだってよ。」
「ホント、その意欲の部分だけは並みじゃないんだから……」
成田、羽田、千歳がこそこそ話している横で譲は鞄からはみ出てる臭そうなアニメのパッケージをうっとりと見つめて自分の世界に入り込んでいる。これもまたいつも通りの風景。
「はあ、もう厳しく注意はしません。ですが、せめて体操服に刺繍してくるのだけはやめてくださいね。体育の先生、泣いてましたよ?」
彼の体操服にはそれはもう立派なオナラーズの刺繍が施されている。もちろん最初から刺繍されていたわけではない。最初はプリントされていたのだ。
それは彼が二年生になる前、ちょうど新年が明けて最初の授業の時のこと。クリスマスに衣料用のプリント機を手に入れていた彼は、冬休みの間中狂ったように印刷し続けた。
「おい、並川!お前は俺をバカにしてるのか!?」
という体育教師の一喝により渋々プリントを落とそうとしたが落ちるわけがなく、新しく体操服を購入することになった翌日から彼は変わった。それまで見向きもしなかった家庭科の授業に一心不乱に打ち込むようになり、授業以外でも積極的に質問に行き、また、授業準備の手伝いもしてくれるようになったので家庭科教師からの評価はウナギ登り。学年最後の期末テストにおいてトップの成績にまで登り詰めてしまったのだ。
しかし、誰もが忘れていた。彼が並み以上のことをする時には必ず裏があることを。
「先生、出来ました!」
休日に個人的に刺繍を教えるような仲にまでになっていた家庭科教師は卒倒した。彼が満面の笑顔で見せつけてきたのは、恐ろしいまでの技術でオナラーズの刺繍が施された学校指定の体操服。しかも、パイロット三人分とロボットの変形三体分、プラスDVD一巻のパッケージイラスト、合計七着もの体操服が犠牲になっていたのだ。
もちろん親を呼び出されて大問題となったが、彼の両親はどこか遠いところを見つめながら
「三年生になったら治ると良いですね……」
と、ポツリとつぶやき大きなため息をつくだけだった。その様子を見て教師達も諦めたのだという。
もちろん彼がそれだけで治まるはずもなく、以降月に三着前後のペースで刺繍入り体操服は増え続けている。それを止めるために彼の両親は刺繍糸を買うことを禁止し徹底して妨害したが時すでに遅く、すでに彼は自分の古着を刺繍糸に分解・加工するほどの技術を得ていた。もはや彼を止められる者などこの世にはいないのかもしれない。誰もがそう思わすにはいられないのだった。
「はい、それでは今日はここまでです。」
譲の偉業を振り返っている間に授業が終了した。いつものように帰りのホームルームが行われて、いつものように部活に行ったりあるいは友人たちと下校したり遊びに行ったり……そんな平和な時間が来る……はずだった。
……そう、奴らがやって来るまでは……
――救星機神 鉄神王――
第一話 少年は見たかった!空に現れた何かの姿を!!
「成田、羽田、ゲーセン行くからついて来ておごって。」
「いいよ、ありがとう羽田君。」
「なんだよー。まったくしょうがねぇなー。」
「待ってよ!今日は僕の家でDVDの大上映会を……」
もちろんそんな予定はない。授業も終わりそそくさと寄り道開始しようとする三人を追って譲は走った。が、突然目の前に立ち塞がった厚い胸板に阻まれ進めなくなってしまった。
「ぐわっ!何だこの壁は?チョクチョー帝国の罠か!?」
チョクチョー帝国とはオナラーズの敵勢力の名前らしい。もちろんそんな内臓的な名前の勢力の罠ではない。
「並川さん、私です。」
「え?あ、なんだ、かおるさんか……ハァ……」
一瞬にして悪を絶やす熱血滾る心が冷めていくのが分かる。とはいえため息までついては失礼である。
「ターナさんから聞いていなかったんですか?放課後私の所に来るようにと伝えておいたのですが。」
「え、今日はターナには会ってないですよ。」
「……並川さん、真後ろの席の今日出席していたクラスメイトに会ってないわけがないでしょう。」
そう、会っている。しかし、普段彼に認識できるクラスメイトは成田、羽田、千歳だけらしい。それ以外は記号的なクラスメイトで名前と顔が一致しない悲しい存在なのだ。
「まったく貴方はどうして……」
かおるさんが説教を開始しようとした、その時!
「な、何だあれは!?」
窓から空を見上げ『青春』もしくは『黄昏』という行為に勤しんでいた男子生徒が突然叫んだ。それにつられるように窓辺に生徒が殺到し、誰もが空を指さし同時に叫んだ!
「な、何だあれは!?」
それは先程の男子生徒と全く同じ叫びであった。
「え?何?何があるのォオエェッ!かおるさん苦しいですよ。襟を引っ張らないでください!」
他の生徒の元へと駆け寄ろうとした彼をかおるさんは止めた。そして神妙な顔で言った。
「並川さん、時間がありません。彼らが来てしまいました。」
譲は思った。
やだ……この人何言ってるの?
と!
そんな彼を強引に引きずってかおるさんは歩く。
彼はまだ知らない。その身に託された使命と、この星の運命を……
次回予告!
空に見えたものとは何だったのか?
「貴方の使命はそんな小さなことではありません!」
何故かおるさんに引きずられていったのか?
「貴方に、この星を託します!」
突然告げられる使命。
「うおおおお!早くしろおおお!」
彼の叫びの真意とは……
「何でこんなことに……」
その涙は誰の為、何の為……
次回、救星機神・鉄神王
第二話 時は来た!雄々しき勇姿、その名は救星機神!!
「うおおおおおおおお!MGユナイトォッ!」
救星の使命に、熱血の爆風が迸るッ!